第72話 ヒヒイロカネを採掘に・前編
私達は三人で鉱山の町コングロモに来ている。
山の中にあるのに、かなり大きな賑わった町。奥の山が鉱山なんだろう、一部山肌が覗いていて土を固めただけの道が町へ続き、トロッコや人夫が移動する姿があった。
食堂や宿、鉱石を売るお店に鉱山の人夫専用の宿泊所、大きな浴場施設などがあり、馬車を止める場所が他の町よりたくさん設けられている。道は鉱石を積んだ馬車で通ることを考慮して、幅が広くとってあった。労働者の為の遊技場なんかもある。
冒険者ギルドと商業ギルドも並んでいる。私は宿を手配してから、商業ギルドへ向かった。受付でティモに言われたように、彼の依頼でヒヒイロカネを探しに来たことを伝える。すると受け付けの人がギルド長を呼び、応接室で詳しい説明をされた。
ヒヒイロカネの採掘が中断していたのは、結構な打撃だったらしい。
「それは助かります! いやあ、採掘が進まなくて困っていたんですよ。監督と人夫を手配しますから、明日にでも坑内に入って頂けますか!?」
「差し支えありません。こちらこそよろしくお願い致します。では、採掘量の一割をこちらで頂くという契約で、問題はございませんか?」
賃金でなく鉱石でもらう交渉をするよう、ティモから教わっている。
ギルド長は二つ返事で頷いた。
「はい、今回はそれで。ただ、しばらく採掘に入っていない坑道なんで、強い魔物が出る恐れがあります。監督の指示に従ってください。そして危険だと感じたら、すぐに逃げること。労働者達は貴女より先に逃げられないですから、彼らの安全の為にも頼みますよ」
「了解いたしました」
待ち合わせなど細かい打ち合わせをしてから、お辞儀をしてその場を後にした。
私が扉を閉めてから、ギルド長は一人呟いた。
「あの上品な女性が、鉱山の採掘場なんて入って大丈夫か……?」
次の日の朝。
待ち合わせの場所には、たくさんの男性が待っていた。わあ。
つるはしやスコップ、もしくは両方を持った人が全部で十八人もいる。これが鉱山の人夫なのね。体格がいい人が多い。
剣を持っているのは、護衛だろうか。魔物が出るかもと心配していたものね。二人ほどいる。あと一人木の杖を持った細い人は、魔法でも使うのだろうか。
「私が監督のダニオです。よろしくお願いします」
「お初にお目にかかります。魔法アイテム職人をしております、イリヤと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
指先を軽く合わせて頭を下げる。相手の人も、どうもと照れながらお辞儀をしてくれた。監督という割にはまだ三十代ではないだろうか。鉱夫の平均よりも若そう。短い茶色い髪の男性だ。
「いやあ、上品な方だと聞いてましたが本当ですね。採掘場なんて洞窟みたいですけど、大丈夫ですか?」
「上品なんてそんな、普通ですよ。ご心配には及びません、山間いの村が出身ですので、幼少期は森の中を駆けまわっておりました」
人夫さん達もニコニコしてる。
「……そっちの剣士は護衛か? Dランク? まあ無理するなよ、あと危ない時はすぐに下がってろ」
護衛の冒険者らしい剣士の一人が、エクヴァルのランク章を確認する。彼はCランクだった。
「大体はそちらにお任せしていい感じ?」
「そうだ。こっちはそれで報酬を貰うんだしな。お前はその雇い主を守れ、契約ってのはそういうことだ」
「ご忠告、痛み入る」
エクヴァルは少し笑って頷いた。
怖い雰囲気になるのかと危惧したけど、そうでもないようだ。単にぶっきらぼうな人?
山に向かって砂利の多い登り坂を進む。途中で大きな鉱車と呼ばれるトロッコと行き合った。トロッコは採掘トンネルの中から、既にたくさんの土を乗せている。
「あれ、もう作業が始まってるんですか?」
「ああ、あれは別口だから気にしないで。他の鉱石も産出してるからね」
私達は正面の大きな坑道から離れた、脇にある坑道から入るようだ。こちらにもトロッコの線路が一本ある。とはいえ、二本も引いてあった中央のものより坑道自体が小さい。
坑道の左右には魔石による明かりがあり、足元は思ったより平らにならしてあって歩きやすい。
薄暗いからか、そんなに時間は経ってないのに結構歩いたような気もする。
「採掘場までもう少しありますからね、頑張ってください」
「はい、大丈夫です」
監督のダニオが、励ましてくれる。
「久しぶりに入るので、魔物が出てくる可能性があります。みなさん、気をしっかり引き締めて」
洞窟とかだと酸欠の恐れがあるから、火の魔法はダメだよね。そして種類によっては、土も。崩れでもしたら元も子もない。火の属性がかなり強い悪魔がいる……。
心配だ、戦いにならないといいけど。戦えると思って来たかったのかしら。
「出たぞ、サンドワームだ!」
先頭の魔法使いが叫んだ。剣士は先頭と最後尾に一人ずつ。
サンドワームは大きいミミズのような姿をしている。目がなく、頭を持ち上げてぶつかって攻撃してくる。正直、気持ち悪い。
「吐息よ固まり、
幾粒もの丸い氷の
サンドワームを、これで倒せないの? 魔法が途切れると同時に、地面に倒れて怯むサンドワームへと、剣士が斬りかかり討ち取った。
魔法使いは満足な表情だ。これはちょっとダメ出しをしたいぞ……。
いや良くないよね、今は守ってもらう立場だものね。
「おい、そっちからも!!」
鉱夫の一人が、坑道の横道から現れたサンドワームを指で示す。ちょうど私の方に向かっていた。
「はいはい、行きましょ」
エクヴァルが走り出し、ぶつかってくるサンドワームの
「終了。これ嫌いなんだよね」
「私も苦手だわ……」
呆気なく終わり普通に会話していると、頑強な男性が感心したようにエクヴァルに笑顔を向ける。
「いやあDランクの護衛だっていうのに、強いな兄ちゃん!」
「あ~、元からケンカが好きなんだ。冒険者には最近なったばかりだよ」
気に入られたようで、笑いながらバンバンと背中を叩かれ、ちょっと痛そうだった。
「ははは、なるほどな! 顏のわりに威勢がいいな!」
冒険者の剣士と魔法使いは、驚いて顔を見合わせていた。
ついに採掘途中の現場に到着。
「ここは青いオーラ。アポイタカラですね。ヒヒイロカネが欲しいのよね。あとは魔石のいいのがあればいいなあ」
「……ちょっと待ってください、ここにアポイタカラが……??」
監督が私が呟いていた場所に、手を当てた。アポイタカラは実のところヒヒイロカネと同じ鉱石の、属性違いといったところ。合金にしてしまえば、あまり変わらない。
「そうですけど?」
「おい、ちょっとここを掘ってみろ!!」
数人が集まって、作業が始まった。これは少し見守った方がいいのかな?
「凝り固まりし岩を
土属性の、土を掘る魔法が唱えらえた。岩面がガラガラと小さな塊になって崩れ、ツルハシよりも効率的に進められる。
なるほど、こういう使い方もあるのね。数人が唱えられるらしく、固い岩盤などでは特に重宝するらしい。これが使用できると、給料も上がるんだとか。
「ヒヒイロカネにはまだ掘り進まねばならんな」
赤い火のオーラを出すヒヒイロカネは、ベリアルと相性がいいので分かるようだ。さすがにまだ、私には感知できていない。
監督はベリアルの言葉を半信半疑で聞いていたが、むやみに掘るよりいいだろうとそこも採掘の指示を出した。しばらくは土しか出ないので、トロッコに乗せて表に運び出す。
エクヴァルはやることがないので、辺りを警戒している。
「お前、Dランクなのに強くないか……?」
「ん、そう? まあ、戦うの好きだから」
「あー、そういう感じする」
「……肯定されるのも微妙だな~」
先ほどのCランク剣士と少し仲良くなったようだ。一緒に仕事をするなら、上手くやった方がいいよね。
結論としては、ヒヒイロカネとアポイタカラは、両方発見された。しかしヒヒイロカネはまだあまり掘れないうちに時間になってしまったので、続きは明日に。
私は大したことはしてないんだけど、慣れない仕事は疲れるものだ。その晩はゆっくりよく眠れた。
そして朝。鉱山の朝は早い。なので、他の町より宿の朝食も早くから用意される。
エクヴァルが仕事の前に、この町にはどんな依頼があるのか冒険者ギルドに寄って確認してくるというので、私とベリアルも付いて行くことにした。
「ほーほー、鉱山での護衛、鉱山の手伝いもあるのか。運搬の護衛、周辺の調査や採取依頼。討伐は少なめだな」
朝なので、ギルドは依頼を受けたい冒険者でいっぱいだ。
受付には依頼の札を持った冒険者が並んでいる。いったん受付を通してから、正式に受注になるからだ。邪魔になりそうだし、エクヴァルの用が済むまでギルドの外で待とうかと出入り口に向かおうとしたところ、外から勢いよく扉が開かれる。
「おいっ! ふざけんな、あれはサンダーバードなんかじゃないぞ!? どうなってんだ、この依頼!」
エクヴァルと同じDランクのランク章を付けた冒険者が、腕から多量の血を流しながら怒鳴っている。
ギルド内が一気にざわざわと、騒がしくなった。受付カウンターの脇から年配の男性が出て、怪我をした冒険者に駆けつける。
「大丈夫か!? アレは未確認情報だったんだ、申し訳ない。まだ危険度も判定前だったのに……、誰だ依頼に回した奴は!」
「マジかよ……! ふざけんな!!」
どうやら手違いで、まだ依頼にするつもりがないものが紛れてしまったらしい。そして不幸にも受けてしまった者の手に余るような事態だったのね。
「で、どんな魔物だったか教えてもらえるか? 調査の分の報酬と、治療費と危険手当も払う。悪いが報告を頼む」
激高していた冒険者だったが、男性の申し出を聞いて少し落ち着いたようだ。
「……確かに雷を使う魔物だった。顏はライオンのようで鷲の体と羽がある。グリフォンよりも、もっとよほどデカイ」
「……雷を使う、ライオンのようで、鷲の羽のある魔物……?」
どうやら二人は知らないようだ。この辺りには出ない魔物なのだろうか?
これはチャンス。周囲でやり取りに注目している群衆を押しのけて、話せるように横まで進んだ。
「大きさはロック鳥よりは小さめですよね?」
「……ロック鳥を見たことはねえけど…、そこまでじゃないと思う」
「撤退は的確な判断であるな。アンズー鳥であろう」
やはり、ベリアルも同じ結論に至ったようだ。
「雷の威力はサンダーバードの三倍はあり、巣を作って数を増やします。一頭だけではないはずです」
私達の説明に耳を傾けていた年配の男性が、動揺してバタバタと受付の奥へ去った。どうしたんだろう。
怪我をした冒険者も、取り残されて困惑している。
「とりあえず、回復魔法を使いますね」
「は? いや、しかし……」
「
風属性の中級回復魔法を唱えると、傷は跡形もなく消えた。アンズーの攻撃では痺れも多少あっただろうけど、この魔法なら消えているはず。
「おお! 痛みも痺れもない!! ありがとう、アンタは…?」
男性が私を振り返った。
「お気になさることはありません。差し障りないようで、安心いたしました」
「……いや、その、助かりました! 何かお礼を……」
そこに、先ほどの壮年の男性が厚いファイルを手に戻って来た。
「あったぞ、アンズー鳥! 高く飛び強い雷を使う魔物だ。討伐には最低でもCランク、Bランク以上が推奨されていて、なおかつ攻撃魔法や飛行魔法が使えないと厳しいとある! 群れを作るから、数を増やす前の早めの討伐が必要と……!」
「あちゃー、私はムリか。まあイリヤ嬢の回復魔法が見られたし、良かったかな」
エクヴァルもアンズー鳥が気になったらしい。鉱山ではあまり強い魔物が出なかったからかな。サンドワームは嫌いみたいだし。私もあのミミズみたいな感じは苦手。
「回復って練習不足だから、期待ハズレだったでしょ。アイテムが作れるから、
「……君の基準、厳しいね。普通に合格ライン以上だよ?」
「そうなの? ところで、採掘は昨日の続きでいいのよね? 先にアンズーを仕留めたいの、アレは増えると厄介よ」
年配の男性は苦い顔をして、参ったなと呟いていた。ファイルを閉じて脇に抱える。
「確かにアンズーは討伐しないとな。これから依頼として出すか、国に討伐を頼むしか……」
「いえ、私どもにお任せを。エクヴァル、申し訳ないけど皆に宜しくね」
「了解、こちらは問題ないでしょ」
そういえばそろそろ集合時間だ。エクヴァルはそのまま外へ向かった。
「さて、我らは狩りであるな! アンズー鳥とは、なかなかの獲物!」
ベリアルはご機嫌だ。やっぱり狩りが一番の目当てだったようだ。どうして鉱山に狩りに行こうという発想になるのか……。
しかもきちんと標的になる魔物がいるとは。まあ、アンズー鳥は私にとってもちょうど求めていたような相手だわ。
「ダメですよ、一頭は残して巣に案内させないと。アレは巣ごと殲滅が基本ですからね」
「誰に言っておるか!」
「ベリアル殿にだから、言うんです」
「もしかして、君達がアンズー鳥を倒すつもりか……? 冒険者ではないだろ……、って、待ちなさい!」
待ちきれないとばかりにベリアルがギルドを出てしまうので、私も男性の話が続いていたけど、慌てて付いて行った。
しかし外に出て気付いたことがある。
どこへ向かえばいいの!? アンズーと接触した地点を聞いていなかった!
再びギルドの扉を開き、先ほど回復した男性に質問する。
「……すみません、アンズーはどこにいましたか……?」
うう、しまらないな……。
しっかりと教えてもらってから、出発よ。
私の目当ては結界を作るのに使える、アレクトリアの石! 実験室と結界を壊してしまった、公爵に渡せるね。アンズー鳥ならあるかも。
ちなみにコカトリスは高確率で持っている。
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