第71話 ベリアル閣下の休日(ベリアル視点)

 本日、イリヤはアイテム作製をしておる。

 エクヴァルに護衛は任せ、我は気ままに過ごすことにした。アイテム作製中は無防備になるが故、誰かが付いている必要がある。あの男ならば人格はともかく、腕には問題あるまいて。


 この町もすっかり覚えたわ。屋台で調理された品を買い、歩きながら食すという文化には馴染まんが。

 人通りが少ない細い路地を歩いておると、反対側から来た女が声を掛けてくる。

「こんにちは。冒険者ギルドって、何処か教えて頂けます?」

「それならば、もう一本向こうの大通りにある。先に太い道があろう、あれとぶつかるところだ。すぐに見つけられよう」

 女はBランクのランク章を下げている。ローブを着ている故、魔法使いの冒険者であるか。

「……貴方は、契約をしている方?」

「しておる。残念であったな」

 我が悪魔と知って話し掛けておったのか。契約を交わしておらん者も、混じっておるからな。下手に召喚をするより危険の少ない手ではある。

「本当に残念。ステキな方だし、一緒に旅をしたかったわ」

 我が素晴らしいことは、我自身が最も理解しておるがね。

 媚びる目をするような女は、もう飽いたわ。


 気分直しにそこら辺の喫茶店に入り、席を見渡す。

 ぬ。余計に気分の悪いものがおったわ。なぜこの町にいるのやら。

 窓際の四人掛けテーブルに一人で座る、肩までの金髪を光に反射させた男の隣のテーブルに行き、背中合わせに座る。


「……誰かと契約しておるようだな。珍しいことだ」

 コトンとグラスをテーブルに置く音が響く。

「……強い悪魔の気配と思えば、地獄の王とは。ずいぶん大人しくしているな」

「そっくりそのまま返すわ。貴様であれば、見つけ次第斬りかかってくると思ったがね」

「どんな愚鈍だ」


 ちょうど店員が来たので、ハーブティーを注文する。

 後ろの男は、炭酸飲料を飲んでおるようだ。

 テーブルにはおすすめとして、肉料理の絵を描いた紙が置いてあった。

「我はこの町を拠点にしておる。足を踏み入れられるのは不愉快であるな」

「貴様の町でもないだろうが。……こちらとて、貴様などと同じ場所にはいたくない」

「それは結構」

 

「お待たせいたしました。」

 届けられたハーブティーを口にする。透き通る赤い色をした、酸味のある液体の香りが心地良い。元からあまり口数が多くない男である。

 その後は特に会話もなく過ぎた。

 カップが空になる頃、ローブを着用した男が一人店に入り、静かに此方へと歩いてくる。

「ウリエル様、お待たせいたしました。参りましょう」

 この男が、契約者か。三十歳前後の、物静かで真面目そうな魔導師。暗そうな男であるな。

「……行こう。次は戦場で会いたいものだな、ベリアル」

「そのような面倒は御免であるわ」

 羽を仕舞っておる故、魔力の薄い人間には天の使いであるなど解らぬだろう。男は立ち上がり、すれ違いざまに一言落とす。

「地獄の王の内、貴様が最も欺瞞ぎまんに満ちている」

「褒め言葉として受けとっておこう。天の者の中で、貴様が誰より愚直だ」

「……ぬかせ」


 四大天使の一人、土属性のウリエル。ヤツは我を一瞥いちべつし、その後は振り返ることなく去って行った。

 我のように王など高位の悪魔と上位の天使間での戦闘行為は禁じられている故、余程の事態でもなくば戦いに発展することはない。現在はまだ最終戦争を回避している段階であるからである。

 ただしそれ以下の階級であれば問題はない。むしろ積極的に争う者もおる。

 しかし人間の権力闘争を嫌悪している男であったはず。はたして、どのような契約をしておるやら。


 ヤツらが店を出て、我の席のすぐ脇の道を過ぎる時、窓越しに会話が耳に届いた。

「ウリエル様、また炭酸飲料をお飲みで? 気に入られたようですね」

「喉を突く感触が、攻撃的で面白い」

 おかしな感想に、契約者が苦笑いをしておる。

 あやつは飲料物に何を求めておるのだね……?


 少し町の外を歩いて新鮮な空気でも吸おうかと、街道を小高い丘の方面に進んでいる時であった。

 上空をかなりの速度で飛行するモノが、我の真後ろにズドンと落ちるように降り立った。間近になるまで我にすら気付けず、雷のような衝撃を生む者。

 どう考えても一人しかおらぬ。違ってほしいのだが……。

 深い緑色をした髪は後ろで結ばれて背中で靡き、腰に足元まである白い布を巻いた男。首には銀の装身具を付けて、髪と同じ色の上着に銀の刺繍が施してある。

「ベリアル! うまく力を隠しやがって。ルシフェル様にお聞きせねば、ここにいるなど解らなかっただろうが」

 何と余計なことを話してくれたものよ! 友達甲斐のない男だ!!

「……これはバアル閣下。ご機嫌麗しく、ご尊顔を拝し奉り光栄にございます。」

「そういう口はルシフェル様に利け。なぜこんな男を友となど仰るんだか……、全く不可解だ!」

 本人の前で言わなくても良いのではないかね……。


「まあ今日の要件はそれじゃねえ。俺の宴会用に宮殿を作らせた。十日後の竣工式の宴会に、お前も呼んでやる。……参加するだろうな?」

 マラカイト色の緑をした剣呑な瞳が、我に向けられる。断れば殺す、と告げておるようだ……。そのくらいで殺す方では……ある。いや、大怪我くらいで済むかも知れぬ。いずれ起きる大戦の前に、王を減らすことはせぬだろう。

 理性があれば、だが。

「それは重畳ちょうじょう!! 無論、何をおいても伺いましょうぞ!」

「……賢明だ」

 にやりと不敵に笑って頷く。

 うぬ……脅されている印象しか受けぬ。


「して、場所はどの辺りでございましょうか? バアル閣下も契約をされておられるようですし、その者には僥倖ぎょうこうでありましょうぞ!」

「ずっと南の国だ。詳しくはここに招待状を作らせてある。契約っつっても、国の王と不可侵条約を結んだ程度のモンでな。我が手勢は害を与えん、と」

 なんと……やり手な王であるな。バアル閣下がそのような契約を結べば、閣下の配下でなくとも行動しにくくなるものだ。

 なにせ地獄の皇帝サタン陛下に仕える王の中で、筆頭であるからな。もちろんルシフェル殿を除いてではあるが。我とて揉め事は御免である。


「これは周到なことで、確かに拝受いたしました」

「アスモデウスも来るぞ。別にケンカしようが争おうが構わんが、宮殿に毛筋程でも傷を付けたらぶっ殺すから、そのつもりでやりあえ!」

「心得ております……!」

 相変わらず血の気の多い、恐ろしい方だ。

 しかもやりあえ、とは。争いにならば傷をつけずに済むわけがないというに、どういう心積りであるのか。

 さすがに奴も、バアル閣下の前で突っかかってきたりはせんであろう。ああいう輩は、得てして気が弱いものよ。


「ルシフェル様もお呼びしたいのだが、ちょうどいい術者がいないんだよ。生半可な腕のやつには任せられねえし。一応、招待状はお渡ししたが……」 

 ぬ? イリヤのことは話しておらんのか? 良い腕だと褒めていたに……、さては自分だけ逃げるつもりであるな! あやつは穏やかな顔をして、腹黒い奴よ! しかしここで我が口にすれば、どのような報復をされるか……! ぐぬぬ!! アレで根に持つタイプであるからな……!

「それは……残念でござりますな」

「全くだ。そういや、お前の契約者」

「……ぬ!??」

 なんだ、何を知っておるのだ? なんとも読めぬ御方よ。


「お前がベッドに引きずり込もうとしたら、引っぱたいて追い出したんだと?やるじゃねえか、今度会わせろ! 今は他に用があるからな、残念だ!」

 バアル閣下は豪快に笑っておる!

 おのれ、ルシフェル殿めっ!!! なんという表現をしておるのだ、あやつは! 悪意しか感じられぬ! そもそも、せんでいい話ではないか!!

「いえお会いするほどのこともないかと。……生意気な小娘で、バアル閣下に失礼を働きます故な……!」

「安心しろ、お前ほど不快じゃ無いだろーが」

 ならば宴会なぞ誘わんで頂きたい!!!

 しかしバアル閣下は我の苛立ちなどどこ吹く風で、次の目的地を定めるように、遠くを眺めておる。


「さて、そろそろ行くか。あまりルシフェル様にご迷惑をかけるなよ、ベリアル」

「当然でございます。かようなことは微塵もありませぬぞ!」

「……どうにも昔から信用できん野郎だ。なぜルシフェル様は、こんな男を」

 またそれですかな!

 わざとらしく、納得できないとでも言うように、首を捻ってみせる。

 どうもこの方は、我がルシフェル殿と友であることが許せんらしい。あんな悪辣あくらつな男の友が務まるのは、この寛容な我くらいであるというに。


 バアル閣下は、来た時と同じように一瞬で見えぬほど遠くまで飛んで行ってしまった。

 できればもう来ないで頂きたい。

 なんとも疲れる一日であったわ……。

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