第157話 エンカルナが来たよ!
男性陣が二階に行ったあと、私とリニ、ロゼッタ・バルバート侯爵令嬢とメイドのロイネが残された。婚約破棄の事なんかを思い出して興奮していたロゼッタも、少し落ち着いた。
「これからどうなさりますか? また追手がかけられるんでしょうか……」
エクヴァル達ならある程度予想がつくんだろうけど、私は全然解らないわ。襲われそうなら、この家に居てもらった方がいいのかしら。
敵から来てくれるなら、ベリアルもエクヴァルも喜ぶわね。
「ここに居たら、迷惑になってしまうわ……」
「その事でございましたら、ご心配には及びません。行きたい場所がおありでしたら、お送りさせて頂きますが」
「うん、大丈夫。エクヴァル、強いの」
リニも頷いている。
「……チェンカスラーに、知り合いがいるわけでもないの」
ロゼッタは首を振って、俯いた。そしてゆっくり話を続ける。
「山脈のあっち側だと、どうしてもルフォントス皇国の影響力が強いの。だからわざわざ、山脈を越えて来たのよ。こっちまで来れば、もし私の身柄の引き渡しを要求されても、応じないでくれるんじゃないかしらって」
「……引き渡し。そう言う問題もあるんですね。チェンカスラーとはどういう関係性なんでしょう……」
難しい話だわ。揉めたくなかったら、引き渡しちゃうのかしら。
色々とまだ心配事がありそう。護衛をしてくれた人たちの生死についても、今日はまだ解らないだろう。私達は飛行魔法と麒麟だから早かったけど、普通はそんなに早く移動できない。
私が悩んだって答えなんて出ないし、下手に町を巻き込んでも良くないよね。この辺の判断はエクヴァルに任せて、お茶とお菓子でリフレッシュしましょ、と思ったら玄関から声がした。
「こんにちは、ルシフェル様いらっしゃいますか?」
エグドアルム王国のエクヴァルの同僚、エンカルナだ。罵られるのが好きなヘンな女性で、ルシフェルの大ファン。
「これはエンカルナ様、いらっしゃいませ。ルシフェル様が滞在されていると、よくご存知ですね」
「え、本当にいらっしゃるの!? やった、ついてる!」
エクヴァルに聞いたかと思ったのに、知らずに来たの? 何か用事があったのかしら。
「……騒がしい女が来たね。少しは淑やかにできないのかい?」
「申し訳ありません、ルシフェル様。ああ……、やはりいつ見ても素敵!」
ちょうど降りて来たルシフェルが、さっそくエンカルナをからかっている。慣れていない二人は優しそうな風貌できつい言い方をするのに驚いたみたいだけど、それ以上にエンカルナの嬉しそうな反応を不審そうに見ている。
「早かったね、エンカルナ。ルシフェル様、彼女はガオケレナの受け取りに来ました。すぐに出立しますよ」
そういえばエグドアルム王国で不足してるからって、輸入する手はずは整えたんだっけ。
「なによ~、エクヴァル。少し滞在してから行くわ。千載一遇のチャンスですからね、鬼が居ても気にならないわ!」
「……鬼とは、私の事かな?」
「だからアンタに冷たくされても、嬉しくないのよ!」
この二人って、仲がいいのか悪いのか解らないのよね。私は誰に冷たくされても、嬉しくないなあ。優しい方が嬉しい。
ルシフェルはそのまま私たちの横をすり抜けて、中断された散歩の続きに出掛けた。すがるような目で見送るエンカルナ。
「ちょうど良いではないか、ここに居る間はこの二人の護衛をさせれば良い」
「そういえば、誰?」
ようやくロゼッタとロイネに視線を向けた。スルーの仕方がスゴイ! 本当にエクヴァルの同僚かな……? ベリアルも呆れてる。
「例のサンパニルの令嬢と、そのメイド」
エクヴァルが説明したんだけど、例のってことは、もう何か伝えてあるんだろうか。
「は? なんでこんなところに。そろそろ結婚式になるか、止められるかって所じゃなかった? 実力行使で
「そんなわけないでしょ。第二皇子が別の女性に懸想して、破談らしいよ」
「うっわ、バッカだわね! そんな事あるのねえ。いいわ、フェン公国に行くまで護衛するわね。まだメンバーが来るのよ。誰かは秘密!」
エンカルナは魔法剣士で、確か火が得意だったのよね。
お互いに挨拶しあっている。
どうやら先にエンカルナだけ来たみたいで、エグドアルムからは他にもこちらに向かっていて、レナントで合流するのね。私の知っている人かしら?
でもだんだん人数が増えちゃう。これは私の家だと厳しいわね。
「あ、私は宿に泊まるから。他の皆の分も部屋を押さえとかなきゃならないし、みんないつ着くんだか解らないからね、宿で待つわ。まあ数日中には到着すると思う」
良かった、エンカルナは宿なのね。
「では出掛ける時など、護衛をお願いします」
「任せておいて! 近くに行く時にも、迂闊に一人にならないようにね」
「解っています、細心の注意を払うわ」
ロゼッタとエンカルナの会話に、エクヴァルが私を見た。
うっ。
「これが慎重って事だよ、イリヤ嬢」
「エクヴァル、意地悪……」
前魔導師長の時のことを言っているんだろう。
反省したもん……。
「エクヴァル、この人たちどうなるの?」
リニがエクヴァルの裾を引っ張って話題をそらす。やっぱりリニはいい子!!
「そうだねえ、チェンカスラー王国とルフォントス皇国は国交がなかったはずだし、身柄の引き渡しが要求されても応じなくていいんだけど、得があれば応じちゃうよね。ましてや向こうの婚約者だし。破棄と言われても、側室にするつもりじゃね」
チェンカスラーに入った事は解ってるはずだものね。じゃあ、ジークハルトには本当の事は言わない方がいいのかな?
「ちょうどエンカルナが来てくれたことだし。エグドアルムに関係ある人物とでも匂わせておいて、こちらで保護するから詮索無用にしてもらうか」
「それでもいいけどね、町中で襲撃されて、他に被害が出ちゃうと厄介なのよね」
エクヴァルとエンカルナが相談をしている。当のロゼッタは、大人しくその話に耳を傾けていた。
「その内あちら側から連絡が来ると思うから、一先ずそれまではここで保護する。敵方が襲撃の失敗を報告して次の手に出てくるまでは、まだ時間があるだろう。焦りは禁物だ、最良の手を考えなければならない」
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致します……!」
ロゼッタが私達に深く頭を下げ、メイドのロイネも一緒にお辞儀をした。
あちら側って、誰を指すのかな。
「お気になさらず、まずは御身の安全の第一に考えて下さい」
貴族のお嬢様にこんな風にされると、どうしたらいいのか解らないわ。とにかく頭を上げてもらった。
リニも困ってオロオロしてる。こんな風に身分の高い人間が頭を下げるなんて、やっぱり見たことがないよね。
「それじゃ、私が当面必要そうなものを買ってくるから、今日の所は家から出ないでね」
エンカルナはそう言って買い物に向かった。ついでに宿も抑える。エクヴァルから良さそうなところを聞いていた。
「あの、あの。お部屋に案内、します」
リニが、がんばって、いる!!
可愛い。私も一緒に行こう。私達の後ろから、ロゼッタとメイドのロイネが二階に上がって来る。
「こっちが二人のお部屋で、ここがセビリノの。それでここが、私とエクヴァル。何かあったら、呼んで……」
「「私と、エクヴァル!??」」
ロゼッタとロイネの声が揃った。何かおかしかったかな? 契約者と一緒に暮らすのは、普通なんだけど。
「貴女、小悪魔とは言え嫁入り前の女性でしょう! ダメよ、男性と同室なんて! なぜその家主のイリヤさんと、同じ部屋じゃないの!?」
「え、だって、エクヴァル……契約者……??」
二人の勢いに、リニが怯えてる! そっか、同性で同室の方が良かった……!? でも召喚師だと、契約した相手と一緒に居るものなのよねえ。難しい判断だわ。
控えていたメイドのロイネまで、大きな声になってリニに顔を合わせている。
「子供の姿とは言え、可愛らしい女の子なんですから! いくら契約者でも、警戒しないとなりませんよ! 何かあってからでは遅いんです」
「いや、私は何もしませんよ」
エクヴァルにも聞こえていたみたい。いつの間にかこっちに来ていた。あらぬ疑いを掛けられて、苦笑いだ。
「彼女の警戒心の薄さを心配してるのよ!」
「お嬢様の仰る通りです。女性なんですから、自ら気を付けねばなりません!」
うーん、リニを心配してくれるいい人達、って事なのかな。私もリニと同室だったら嬉しい。それもいいな。
「……リニは部屋では、猫の姿で寝てるから平気ですよ」
エクヴァルは、リニを可愛い子だからって心から気に掛けてもらえた事が、嬉しいみたいね。
「……私、エクヴァルと一緒が……いい。一緒じゃ、だめなの……?」
リニが泣きそうな顔でエクヴァルのズボンを掴んで見上げる。
あ、私がフラれたみたいな寂しい気持ち。
「……まあ、貴女がいいなら、いいのよ。猫の姿なら心配ないわね」
「リニ様、私にもその猫の姿、見せて下さいまし!」
「え……、うん……」
黒猫の姿になったリニは、ロゼッタとロイネの二人に代わる代わる撫ぜられていた。部屋にはまだ入らないんだろうか。
私は一人、一階に戻った。
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