第427話 薬の依頼とサバトの準備

 防衛都市から戻ってきたセビリノが、新たな依頼を引き受けていた。依頼人はバラハで、熱と下痢に効く薬を一週間以内にできるだけ。私がビナールから引き受けたのは、上級ポーションと中級のマナポーション、百五十本ずつ。こちらも一週間以内。

 依頼が被ったわね。

 数が決まっているビナールの方を優先して、バラハの依頼は作れた分だけ持っていけばいいのね。

 まずは素材の確認をしないと。セビリノと地下の工房へ行き、薬草の在庫を確認した。

 さすがに足りないわ。バラハからは素材を多少受け取っているので、いったん仕舞っておく。


「まずは薬草を買い集めるところからね」

 中級のマナポーションに一番大事なヤイは、多めにある。上級ポーションに必要な素材の一部は、イサシムの大樹のレオン達に頼めば採取してきてくれる。熱を下げるのと下痢に効く薬は、時期的にも薬草が色々と採れるし、まあ何とかなるかな。

 エクヴァルとリニにサバトの準備は任せて、私とセビリノは薬作り。ベリアルは自分が参加できないサバトに拗ねているのか、どこかへ出掛けてしまった。一人で薬草採取などとウロウロするのではない、と子供に対する注意みたいなことだけ言い残して。


「ちょっと薬草を摘むくらい、平気なのにね」

「……ちょっとの時でも、教えてくれれば最優先で護衛するからね」

「あ、うん。お願いね」

 エクヴァルなら同意してくれるかなと思ったのに、むしろ釘を刺されてしまったわ。まずは町の中で買い集めるので、揃わなかったら相談するかな……。

「イリヤ、私は一人でも、平気だよ。エクヴァルのお手伝いが必要だったら、言ってね。……エクヴァルは、とっても頼りになる、よ!」

「そうよね、必要だったら遠慮なく声を掛けさせてもらうわね」

 リニがやたら気を遣ってくるわね。大きな紫の瞳でエクヴァルを見上げて、拳を握って見せた。

「……リニ、とりあえず今日は一緒にケーキ屋さんを回ろうか!」

「イリヤは大丈夫?」

「頼まれたらでいいから。ねっ」


 エクヴァルが妙に焦り、リニを急かして出掛けた。どうも恥ずかしかったみたい? 何だったのかしら。

 私は残ったセビリノと顔を見合わせた。

「……慌ただしかったわね」

「これは、師匠のサバトを大成功させようという気概の表れでしょう。私も早急に依頼を済ませ、サバトの準備をお手伝いします」

「そうかなあ」

 サバトを成功させたいのは分かる。ただ、セビリノみたいな感じじゃないと思うわ。むしろ二人ともこうなられたら、さすがにキツい。とにかく依頼をこなそう。


 セビリノと手分けして、お店を回った。

 私は冒険者ギルドで、イサシムの大樹に緊急の依頼として発注する。指名料とは別に、緊急なので追加料金の支払いも必要になる。皆もレナントに戻っていたし、早ければ明日には届くわね。

 セビリノには、ビナールに相談に行ってもらった。薬草類は本業じゃないものの、契約している職人に都合したりしているので、頼りになるのだ。薬草が余る分にはいいから、商業ギルドでも相談しておく。

 さて、駆け回ったかいがあり、ある程度の素材が集まった。午後からは中級のマナポーション作りだ。

「とりあえず四十ずつ、二人で八十ね」

「合点承知!!!」

「セビリノ、どうしたの?」


 唐突に彼らしくない返答がきて、思わず聞き返した。悪いものでも食べたのかしら。

「これが職人の、“全てお任せください”という返事だと、ティルザ殿から教わりました」

 胸を張って説明するセビリノ。悪いものではなく、悪い友達だったようだ。

「今まで通りでいいわよ……」

 ティルザの飛行魔法の練習にセビリノが付き合っていたから、その時かしら。

 彼女は腕もいいしカラッとした明るい性格で、人柄はいいのだ。ただ、セビリノにおかしなこと吹き込まないで欲しい。いや、おかしくもないのか。でもセビリノが言うと、おかしい。


 初日はマナポーション八十。次の日は熱と下痢止めを五十ずつ。

「イッリヤさ~ん、お届けでーす」

 イサシムの大樹の、弓使いラウレスの声だわ。地下工房の階段を上って玄関が視界に入ると、リニが対応していた。

「ありがとうっ……イリヤに渡しておくね」

「頼んだねリニちゃん、受け取りにサインして」

 おさげ髪の治癒師レーニが、リニに受け取りの紙を差し出す。リニはペンを片手に、紙を覗き込んだ。

「ここ? ……それで、あの……ハヌは元気?」

「ありがとっ。ハヌ元気だよ、会いに来てよ」

「そーだよ、お茶とお菓子を用意して待ってるよ~」

「あのさあ、自分じゃ皆のお菓子なんて買わないじゃない。調子がいいんだから、ラウレスは!」


 レーニが背中を軽く叩いて、ラウレスは大げさに痛そうにしてみせる。

 笑顔でやり取りを眺めているリニから薬草を受け取り、状態を確認した。うん、キレイに洗ってくれてあるし必要部位も揃っている。良い仕事をしてくれたわ。

「今ね、サバトの準備をしているから……落ち着いたら遊びに行くね」

「あ、もしかして冒険者ギルドにポスターが貼ってあったヤツ? 手伝うよ」

「そうねえ、今日は依頼を受けてないし。緊急依頼にしてくれて儲かったから、私も手伝うわよ!」

 イサシムのメンバーで悪魔と契約している人はいないから参加はできないのに、準備の協力を申し出てくれた。ありがたく手を借りちゃおう。私とセビリノは、まだまだ依頼のアイテム作製があるし。


「助かるわ。リニちゃん、今日はイサシムの皆とチラシを準備してくれる?」

「イリヤさん! そういうの得意ッスよ!」

 ラウレスが腕をパンと叩いてみせる。助かるけど、仕事をしたくないだけな気もする。

「会場の飾りとか用意しようか? 材料費は請求するよ」

「わ、私が払うよ。お財布、持ってくる……」

「私がまとめて払っておくよ。じゃあイリヤ嬢、こちらは任せて」

 部屋に戻ろうとするリニをエクヴァルが止めた。

 作業はイサシムの家でさせてもらうので、四人が家を出た。

「隊長、散歩!」

「りに隊長!」

 ルシフェルの別荘を守るはずの、ガルグイユまで付いて行っちゃったわ……。屋内の一体が残っているから良いわね、あの二体はすぐに破壊するんだもの。

 イサシムの家を壊して、損害賠償を請求されませんように。


 届いたばかりの材料も使って、上級ポーションを作る。本日の目標は百本。六時間かかるので、二回が限度かな。

 次の日は続きを作った。あとは素材が足りない中級のマナポーション二十本を残し、熱冷ましと下痢止めを作り足す。


 淡い薄紫色の花が咲く、フウロソウを使う。葉が有毒草に似ているので、花が咲く時期に採取するのがオススメ。日陰干しがいいと言われているが、半日くらい日向に干して早く乾燥させた方が、カビにくいよ。

 これを半量になるまでじっくり煎じて、ザルで濾すのが効果的……なんだけど、すぐに使うわけでなければ水薬にはできない。

 粉にして天秤で計り、ケイヒと腹痛によく効く、ハイ・リーの魔核の粉をひとつまみ加える。海でたくさん買い込んだハイ・リーの魔核も、あげたりしたから大分減ったわね。


 これだとかなり効果があるので、そこまで酷くない人にはサンザシの実を灰にしたものを服用してもらおう。古来からのやり方なのだ。


 セビリノは発熱の薬を作っている。使うのはエグドアルムで仕入れた特有の薬草、アターイシュ草とブシャーヌ草、ククル樹の実、それから甘草の根。これらをすり潰し、粉にして飲む。麦酒の中で掻き混ぜて飲むのが、エグドアルムでの伝統的な飲み方よ。

 ちなみに美味しくはない。


 完成した粉薬を、一回分ずつ紙で包む。慣れていてもそれなりに時間が掛かるのよね。こういう作業、リニが得意そうだなぁ。畳み方を覚えてもらおうかしら。私が契約している訳じゃないけど。

「このくらいで足りるかしら」

「エグドアルムで入手した分は、使い切りました。次はこちらで買ったもので作ります」

「……とりあえず今日は終了ね。明日、商業ギルドへ行って薬草が入ってないか聞いてみましょ」

 順調に揃えば、少しはサバトの準備も手伝えるわね。

「ただいまー……! ご飯も買ってきたよ」

 作業を終わりにして機材を洗い、台所で休憩していると、リニが元気に帰ってきた。


「お帰りなさい。その分だと、順調みたいね」

「皆が手伝ってくれて、酒屋なんかにもポスターを貼ってチラシを置かせてもらったんだ。サバト開催の垂れ幕も作ったよ」

 パンの入った袋をテーブルに置きながら、エクヴァルが進捗を教えてくれる。会場の案内板、キャンドル、小さいカボチャ、祭壇のテーブルに飾る布を用意した、とのこと。私も一緒に買いものに行きたかったな。

 次の日も私はセビリノと素材を集めて薬作りで、エクヴァルとリニはサバトの準備。サバトの参加者も、参加しない男の子の小悪魔も手伝ってくれるようになった。ガルグイユまで、当日は受付をすると意気込んでいる。

 ベリアルは今朝になって戻ってきて、差し入れとして果実酒を箱にたくさん用意していた。木箱だし、重くて持ち上げるのも大変だわ。


「良いかね、イリヤよ。我からの差し入れであると、しっかりと参加者に説明せよ」

 やたら恩着せがましいわね。参加できなくても目立ちたいのかしら。

「はい、分かってますよ。それでベリアル殿、これは防衛都市のバラハ様から頼まれた薬です」

「それがどうしたのかね?」

 平たい箱を渡すが、ベリアルはすぐには受け取らない。

「私達はサバトの準備があるので、配達をお願いします」

「地獄の王を小間使いにするつもりかね!」

「まさかそんな。ペガサス便ならぬ、ベリアル殿便です。ペガサスより早いですよ」

 わーすごい。褒めてみたのにご機嫌斜めね。ブツブツと文句を言って、配達にった。どうせなら気持ちよく引き受けてくれればいいのに。

 合点承知とか言われるよりマシかな、想像したら似合わなすぎたわ。


 会場の飾りつけは、二日前から始められた。ビナールの方で掃除をして机や椅子を出し、すぐに設営できるようにしてくれていたわ。

 花を買って飾り、女子会サバトの垂れ幕を張った。丸い小さなテーブルに赤い布を掛けて、祭壇にする。キャンドルは置いておくだけで、点火は当日ね。なんだか楽しいなあ。

「演奏はあるのー?」

 到着して会場の下見に来たパティも、花束を買ってきて花瓶に挿した。 

「手配した方がいいかしら……」

「今からじゃ無理だよ。あ、でも冒険者ギルドで依頼として出せば、誰か来てくれるかも」

「それも女性で募集してみましょう!」

 誰か来てくれるといいな。報酬は少なめでも納得できる、サバトを楽しみたい人。悪魔との契約はなくて良し、と。

 報酬を高くしちゃうと、次に同じことをする時に減額されたように感じちゃうんだって。サバトの演奏は交通費と幾らくらい、とか相場があるみたい。


 ポーション類も無事納品し、バタバタしたままサバト当日がやってきた。

 テーブルに飲みものや食べものを用意し、届いたケーキを並べてケーキ食べ放題のコーナーを作る。長い机にフルーツのケーキやチョコ、チーズケーキ、それにタルトが互い違いに二列で並ぶ。

 大きな鍋にはプリンがたっぷり。これはリニの手作りね。

 リニは何度も外や入り口を覗いては、残念そうな表情でセッティングを続ける。不意にバンッと扉が開いた。

「いやーごめんごめん! あちこち回ってたら、今になっちゃった。準備を手伝えなかったわ!」

「ニナ、遅いよー!」

 パティがすぐに入り口へ向かった。リニはニナを待ってたのね。


「ニナ……」

「おー、パティまで! リニも久しぶり、焼きいもたくさん買ってきた!」

 ニナが抱える紙袋からは、甘い香りがしていた。サツマイモの匂いだったんだ、美味しそう。

「差し入れ、焼きいもにしたの?」

「女子会と言えば焼きいもじゃん」

「「なんで!??」」

 パティとリニの声が揃う。地獄の女子会ってお芋なんだ、と一瞬納得しそうになったわ。ニナはお芋押しのノルサーヌス帝国が似合いそうね……。


 さあ、開始の時刻も近付いてきたわ。どのくらい集まるかしら。

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