第426話 防衛都市でサバトのご案内(セビリノ視点)

 上空から見下ろす大地には、南から北へとまっすぐに道が延びている。北にあるワステント共和国からチェンカスラー王国を貫き、南のフェン公国までを繋ぐ大街道だ。防衛都市ザドル・トシェを越えると道は狭くなるものの、隊商が頻繁に行き交う交通の要衝だ。


 隣を飛ぶワイバーンには、エクヴァル殿と契約している小悪魔リニが乗っている。常におどおどとした気の弱い小悪魔だが、ワイバーンのキュイやパッハーヌトカゲのハヌ、ガルグイユなど、色々なものに好かれる素養を持つ。

 このリニの素養は、師匠の弟子や賛同者を増やす、手がかりになるやも知れん。師匠イリヤ様は欲のないお方で、偉業を広めたり弟子を増やすことに無頓着だ。一番弟子であるこの私が、師の素晴らしさを世の中に知らしめねばならん。


「きょ、今日は混んでるね……」

「商人が多いようだな」

 チラチラと私を窺いながら、リニが呟く。キュイに乗る時にはエクヴァル殿がリニの後ろにいて、会話をしている姿が見受けられた。エクヴァル殿がいない今、私が話相手になるべきか。

 師匠、小悪魔との交流も私の使命なのですね!

 分かっております。サバトの準備をするのに、私は悪魔との親交が薄い。地獄の王の契約者である師匠の一番弟子としては、心許こころもとないところ。悪魔への理解を深めるのは不可欠な修練だ。


「次~」

 キュイを近くの森に隠れさせ、防衛都市の門前の列に並んでいたら、ついに我々の番となった。不許可だった者はいない、私も大丈夫だろう。

「セビリノ・オーサ・アーレンス。偉大なる魔導師、イリヤ様の一番弟子だ」

「えっえ?」

 私が名乗ると、何故かリニが挙動不審になった。先に名乗りたかったのだろうか?

「イリヤ……様。お前、知ってるか?」

「うーん、なんか聞き覚えのあるような、ないような……? 身分証はありますか?」

「うむ」

 私が所持しているのは、エグドアルム王国のものだ。遠く離れたこの国で通じるのだろうか。北の魔法大国だとエグドアルムの知名度は高いが、宮廷魔導師の徽章きしょうまでは知られていないのでは。


 試しに見せようとした時だった。

「アーレンス様ではありませんか!? お目掛かれて光栄です!」

「うむ」

 魔法兵が小走りでやってきて、握手を求められた。誰だ?

「ご存じですか? イリヤさんという方のお弟子さんだとか」

「イリヤ様はバラハ様の先生だよ!!! 早くお通しして!」

 さすがに知っているか! 我が師は防衛都市を救った英雄であらせられる、知らぬわけがないか。むしろ知っていてしかるべき! この門番の兵士どもは、まだまだ学びが足りない。

「失礼しました、まだ目的も聞いていない段階でして……」

「は、はい。目的は、サバトを……開くので、お誘いに来ました」

 私が答えるよりも早く、リニが説明した。兵士は納得したようだ。

「なるほど。誘うのはともかく、防衛都市内ではサバトの開催は禁止だから、気を付けてね」


 防衛都市内ではサバトを開催できぬのか。ならば不満のある連中を集めるのにちょうど良さそうだ。

 町を歩きながら小悪魔を探す。女子会なので、女性の悪魔かその契約者でなければならない。男の小悪魔と契約者、角の生えた犬、妖精。探している時に限ってすぐには出会わないものだ。

「あ、あの。……エクヴァルが、冒険者ギルドで探したり、張り紙をさせてもらうのも、いいよって言ってたの……」

「ふむ……。紙を買い、冒険者ギルドへ向かおう」

 書くものはギルドで借りられるだろう。小さな文具店で厚手の紙を買い、冒険者ギルドを目指した。


 ギルド内では仕事のない冒険者が数人集まって、談笑している。髪を上でまとめた、気の強そうな少女の小悪魔の姿もあった。

 好機だ。

 私は彼女達のテーブルへと足を進めた。二つのテーブルに分かれて会話をしている。テーブルには少しの菓子やにぼしと飲みもの、それから中身が半分になった酒瓶が置かれていた。

「わ、わ……セビリノ早いよ……」

 私がテーブルに到達した辺りで、小悪魔リニがギルドの入り口に到着。歩くのが早かったようだ。


「失礼、そちらの女性に話がある」

「……あたいかい? アンタさ、どっかの魔導師?」

「私はイリヤ様の弟子、セビリノという。サバトの案内だ」

「サバト? そんな面倒をさせられるヤツにも見えないけどなぁ。案内状は?」

 少女の小悪魔は訝しげな視線でテーブルに肘を突き、足を組んだまま私に片手を出した。巻きスカートの下に穿いた膝下までのズボンの、片足がはっきりと見えている。

「案内状の作成は間に合わなかった」

「あーやしいなぁ。あたいはさ、言葉だけの人間は信用しないの」

 不覚。招待状がないと信じられないとは。今からでも作るか……。

 パタパタと足音がして、私の後ろにリニがやってきた。


「あ、あやしくないよ! 本当に、ま、に合わなかっ、たの。ニナが企画した、女の子だけのサバト……なの」

 引っ込み思案な小悪魔ではあるが、師匠からの役目を果たすべく必死だ。全小悪魔かくあるべき。

「アンタ誰? その男の契約者?」

「……違うけど……。私、リニ。エクヴァルって男性と、契約しているの」

「……リニ? そーだ、リニじゃん。ニナもいるの? アンタを見掛けたら助けてやってって、ニナに頼まれてんのよ!」

「え、ニナに? ええと……もしかして、おうちを建てる時に手伝ってくれた、パティ?」

 どうやら二人は知り合いのようだ。ただ、あまり親しくないようで、すぐにはお互いに気付かなかった。


「手伝うってほどもやってないけどねー。あたい器用じゃないし。ニナが張り切ってたから、ニナの手伝いをちょっとしただけよ。リニのご飯おいしかったよ~」

「ありがとう……! あ、あのね、それで、サバトなの……」

 うむ、うまくサバトの招待ができそうだ。パティとやらは任せておいて、私は他の仕事をしよう。即ち、ギルドの職員に許可を取り、サバトの案内を掲示板に張るのだ。

 まずは筆記用具を借りて、チラシを作る。黒とカラーのペンが借りられた。

 分かりやすく、簡潔に。



■ サバト開催のご案内 ■


・参加者募集、若干名

・参加資格 悪魔もしくは契約者で、女性に限る

・開催場所 レナント

会場については現在交渉中、冒険者ギルドもしくは当該の町の門番に尋ねること

・必ず差し入れの食料を持参するように



 他に必要な項目は……。考えていると、小悪魔や人間が集まり、作成中のチラシを覗き込んだ。

「堅い、堅いよ! これじゃ求人広告だよ!」

 私の隣で、パティが騒いだ。他の者も首を縦に動かし、賛同の意を示す。参加者を集めるのだ、求人に似てしまうのは仕方がない。

「簡潔な箇条書きが見易いと思うのだが」

「サバトは楽しむものだろ。これじゃ楽しそうじゃないよ! こりゃ~、任せておけないわ。リニ、一緒に作ろっ」

「うん」

 私からペンを奪い、予備の紙を広げるパティ。リニも隣に座った。



■ 女子会サバト、開催決定! ■


 小悪魔と契約者の女性の皆さん、集まって楽しいひとときを過ごしましょう♪

 場所はレナント、会場は町で聞いてね

 参加費として、差し入れをよろしく

 みんなの参加、待ってるよー!



 完成したチラシの隅に花模様が描かれている。

 我が師、イリヤ様が運営に関わっているというのに、ふざけすぎていないだろうか。要所だけ赤い文字にしてあるのは、大事な情報がすぐに目に入る良い工夫だ。

「文字が丸っぽいのだが……」

「可愛いじゃん」

「それにどのような意味が?」

「テンション上がる」

 分からない、イマイチこの小悪魔の思考が読めん。リニも出来映えに満足しているので、悪魔受けする要素があるのかも知れん。


 完成したチラシを、私は職員に提出した。すぐに許可を得て、指定された場所に張った。開催日の前日に剥がしてもらう。当日では移動がほぼ間に合わないからだ。もちろん、私や師匠ならば往復でも問題ない。

「よっし! じゃあ防衛都市はさ、あたいがみんなを誘うよ。せっかくだしご飯食べよーよ、いい店知ってるんだ」

「私はこの後、用がある。リニだけ参加するといい」

「え、わ、私ひとりで……?」

 リニはオドオドと周囲を見回した。知らない者ばかりなのが不安だろうが、ここにいる冒険者や悪魔は仲が良く、雰囲気も悪くない。心配はいらないだろう。

 ちなみに天使が一人混じっているが、小悪魔とも親しそうな雰囲気だ。

 昔は天使と悪魔はあまり仲が良くないかと思っていたが、実際はそうでもないことも多い。敵対国であっても個人的な感情は別、というところか。ましてやこの世界は、彼らにとって中立地帯らしい。


「リニはあたいに任せて!」

 パティはリニと肩を組み、親指を立てた。これは確か、『素晴らしい』とか『私に任せろ』という、肯定的なジェスチャーだったな。

 うむ、ならば私も師匠の顔を潰さぬ成果を残さねば。決意を込めて、同じように親指を立てた。真似をしただけなのに、何故か盛り上がっている。


 次は防衛都市の指揮官、ランヴァルト・ヘーグステット殿と、筆頭魔導師バラハ殿に会う。

 防衛都市の本部へ向かう途中で、向かい側から黒いローブの男性が小走りでこちらへ来るのが見えた。バラハ殿だ。手に持った杖を振っている。

「アーレンス様、お見えになったと聞きました! イリヤ先生は一緒じゃないんですか?」

「いや、私一人だ。サバトの案内と、エクヴァル殿に頼まれた用で来た」

「あ~、そうか。ニジェストニアの工作員のお話ですね。つい先日なのに、気が早いなあ」

 そう言いながら、バラハ殿はランヴァルト殿の執務室まで案内してくれた。


 彼は執務室の机で書類を手に、何やら難しい表情をしていた。茶色い髪に緑色の瞳で、レナントの守備隊長ジークハルト殿の兄。容貌は似ているが、弟よりも頼りになる人物だ。

「ランヴァルト~、アーレンス様だよ」

「……ようこそおいでくださいました」

 立ち上がり、軽く会釈をする。

「いや、気になさらず。工作員はどこへ送られたかなど、その後を聞きたいだけだ」

「今は王都ですよ。バレンから近いですしね、ある程度の尋問を終えたらこちらに移送されます」

 あっさりと教えられた。はぐらかされるかと思ったが、なかなか素直な男だ。バラハ殿はいったん席を外し、私はソファーに腰掛けた。

「何かの取り引き材料にされるのか?」


「……実はこちらの工作員が二名、それから国境を犯したとして捕えられている者がいまして、身柄交換を持ちかけます。残りは……そうですね、身代金を要求し、支払われなければ別の都市で労役についてもらいますか」

 ニジェストニアの人間を防衛都市に長く置けない、と軽く笑う。ちなみに対ニジェストニアについては防衛都市に全権を委ねられているので、ニジェストニア兵の扱いはランヴァルト殿に任される。

 つまり我らから知らせずとも兵が捕えられたとの連絡は彼に届くのだが、わざわざエクヴァル殿が最も早く伝えた行動に意味がある。


「あちらの状況は……」

 現在脅威となる国があるとすれば、ニジェストニアだ。師匠の健やかな研究のため、状況を把握するのも一番弟子の役目。

「こんな無茶な作戦を敢行するほど、切羽詰まってきていますよ。奴隷を増やしてどうにかなる問題でもないんですが、焦って余計に固執しているようですね」

「師匠に危険はないようだな」

「現時点では。気になる情報が入りましたら、そちらにもお知らせします」

 さすがにまだあまり進展がない。ちなみに元軍事国家トランチネルの軍人がここ最近暴れていた事案については、要注意人物の身柄を確保したので、この先は収まる見込みらしい。

 こちらはバラハ殿と王都の魔導師が、魔法に関する尋問を行っているそうだ。なかなか有益な知識はなく、むしろ召喚術の危険に関する認識不足に、頭を抱えているそうだ。


「お話は進んでるかなー?」

 ノックもせずに、バラハ殿が扉を開けた。後ろにイグナーツ・ウィンパーという彼の補佐がいて、お茶を載せたトレイを手にしている。

「もう大体終わった」

「じゃあ休憩にしましょう、もうすぐ人気店のプリンが届くんだ。アーレンス様、イリヤ先生へバラハから、愛と夢と信頼を込めて、とお伝えください」

「うむ」

 イリヤ様への貢ぎものとは、さすがに防衛都市の筆頭魔導師。気が利いている。

「ついでに注文でーす! 熱と下痢に効く薬、一週間以内にできるだけ! ちょっとそういう風邪が流行ってる地域があるんですよ」

「宜しい、うけたまわった」

 新たな注文か。さすが師匠、仕事が途切れませんな。ランヴァルト殿は苦笑いで眺めている。バラハ殿の調子のいい物言いのせいだろう。


 お茶の湯気が引かないうちに頂いて、小悪魔リニのいる飲食店へ足を運んだ。店内は貸し切りになっていて、酒を飲んで小悪魔も人も盛り上がっている。サバトに行かずとも、十分楽しめているようだが。

 リニは隅の席でひっそりと座り、盛り上がる人々を眺めながらジュースを飲んでいた。『リニはあたいに任せて』と言ったパティは、中心になって騒いでいる。

 ……あまり当てにならぬ小悪魔だな……。

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