第418話 女性魔導師と交渉

 詐欺集団の女性魔導師の襲撃を、危険を察知して駆け付けてくれた防衛都市の魔導師バラハと防いだ。ルシフェルの別荘に注意が向いていたから、もしいきなり広域攻撃魔法を唱えられたら危なかったわ。

 バラハは敵の魔法でずぶ濡れになっちゃったけど、被害が少なくて良かった!

 別荘は目を反らしたいような有り様だけどね……。


 魔法の痺れが収まった女性を、ベリアルの指示で兵がルシフェルの別荘の庭へ連行した。

 庭では侵入してボロボロになった三人組と、ガルグイユ三体が一列に並び、数人の兵が見張っていた。犯人の怪我はセビリノのポーションで治療が済んでいる。

 女性魔導師も三人組の横に並ばされて、膝を突いた。


 突如として彼らの前に火が赤く踊り、炎の中に黒い人影が浮かび上がった。

 火が割れて、火と同じ赤い髪の悪魔が姿を現す。ベリアルの登場だ。演出過多だなあ。

「そなたら、よくも別荘を荒らしおったな……!」

 鋭い眼差しと、溢れでる魔力。そんなに睨まなくても、目付きは元から悪いのに。

 侵入した三人よりも、女性魔導師の方がベリアルの危険性を把握して、俯いたまま震えているわ。

 別荘は床や壁が割れたり、調度品が壊れたりしている。特に調度品は神々の名工であるドウェルグ族が手がけているので、簡単に修理できないものもあるのだ。


「ガガガ、仕事ヲコナシタダケ。荒ラシテナイ」

「侵入者、追イ払ッタ」

「やり過ぎだと言っておるのだ! 室内の惨状を忘れているのかね!」

 反省のないガルグイユを、ベリアルが怒鳴った。ガルグイユ二体は首をかしげている。悪びれもしない石像と対照的に脅えている女性魔導師が、頭の高さくらいまで、小さく手を上げた。

「提案があります……! 取り引きしましょう。私が持っている、トランチネルでの研究成果などの知識を渡します!」

 研究成果。これは気になる単語が飛び出したわ。セビリノと顔を見合わせた。

 バラハも興味があるようだ。ちなみに濡れた服は着替えてきている。ラフなシャツとズボンを着ると、疲れた一般人に見えるわね。


「一応、聞いてみましょう! どこか話が漏れない場所で」

 急に張り切りだしたバラハ。

 私の家の客間へ移動し、兵に入り口などを警備してもらう。ベリアルは残って説教を続ける。ガルグイユもこれに懲りて、落ち着くといいなぁ。


 女性はまず、経歴を明かした。

 トランチネルで魔導師として仕えていたが、アイテム開発部門に回されたこと。そこで指示されたのが、不老の妙薬の完成。要するに賢者の石の研究だ。賢者の石には不老になるとかあらゆる傷を癒やす効果があるとか、はたまた装備すれば魔法が際限なく使えるとか、様々な憶測が飛んでいる。

 しかし研究が思うように進まず、元帥皇帝の叱責を受けて身の危険を感じた為、強行突破で国境を越えた。

 ボスと呼ばれる人物は、元帥皇帝の指示に疑問を持ったが故に反逆者として処刑されそうになり、一緒に亡命した仲間だとか。どちらも旧トランチネルにおいて、かなり高い身分だったようだ。


「つまり……賢者の石の研究結果を教えてくれるってこと!??」

 私達以上に、バラハが前のめりになっているわ。実際このチェンカスラーで権力を持っているのはバラハの方なので、彼が納得すれば減刑されると思う。

 ただ、ベリアルから許されるかは別の問題なのよね。

「ええ……。トランチネルではここまで研究が進んでいるわ!」

 女性は堂々と、半分崩れた白い石を出した。

 あーそっか~……。

 セビリノも表情は変えないものの、ガッカリしている。白い石の段階で、しかも私達の作ったものの方が、まだ状態が良いのだ。他国の研究段階が分かったのは有益かな。

 バラハも微妙な表情なので、トランチネルと同じくらいの段階かも知れない。白から先が難しいのよね。


「うん、あんまり取り引きにならなそう」

 白い石を笑顔でバラハが突き返す。女性は困惑してあたふたと石と私達を見回した。

「じゃあ、唱えようとした広域攻撃魔法! アレはかなり危険なのよ」

「知ってますよ、ブラン・フロワ・テネーブルですよね。人が住む場所に唱えるような魔法じゃありませんよ」

 教わる必要はないので、私は首を横に振った。毒と絶対零度の攻撃的な霧で覆う魔法。成功すればかなりの犠牲者が出たわ。

「ええと、ならあの水で押し流した魔法! トランチネルで開発したのよ」

「ああいう他の魔法の改良ですぐに何とかなりそうな魔法は、取り引きには向かないかと」

「我が師と取り引きできる材料はないようだ」

 興味が持てずに断わると、セビリノが勝ち誇った表情をしていた。


 相手は減刑して欲しいので、必死に次の案を捻り出している。

 ちなみにバラハは相手にどんな知識があるの引き出そうとして、なるべく無表情にしているだけで、口元が緩まないよう引き結んでいる。

「……そうね……。これは黙っていようと思ってたんだけど……」

 言葉がここで一旦途切れた。

 さらなる秘密の暴露があるのね! 思わず少し前のめりになる。

「ふむほむ」

「実は、メンバーの中に地獄の王の召喚プロジェクトに関わった召喚術師がいるのよ。彼はあまりの結果に、二度と召喚を使わないと決めてしまっているの」

「へえ……」


 契約に失敗した召喚の方法論なんて、教わっても危険なのでは。むしろ召喚倫理の指導をしたい。

「反応が薄すぎるっっ! 何ならいいのよ~~~!!!」

 上を向いて両手で頭を抑え、半泣きな女性。残念ながらトランチネルは、あまり研究が進んでいなかったみたいね。

「あのね~。ここだけの話、イリヤ先生は地獄の王の契約者で、そっちで暴れた王様を止めてくれた英雄なんだよ。友好的な関係も築けない召喚なんて、興味ないよ」

 バラハが苦笑いで説明する。女性はヒッと肩を竦ませて、私を見た。

「もしかして、あの赤い髪の悪魔って……」

「契約しているベリアル殿ですね」


「ぐがあああぁ!!!」

 野太い叫びで苦悶しているわ。ベリアルと戦っちゃったガルーダが無事で良かったね。

「で、他には?」

「そんな雰囲気じゃないのに! 無茶が酷い! 元帥皇帝より酷い!!!」

 軽く問い掛けるバラハの言葉に、女性はバンバンとテーブルを叩いた。バラハはにんまりとした笑顔で眺めている。

「イリヤ先生、あとはこちらで交渉していいよね?」

「はい、もちろんです」

「じゃあ身柄を預かりまーす。おーい、一名様を詰め所にご案内~」

 扉を開けてバラハが兵を呼ぶ。すぐに数人が小走りで部屋に入って左右に分かれ、両側から女性の腕を掴んで連行した。

 女性は疲れ切って力なく立ち上がり、抵抗も抗議もしなかった。


 部屋には三人になり、家の周囲に集まり始めた町の人のざわめきが聞こえた。

「そういえば、守備隊長のジークハルト様に伝えずに進めてしまって、良かったんですか?」

 歩かされる女性と、囲んでいる兵が窓の外を通りすぎるのを眺めながら尋ねた。兵達の動きに合わせて、集まった人の頭と視線が動いている。見知った顔もあるわね。

「ランヴァルトの弟君ね。彼らは領兵だから、有事に国軍が出兵したら下に組み込まれるんだ。特にランヴァルトは国軍の偉~い将校だから、兄弟とはいえ決定には逆らえないよ。今回は魔法関係だし、今ここで決定権が最も強いのは私だね!」

 胸を張るバラハ。しかしセビリノに目を向けてから、慌てて咳払いをした。


「……イリヤ先生のご意志が最優先ですとも!」

「うむ、当然だ」

「セビリノ、バラハ様を脅さないでね」

 なんだかんだで、バラハが顔色を窺っているのはセビリノなのよね。背が高いから威圧感があるし、“エグドアルムの宮廷魔導師”という肩書きは、遠い異国の地でも尊敬の的だった。

「有益な情報を引き出せたら、こちらにも報告します!」

 逃げるように去り、入れ替わりでエクヴァルが戻ってきた。

「ただいま、ボス達は無事に捕縛できたよ。……で、別荘の前でガルグイユと人が公開説教されてるけど、どしたの?」

「……それね、別荘の中に入れば理由が分かるわよ……」

「あ~、そういう感じ」

 エクヴァルは人差し指で頬を掻いた。この状況だから、中を確認するまでもなく見当が付くわね。


 犯人達はこれから尋問して、他に仲間がいないか、これまでどこでどんな罪を犯したのか、そして集めたお金をどうしたのか聞きだす。財産を押収できたら、被害者へ返される。別荘の修繕費用にも分けてもらえるらしい。

 修繕、どのくらいの費用と期間が掛かるのかしら……。

 現在別荘の庭では、ガルグイユだけが指導されている。室内に逃げた犯人たちは、女性魔導師と一緒に詰め所へ連れていかれた。

 いつの間にか集まった野次馬の中に、バースフーク帝国の帝室技芸員であるローザベッラ・モレラート女史と、弟子で自称天才のカミーユ・ベロワイエがいた。カミーユの黒髪は目立つわね。

 彼女達は詐欺の実行犯が取り引きのある商人と接触した関係で、実行犯の逮捕に協力していた。終わってこっちに来たのかな。


「はいはい、ちょいとどいてね」

 モレラート女史が公開説教を眺めている聴衆を掻き分け、別荘の敷地に足を踏み入れた。

 ガルグイユの視線が、モレラート女史に向けられる。侵入者扱いされたら大変だわ。

「何用かね」

「色々壊れたんでしょう? 細工物とかが得意でね、修理が必要なら手を貸すよ」

 モレラート女史は魔法アイテム職人で、自ら護符をデザインして作り上げるのだ。技芸員には、金細工職人として登録されている。


「ベリアルだけじゃ心配だからね。ルシフェル様の別荘だし、我々も力を貸すよ」

 四大天使のラファエル、モレラート女史の契約者だわ。真っ白い大きな翼に、エメラルドグリーンの神秘的な海色の髪。

「そなた、天へ戻ったのではないのかね。いつまでここにおるつもりだね」

「いったん戻ったけれどね。契約者が危ない目に遭う可能性があったから、召喚に応じたんだ」

 ラファエルはまたしばらく滞在するようで。

 天と地獄、両方のトップクラスが揃い、何かあれば最終戦争ハルマゲドンの爆心地になる、世界一危険な町になってしまったわ。防衛都市のランヴァルトやバラハが気に掛けるのも、当然よね。


「ピピー、ピピプー、天使襲来!」

「パララッパララッ、援軍要請!」

 ガルグイユ二体が初めて聞く警告音とともに騒ぐ。三体目の大理石のガルグイユは、対照的にとても静か。

「今のところ敵ではないわ、大人しく持ち場へ戻れ!」

「……了解シマシタ」

 納得がいかない様子ではあるものの、ガルユイユは玄関の両側と、室内へ戻った。


「ベリアル殿」

「なんだね」

「ガルグイユの警告音……変えられません?」

「…………」

 緊張感がないのよね。

 何も答えないので、ベリアルも変えたいと思ったようだ。


 モレラート女子は調度品の直せそうな部分を受け持ち、床などを直す職人はビナールに手配してもらった。なんせ大理石を扱える人は、この町にはいないのだ。

「ドウェルグ族の装飾品をこの手で直せるんだ、勉強になるね。ほう……、この細工の細かく美しいこと」

 柱を飾る、金のプレートをじっと観察している。歪んだ部分を直すのだ。あとはまたドウェルグを召喚しないとね。

 作ってもらったばかりなのに、気が引けるなあ。


 さてアイテム作製や研究をするかな。バラハから有力な情報が届くかしら。

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