第417話 襲撃の女性魔導師

 ルシフェルの別荘に賊が逃げ込み、ガルグイユが派手に迎えている。走ったりぶつかったりする音に、ガシャン、バタンと何かが壊れるような音が混じっている。室内を確かめるのが怖いわ。

 別荘も犯人も、無事ではないわね。先に逃げおうせた男性はベリアルの炎に驚き、玄関先で倒れてしまった。

 意識はあるものの、足を怪我していて再び立ち上がれないでいる。気力で逃げてきていたのね。


「……セビリノ、ポーションを持ってきてくれる?」

「は、師匠」

 捕縛して歩かされたら、痛くて大変よね。骨折もあるので中級以上のポーションが必要だろう。ベリアルなら対応が甘い、と嫌みを言いそうなものだけど、男性の「神様はいない」という発言が気に入った彼は、特に何も言わなかった。敵の敵は味方、みたいな感じかしら。

 

「こっち、こっち……、この家です」

 道からリニが家を指す。兵がザザっと庭に駆け込み、一人は連絡の為にそのまま通り過ぎて走っていった。近所の人や通りすがりの人が、道に集まって何事かとこちらを探るように眺めている。

 玄関先で倒れていた男性は、ベリアルが首根っこを掴んで端に寄せた。相変わらず乱暴なやり方だわ。


 人で道が塞がれてしまう前にセビリノが戻った。

「師匠。こちらが師匠の作、こちらは私の作ったポーションです」

 二本のポーションを堂々と出すセビリノ。誰が作ったのでもいいのにな。

「どっちでもいいから、中級を飲ませてあげてよ」

「どっちでも……ですか? 師匠のポーションを与える価値のある相手であるか、私に見極めろと仰るのですな!」

 そんな試験みたいなことは言っていない。ほとんど効果に差がないし、どちらでも変わらないと思う。

「飲んだら捕縛するんだし、早くしようね」

「では私のポーションを」

 セビリノが怪我人の脇にしゃがみ、ポーションを渡した。

 男性は倒れても意識はハッキリしていたので、受け取って匂いを嗅ぎ、液体を覗き込んでから飲み干す。

 近くでは兵が二人待機し、逃げられないよう見張っていた。そもそも、もう逃げる気力もない様子だわ。男性の怪我はあっという間に治り、兵が立たせて縄で縛った。


「さすが、すぐに効果があったわね」

「私のポーションにした理由は、罪人は師匠のポーションを使うに値しないと判断したからです!」

 何の報告!? それは言わないでおこう!

 男性は虚ろな眼差しをセビリノに向けていた。

 残りの兵は別荘の前と、窓を割られた裏側にも回って待機し、まずは逃げられないようにしている。応援が来てから突入する予定みたい。

 ベリアルが窓の前に立ち、室内の惨状を確認して顔を歪めた。別荘を壊したら、怒られるのはベリアルなのかしら。


「小悪魔リニ、すぐにガルグイユを止めよ」

「え、え? あ、は、はい……」

 偉そうに命令するから、リニが体を大きく震わせた。そういえばルシフェルがガルグイユに、リニの命令を聞くよう言い渡してあったんだわ。

 リニは玄関の扉を慎重に開けて覗き込み、そっと足を踏み出した。

「お、お邪魔します……」

 バンッ。大きな物音がして、リニの尻尾がピンと伸びる。さすがに一人だと可哀想なので、私も後ろから付いていく。

「リニちゃん、大丈夫?」

「イリヤ、……なんか……色々、壊れてるよ……」

 玄関ホールから左に入った部屋の扉が開けっぱなしで、ちょこまかと逃げ回る男性と倒れている女性、そして縦横無尽に飛んでブレスを吐く二体のガルグイユが見えた。

 室内で飛ぶのは慣れていないのか、時おり壁にぶつかる。魔力を帯びた石像の前に、壁は無力だ。

 このままでは崩壊してしまう!


「ガルグイユ、止まって……!」

 リニが指を組んで祈ると、ガルグイユの動きがピタリと止まった。

「ガガガ、停止命令」

「ギギギ、マダ倒シテナイ」

 二体はリニを振り返り、じっとしている。

「兵士の皆さん、石像の動きは止まりました。犯人を連れて脱出してください」

「も、もう捕まえられるから、ガルグイユは元の位置に戻って……」

 必死のリニのお願いに、大理石のガルグイユが持ち場へ戻る。他の二体もそれにならい、大人しく玄関脇へと四本足でトコトコと向かった。心なしか残念そうな後ろ姿だわ。

 別荘の中は悲惨だけど、犯人も捕まってこれで解決かな?

 ホッと一息ついていると、にわかに外が騒がしくなった。


「鳥が燃えてるわよ!」

「ああいう鳥じゃないのか? それより光る鳥に魔導師が乗ってるぞ、なんか魔法を唱えてる!!!」

 燃える鳥って、防衛都市のバラハが契約しているフェニックスかな。人が乗る光る鳥っていうのは、何かしら。

「師匠、新手です! 上空に魔導師を発見、バラハ殿と交戦中です!」

 バラハがレナントで戦っているの?

 私は外へ飛び出して、セビリノの横に並んだ。

 上空ではバラハのフェニックスが女性魔導師が唱えたブリザードを、炎で相殺していた。バラハは後ろで何か魔法を唱えている。


「ストームカッター!」

「並みの魔導師じゃないわ、発動が早い!」

 女性魔導師が乗っている光る大きな鳥、アレはガルーダね。鳥の王を意味するガルトマーンという別名を持ち、翼が赤で全身は金色に輝く鳥で、弱いドラゴンくらいなら倒してしまう戦闘能力がある。

 フェニックスでは不利だわ。

 爪やくちばしで攻撃されたら、防ぎきれない。ガルーダが雄大に翼をはためかせるとストームカッターの刃の飛ぶ速度が遅くなり、楽に避けられてしまった。

「セビリノ、加勢しましょう」

「くっ……、私の麒麟は戦闘をしない……!」

「そういう勝負じゃないのよ」

 二人が契約した鳥と共闘しているから、対抗したいのかしら。それだと私の場合、ベリアルが鳥枠になってしまう。聞かれたら怒られるからね。


「「鳴り渡り穿て、雷光! フェール・トンベ・ラ・フードル!!!」」

 今度は雷撃を互いに撃ち合っている。痺れる効果があるので、魔導師同士の戦いでは好んで使われる。当たれば次の魔法を有利に唱えられるのだ。

 二人の真ん中で雷がぶつかり、眩しい光が一瞬で空を覆った。互角の威力だわ、どちらも消えてしまう。

 バラハと合流しようと光が弱まるのを待ち、目を開いた。

「キイイィィ!」

 次の手にかかろうとするバラハに、ガルーダが襲いかかる。相手は魔法が途切れる瞬間を待っていたんだわ、これでは防御が間に合わない。

「男の人と燃えてる鳥さん、危ないよ」

「そうねえ、でもなんで空で戦ってるのかしら……?」

 親子が不思議そうに見上げている。状況が分からない人からすれば、町の上空で魔法戦を繰り広げられるのは単なる迷惑よね。


「フェニックス、逃げろ!」

 バラハが叫ぶ。しかし本当にフェニックスが逃げてしまったら、ガルーダはまっすぐバラハを襲うだろう。プロテクションも間に合わない距離、ガルーダの爪が鋭く光る。

 大きな翼を広げたガルーダの前に、突如として火柱が上がった。火属性のガルーダはそれを恐れもせずに、オレンジに燃える火の中へと飛び込む。

 火を抜けた先で、フェニックは急上昇して逃れ、バラハの前には真っ赤な髪とマントをなびかせて、ベリアルが立っていた。

「助かりました、ベリアル殿!」


「阿呆どもが!!! 暴れるのなら郊外へ行け、ルシフェル殿の別荘を壊す気かね!」

 お礼を言ったバラハが怒鳴られてしまった。バラハは仕掛けられた方では。

「キイイイィイ」

 爪の攻撃をベリアルの剣で防ぐと、ガルーダはあっけなく離れた。

 その背に魔導師は乗っていない。後方に待避して、詠唱を開始していた。


「流れるもの、掴めぬもの、一つに集まりて尚も形なき水。我が器に流れ込みて満たせ、溢れて洪水となれ。せきを切り岩を浸食し、瀑布の如く理不尽なる質量で押し流せ! イノダクション・カタラクト!!!」


 空に川が出来て水が流れ、まるで滝のような凄まじい勢いで押し寄せる。激しい見た目のわりに、殺傷能力の低い魔法だわ。次に強い魔法を唱えるつもりで、私達を排除したいのだろう。

 弾かれた水滴がチラチラと地上に降り注ぐ。

 この怒濤の勢いを、どのように防ぐのか。

 ベリアルはスッと避けてしまい、逃げ遅れたバラハが鉄砲水に巻き込まれた!

「え、えー!?? ベリアル殿~、酷っ……ぷわっ!」

 押し流す勢いの水から、溺れないように必死で顔を出すバラハ。黒いローブがびしょ濡れで、更に濃い色に感じる。挙げられた手がさよならを告げるかのように見えた。


 私とセビリノはさっさと避難したから、濡れずにすんだわ。川は途中で広がり、また狭くなる。幅も魔導師がコントロールしているのね。

「あやつを守るいわれなどないわ」

「まあそうですよねえ……」

 契約者じゃないんだら、ベリアルが守る必要はないのよね。魔法の効果は絶大で、バラハはほんの数秒で町外れまで運ばれてしまった。フェニックスが慌ててバラハを追い掛けている。


 離れた場所で攻撃のタイミングを伺っていたガルーダに、ベリアルが斬りかかった。ガルーダが翼を羽ばたかせて鳴き声を上げると、炎が発生してベリアルに流れ、包み込む。

 もちろんベリアルには全く効果が無いので、苦も無く抜けて剣を振り下ろした。

 残りは魔導師だわ。 

「あの魔導師は距離を空けて、魔法を唱えようとしておりますな。一人で形勢を逆転する魔法となれば、広域攻撃魔法に違いありません」

「私も同感よ。広域攻撃魔法が発動すれば二人で全てを防ぐことは不可能に近いわ、唱えられないようにしないと!」

「はっ!」

 いざとなればベリアルがどうとでもしてくれるだろうけど、ルシフェルの別荘だけしか守らないかも。


 セビリノがファイアーボールを唱え、魔導師はプロテクションで防ぐ。相手は防ぎつつ、攻撃魔法の詠唱を開始している。


「甘き苛烈な毒、凛冽りんれつなる瘴霧しょうむよ針葉樹のいただきを渡り、永遠の寒さに閉ざされし夜の国より訪れよ」


 水属性の広域攻撃魔法だわ。これは絶対零度の攻撃敵な霧に加えて毒が発生する、かなり危険な魔法。町に唱えられたら、被害は甚大になるだろう。

 魔法が完成される前に止めなければならない。

 魔導師のプロテクションは、まだ継続されている。セビリノが発動の早いアイスランサーを唱えたが、阻まれてしまった。しかし自分が魔法の標的になれば、どうしても多少戸惑って詠唱が遅れる。

 更に騒ぎに気付いた地上から、兵の矢や初球の攻撃魔法が放たれた。ギリギリ届いた矢は弾かれて落ち、攻撃魔法も消えてしまう。

 ただ、プロテクションは綻び始めているわ。あと少し!


「風よつどえ! 嵐の戦車となりて我が身を包め。傍若無人なる七つの悪風を従えよ! 立ち塞がる山を突き破れ。雲よ、竜の鱗の如くあれ! シャール・タンペート!!!」


 風を帯びて突進する魔法を、私が唱えた。ベリアルから逃れたガルーダが魔導師の近くへ行き、私に火を吐いてぶつけるが、纏った風に阻まれて火は雲散霧消してしまう。

「あの女、魔法使いよね!? どうして魔法剣士が使うような、接近する魔法を使うの!??」

 魔導師が戸惑って、魔法の詠唱を中断した。

 今更逃げても間に合わないのだ! 既に壊れかけていたプロテクションの壁は、もろくも消えてなくなった。

「詠唱を止める為です!」

「だからって、これはないわ~……!!!」

 属性が強まって帯電し、雷を手のひらに集めて女性魔導師に至近距離からぶつけた。衝撃で護符が壊れ、破片が飛び散る。女性は魔法が途切れて飛行を保てなくなり、墜落していった。


「ピイイィイィィ」

 斬られて傷を負っているガルーダが女性魔導師の服を銜え、空き地にゆっくりと着地した。地上で戦いを見守っていた守備隊員がすぐさま駆け付け、魔導師を捕縛する。痺れて満足に動けないので、抵抗はない。

 ベリアルが近くに降りたので、ガルーダも大人しくしていた。

 

「あああ……酷い目に遭った」

 びしょ濡れのバラハがヒョロヒョロと力なく飛んで戻ったわ。

「あ、忘れかけてました。大丈夫ですか?」

「イリヤ先生、酷いよ~! せっかく駆け付けたのに……」

 大声を上げているけど、半笑いだからまだまだ余裕そうね。

「応援要請でもあったんですか?」

「いえー。都市国家バレンに潜伏してる諜報員から、詐欺事件があって犯人がチェンカスラー入りした、と連絡があったからね。続報でトランチネルの軍関係者の可能性があるってきたから、レナントで何かされたら危ないと思って。急遽飛んできたんだ」

 ランヴァルトらしい判断だわ。ジークハルトのお兄さんで、防衛都市の指揮官をしている彼は、弟も気にかけている。今回心配したのは、ベリアルの動向

やルシフェルの別荘だろうけど。


「そうだったんですか。バレンは同盟国では?」

「この近辺でニジェストニアの影響が最も大きいのがバレンだから。ニジェストニアの動向を把握する為にも、バレンに潜んでるんだよ~」

 ふむほむ、なるほど。偉い人も色々気を遣って大変なのね。

 次は詐欺グループの全容を解明しなきゃいけないのね! ボスは無事に捕獲できたのかしら。

 遠くにワイバーンが見えた。キュイだわ、エクヴァルが戻ってきたわね。私もいったん別荘へ行こう、魔導師を追って広場に降りちゃったのよね。

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