第345話 ペリエルの能力

 天使ペリエルに案内された宿はルシフェルも泊まったというだけあって、貴族御用達の立派な建物だった。

 ゆっくり休んでルシフェルを探さないと。朝のスープも美味しかったな。

 手伝いをしたこともあって、宿泊代はあちら持ち。出発しようとしたら、ペリエルと契約者が宿の前に来ていた。


「おはようございます、皆様。昨日はペリエルが宿の前で別れてしまったそうで、申し訳ありません。きちんと中まで案内するべきでしたのに……」

 ペリエルは子供っぽいところがあるから、契約者は苦労してそうね。本人は悪びれた風でもない。

「べっつに、宿の場所を教えれば十分じゃないの~」

「こちらが協力をお願いした立場なんだよ」

 契約者は平謝りで、ペリエルをたしなめる。

「いえ、気にしていませんから」

「だよね~。でも、私の不手際みたいに思われるのは遺憾だわ。そうだ、しゅの奇跡を見せてあげる!」

 奇跡。何をするんだろう、楽しみだわ。

 ペリエルは祈るように手を組んで、しばらく真面目な表情で、言葉を発せずに口を小さく動かしていた。


「……バッチリよ。え~、これから三日間は雨が降らないでしょう。ただし、明日の朝は冷えるから気を付けてください。五日後は曇りで、ところにより小雨が降ります」

「……天気……ですか?」

 これが奇跡? なんだか妙にガッカリするわ。こちらの反応が予想と違ったようで、ペリエルが焦る。

「主の天気予告は向こう五日間は確実だから、喜ばれるのに!? これだけじゃないよ! さらに……これからの半年、雨は例年より少なく、気温は例年並みです。遅霜に注意してください。精度が落ちるけど、長期予報までできちゃうよ!」

 エッヘンと自慢げに手を腰に当てるペリエルを、契約者が乾いた笑顔で眺めていた。


「私たちはチェンカスラーに帰りますので、この近辺の長期予報を教えて頂いても……」

 こういうのって、農家の人なんかが喜ぶ情報では。気温や雨は野菜の生育に影響する。苗を植えるなら、雨が降ってからがいいし。魔法研究所で薬草を育てる係の人が、天気を気にしていたわ。

「ペリエル様の天気予報だ!」

「三日間は雨が降らないそうだぞ。長雨の季節になる前に、鉱山からの運び出しを終わらせないとな」

 道を歩いていた人が、喜んでいる。

 この国ではさや豆の収穫の後の時期に長雨が降り、鉱山からの道がぬかるんで危険になる。ドラゴン被害による復旧作業と、それに伴う採掘の遅れを、その時期までに何とかしたいそうだ。


「ところで、宝石を輸出する馬車にルシフェル様も同乗されたそうですが、どこへ向かったかはご存知ですか?」

 エクヴァルがペリエルの契約者に質問した。

「ルシフェル様のことなら、私に聞いて欲しいのに!」

「ペリエルに説明してもらったら、答えを聞くまでに夕方になっちゃうよ。ルートは教えられませんが、最初の目的地は南にあるあまり大きくない国で、ソノルトーム王国です」

 そうか。馬車に同乗したなら、馬車の目的地が分かればルシフェルの行き先も判明するのね!

 次の目的地は、ソノルトーム王国だわ。小国を挟んだ先で、そんなに遠くない。


「ありがとうございます、そこに行きます」

「これが昨日の謝礼です。それから、ソノルトーム王国の近くで戦争があり、小国が一つ、ある国の属国になったんです。兵士が賊に身を落としたり、治安が悪化していますのでお気を付けを」

 ペリエルの契約者が、金貨の入った布袋を渡しながら教えてくれた。

 ルシフェルからの手紙にも書いてあった賊の話は、ちょうどこれから向かう方向なのね。

「情報ありがとうございます、十分に留意します」

 エクヴァルがお礼を告げて、キュイがいる町外れを目指した。


「少しは楽しめそうではないかね」

「襲われに行くんじゃないんですよ、なるべく回避しますよ」

 ベリアルが楽しそうにしている。被害者を増やさない為にも、賊に遭わないようにしたい。いや、倒してしまった方が世の為なんだろうか。


 上空をペガサスに乗った人や飛べる小悪魔が偵察で飛んでいるので、私達は低空飛行で移動した。道を走る馬車は護衛を多めに連れている。国境付近では検問が行われ、警戒が強められていた。

 薬草取りらしき人は、集落の近くを一人で移動したりしている。金目のものは持っていないだろうから、危険なのは盗賊より魔物よね。

 ソノルトーム王国は空からならあまり遠くなく、ルシフェルも着いたばかりではないかな。これなら合流できそう。国に近付くとベリアルが魔力をハッキリと察知できたというので、キュイを町の外で待たせ、彼に導かれて居場所を探した。


 辿り着いたのは貴族街の近くにある、確かにルシフェルが泊まりそうな、お高そうな宿だった。

「我が行って参るわ。そなたらは適当に時間を潰しておれ」

「お昼ご飯を食べてますね」

 ベリアルに任せて、いったん別行動する。高級そうなお店がたくさんある場所なので、気後れしちゃうわ。天使連れの護衛がいる貴族の馬車が通り、リニがエクヴァルの陰に隠れた。

 天使はベリアルが入っていった宿を、胡乱うろんな眼差しで見詰めて通り過ぎる。

「あら、ここに泊まりたいの? 今日はもう少し進む予定なのよ」

「泊まりたくない、絶対に泊まりたくない。先を急ごう」

 契約者の言葉に、思いっきり首を左右に振って否定していた。魔王二人分の魔力を感じたんだろう。天使からしたら、今この宿に泊まるのは、処刑場に足を踏み入れる気分ではないかしら。


 私達は高級店の通りから少し離れ、貴族以外のお客もいるお店を選んだ。大衆料理やこの国の名物がメインの、ちょっとオシャレな食堂だ。

 黒い鍋のまま提供される羊肉のトマト煮込み、潰したジャガイモにスープで煮込んだキャベツを混ぜて焼き上げ、ベーコンを散らした料理。サラダには豆が散らしてある。ブルスケッタはトマトとアボカドのいろどりが鮮やか。

 大皿で取り分けるのが、定番のスタイルらしい。海が遠いこの国では、魚は川で獲れるマスが多い。今回は香草焼きを頼んだ。それから名物のハムとソーセージ。

「全部美味しそう……、どれから食べよう」

 リニが所狭しと料理が並べられたテーブルの上で、視線をさまよわせている。エクヴァルがリニのお皿に、少しずつ料理を盛り付けた。小皿は二つあり、深い方にはトマト煮込みだけを入れる。


「食べてみて、気に入ったのを増やすと良いよ」

「うん、エクヴァルにも取ってあげようか?」

「私は大丈夫だよ」

 エクヴァルは料理を自分で、ササッとお皿に運んだ。

 手際のいいエクヴァルを眺めていたリニが、何かを思い付いたように笑顔になった。そしてエクヴァルのお皿のジャガイモを潰した料理の上に、ソーセージを一本載せ、黄緑の豆を二つ並べる。ソーセージと合わせて顔にしたんだわ。

 可愛い悪戯だ、いいなあ。王だと悪戯がとんでもないことになるもの。

「ははは、ありがとう」

 二人のやり取りを眺めていたセビリノが頷く。あ、悪い予感。


「師匠、私が料理を取り分けましょう」

「自分でやるからいいわよ」

「いえ、エクヴァル殿に負けていられません!」

 彼は時々、無関係のものに挑む。まだ何も入っていない深い小皿に、中心が高くなるようにトマト煮込みを盛って、満足げな表情で私に手渡した。

「他には何を致しましょうか? 料理が足りなければ、追加しますか? そうだ、デザートは如何でしょう」

「まずは食べてからにしましょうね」

 セビリノがやたらソワソワしている。私はセビリノにも食べるよう促し、食事を始めた。どの料理も作りたてで美味しい。


 食事が終わる頃、ベリアルが合流した。

 一緒にいるのは黒い短髪に黒い瞳、黒いジャケットを着た、細くて不健康そうな悪魔だった。ルシフェルはいない。

「……ルシフェル殿め。身代わりを置いて行きよった」

 苦々しくベリアルが呟く。どうやらまた逃げられたようだ。

「ちわ。地獄の長官マルファスだ」

 連れてこられた悪魔は、居心地が悪そうに軽く名乗った。リニが頭を下げている。

「初めてお目に掛かります。ベリアル殿の契約者の、イリヤと申します。ベリアル殿がいつもお世話になっております」

「おかしな挨拶はせんで宜しい」

「……うおぅ……、ベリアル様の契約者だからな。何かの罠かも知れん、迂闊な返事はできんぞ」

 マルファスはボソボソと呟いていた。警戒心が強い悪魔ね。


「先程の説明をここでせよ」

 店員が案内しようとするのを断わり、隣の空いている席に勝手にベリアルが座った。マルファスもベリアルの様子を窺いつつ、テーブルを挟んで向かい合わせに座る。自分で話すのが面倒だったから、説明をさせる為に連れて来たのね。

「え~と、自分は以前ルシフェル様とベリアル様がこの世界の温泉地にいらした時、ちょうど召喚されまして。運の悪いことに相手が高慢チキだったから、ついちょっと暴れちまって……。ご迷惑をお掛けしちまいました」

 ベリアルだけならともかく、ルシフェルまでいたのだ。苦い対応をされたんだろう。肩身を縮こまらせるている。


「で、先日ルシフェル様のご用で、喚んで頂きやした。挽回のチャンスを与えられたもんで、この機会を逃せねえと張り切りましたよ、そりゃあ。ルシフェル様のお屋敷から金品を届け、馬車に乗ってこの町までお供をし、最後に褒美として、ルシフェル様の魔力が籠められた宝石を頂戴しました」

 なるほど。それでベリアルが、ここにルシフェルがいると勘違いしたわけだわ。さすがルシフェル、爽やかな意地悪だ。

 マルファスはルシフェルにもらった宝石を、堂々と披露した。

 魔力の籠められたサファイアは、済んだ青に輝いている。

「これは立派な品ですね」

 大粒で、宝石自体も魔法付与するのに相応しい、立派な魔力を秘めている。いいなあ、私も欲しい。


「いいだろう~。ルシフェル様は昨日、貴族の保養地に行かれちまいまったぜ。山の中腹に温泉が湧いてて、そこら一帯がこの近辺の貴族が好む保養地として、開発されてんだって話で」

 温泉が好きなのかしら。貴族の保養地の温泉、どんな風だろう。

 ルシフェルの宿の手配までしたマルファスに、ベリアルがしっかりと場所を聞いておいた。

「今度こそルシフェル殿も逃げておらぬであろうな」

「ベリアル様、契約者殿に自分を地獄へ送らせてください。宿はあと一泊分の金を払ってあるんで、使ってくだせぇね」

 ようやく追い付くと思ったら、ここで一泊、足止めになる。ベリアルは難色を示したが、これもルシフェルの意向なので断る選択肢はない。

 ゆっくり温泉に浸かりたいのかしら。


 マルファスはセビリノが地獄へ送還した。頼んだら、二つ返事でやってくれたよ。たまに頼みごとをするのも、一番弟子ごっこを加速させないのに、いいかも知れない。



★ マルファス…154話の温泉回に、ちょろっと出ました。ベリアル殿とルシフェル様がいる時だったので、何もせずにすぐ帰った。

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