第346話 ルシフェル様と合流

 地獄の長官、マルファスをセビリノに送還してもらい、私達は彼が泊まっていた宿に宿泊した。あと一泊分、支払い済みだからだ。

 豪華な宿の、最上階のフロアを貸し切り。部屋は四つしか無く、全てに護衛と使用人用の部屋が付いている。フロアの真ん中に休憩室があり、そこで区切ることもできるようになっていた。

 私、ベリアル、セビリノ、エクヴァルとリニで一部屋ずつ。とはいえ、一部屋が一部屋じゃない。リビング、執務机のある小部屋、パウダールーム、それに何故か寝室が二つある。


 エクヴァルは冒険者ギルドへ、黒猫に変身したリニをともない、情報を集めに向かった。セビリノは部屋で、エグドアルムへの報告書を書いて連絡を取っている。ベリアルは何処かへ遊びに行った。

 私はせっかくなので、主寝室の広いベッドと、副寝室に二つ並んだベッドの全部に寝転がってみた。やっぱり主寝室を使おう。


 食事は朝のみお願いしてあるので、夕食はエクヴァルとリニが買ってきて、エクヴァルの部屋に集まって皆で頂く。ベリアルは宿にワインを注文し、おつまみだけを食べている。

「冒険者ギルドで、噂の賊について少し調べたよ。この近辺でも活動をしているそうで、護衛依頼がやたら多かった」

 エクヴァルが警戒しているのは、この辺りで最近暴れているという、兵士崩れの賊だ。リニがミニトマトを頬張りながら頷く。

「しばらくギルドの酒場で噂話を聞いていてね。さすがに元軍人の集まりだけあって、統率が取れているみたいだね。狙った獲物だけを襲い、民家や小さな村などを略奪した情報はない。そして狙われたのは評判の悪い貴族や、金を貯め込んでいる商家が多かった。金品と武具だけが目的で、人的被害は少なく済んでいる」


 つまり、ええと。私達は危なくない、でいいのかしら?

「小国が制圧され、兵が賊に身を落としたのでしたな。もしや、主権を奪い返す準備では?」

「それは分からないけど、資金を集めているのは確実だね」

「空を行くのですし、襲われる心配はありませんな」

「移動中はね。貴族が集まる保養地……、狙われる要素がある」

 セビリノとエクヴァルが、難しい相談をしている。盗賊の動向は専門家に任せるしかない。しかし、今から行く場所がもし襲われたら、そこにはルシフェルがいるのよねえ……。

 ベリアルに視線を送ると、ご機嫌でワインを飲んでいた。ワインが美味しいからか、楽しい戦闘になることを期待しているからか、はたまた両方か。


 貴族の保養所となっている温泉地は、温泉自治区として高度な自治が認められている区域。

 周辺国の富裕層や貴族、時には王族まで滞在するが、森の部族による連合国の一部で、国に戦力はあまりない。なのである程度は護衛の兵力を保持して来訪することを歓迎し、有事には周辺国に対し、自治区が独自で援軍要請を発する。

 ちなみに大昔、木材を求めて平野部の国が侵攻をし、それに対抗する手段として連合国の形をとるようになったのだとか。


 豪華な宿を後にし、ルシフェルが待つ温泉へ出発。

 空には小悪魔や、羽の生えた蛇の魔物が飛んでいたが、私達に近寄ろうともしなかった。

「イリヤ、イリヤ。どのベッドで寝た?」

 リニがキュイの上から話し掛けてきた。部屋が豪華すぎて落ち着かなかったかなと心配だったけど、ゆっくり休めたのかしら。

「主寝室の大きなベッドを使ったわ。リニちゃんは?」

「私ね、使用人のお部屋の、二段ベッドに寝たの。木のはしごで上って、高い方を使ったの。天井が近いから、手が届いて面白かったよ」

「私が下の段に寝たんだ。たまには気分が変わっていいね」

 エクヴァルと二段ベッドを使ったとは。リニはエクヴァルに背中を預けたまま、見上げて微笑んだ。

「そういう楽しみ方もあったわね……!」

 二段ベッドかあ、使用人部屋は使わなかったわ……!


「師匠、到着です」

 山をくりぬいたような、木々の中に広く開けた場所がある。塀に囲まれていて、木造の立派な建物が並び、道も馬車が三台すれ違えるくらいの幅があった。

 ここが温泉自治区。警備の兵が隊列を組んで歩いている。今までいた町よりも、物々しい。宿には立派な馬車が、お供用の馬車もたくさん引き連れて止まっていた。

「そこの方々~、現在は特別警戒中です。早く降りて、ちょっと質問に答えてね」

 警備の小悪魔が飛んできたわ。小悪魔に促され、整備された公園に降りる。広い芝生にキュイも羽を伸ばせたよ。

「カッコイイな~ワイバーン! お前いいな、乗せてもらえて」

「……うん」

 小悪魔が目を輝かせている。リニは照れたように、小さく頷いた。


「それで、ワイバーンはここでいいのかな?」

「後で案内するよ、他の騎獣と仲良くできる? 食べちゃったら弁償しなきゃだからな」

 小悪魔の相手は、エクヴァルに任せた。

 ベリアルが我関せずで移動するので、私とセビリノも付いていく。向かっているのは、公園の休憩所だわ。池のほとりにあり、テーブルや椅子が並べられていて、池を眺めながら食事ができる。

 そこに天使が二人……もとい、天使と悪魔が優雅に紅茶を飲んでいた。給仕をしているのは、人間の少年だわ。


「ルシフェル様と、へマン様ですね」

 銀の髪に水色の瞳、白いローブを着た天使にしか見えない姿の地獄の王、ルシフェル。

 ウェブした金の髪を高い場所で結び、真っ白いローブガウンを着た正真正銘の天使、ヘマン。中央に長く垂らした布の下部に模様があり、胸元には十字架が描かれている。

 天の聖歌隊のリーダーで、エグドアルムに滞在していた際に、ホテルで歌を披露してくれた。聞く人全てが耳を傾けるほどの、よく通る澄んだ声だったわ。


「やあ、ベリアル。ペリエルの手伝いはしたようだね」

「……そなたが言ったのであろうが!」

「せっかく人の世界に来たのだから、少しは周囲の煩わしさから離れたいものだろう?」

 つまりベリアルも邪魔だったから用を言い付けた、と。地獄だと周囲にすぐに人が集まるルシフェルは、実は一人でいる方が好きなタイプだったりする。

「で、ヘマンとおるのは何故だね?」

「ふふ、少し前に歌を聴かせてもらったろう。礼でもできないかと思ってね」

「とんでもありません、ルシフェル様。ルシフェル様に歌を届けられて、私の方こそ光栄です」

 

 ルシフェルが誰かに何かしてもらうと、相手が“やらせてくれてありがとうございます”と、本当に喜ぶ。これがカリスマ性というヤツなんだろうか。得だなあ。

 ヘマンは現在、ある国の音楽隊の指導者として召喚され、契約している。その音楽隊が、この温泉自治区で行われた音楽祭で、歌を披露したのだという。

 明日が出立なので、それまでルシフェルもここにいるようだ。

「あの、ヘマン様。質問があるんです。尋ねても宜しいでしょうか?」

 話が途切れたのを見計らって、音楽隊の少年が控えめに言葉を選んだ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

「質問の内容によっては、返答をしないが」


「はい、僕は召喚術に明るくありませんし、勿論です。天使と悪魔は仲が悪いと思っていたんですが、赤い髪の方は悪魔ですよね? お二人と親しそうですが、どういった関係なのでしょう。戦いになったりはしませんか?」

 少年の質問に、三人が顔を見合わせた。

 そもそも悪魔であるルシフェルと天使ヘマンが一緒にいたのに、今更な質問だわ。つまり、ルシフェルも天使だと、ずっと勘違いしていたのね……!

「……天と地獄は休戦中で、この世界は中立地帯だから基本的には戦わない。特に、位の高い者ほど迂闊に戦闘をしないものだ。そして彼ら二人は、堕天した経歴がある。彼らが天にいた頃からの知り合いだ」

「なるほど、そうなんですね。堕天……二人?」

 やっと気付いたようで、少年は驚いた表情でルシフェルを振り返った。

 ルシフェルは静かに微笑んでいて、ベリアルは胡散臭げにルシフェルを見ていた。


 私達はルシフェルが泊まっているのと同じ宿に宿泊する。ヘマンと音楽隊は、参加者用の貸し切り宿に泊まっている。

 音楽祭は終了していて、招かれた客や参加者が半分以上帰ったところ。もうちょっと早かったら、音楽祭も楽しめたのにな。

 残念だけど、温泉があるわ。どの宿にも大浴場があり、他に公衆浴場がある。さすが貴族の保養地だけあって、公衆浴場は高級レストランのような入り口をしていた。

 貸し切り風呂もたくさんあるらしい。せっかくだし、お風呂は広い方が良いわよねえ。


 宿はちょうど客が帰ったあとで、空室がたくさんあった。

 音楽祭は毎年開催され、例年は閉会後も滞在する人も少なくない。しかし今回は、兵士崩れの盗賊が出没しているので、狙われることを危惧して早く帰る人が多かったのだとか。

 今のところ、被害の情報は入っていない。

 小悪魔と話をしていたエクヴァルとリニが戻ってきて、一緒に食事をした。ルシフェルはヘマンと会っていて、ベリアルは一人で姿を消した。何か悪巧みをしていないか心配だわ。

 

 その夜も特に何も無く、静かに明けた。

 先に出立したヘマン達の音楽隊を見送り、温泉街のお土産を眺めてから帰る。貴族御用達だけあって、高級品ばかり。ハンカチ一枚にしても、キレイに飾られている。

 道を歩いている間に何度も、兵士や護衛を連れた貴族とすれ違った。

 坂を下ると、少し買いやすそうな値段もでてきた。魔法関連は、薬屋と、薬草医のお店がある。ただ、やはり貴族が相手かなという感じで、狭い店舗に薬瓶が並ぶ町のお店とは、雰囲気が違っていた。

 症状を相談するサロンまであるのだ。エグドアルムの王都の薬草医の診療所も、こんな感じだったわね。


「そろそろかな」

 ルシフェルが呟いた。私は買いたいものがなかったし、ベリアルは昨日一人で買いものを済ませたみたいだし。ルシフェルの買いものは、全てセビリノが預かっているし。うん、準備オッケーね。

 ルシフェルがいると勝手にセビリノが手下をしてくれるので、重宝されている。

「では門を出てから、空を飛びます。イリヤ嬢、もし誰かが襲われていても、後先考えずに突っ込まないようにね」

「分かってます」

 エクヴァルに注意されつつ、帰路に着く。

「お気を付けて……」

 来た時に声を掛けてきた小悪魔が、肩をすぼめてペコペコとお辞儀をしていた。


 馬車の隊列が、門を出て進んでいた。山の中の曲がりくねった道とはいえ、整備されている。

 ヘマン達の音楽隊は、中腹くらいかしら。

 しかしどういうわけか、影も形も見えない。もっと先の方まで進んだのかしら。

 不思議に思って眺めていたら、ヒヒンと馬のいななきが響いた。

「……狙われたのは彼らだったようだね」

 ルシフェルがスッと声が聞こえた方へ、方向を変える。

 賊なの? でもなんで、道を反れて森へ入っちゃったの?

「……誘導されたんじゃないかな。賊が目的だけを狙うとしたら、襲うのは町にいる時よりも離れた時だよ」

 エクヴァルが疑問を口にするよりも早く、教えてくれた。


 どこかに分岐点があって、そこから誘導されたのね。

 待ち伏せされてるんだわ! 私達も、急遽そちらへ向かった。ルシフェルが先にいったから、着いたら全部終わってるかも……。

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