第149話 結末

 さて。

 この後、私たちはどうすればいいのでしょう。

 地獄の王二人が戦い、さらに上の王が止めに来るという事態に、フェン公国の人達は理解が追い付かない、という感じだ。そしてバアルまで来ちゃった。


 とりあえず話し合いをする事になった。

 パイモンの契約者も逃げられないだろうけど、もう既に死にそうな表情だ。戦犯扱いだろうからなあ……。


「ベリアル、仕切れ。メンドくせえから適当にな」

 ドカッと勢いよくイスに腰かけるバアル。

 ベリアルはボロボロになった服を脱ぎ、フェン公国の赤い高級将校の軍服を借りて着替えている。ズボンは黒で太い金のラインが入っていて、けっこう派手。コレがいいとワガママを言ったの。あの戦いを見た後で、断れるわけがない。

 大きな丸いテーブルを囲んで、フェン公国からは宰相の五十歳くらいの白髪の男性と、経過を見ていたアルベルティナ、魔法防衛隊の隊長の四十歳くらいの男性、公国守備隊長が参加。あとは記録係と数人の男性が立っている。


「……解りました。まず、パイモンの契約者よ。そなたの契約内容について、聞かせてもらおう」

 ビクリと震えた男性が、小さな声で話し始めた。もう泣きそうだ。

「人を、たくさん殺させると。フェン公国を落としたいと願いました。そして、私を殺さないように、と」

 フッと、ルシフェルが冷笑した。


「道理も解らぬ者が王を召喚しようなどと、身の程をわきまえなからこのような事態になる。バアル、君はどのような契約をしているかな?」

「俺ですか? 契約者の国に我が軍勢は危害を加えない、という条件です。俺自身も、それなりのことがない限りは何もしませんよ」

 満足そうに頷いて、水色の瞳はベリアルに向けられた。

 それなりのこと。バアルのそれなりって、肩がぶつかったからぶっ殺した、とかになりそう。


「ではベリアル。君は?」

「我であるかね。……契約者に危害を加えないだけではなく、同意なく他者を殺さぬと契約しておる。契約者の危機であれば、その限りではないが」

「なんだテメエ、殊勝な契約をしてるじゃねえか! あの女、随分なやり手だな!」

 バアルはなんだか楽しそう。ベリアルは知られたくなかったみたいだね。


「これが王とする契約。自分だけを殺さないなど些細な条件では、他の全てを殺していいと言っているようなものだからね。もっとも、そのような危惧がなければ問題はないけれど。よもやパイモンと結ぶ契約とは思えない」

 なるほど、とフェン公国の人達が真面目に聞いている。

「あの、質問しても宜しいでしょうか?」

「許可する。以後は話の途中でなければ、そのような断りはいらないよ」

 控えめに聞くアルベルティナに、ルシフェルは笑顔で答えた。


「その地獄の王と契約した男の処遇は、どうしたら宜しいのでしょう?」

「ふむ……、それはそなたらに任せよう。この国を攻めようとしたのであるからな。それで良いかね、ルシフェル殿」

 ベリアルの答えに、ルシフェルが頷いた。この場での悪魔側の決定権は、最終的にはルシフェルにあるのだ。

「構わない」

 まず一つの議題をクリア。


 と、彼については私も疑問があったんだわ。

「貴殿が王を戦争利用しようとしたのは、元帥皇帝とやらを恐れてか?」

 セビリノの方が一足早かった。召喚術師は、肯定しつつも質問の意図が解らないという様子だった。

「召喚規範に反して、他国で召喚術師として仕えられなくなるのに、という意味です。国にいるうちはともかく、一歩外に出れば強く非難されるでしょう」

 王を召喚できたほどの腕なのに、彼は私の言葉にがく然としている。

「召喚規範……? 我らは学んでおりません。先帝の時代に知識を色々と規制し、反対した者は処罰され、多くの本が焚書ふんしょによって失われたとか」

「……知らずにいたのか」

 これは、トランチネルの意識改革と、倫理を流布する必要があるわ。


「では、私からも質問を……。何故あの地獄の王は、自分が召喚された国であんなにずっと、暴れていたのでしょう?」

 魔法防衛隊の隊長だ。今度はバアルが答えた。

「趣味だろ。アイツ、血を見るのが好きだからな。人間は心地のいい悲鳴を上げるっつってた。だからあんな召喚に応じたんだろーな。マトモな感覚の王なら、あんなモンで喚ばれん」

 つまらなそうに腕を組んでいる。

「趣味……ですか」

 質問した魔法防衛隊の隊長は、冷汗をかいている。趣味なら、怒りが収まったら暴れるのは終わり、というわけにはいかない。


「おうよ。ただ暴れ過ぎだからな、帰還要請を地獄から入れたんだよ。契約を果たす為にこの国を攻めれば猶予が生まれて、まだ遊べると思ったんだろーな。ちっと考えが足りんがな。で、おい。急いで来て喉が渇いた。ビールくらいだせよ」

「この場で飲酒するのかい、君は」

 ルシフェルが呆れるけど、バアルは気にしていない様子。

「ビールなど水と一緒ですよ、色が付いているだけです」

 違うと思うけどっ。

 でも、ビールくらいで酔いそうにも見えない。


 今度は公国守備隊長が質問する。服がベリアルとお揃いになっちゃってる。

「私からの質問です。ベリアル様、貴方は王であらせられるのですか? 貴方様とその女性は如何なるご関係なので……?」

「……我は地獄の王、ベリアル。我らの仔細については、記述から消しておくよう。そしてこの小娘は、我が契約者である」

「王の契約者!??」

 フェン公国側の人達の視線が、一斉に私に集まる。うう、居心地が悪いなあ。ベリアルはお構いなしに話を続けた。


「この小娘が使った三つの攻撃魔法は、我らの呪法を模倣したもの。他の者による使用は許されぬ」

 王に対抗する手段と思って使っちゃったけど、マズかったんだろうか。もしかして、このあと私の吊し上げ会!??

 あれれ? と焦っていると、フェン公国の人が飲み物を運んで来てくれた。私達には暖かい紅茶だ。


「そうだね、あと弟子の男。君もあのバアルの呪法を使っていいよ」

「……宜しいので?」

 驚きつつも、嬉しそうにするセビリノ。ルシフェルに気に入られているなあ。

「ルシフェル様、何故ですか!?」

 バアルは少し納得できないみたい。珍しくルシフェルに声を荒らげた。

「遅参したペナルティーだよ。他のことがいいかい?」

「い、いえ。失礼致しました」

 さすがに、すぐ引っ込んだ。笑顔で何を提案するか解らない、それがルシフェル。厳しい条件になると判断したんだろうな。止めに来るはずが間に合わなかったから、ペナルティーなのかな。


「だいたい、大人しく身を守っておれと言っておいたに、何故そなたはあのような魔法を三連続で使うのだ!」

「防御はすぐに、破られるじゃないですか。距離を開けるのが上策かと考えまして。攻撃は最大の防御です!」

「はっはっは、違いねえ! 面白いモンを見逃しちまったな!」

 ベリアルは呆れたようだけど、バアルは豪快に笑ってる。

「君には借りができたからね。私も咎めはしない」

 そうでした、これしかないと思って忘れてました。危なかった。

 借りとは、天の監視の目を防いだ魔法だろう。 


「ところで、なぜ王同士で争われたのですか? 我が国を守ることが、利益になるとは思えませんが」

 アルベルティナは紅茶のカップを両手で包んでいる。

「そりゃな、俺達はまだ大戦を避けてるからだ」

 端的なバアルの言葉に、ベリアルが続ける。

「天の監視が行われておったから、あのまま破壊が続けば天の使いを派遣される事態になったであろう。王に対抗しうる天使が来るとなると、さすがにこちらも負けるわけにはいかぬ。この地上でそのような争いが起こり、天と魔の大戦に発展してしまえば、そなた達にも最悪の状況ではないかね」


 大戦をお互いに避けているのは、ある程度高位の悪魔や天使と交流があるとか、そういう人から学ぶのでもなければ、意外と認識してないのかしら。ここは召喚規範とは別な、天使と悪魔の事情だからね。

「ま、要するにだな、地獄にもルールはあるんだよ」

 バアルはビールをお代わりしてる。一気に飲み干しちゃったのね。

「なるほど、勉強させて頂きました」

 アルベルティナって真面目よね。魔法防衛隊長の隊長も、静かに頷いていた。


「……ただ、相手がコイツじゃなきゃ、戦いにはならなかったかもな」

「どういう意味だい、バアル」

 空になったグラスでベリアルをさすバアルに、ルシフェルが問い掛けた。

「そりゃあルシフェル様、パイモンがコイツを毛嫌いしてるからですよ」

「ベリアルはアスモデウスとも仲が悪いし、だからと言って命令を無視する理由になるとは思わないが」

 ルシフェルはあまり解っていないみたいだ。ベリアルは苦虫を噛み潰したような表情をしている。

「……アレは、我と戦う機会を待っておったからな」

「ルシフェル様の友と自称するのが、気に食わないんですよ。子供の執着です」

 自称。その辺はバアルも面白くないみたいだけど、パイモンは気に食わないを通り越して、憎いと思っていたのね。

「……くだらないね。感情とは関係のない問題だ」

 水色の瞳が、氷河より冷たい! 情状酌量の余地は、ないようです……。


「あのお……、これからお三方は、どちらへいらっしゃいますか?」

 白髪の宰相だ。一番気が弱そう……。

 パイモンを止めてくれたけど、このまま地獄の王に、フェン公国に残られても困るんだろう。なんせ魔法や魔法薬には長けているけど、召喚術はあまり学ぶ人がいないんだよね、この国。対応なんてどうしたらいいか、解らないだろう。

「俺は帰るぞ。あ、ベリアルの契約者。地獄へ送ってくれ」

 バアルは地獄。地獄を経由して国で召喚してもらった方が楽だろうし。

「解りました」

「我は契約者と行動を共にしておる。チェンカスラーへ帰るのかね?」

 ベリアルは私に聞いてくる。頷いて答えた。


「ガオケレナを買って帰りたいんですけど、個数制限が……」

「それなら、差し上げますともっっっ!」

 宰相が慌てて手を振っている。近くにいる人を呼んで、すぐに手配してくれている。やった、もらえちゃう!

「有難うございます、お言葉に甘えさせて頂きます。ルシフェル様は如何なさいますか?」

「私は……、そうだね。もう全て済んだからね。またベリアルの監視でもしようか」

「……なんだね、それは」

 今回もルシフェルはしばらく滞在するようだ。ちゃんと天蓋付ベッドがあるから、大丈夫。他の誰にも使わせてないよ。


「でも今日はこれから帰るには、遅い時間ですね。疲れましたし」

 窓から外を見ると、もう暗くなっている。公国守備隊長がそうでした、と立ち上がった。

「宿を用意させましょう。皆さま、ご要望はありますか?」

「俺は特にねえが……」

 バアルはこだわらなそう。野宿も平気そう。

「ルシフェル殿は、天蓋付のベッドで、しかも誰も寝ておらぬ新品以外は受け付けぬ。我は個室であれば良い」

 ベリアルの言葉に、彼は頷いている。

「わ、解りました。ベッドも直ぐに手配いたします」

 すぐさま公国守備隊長は出て行った。お部屋が空いてるのかなと思ったけど、よく考えたら現在フェン公国は観光客も商人も来ない状況だった。どこもガラガラかも。


 用意してくれたのは、国賓を招いた時に使う立派な宿で、最上階の五階と四階を貸し切りにしてくれた。五階に四つあるスイートルームが、地獄の王三人、四階もかなりいいお部屋! 私達三人でワンフロア貸し切りでいいの? まあ今日は、他のお客がゼロみたいだけど……!

 エクヴァルもセビリノも慣れてるから普通だし、私だけキョロキョロしてる。

 宮廷魔導師見習い時代はかなりいい対応だったものの、あの頃はただ付いて行くって感じだったからなあ。


 宿の玄関ホールまで送って来てくれたアルベルティナが、帰り際に珍しくエクヴァルに自分から声を掛けた。

「あの。貴方はどのような方なんですか?」

「私? 私は……。エグドアルム王国の、皇太子殿下の親衛隊に所属している」

「親衛隊……! 地獄の王にも怯まぬ姿に感服いたしました! またフェン公国にいらした際は、是非私に連絡してください。どこでもご案内いたします」

 バッと深く頭を下げる。

 パイモンとの戦いの時、アルベルティナはかなり恐怖を感じていたから、堂々と王に対峙するエクヴァルを頼もしく感じたんだろうな。私もすごいと思ったし!

 今まではエクヴァルを怖がるというか嫌そうという感じだったのに、態度が違った。

「では、またの時はお言葉に甘えて」

「ありがとうございます! では、失礼いたします」

 嬉しそうにして去って行った。



 軍事国家トランチネルについては、基本的に人間達に任される。しかし指導者不在で、北半分は襲撃で酷く疲弊してしまった。難民もすぐには帰れないだろう。平和な解決策があるといいんだけど。

 フェン公国との交易や交流は通常通りに戻るし、フェン公国への被害が最小で済んだのは良かった。これから周辺国が、トランチネルに援助をするみたい。


 これで、地獄の王パイモンの問題は終わりっ!

 みんな無事で良かった。

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