第150話 その後のトランチネル
軍事国家トランチネル。
地獄の王を召喚した事で怒りを買ってしまい、最高指導者であった元帥皇帝が死亡、その場に居合わせた重臣達も皆殺害される。
国の北側にある幾つもの町や村が壊滅状態で、難民はフェン公国へ押し寄せた。
その元凶の悪魔はフェン公国にて交戦、地獄へと送還された。
危険が去り、難民も少しずつ国に帰ろうとしている。
しかし依然として国内は混乱していて、誰が指導者として立つか揉めている。元帥皇帝の身内は投獄された。かつての王の血筋から王を決めようという動きが高まっている。
南側は元から反乱を計画していて、中心人物である侯爵と辺境伯がまとめている為、南北に分断されている状態だ。
□□□□□□□□□(以下、侯爵の視点)
「キースリング侯爵、フェン公国からのお客様です」
「すぐにお通ししろ」
執務室で資料に目を通していると、兵の声がした。
許可をするとすぐに廊下を移動する足音がして、少しして扉が開かれる。
現れたのは背中の真ん中ぐらいまでのえんじ色の髪を一つにまとめ、胸当てをしている背の高い女性で、フェン公国の騎士団の顧問魔術師、アルベルティナと名乗った。
彼女は地獄の王がフェン公国に現れてから、収束までの経緯を説明してくれた。
とてもとんでもない内容だったが、事実なのだろう。
チェンカスラーに地獄の王と契約を結んで良好な関係を保っている者が居て、トランチネルに召喚された王とその王が交戦状態になった。それを更に高位の王を召喚し、事を収めて頂いたとは。
この王の契約者については教えられないし、チェンカスラーにそういう者がいる事も口にしないよう求められた。もちろん、王の気に障ればどのような結果になるか、嫌と言うほど味わっている。迂闊に吹聴するような真似はしない。
あちらも解っていて、教えてくれたのだろうし。
連絡はここまで、今後のトランチネルについての相談に来られている。
「北はまだ、統治者が決められていない。南は私たちで合議制にすると結論が出た。近々、独立宣言をしようと思う。悪魔の襲撃で向こうは疲弊しているからな、たいして揉めないだろう」
「南は問題ないようですね。北については、手を打ってあります」
「介入するのか? 確かに、そうでもしないと下手をしたら内戦に……」
「おう、来たぞ!」
突然男が窓の外に姿を現した。飛行魔法を使える魔導師、いや……
「バアル様、御足労頂きましてありがとうございます」
アルベルティナがすぐさま窓を開けて招き入れる。
深緑の髪をした男はドカドカと室内に入り、少し遅れてもう一人、紺色のローブの魔導師がやって来た。
「早すぎます……っ」
「はあ? そんなに急いでねえぞ」
後から降り立った男は、息を整えて礼をした。
「失礼、私はエグドアルムの宮廷魔導師をしております。セビリノ・オーサ・アーレンスと申します」
エグドアルム? また何故そんな所から?
突然の乱入者に対応できないでいると、兵が私の斜め前に二人、立った。
「この方たちは、北トランチネルの王位争いを収めに来て下さったのです」
アルベルティナの説明によれば、このエグドアルムの宮廷魔導師は麒麟と契約をしているのだという。麒麟は瑞獣で、賢王になる者が解る。なので、麒麟に選ばせたらしい。
それで納得するのかと思ったが、最初に入ってきた男は地獄の王の内の、筆頭だという。本当ならば、異を唱えられるわけもない。私付きの魔導師に聞いてみたところ、恐ろしい魔力を感じる、これが王というものならばそうなのだろう、という返事だった。
そもそも地獄の王や公爵がどのような存在か、我らには解らないから判別は出来ない。しかし、この相手が敵対すべきでないことくらいは容易に理解できた。
元帥皇帝以前の王の血筋の方は、いつ殺されるか怯えながらひっそりと生きてきた。突然日の目を見る事になり、変化に戸惑っているだろう。
とはいえ、これで北トランチネルも落ち着いていくはず。会談を申し出てみよう。クーデターを計画していた程だ、我らには食料の蓄えもある。フェン公国とも良好な関係を築きたいし、間になる北トランチネルが落ち着きを取り戻すことは望ましい。
北トランチネルの難民についての話もした。
幸いチェンカスラーが食料などの物資を送ってくれたので、少しは猶予がありそうだ。ノルサーヌス帝国からも、日用品や救助隊の派遣があり、怪我人の治療や難民用のテントの設営などを手伝ってくれているらしい。勿論、我らも手を差し出す準備はある。
破壊された村など元の場所に戻れない者は、人手不足のフェン公国で雇い入れを検討しているというので、有り難い。国に帰りたいが帰る場所がない者は、この南トランチネルで受け入れる事も可能だ。
「北トランチネルの新王のお披露目と同時に、私達南トランチネルの代表とフェン公国、チェンカスラー王国、ノルサーヌス帝国の方々も集まって頂き、今後についての協議をしたいのだが」
「賛成致します。すぐに大公閣下に言上いたしましょう」
申し入れると、アルベルティナはすぐに頷いてくれた。この提案を待っていたようにも思える。
「簡単に話が付いたな、こりゃあいい。これで俺も戻れる」
「……どちらから、いらしたので?」
髪と同じ深い緑色の服を着て、腰に白い布を巻いたバアルという地獄の王は、どかっと来客用の椅子に座って大股を広げ、背もたれに両手を乗せている。
「ずっと南の国だ。パイモンの奴がはしゃぎ過ぎるんで来たんだが、ちょいと事情で遅れてな。しかし派手にやらかしたなあ、アイツ」
ここに来ながら、北の惨状を空から眺めたらしい。北は、敗戦国の様相だと報告で聞いている。主要な建物も多く破壊されている。
田畑が荒らされていないのが、不幸中の幸いだ。今期の収穫も見込めるが、場所によっては村ごと壊滅だからな……。数人の生き残りがいても、もう戻りたいとは思わないだろう。
「パイモン……それが、地獄の王の名で?」
「そうだ、もう喚ぶんじゃねえぞ。まあ今は地獄で謹慎中だ、出て来ねえけど」
「もちろん召喚しません、骨身に染みております……」
謹慎。そんな事もあるのか。
「言っとくが、人間の国を一つ二つ滅ぼしたくらいで、王に処分など降らん。そんなのは、こっちにはどうでもいい。召喚する方が悪い。しかしアイツは、帰還要請を無視して、事もあろうに王同士で争った」
先ほども聞いたが、どのような戦いが行われたのだか想像もつかん。よくフェン公国に大した被害がなかったものだ。
「上の方が酷くお怒りでな。俺はまあ、天の監視の目さえ防げれば、問題ないと思うがな。アイツはやり方がスムーズじゃねえ」
「天の監視の目……」
「お前らは、ほとんど関係ねえよ。ゼロとは言わねえが」
なんとも大きな話だ。それだけではない、威圧感に圧倒されそうだ。さすがに王。
「アルベルティナ殿。話し合いはどの程度進まれて?」
「あ、あとは協議の日程を決める事です。いつ頃がよろしいでしょうか?」
エグドアルムの宮廷魔導師と名乗った男に促され、フェン公国の使者が問いかけてくる。なるべく早い方が好ましいだろう。
「北に打診してからになる。とはいえ、なるべく早い方がいい。二週間後くらいをめどに」
「解りました、そのように」
三人は窓から飛行して帰って行った。悪魔と魔導師は、この国の状況の確認に来たようだ。そして、悪魔からは最後に
「召喚時の、召喚師の対応が悪すぎる。学んどけ」
と、お叱りがあった。
先代の元帥皇帝が学ぶのを禁止し、焚書した内容の部分なんだろう。これはノルサーヌス帝国に、最低限だけでも教示してもらえないか、頼んでみるしかないな。
いっそ悪魔の召喚を禁止にしようか。いや、禁止すると余計危険なことをやりたがる輩が出るものだからな……。法と学習機関の整備が先だ。
思ったよりも色々とスムーズにいきそうだ。
これからは忙しくなるぞ。気合を入れなおそう。ついに、国の為に全力で動ける時が来た……!
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