第140話 ワステントのサバト
さて、今晩はサバトです!
サバトに向けて、ベリアルがまたおかしなことを言い出した。
「王たる我が突然訪れたのでは、混乱しよう。あちらも準備があろうでな! イリヤよ、誰ぞ先触れを召喚せよ!」
彼はサバトへ、チヤホヤされる為に行きたいのだ。出迎えも盛大にして欲しいのだろう。本当に派手好きだなあ……。
そんなわけで、子供の頃に召喚術のテストとして喚び出した事がある悪魔、公爵エリゴールを召喚することにした。ベリアルの配下で、狩りのお供などをする側近。子供好きで豪胆な、ベリアルよりも背の高い、騎士姿をした男性だ。
エクヴァルとリニ、セビリノも近くで見学している。リニはエクヴァルの後ろに隠れてて、セビリノはなんだかやたら興奮しているような。
座標を書いて、呪文を唱える。以前本人からもらった
「出でよ、悪魔エリゴール!」
座標には炎が生まれ、周りは黄色く消えてき、濃い赤に染まった中心部が大きく広がっていく。ボウボウと燃える音が響いて、すぐに悪魔エリゴールが姿を現した。
目の前のベリアルに膝を折って礼をする。
「閣下、ご健勝そうで」
「うむ。そなたに用を頼みたくてな」
「ははっ! どのような事でしょう?」
「サバトに招待されたのだよ。そなた、イリヤらと先に向かい、我が参る旨を伝えよ」
「そのようなことでしたか。お任せください。して、イリヤはどちらに?」
んん? ベリアルの隣にいるんだけどな? もう顔を忘れちゃったのかな?
「……目の前に居るではないかね」
「ははは、御冗談を。髪の色はともかく、背格好が全く違うではないですか。騙されませんよ」
「そう言えば、子供の頃にお会いしてきりでございました。お久しぶりにございます、お世話になりました、イリヤです」
エリゴールは私を見て、固まってしまった。
地獄に居ると感覚がなくなるのかも。悪魔達は、基本的に姿はそのままだから。特に高位の悪魔なんて、千年経っても何も変わらない。
「もうそんなに成長したのか!? 言葉使いも全然違う……。以前は閣下に無礼で、自由奔放な子供だったのに」
「エリゴール様、それは……」
「そぉこー!!! おにいちゃんはどうした! なぜ俺をエリゴール様と呼ぶ!?」
そこ!? エリゴール様と呼ぶのがダメなの? それこそ何故!?
「幼き折りは閣下やエリゴール様が尊きご身分の方だと、理解できておりませんでしたので。お恥ずかしい限りです」
「そんな問題じゃない!! おにいちゃん、お兄ちゃんと呼べ!」
「……そなた、何を言っておるのだね……?」
ベリアルがため息をついている。
召喚を見て感心していたはずのエクヴァルとセビリノも、これって本当に公爵と、疑うような眼差しだ。
「閣下……! 閣下は人間の世界にばかり行かれて、狩りのお供をする事も減っていき……。そんな俺の楽しみは、召喚されてまたイリヤにおにいちゃんと呼んでもらえる事だったんですよ! まさかもう大人になり、その夢が断たれるとは……!」
「ええ……!? 申し訳ありません……??」
呼んで欲しいと言われても、今更公爵様をお兄ちゃんなんて呼べない。子供の頃のさり気ない言葉が、奇妙な嗜好を生んでしまったらしい……。
「何の関係もない幼女にお兄ちゃんと呼ばれる、貴重な機会だったのに!! くそうおおおォォ! 人間には失望した!」
派手なジェスチャーで落胆ぶりを表現している。さすがベリアルの配下、おかしな悪魔だった。幼き日の思い出のままにしておくんだった。
「お、お兄ちゃん……」
「……小悪魔か? お前、名は?」
エクヴァルの采配だ。リニが恐る恐る、公爵エリゴールに声をかけた。エリゴールはピタリと慟哭をやめ、彼の半分の背もないリニを見下ろした。
「……リニ……です」
怯えながら答えるリニに、突然にかっと相好を崩す。
「リニかあ~! かわいいなあ! そうか、小悪魔なら変わらんな。地獄に戻ったら俺の邸宅へ来いよ、楽な仕事でいい生活をさせてやるからな!」
誘い方がえげつない……。
さすがのベリアルも呆れ顔。
「エリゴール。そなた、おかしな真似をするでないぞ……?」
「不埒な真似はしません! 愛でるのです! お兄ちゃんと呼ばれ、一緒に遊びおやつを食べる。俺はそういう生活をしたーい!!!」
欲望の曝け出し方がすごい。ここまでくると、いっそ爽やかだ。
ワステント共和国のサバトはスゴイ。広いお店を貸し切って、普通の町なかのお店で開催される。店長さんも悪魔と契約を持っていて、山奥とかだと行くのが大変だから、お店を開催場所として提供してくれるのだ。
しかもこの町にあるので、気楽に行かれる!
「こんばんは、ご招待に預かった者です」
貸し切りの札が掛けられた扉を開けると、すぐ脇に机があって、サバトへようこそ、と書いて花などで飾られたディスプレイがある。店内には既に悪魔や人間がたくさん来ていた。
「いらっしゃい……ませ?」
受け付けの女性が私を見て、エクヴァルとリニに視線を向け、セビリノを確認してから公爵エリゴールで止まった。解る人ね。
店に居た悪魔や鋭い召喚術師なんかも、エリゴールに注目した。
つられて皆の視線が集まるのを、興味なさそうにしている。
「これは、高位の貴族の方とお見受けいたします!どうぞこちらへ、お席を用意させますので」
立食式だけど、座る席は用意してあった。お店の従業員らしき人が急きょ一つだけテーブルを少し離し、椅子にクッションを敷いて、どこからともなくテーブルクロスとロウソクを出して、セッティングしている。
「あ?ああ、俺じゃない。我が主が参られる。地獄の王、ベリアル様が! 皆の衆、心して出迎えよ。歓待の準備をせよ!」
わああ、と店内は大歓声。サバトに王が参加するって言うのは、特別でとても栄誉なことなの。そしてサバトだと皆、簡単に身分を明かす。これはサバトでのことは外で話さないという、暗黙のルールがあるからだ。仲間内の公然の秘密、といった感じかな。
すぐさまエリゴールの椅子の隣に、王を迎える為の席が用意された。もっと特別な料理が必要じゃないか、などと相談している。参加している人と悪魔は入り口から通路を開けて集まり、花道が出来上がった。皆、心待ちにしている。小悪魔なんかは、こんな近くで王を見られる事などないのだ。
少しして、ベリアルがやって来た。
拍手で迎えられ、とても満足そう。解りやすいったら。
「さて、我の席はどこだね?」
「こちらでこざいます、ようこそいらっしゃいませ。チェンカスラーのサバトに王がいらっしゃったと聞いて、口惜しく思っていたところです。誠に光栄です!」
主催の女性が、笑顔で何度も頭を下げる。
衣装が豪著で姿が派手だし、顏は整っていて声も滑らか。性格以外は問題ないのがベリアルだ。
チェンカスラーは王が三人揃ったから、自慢したかったんだろうな。さすがに名前までは漏らしていないようね。
エリゴールが椅子を引いて、ベリアルを待った。
王であるベリアルが座り、公爵エリゴールが席に着き、皆に飲み物が行き渡ったら乾杯してサバトが開始される。
私には例の如く、契約者としてベリアルと同じテーブルに椅子が用意された。
恥ずかしいから嫌なんだよなあ……。彼のように目立ちたいわけじゃないんだけど。セビリノは弟子として私の後ろに立ち、何か飲み物は、食べたい物はと聞いてくれている。
彼はエリゴールやベリアルに対する皆の態度などを眺めて、地獄の位階や在り方について観察しているようだ。
エクヴァルとリニは入り口近くに居たんだけど、リニが飲み物を取ろうとすると他の悪魔がからかってくる。すかさずエリゴールが立ち上がって、そちらに向かった。よほどリニを気に入ったみたい。
「お前、ちゃんとした契約結べたのかよ? また人間に騙されたんじゃないだろうな?」
「…………大丈夫だもん……」
「リニ、閣下の契約者殿にも飲み物を持って来てくれ」
公爵であるエリゴールが名前を呼んで頼みごとをするものだから、他の小悪魔がギョッとして彼女から少し離れた。
「あの、なに、持って行ったら……いいですか?」
「リニと同じものでいいだろう」
「はい」
それだけ告げて、席に戻る。周りはざわざわとしていた。
リニが私の席まで飲み物を運んでくれて、その後ろから様子を見ながらついて来るエクヴァル。
「ありがとう、リニちゃん」
「……うん」
「リニとやら、大儀であった」
なぜかベリアルがわざわざ偉そうに言っている。疑問に思っていると、エクヴァルがそっと耳打ちした。
「ベリアル殿の心遣いだよ。王に名前を知ってもらっている小悪魔なんていないでしょ、地獄に戻っても嫌がらせなんてされなくなる」
なるほど。エリゴールとベリアルは、リニを心配してくれて、わざわざ親しいアピールをしてくれているんだ。今スゴイって思われるだけじゃなく、これから先にも響いていくのね。
しかしエリゴールの顏には“どうだ、俺はいいお兄ちゃんだろう!”と、書いてある気がするから、素直にいい悪魔だなとは思えなくなる。残念な公爵サマだ。
このサバトはさすがにお店だけあって、飲み物も料理も美味しい。
薄くて小さい生地が用意してあり、そこに好きな野菜や肉を乗せて、巻いてドレッシングを付けて食べるとか、チーズフォンデュとか、料理がオシャレ。焼き立てクロワッサンのおいしいこと。パンプディングも大好物です。炒めものや煮物も大皿に盛りつけられていて、好きなだけ取っていい。フルーツやプチケーキまで用意してある。
半年に一回なんて、毎回来ちゃおうかしら……!
王と公爵にはひっきりなしに人も悪魔もあいさつに来ていて、なかなか食べる暇がないみたいだけど、楽しそう。私はリニちゃんと、料理を堪能している。近くにエクヴァルとセビリノが居て、二人で何か話をしている。初めてのサバトの感想とか、帰ってからの事とか、かな。
そんな感じで、普通にお店を貸し切った個人パーティーみたいなサバトだった。
とても楽しかった!
ベリアルも満足したみたいだし、エリゴールは帰り道でリニを肩に乗っけて喜んでいたし。ベリアルが私を乗せているのを見て、自分もやりたかったそうだ。リニは涙目だったけど……。嫌われるぞ、お兄ちゃん。
リニを降ろしたエリゴールが、エクヴァルに振り返った。
「お前がリニの契約者だったな?」
「はい、そうですが?」
「イリヤ、お前は俺の
ぴゅうっとエクヴァルの後ろに隠れたリニを、眺めながら話すエリゴール。
「解りました。じゃあこれ、エクヴァル。誰にも見せないようにね」
「私が召喚しても良いので?」
小さなメダルのような
「リニがピンチの時に俺を喚べ! ちゃんと術の練習もしておけよ。リニ、お兄ちゃんが助けてやるからな。誰かにイジメられたら言うんだぞ、消し炭にしてやる!」
ベリアルもそういう感じだから、相談とかできないんだよね。報復が極端すぎる。リニは喜ぶより、不安になってるよ。
「解りました。良かったね、リニ」
「あ、お前が死んでも喚ぶなよ。お前はどうでもいい。リニだ、リニ。契約もせんからな。お前は本当にどうでもいい」
いやもうホント、素直ですね……。
エリゴールはその日の内に地獄にお帰り頂いた。なんせ、宿の人数に入っていない。リニにお兄ちゃんと何度も呼ばせていて、最後はベリアルからいい加減にせんかと怒られていた。
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