第53話 ドラゴンの鱗の依頼

 エクヴァルはやはり一緒に住むことになり、二階の部屋を使うことになった。

 身分などは隠しているので、様付けと敬語は使わないように念を押された。

 そして今日は冒険者ギルドに案内する約束だ。昼前なのでベリアルも一緒に出掛けて、三人でお昼も食べよう。

「……この者は諜報員なのであろう? ならば案内などせずとも、道などもう覚えておる筈だ」

「え? 昨日いらしたばかりですよ?」

「……どうもやりづらいなあ。まあ、主要な建物の位置関係は、全て把握しましたよ」

 専門の諜報員でもないんですがね、と苦笑いしている。

 じゃあなんで教えて、とか言ってきたんだろう……? わりと謎の人だ。


「ここが冒険者ギルドです。朝はすごく混むみたいだけど、もういているかしら」

 ゆっくりと入口の木戸を開ける。冒険者らしき人々の姿はあるものの、そんなに多くはない。特に見知った顔もいなかった。

「ありがとう、美しい人」

「どういたしまして、おかしな方」

 こんな感じで褒めてくるので、なんだか胡散臭いなあ。


 不調だな~と呟きながら、エクヴァルは依頼の貼られた掲示板の前に行った。

 私は受付の左側にある、緊急危険情報を確認してみた。危険な魔物が出た時に、注意勧告が貼られるらしい。商業ギルドにも貼りだされるし、人が集まる場所に立て看板で出る町もあるとか。

 この前アランという商人の隊商に同行させてもらった時に護衛として参加していた、このレナントの町で知り合った冒険者グループ、“イサシムの大樹”の人達に教えてもらった。

 むしろ、今まで知らなかったのと驚かれてしまった……。一般常識だったらしい。

 出身の山奥の村にはギルド自体がなかったし、立て看板を見るまでもなく、王命で討伐に行く方だったからね……。


「イリヤ嬢! これこれ。面白いものがあるよ!」

 エクヴァルが一つの依頼札を持って、こちらへやって来た。


“採取依頼 ドラゴンの鱗、等級、種類問わず”


「ドラゴンの鱗。ということは、武器か防具の職人さんかしら。鱗はいつも取らないからなあ」

「そなたは爪だのドラゴンティアスだの、薬になるものにしか興味を示さんからな」

「……最近討伐してるように聞こえるんだけど……」

「中級くらい倒さないと、ドラゴンティアスってなかなか出てこないのよ。あ、お土産のドラゴンティアスありがとう。今度使わせてらうわね」

 しまった、ドラゴンの話なんてしているから、周りの視線が集まっているぞ。そしてエクヴァルのランク章に目が行くと、“いや、あいつDだよな?”と訝し気に話している。場所を考えるべきだった。

 

「とにかく、どこで手に入るか分からないと受けられないわよ」

「それなら、依頼主が相談に乗ってくれるって書いてあるね。どうだい、ランク問わずだし受けてみようか?」

 受けたいのかな、この依頼。

 依頼札を振りながら、エクヴァルが移動しようとした時だった。


「何考えてんだよ。やめときなよ」

 私達の会話が聞こえていたようで、呆れたような表情で男性が声を掛けてきた。年は二十五歳前後で、私と同年代に映る。槍を持っていて、もう少し若そうな女性と一緒だ。女性は魔法使いの杖とローブを装備している。ランク章は二人ともB。

「確かに、落ちてる鱗を拾うって手もあるけどね。ドラゴンはブレスも使うから、危険よ」

 周りにいる冒険者はこの二人を知っているようで、ひそひそ噂している。いい反応みたいだし、この町の中では有名な冒険者かも。


 青年はリエトと名乗った。水色の短髪で青い瞳、軽装で槍を使う。

 女性は魔法使いルチア。赤茶の髪に茶色の目をして、裾の短いローブを着ている。

「君達は受ける予定?」

 エクヴァルの目が、獲物を発見したように暗く光った気がする……。にこりと笑ったところが、むしろ不穏だ。 

「まさか。地震の後って強い魔物が出やすいのよ。ドラゴンでも、中級クラス以上が出る可能性があるから、受けないわよ」

 ため息をつく女性に、エクヴァルは遊びでもするように誘いかける。

「そう? 私達は受けるけど。どうせなら競争しようよ。ほら、出来れば色々な種類が欲しいって書いてあるし。何種類取れるかとか、面白そうじゃない?」

 何故かさっきから、私達が同行する設定でエクヴァルの中で話が進んでいるのが気になる。ベリアルの趣味がドラゴン狩りって、聞いたのかしら?

 

「じゃあ、こちらのチームに僕らも加わろうかな? 僕はカステイス、弓と魔法を使う。彼女は魔法剣士イヴェット」

 唐突に弓を携えた男性が割って入った。

 ブルーグレーの髪を後ろで纏めたカステイスは、紺色の瞳をして白いロングベストを着ている。イヴェットは黒髪でショートカットの女性。こちらも軽装で、細い剣を腰にいていた。

「え、Aランクのお二人が……!?」

 最初に私達に声を掛けたリエトが、驚いて振り返る。有名な人なのかしら。

「でもそれじゃ、あのDランクの人達は……」

 リエトの隣にいる魔法使いルチアの言葉を遮って、イヴェットはプッと堪えきれないように笑った。

「貴方達……気付いてなかったの? 後ろにいる派手な男、結構な悪魔じゃないの! Dランクに騙されてるわよ」

「ははは、イヤだなあ。騙すなんて人聞きの悪い。彼はこの彼女が契約者だからね、私は関係ないよ。彼女は冒険者でもないしね」

 さすがにAランクの二人は、ベリアルに気付いたらしい。ベリアルは腕を組んで微笑を浮かべているだけ。


 結局二組で受けることになり、何故か私達も巻き込まれた。しかし前回私がブリザードドラゴンを倒してしまった為、ベリアルは今度こそは我の獲物だ! と、張り切っているだろう。

 まずは受付で受注して、依頼を出した職人に皆で話を聞きに行く。なんとそれは、暴漢に襲われていたところを助けたことのある、ドワーフのティモだった。

 ティモの説明はこうだ。

「ドラゴンの鱗を使った防具が欲しいと相談があったがよ、もちろん鱗なんて持ってなくてよ。頼んできたのは常連だし、応えたいんで依頼を出したわけだ。まだ鱗の素材を扱ったコトもねえし、色々な種類が欲しいな!」

「なるほど。ドラゴンの種類は、こちらに任せて頂けますね」

 エクヴァルの確認に、ティモが頷く。

 失敗してもいいように、できれば多めに欲しいそうだ。


 ドラゴンが目撃されているのは、南東の山脈の岩場。

 チェンカスラー王国の南にある、フェン公国の領土にあたる。さらに南にある軍事国家トランチネルから分かれた、小さな国だ。常にトランチネルから狙われている為、無駄な戦いで兵士を失うことを恐れて、滅多に人里に降りない山脈のドラゴンなど放置されているらしい。

 立ち入りは基本的に禁止されていて、あまりこの場所は知られていない。見張りは一応しているらしいが、ドラゴンが出てくるかを警戒しているだけで、人の出入りには鈍感だという。


 材料が多かったら、取って来た相手にも格安で加工すると宣言したので、四人が喜んでいる。お前らは嬉しくないのかと尋ねられたけど、鱗って物理攻撃タイプの人が使う装備だよね。エクヴァルも微妙みたい。もっと軽いものが好きなんだとか。

 ちなみにベリアルも、どちらかといえば魔法タイプに入る。


 期限は移動を含めて一週間! さあ勝負開始!


「って、そういえばエクヴァルだけ飛べないの?」

「……うっかりしてた、君達は飛行魔法使えたね……!」

「じゃあ私のワイバーンを貸すわ。乗せてくれるといいわね」

「ワイバーン!! いいね、カッコイイね!」


 あの四人はその日の内に出発した。さすがにプロの冒険者、行動が早いね。こちらは飛行魔法も使えるし、明朝出発する。

 まずはエクヴァルが、ワイバーンに気に入られるか確かめないと。

 エクヴァルに顔を撫でられているし、問題なく乗せてくれるようなので、騎乗の練習から開始だ。さすがにすぐに乗りこなしていた。

「でもエクヴァル、竜の鱗の依頼なんて、目立っていいの?」

「ん~、本当はダメなんだけど。ランクが低いと強い魔物の討伐が受けられなくて楽しくないし、腕が鈍っても困るしね」

 空を何度も旋回してから、エクヴァルはワイバーンから降りた。

 ワイバーンはいったん、住み家にしている森へ帰ってもらう。召喚したわけではないので、ワイバーンは常にこの世界にいる。

「この者は、我とそなたの実力を測りたいのであろうよ。ドラゴンなど、格好の獲物ではないかね」

「……まあ、それもありますね……」

 見た目より考えて行動している人なのかしら。ベリアルに見透かされてやりにくそうに苦笑いするのが、ちょっと可笑しかった。

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