第362話 ローザベッラ・モレラート先生

「申し訳なかったね。カミーユが迷惑を掛けたでしょう」

 カミーユの先生、ローザベッラ・モレラートが苦笑いで謝罪する。


 レナントへ帰ってきた私達は、カミーユの先生にお話がしたいからと喫茶店へ誘われた。夕方なので手短にして頂くようお願いし、カミーユ・ベロワイエと別れ、現在テーブルを囲んでいる。

 八人掛けの丸いテーブルに、私と彼女の他、ベリアル、ルシフェル、エクヴァル、セビリノが一緒だ。

 ローザベッラ・モレラートは五十歳は過ぎていそうで、細身で背は低い。座りっぱなしの仕事をするから、腰がつらいとか。グレーの髪には、白いものが交じっている。こちらも気が引き締まるような、リンとした雰囲気を持った女性だ。


「最近お会いしたばかりでございますし、特に問題はありませんでした。モレラート様は、カミーユ様をお捜しにいらしたのでしょうか?」

「礼儀などは気にしないでいいからね。いずれカミーユが一目置く、貴女の職人としての腕を見せて頂きたいものだね」

「こちらこそカミーユ様が誇りにされる、先生の技を拝見させて頂きたく存じます」

 先生は貴族なのかしら。威厳があって、私まで背筋が伸びるわ。


「……で、さっきの質問なんだけどね。あの子から少しをのは事情を聞かされていると思うけど、国での品評会であの子の思う結果にならなくてね。色々あって、飛び出しやがったから、連れ戻しに来たんだよ。自信家の世間知らずだから、一人で他国でやれるか心配でねえ……」

 師弟というより、親子みたい。うんうん、と話を聞いていると、エクヴァルが質問を飛ばした。

「バースフーク帝国の帝室技芸員に選定されていて、お弟子さんも抱えていらっしゃると伺っております。国を離れて宜しいんでしょうか?」

「……国、ね」

 モレラートは皮肉な笑みを浮かべた。カミーユも女性差別で苦労したそうだから、彼女はもっと大変な思いをしたんだろう。


「肩書きは多少の威嚇になっても、身を守ってはくれないもんだったさ。それでも一応、女性職人への道は拓けたから、アタシはもうあの国ではお役御免でいいよ」

「さすがにお迎えに来るでしょう」

「少しは慌てりゃいいのさ。目下の問題は、不肖の弟子をなんとかしないとねえ。あの子が出て行く切っ掛けになったコンテストの結果だって、不正なんかじゃなかったよ。アホなんだから……」

 残念ながら、実力で敗北していたようだ。現実から目を反らすのも仕方ない。アホだと言いながらも、モレラートは愛情のにじみ出る表情をしていた。情の深い先生なのね。


「ラファエルはこちらへ来るのかな?」

 優雅に紅茶のカップを傾けながら、ルシフェルが尋ねる。悪魔としては、天使の動向が気になるところ……でもないか。

 喫茶店なので皆で飲みものと、軽い食べものを頼んでいる。

「契約はお互いに果たされたので、ラファエル様のお考え次第ですね」

 つまり不明、と。

「用が済んだのなら、さっさと天へ帰れば良いのである」

 ベリアルはあまり会いたくないみたい。未だに天使に人気の、ルシフェルの方がおかしい気も。


「そういえば、バースフーク帝国では、お祭りで特別な出しものなどはありますか?」

 企画を考えていたのを思い出し、せっかくの機会なので尋ねてみた。

 知らない国のお祭り事情に、何かヒントがあるかも!

「なんだいまた、藪から棒に」

「来月、この国で国王陛下の生誕祭が開催されるんです。レナントでも独自に何か、盛り上がって人目を引くイベントをしたいと相談されまして」

 ふーむ、と、先生は顎に手を当てて考え始めた。私はアイスティーを飲んで答えを待った。グラスの表面を水滴が伝う。

「そうだねぇ……、パレードで象を歩かせたり、各地で演奏会が行われたり、とかかねえ。あとはアイテム品評会も、建国祭にあわせて開催されて……」

 そこまで言って、先生は言葉を途切れさせた。少し考えて、私と視線を合わせる。


「……アイテム品評会や、魔法を競う大会はある。だが、魔法付与を競うことは滅多にない。使う宝石に左右されるから皆を同じ条件にするのは不可能だし、効果で勝敗が付けにくいからね。だが、コンセプトを決めて、それに合う付与をするとなれば、優劣を付けやすくなる。……魔法付与大会はどうだい?」

 魔法付与大会! 準備期間が短いのが難だけど、面白そう!

「それは素晴らしいアイデアだと思います! 明日、商業ギルド長に相談して参ります。ご都合が宜しいようでしたら、発案者であるモレラート様にご一緒して頂ければ……」

 開催できるかはともかく、思い付いた本人にも説明してもらいたい。モレラート先生は大きく頷いた。


「勿論。私もルールを決めるのに、一枚噛ませてもらいたいからねえ。お嬢さんも参加して、カミーユを負かせてやってよ」

「……勝てるかは分かりませんが、参加させて頂きたいと思います」

 アイテム品評会は審査員側だったのよね。挑戦者として、参加したいわ!

 モレラート先生は、名案だと言わんばかりの笑顔をしている。

「あの子も同じ女性職人に敗北すれば、少しは自意識過剰が治るでしょ。荒療治だよ。任せたよ、お嬢さん!」

 カミーユの魔法付与の腕前を知らないから、約束はできないわね。頷けないでいると、セビリノが口を開いた。


「師匠、私も参加します。我らで一位と二位を独占しましょう!」

 開催が決定される前から、セビリノもやる気だわ。第一回にしてはレベルが高すぎるんじゃないかしら。

「そういやその男、アンタを師匠って呼んでないかい?」

「はい、私は師匠の一番弟子。エグドアルム王国の宮廷魔導師で、セビリノ・オーサ・アーレンスと申します」

 セビリノがモレラート先生に、丁寧に礼をしながら自己紹介をした。モレラート先生は、へえ、と珍しそうに目をしばたかせる。

「バースフーク帝国では、男が女の下に付くなんて屈辱だと思われているからねえ。男性の、しかも年上の弟子がいるなんてすごいねえ!」

 男女の区別なく、実力で評価される。それが理想だ、と先生が目を細める。セビリノも大きく頷いた。

 エグドアルムだと男女より、身分差なのよね。それでもセビリノの言動はおかしいのですが。


「魔導師は知識と実力が全てですからな。私は師匠に一生、仕える所存です!」

「重いからやめな」

「なんと!??」

 セビリノのいつもの主張を、バッサリ。これにはルシフェルも小さく笑っている。

 私も一生は重いから、やめてほしい。

「弟子が巣立つのを見送るのも、師匠の醍醐味ってもんだよ」

「ふむ……、一理ありますな」

 目を細めて、過去に視線を移すモレラート先生。

 多くの弟子を持つ方の発言は、重みが違うわ。セビリノの場合は宮廷魔導師に帰るんだろうから、巣立つというよりキャッチ&リリースのような。

 

「魔法付与大会か。私はそれを眺めてから帰ろうかな」

 今回のルシフェルは、長く滞在するのね。ドラゴン狩りも終わったし、もう帰るんだとばかり考えていた。

「そなた、来月までいるつもりかね?」

「完成した邸宅に、少しは住んでみないとね」

 確かに、せっかく完成したのに誰も住まないのでは勿体ないわね。主がずっと留守では、ガルグイユの家みたいになっちゃうわ。

 少し長くなってしまったので、気がつけば外が薄暗い。これでお開きにした。


 カミーユが世話になっているお礼だからと、食事の代金はモレラート先生が全て支払ってくれた。ありがたくご馳走になり、商業ギルドへ案内する。

 受付けでギルド長の予定を確認してもらう。明日の午後に少し時間が空いていたので、会えるように約束を取り付けておいた。魔法付与大会を提案するのだ。

 モレラート先生が一人で会い、ルールも提案するとのこと。先生は最初から案内だけのつもりだったみたい。参加する私達が同席して、先にルールを知ってしまうのはフェアじゃないから。確かにそうよね。

 うまく提案が通るといいな。

 私はそれまでに、ビナールの目玉商品を考えなきゃいけないんだったわね。まずは注文のアムリタを作って、それからだわ。モレラート先生はカミーユの借りている家に向かい、ルシフェルは裏の邸宅へ戻った。


 家に帰って扉を開けようとしたが、動かない。暗くなってきたから鍵を掛けたのかしら、鍵を用意してゆっくりと扉を開いた。

「ただいま。リニちゃん、どうしたの?」

 家の中は灯りが付いていなくて、薄暗い。廊下に小さく赤い、二つの光が並んで点滅している。

『ガガ……ガガガ、侵入者ヲ関知!』

 アレは……、ルシフェルの家のガルグイユ? ウチの廊下に、どうしているのかしら。ガルグイユは石の翼を動かし、宙に浮いた。

「イリヤ嬢、伏せて!」

 エクヴァルが狭い玄関の隙間を縫って、私の前へ躍り出た。

『滅殺!!!』

 ガルグイユが火のブレスを放つ。家に帰っただけなのに、なんで~!

 肩をエクヴァルに押されてしゃがみ込み、とっさに両手で頭をかばった。


「ぐぬっ……、いきなり攻撃するとは!」

 ベリアルがヒュッと空間を抜けて私達とガルグイユの間に立ち、炎を防ぐ。ガルグイユは彼の姿を目にすると、すぐブレスを終わらせた。

『登録サレタ人物ヲ確認シマシタ』

「阿呆かね! ここで何をしておるのだ!」

 動きを止めたガルグイユに、ベリアルが怒鳴った。ガルグイユは動かず、目を緑色に光らせる。

『ジジジ……一件ノめっせーじヲ預カッテイマス。オ聞キキニナル場合ハ、一番ヲこーるシテクダサイ』

「いちばん……?」

 メッセージ? 一番をコールって、何? 繰り返すと、ガルグイユがまたジジジと不思議な音をさせる。


『めっせーじヲ再生シマス。……ガガガ。“リニです。……ぁ、あの、バアル様に誘われたので、宴会に、参加してきます。お留守番できなくて、ごめんなさい。お友達のニナも、一緒です。……リニ、です”』

 ガルグイユ、メッセージ機能もあるんだ。すぐに攻撃してきて危険だけど、便利ね。ノイズの入ったリニの声は、いつもより不安そうに響いた。

「バアル様の宴会じゃ、断れないわね。なんで二回、名乗ったのかしら」

「きっと最初に名乗ったか不安になって、最後にも名前を言ったんだね」

 微笑んで答えるエクヴァル。リニらしい理由だわ。

 それでガルグイユがリニの代わりに、こちらのお留守番をしていたのね。ただ、家主が帰っても攻撃するのは如何なものか。まだ教育が必要だわ。


『めっせーじハ以上デス。モウ一度オ聞キキニナル場合ハ、かうんとだうんシテクダサイ』

「もういいです」

 カウントダウン……? なんで? 誰が仕込んだの、コレ。

『めっせーじハ消去シマシタ』

 言い終わるとガルグイユの目の光が消え、すっかりと石像に戻った。廊下の真ん中で。

 邪魔ですよ。

「……ベリアル殿、この像をルシフェル様の邸宅に返却してください」

「我にくだらぬことをさせるでない! ガルグイユ、留守番は終わりであろう。元の持ち場に戻らぬかっ」

『任務完了。帰宅もーどニ入リマス。ガガガ……』

 石の羽根をパタパタと動かし、ガルグイユは四本足で歩いて帰った。飛ばないのに羽を動かした意味は。

 それにしてもベリアルって、どうせやってくれるのに、どうしてわざわざ文句を言うのかしら。


「……師匠、実用化は難しいものですな」

「元が石だものねえ」

 突然ブレス攻撃だもの、いつかルシフェルの邸宅を焦がさないか不安だわ。造りは大理石でも、木材を使用した部分や、家具やカーテンなど燃えやすいものもある。もっと気を遣うように設定できないのかな。

 ……扉も開けっぱなしで行くしね。

 私は扉を閉めて、いったん部屋へ戻った。そうだ、リニがいないんじゃ食事がないわね……。用意してくれそうだから、そのまま帰ってきちゃった。

 皆で食べに出掛けようかな。




※ ガーゴイルじゃなくて、ガルグイユの方で最初に紹介されてましたね。

前話もガルグイユに直しました。

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