第245話 お祭りと護符
会食は正装をした皇国守備隊の隊長が一緒で、丁重にお礼を言ってくれた。宰相も途中で挨拶に顔を出してくれたんだけど、ベリアルに怯えていたようだ。
フェン公国のトップである、大公との面会はない。晩餐会に出席されていて、ごあいさつはその時。個別にお目にかかるには、事前に申し込んでスケジュールを調整して頂く必要があったのだ。お祭りで大忙し。
食事が終わったら、部屋で護符の図案を書く。
四角いプレートに上からGOTT、GUTT、MELL、GABLLと、浮き彫りにしてもらう。前に作ったDABI-HABI呪文の護符の変種だ。神を表すGOTTをベースにしているので、神聖系ならこちら。
それなりに強い
「うん、問題ないね」
エクヴァルのお墨付きをもらって、アルベルティナに渡した。これに魔力を籠めるので、お祭りで滞在している間にプレートを作ってもらわないといけない。アルベルティナは受け取ると、その足で職人のところへ渡しに行った。
もう夜も遅い時間なのに、迷惑じゃないかな。気合が入っているなあ。
フェン公国の魔導師が魔力を籠めても問題ないんだけど、デザインを選んだ本人が実行した方がイメージがブレなくて、効果が高く仕上がる。
明日もまた、お祭り。明後日がお酒の振る舞いやガオケレナの特別販売がある、当日だよ。本当に何日もお祭りムードが続くのね。もう少し早く来ても良かったかも。
首都はこの三日間がメインで、特に明日と明後日が最高潮。周辺都市は首都に移動しながら寄るから、首都より先に盛り上がるんだとか。
迎賓館の部屋は、一つ一つがホテルのスイートルームみたい。ベリアルも気に入ったようだ。
明日は朝、魔法防衛隊の副隊長からあいさつを受けるらしい。それが終わったらお祭りを満喫するぞ。皆へお土産を買うのだ。
街は人でごった返している。
挨拶は意外と簡単に終わって、早速お祭りへ繰り出しているよ。護衛が私達を囲むようにしていて、いつもより近い。少しは慣れたつもりだったのに、この距離は慣れないな。
お店を見るのも一苦労だわ。これじゃあ買うどころじゃないかも……。
「フランクフルト、一本ください」
ちょうどお客がいない出店があったので、長い串に刺されたフランクフルトを買い、歩きながら食べた。串は途中のゴミ箱に捨てる。道にゴミが捨てられないように等間隔で設置してあり、ゴミ箱以外の場所に捨てたら罰金を取られるよ。
「リニは食べなくていいの?」
「うん。お昼ご飯、食べられなくなっちゃうから」
優しく問うエクヴァルをリニが見上げる。
ベリアルが
お土産にするものが決まらず、あとはクレープを食べただけでお昼近くになってしまった。お昼ご飯は迎賓館で用意してくれている。
遅くならないように戻るかな。迎賓館に近づくにつれて、人通りは少なくなる。周辺は出店禁止だから。
「あれ、イリヤじゃん」
「ノルディン」
お祭りの護衛なんだろう、ノルディンとレンダールがいる。カステイスとイヴェットも一緒だ。四人でパーティー登録しているって言ってたものね。
「お知り合いですか?」
先頭を歩いていた警備責任者の女性が、私に問い掛けた。
「はい、友達の冒険者です」
「パーティー名は“残月の秋霜”よ。ヨロシクね」
ウィンクするイヴェット。
「ではAランクの方々ですね」
フェン公国でも有名なのかな。彼らが護衛をしているのは商人で、店内にいる。お買い物中は、お店の外で待機しているのね。ここは魔法付与したアクセサリーを売るお店だ。私は特に用がないな。
隣は素材屋かな、こげ茶色の木の店構えは年季を感じさせる。
いいものが残ってないか気になったので、素材屋に足を踏み入れた。
「ないの~……」
四十代くらいの女性が、カウンターの近くにある椅子に座ってガッカリしている。彼女もアイテム職人かしら。
「薬草類は、今年は売り切れるのが早かったねえ。しばらくすれば、南の方から入荷があるだろう。トランチネルが平和になって、前より入りやすいよ」
「すぐに来られるほど近くないのよ」
棚には乾燥された薬草や魔核など、ちらほらと商品はある。ただし初級や中級ポーションのものはない。売れ筋なんだろう。
私はリブワートがあったから、これを買うのだ。
「今年はお腹を下すような風邪が流行る傾向にあるから、そういうのから買い求められたよ」
……ん? お腹? フェン公国でそういう風邪が増えているのかな?
「あの~、お腹を下す風邪に効くお薬を作るんですか? ハイ・リーの魔核が売られていますよ。配合するハーブや薬草がないのなら、熱の薬に混ぜるといいですよ」
私は奥にひっそりと並べられている、黒っぽい魔核を指した。札にちゃんと、ハイ・リーの核と書かれている。アレはお腹の薬になるよ。海の生き物だから、内陸部にあるチェンカスラーでもあまり売られていない。
「この魔核にそんな効果が!? これは助かる、珍しいものだから仕入れてみたんだけど、ポーション類に入れるくらいしか分からなくて。それでもおかしな変化が起こらないかと、敬遠されてしまっていてねえ」
「私は海沿いの国の出身ですので。ハイ・リーは海に住む魔物です。下痢には効果バツグンです」
「買ったあああぁぁ! これで大体揃うわ」
ハイ・リーの魔核は、女性が全部お買い上げ。私も腹痛の薬は注文があまりなかったので、まだほとんど使っていない。これから必要になりそうね。
女性はまだお店の人と話をしていたので、私は支払いを済ませて先に店を出た。外ではノルディン達が、まだ依頼主を待っている。
「そうそう、イリヤ。この国の演劇とか観た?」
「……観てしまいましたよ……」
なんだかニヤニヤしているイヴェット。そうだ、知り合いに見られる危険もあったんだ……!
「やっぱりイリヤよね! 大人気じゃない。チェンカスラーでも流行るといいわねえ」
「誠にその通りですな!」
セビリノがすぐに乗るんだからっ! イヴェットは片手を振って、ケタケタ笑っている。あれが真実ではないと、分かってくれているだろうに。
「けどさ、役者のイメージが付くから逆にバレにくいんじゃね? 気を付けろよ、今バレたら、もみくちゃにされるぞ」
「護衛も大変になる。慎重に行動した方がいいだろう」
ノルディンとレンダールが心配してくれた。私は普通にお祭りを楽しんでいるだけで、目立つ行動はとってないのよ。
セビリノが大見得を切るのが、問題なんです。
「ところで皆にお土産を買いたいの。いいお店を知らないかな」
「それならこの先を左に曲がったところに、ひっそりとケーキ屋があるんだ。そこで特産のブドウを、ふんだんに使ったケーキを売っていた」
イヴェットの相棒、カステイスが行き方を説明してくれる。
「ケーキは持って帰れないじゃない。アレシアちゃん達のお土産なら、ジャムの方がいいんじゃない?」
「あとは、そうだね。干しブドウは日持ちがする。ドライフルーツも色々あるよ」
ひとしきり笑い終わったイヴェットと、レンダールも教えてくれた。ケーキは私が頂きます!
次の目的地は、お菓子屋さんに決定。四人と別れて、皆で向かった。
裏通りとはいえ、さすがにお祭り日。混んでいるという程ではないにしても、人通りは途切れないくらいにある。
教えてもらったお店には数組のお客がいて、私も喜び勇んでケーキを買いに突入した。お土産も忘れていないよ。セビリノは近くにある乾物店へ入って行った。
ケーキ屋で私が目にしたものは。
黄緑と紫のブドウがふんだんに飾られたショートケーキ、黄緑のブドウで生地が隠れる程のタルト、紫のブドウソースがかけられた輝くチーズケーキ。
素晴らしい……!
大粒の丸いチョコレートは、ブドウが丸ごとコーティングされた特別製だ。見本に飾られている断面が芸術品。
まずはショートケーキを買う。一層目が紫ブドウ、二層目が黄緑ブドウという美しいショートケーキだ。リニもどれにしようと、一生懸命選んでいる。
あとはお土産と張り切る私の目の前で、ブドウのフルーツサンドは売り切れた。これは悩んでばかりではいられないわ。ブドウクッキーは日持ちがするから、これとジャムをお土産に買う。
「あの、あの。……これ、ください」
リニはケーキとクッキーを買っていた。
お土産も入手したよ! お昼にちょっと遅くなりそうだったので、セビリノと合流したら早足で迎賓館に戻った。
ベリアルは特に買い物はしていなくて、普通について来ただけだった。
「それにしてもセビリノ、たくさん買ったわね」
彼は茶色い紙袋を抱えている。
「ドライフルーツが売っていまして。試しに様々な種類を購入しました。甘いものは特別に好むわけでもないのですが、ドライフルーツは嗜みます。思考する栄養としても申し分ない」
「……そう」
どうにも彼の考えは分かりにくいな。まあ喜んでるからいいか。
予定より少し遅めのお昼を食べて、ゆっくりした。明日は本祭。ただし今日の午後から明日の午前中が混雑のピークなので、出ないように念を押されている。
お酒の振る舞いはここでしてもらえるし、ガオケレナも用意してもらえるとはいえ、ちょっと寂しい。
そんな気分を払しょくする為か、迎賓館と同じくお城の敷地内にある演劇場に、楽団が招かれている。首都で認可された唯一の興行なので、声を掛けられるのはかなりの栄誉らしい。
ステキな演奏と歌で、二時間の公演だ。この後はだいたいの人が晩餐会に参加するわけね。夜の部もあるよ。
まあ私は夜の部は見ずに、護符作りをするわけですが。早くもプレートが仕上がって、渡されたのだ。本気度が窺える。
作製風景を確認したかったのかも知れないけど、アルベルティナには退室してもらい、エクヴァルとセビリノが見守る中で仕上げをする。
ベリアルとリニは悪魔なので、一緒にいないよ。
「神秘なるアグラの名に秘めし力よ、この符に
護符はまばゆく金色の輝きを放ち、光を中に収めるように色が戻った。
「さすが師匠……、素晴らしい」
「うん、見事だねイリヤ嬢」
完成です! 二人に褒められて、純粋に嬉しいぞ。
「この護符は、アグラの名を起動の言葉にしているの。それをあのお付きの男性だけに教えようと思って」
気軽に使われても困るからね。主人を止めるような人だし、命令されたからって無茶なことはしないだろう。
受け取りに来たアルベルティナは、とても興奮していた。
「この国の魔導師にも見せていいわよね!? いいわよねっ!!!」
「どうぞ。きちんと依頼主に渡してくださいね」
すごい勢いだ。そのまま自分の物にしないか、心配になってきたぞ。これは彼女が、祭りが終わったら届けてくれる。祭り期間中に待ち合わせるのは、大変だから。
いい仕事をしたな!
さてと、買っておいたデザートのケーキを食べよう。頂きます!
★★★★★★★★★★★
英語の部分は、神秘なる神の名前として魔法円などで使われる「アグラ(AGLA)」の、元の言葉だそうです!見つけた~~~~~!!!!(歓喜)
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