第244話 悪魔退散!?

 演劇などはあまり楽しめず、首都へと向かう馬車の中。

 セビリノは劇や歌の内容についてなど、子供のように高揚しながら私に説明してくれる。やめてほしい。

 相づちを打って盛り上げる悪魔もひどい。居心地が悪いったら。


 首都の近辺は人が多く、馬車を止める場所はいっぱいらしい。囲いを作って、簡易的な預り所が設営されている。

 私達はそのままお城へ向かった。まさかの、お城の敷地内にある迎賓館に泊まるとか。白い二階建ての建物で、翼を広げたロック鳥のように横に長い。屋根は水色。大きな灯篭が入口はここだと誇示するように、出迎えている。


 移動しながらアルベルティナが、今後の予定を説明してくれた。

「今晩は歓迎の会食よ。明日の夜は、晩餐会が催されて各国の国賓の方とも顔を合わせます。でも、事情が違うものね……、これは辞退するかしら?」

「辞退できるのでしたら、晩餐会はご遠慮したいと思います」

 断っていいんだ。晩餐会なんて、緊張して食べた気にならない。そういう時の料理って、上品にちょっとずつ、ちょっとずつだったりするし。どうせならテーブルの中央に、豪快にドーンと大皿料理が置かれている方が好き。

「ではそう伝えておくわ。出店は夜まで出ているから、外出するのなら必ず事前に知らせてね。警護をさせてもらいます。飛んで行かれるわ~とか、窓から勝手に飛び出さないでね」

「しません」

 子供扱いされてないかな。お祭りに興奮して、前後を忘れるとでも思っているの? そんなこと、ないからね。


「ククッ……、そなたは昔から勝手にどこへでも駆けて行く、迷惑な子供であったからな。すっかり読まれておるわ」

「今はしませんから!」

 ぐぐ、ベリアルめ。子供の頃を持ちだされると、どうも弱い。手順を踏んでお祭りに繰り出せば、いいだけじゃない。

「で、イリヤ嬢。紹介状を貰ったお店があったよね、いつ行くか伝えておけば?」

「早い方がいいわよね。うーんと……、今から出掛けても宜しいですか、アルベルティナ様」

 エクヴァルに促されて尋ねると、アルベルティナはもちろんと頷いた。

「ではすぐに準備を整えましょう。警護兵を交代します、少々部屋でお待ちを」

 ずっと付いて来てくれた人達は、疲れているものね。注意力が散漫になるから、いったん休憩だ。お疲れ様です。

 あてがわれて部屋でハーブティーを飲みながら、待った。


 兵達は移動中は槍を持つけど、町での警護の時は持たない。棒や剣を腰に提げ、服装は前の人達のようにいかにも兵、という感じではなくなった。もうちょっとオシャレ。

「では、案内いたします」

 案内役はやっぱりアルベルティナ。門番も巡回兵も、彼女の姿を目にするとピシッと敬礼をする。

 街はかなりの賑わいで、冒険者や商人など他の国から来たような人も多く、昼間から酔っ払いが歩いていた。屋台では焼いたフランクフルト、サツマイモ、肉でご飯を巻いたものなどを売っていたり、地面に敷き布を広げて野菜を販売している人もいる。

 おいしそうで目移りしちゃう。チョコバナナまであるとは。でも夕飯はきっと豪勢だよね。買い食いはしない方がいい……しない方がいい……。

 いや、全然買わないのももったいない。小さな丸いドーナツが五つ入った紙カップを買って、皆で分ける。揚げたてアツアツ。ベリアルは歩きながらは食べないので、アルベルティナに一個あげた。


 目的のお店は繁華街の中心部から裏路地に一本入ったところにあり、立派な看板を掲げていた。建物は大きいのに、入口は小さめで店内もさほど広くない。

 従業員と話をしていた人が、案内されて奥へと姿を消した。

 店頭に出ている商品は、見本なのか数が少ない。一般客は相手にしないお店らしいし、個別に別室で取引するのかな。

 アルベルティナが、カウンターに立つ男性に紹介状を見せに行ってくれる。

 私は店内を眺めて、商品を確認した。棚にはポーションなどの薬類、薬草やハーブなどの素材類が並ぶ。魔石や魔核も置かれていた。説明書きをした札が一つ一つ置かれているので、商品同士の間隔が広い。

「うああ! 退け悪魔よ!!! 聖なる護符よ、力を示せええぇ!」

 突然後ろで、男性が叫んだ。

 ベリアルに気付いたんだろうか。まさかいきなり戦闘を仕掛けたりはしないよね、と不安になりつつ振り返る。


「きゃあああ!」

 リニが悲鳴を上げて、エクヴァルの後ろに慌てて隠れた。エクヴァルがリニを庇って手で守りながら、片手が剣の柄にかけられる。

 私の横に立つベリアルには、その男性は見向きもしない。

「ちょ、やめてくださいよ、若旦那! この小悪魔ちゃんは立っていただけですよ。しかも契約者がちゃんといるじゃないですか!」

「いいや、小悪魔は恐ろしい……! おやつがなくなっていたり、靴にゴミが入っていたりするんだ。危害を及ぼされる前に、近づかないようにしないと!」

「その若い頃の情けない話、暴露するのはやめてくれませんかね! すみません。この人は昔、小悪魔と契約しようとしてアホな条件を言ってバカにされて、色々悪戯されたんです」

 わあ、残念な人だ。身なりは立派なのに。お付きの人が、若旦那がかざしている護符を強引に取り上げた。


「客人に無礼な振る舞いは、看過できません」

 お店の人と話していたアルベルティナがカウンターから飛び出して、間に入ってくれた。お店の従業員も彼女の後からついて来る。

 入口付近で警戒している警護の人達も騒ぎを聞きつけて、私達を囲むようにバタバタと展開した。

「お客様、他のお客様のご迷惑になる行為は、ご遠慮ください。こちらの方も、当店の大事なお客様でございます!」

 突然包囲されて、若旦那は呆気に取られている。もう害意はないだろう。エクヴァルが警戒を緩め、剣から手を外した。

「申し訳ありません。若旦那、出直しましょう。皆様、失礼しました」

 ペコペコと頭を下げるお付きの男性から、ベリアルが護符を奪い取った。指で摘まんで目の前に持っていき、検分している。


「このような児戯に等しい護符などを掲げておるから、見下されるのよ」

 護符は突如煙を上げて黄金色の炎に包まれ、簡単に燃え尽きて、黒い燃え残りが僅かにハラリと舞った。

「わ、若旦那……こちらの方こそ、地獄の貴族でいらっしゃるのでは……!!」

「悪魔……」

 ゆっくりと首を巡らせ、ベリアルを凝視する。

「我を排せる護符を持っておるのかね」

 目を細め、挑発的に嗤う。護符を燃やした炎を帯びて、爪がいつもよりも赤く輝いた。

「こ……、こんな立派な悪魔と契約されているとは! これはいい護符を持っているに違いない! 私にも職人を紹介してくれ!」

「……ぬ?」

 どうやらベリアルの予想に反する反応だったらしい。噛み付いて欲しかったんだろう。小悪魔に怯えて、貴族悪魔だと判明したら喜ぶって、変だわ。


「あの……、護符は作れますが、小悪魔をイジメる方にはちょっと……」

「悪かったよ、もうしないと誓うから。私にも作ってくれないかな、立派な護符があれば安心できる。いたずらに怯えなくていい!」

 本当におかしな使い方をしないかしら。護符を作るのはいいにしても、彼に渡すのはとても不安がある。

「無理を言わないでください、若旦那。立派な護符を作って頂いても、どうせ使いこなせないでしょう。だいたいあんな使い方をする人に護符を与えたい職人は、いませんよ」

「自分で使いこなせないくらい凄ければ、持っているだけで安心感がある。もう小悪魔、恐るるに足らずだ!」


「……ねえエクヴァル、どうしたらいいと思う……?」

 こっそりエクヴァルに尋ねた。若旦那の方はどうしても強い護符が欲しいらしく、頼むと手を合わせてくる。

「うーん……、君が作りたいのなら止めないよ。あの従業員の男性に渡して管理してもらえば、いいんじゃないかな」

 なるほど、それなら大丈夫かも。エクヴァルの後ろから覗く、不安そうに揺れるリニの紫の瞳と、腰の辺りを掴む指。

「では、リニちゃんに謝罪してください。リニちゃんが許してくれたら、作ってそちらの男性にお渡しします」

「ありがたい! いやあ小悪魔のお嬢ちゃん、ゴメンよ。怖かったかな? 見れば大人しそうな子だ。悪いことをしたね」

「……う、うん……」

 おずおずと、体を半分だした。リニは謝罪を受けいれたのだ。優しいからね。


「では護符タリスマンの図案を出しますので、彫って頂ける方を紹介してください」

「それならお抱えの職人にやらせましょうっ」

 アルベルティナが唐突に乗り気になった。国のお抱え、ということでは?

 まあいいか。

「費用は渋らないから、必要なだけかけてもらってもいいぞ!」

 若旦那はドンと自分の胸を叩く。好きなようにやらせてもらえそうだ。


 商談は成立。

 で、そうだった。どんな素材が手に入るか、確認しなきゃ。ガオケレナはお土産に用意してくれるので、買わなくていいと太鼓判を押してもらえた。産地に恩を売るのは、手に入れる為のいい手段だわ。

「では、貴方。受け渡しを決めておいて」

「はい」

 アルベルティナが警護の一人に命令して、私達は店員に案内されて応接室へと向かう。相談用の部屋が三室、待合室や給湯室もあった。

 私達は廊下の奥の角に位置する、広い部屋へ通された。

 部屋に入ると、ソファーに座るよう促される。アルベルティナと、エクヴァルとリニは立ったままだ。すぐにまた扉が開いて、姿を現したのは老齢の男性だ。

「先ほどはお騒がせ致しました。ようこそいらっしゃいました」

 穏やかな物腰。店長かな。


「先代ではないですか」

「今日はお客が、ひっきりなしでしてな。息子に代わり、儂が挨拶に参りました」

 引退されたお爺さんか。お祭り期間は大忙しね。

 私は立ち上がって頭を下げた。

「ビナール様の紹介で参りました、イリヤと申します。本日はお忙しい中、私の為にお時間を割いて頂き、恐縮です」

「これはこれは、ご丁寧に」

 いったんソファに腰掛けた先代が、ひじ掛けに手を置いて、体を支えながら立ち上がってお辞儀する。腰が痛そうだし、もっと軽い挨拶にするべきだった。

「早速ですが、私はアイテム職人を生業としておりまして。珍しい素材が欲しければ、こちらにお伺いするよう助言を頂きました。どのような素材のお取り扱いがあるのか、お教え願えますか」

「そうですなあ、今でしたらドラゴンの素材がありますぞ!」

「ドラゴンの素材でしたら、自分で採取しますので」

「は???」

 自信満々だった先代が、目を丸くしている。フェン公国はドラゴンが多く住む岩場があるから、ドラゴンの素材も名産になるのかな。

 強いドラゴンも現れるもんねえ、いい採取地だ。


「……ぷっ。イリヤ嬢、どんな素材が欲しいか伝えないと」

「なんで笑うの? ええと……、今だとやっぱりヤイですね。あとはリブワートやアンブロシア、ペジュタ草、エベン・エゼルの石、ソーマ樹液なども、あれば頂きたいと存じます」

「私はモーリュと月の草、ダルバ草があれば頂きたい」

 セビリノも希望を告げる。素材はあればあるだけ良い。他にも欲しいものがあったような。あ、そうだったわ。

「それとソーマに使える葡萄があれば」

 これも目的の一つなのだ。

「これはまた、凄腕の職人さんで……。すぐには揃えられないので、紹介頂いたビナール商会を介してお渡しするのでは、どうでしょうかな」

「はい、よろしくお願いします」


 やったね、全部揃いそう。葡萄は自然のマナを多く宿す品種を送ってくれる。あるだけ欲しいと伝え、予算の相談もした。

 目的を果たしたし、次は迎賓館での会食。早く終わらせて、護符作りに取りかかりたいな。

 エクヴァルから、図案ができたら確かめさせてと言われた。きっと門外不出のものか、確認するんだろう。心配性だなあ。

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