第212話 ばんさんかい!

 晩餐会の会場は広い石造りの部屋で、重厚なカーテンの掛かった大きな窓が幾つもあり、天井には空と花の絵が描かれている。

 準備の都合で結局、立食形式になっていた。それでも支度がギリギリみたいで、女官や官吏が慌ただしく動いている。招待客の数もハッキリとは解らない上、唐突に晩餐会をするぞとか、無茶振りが酷い。厨房も大変だろうな。

 料理は壁寄りの広いテーブルに並べられている。飾り切りした野菜や果物が華やかに飾られていて、これを崩すのは勿体ないわ。

 食事をする為の丸いテーブルが窓際に幾つも並び、掛けられているのは光沢のある白いテーブルクロス。


 衣装は貸してもらえた。重臣達は参内するんだからしっかりした服装だけど、私達は女官の格好だもんね。さすがにこれでお城の食事に参加するのは、余計に恥ずかしい。

 ベリアルはいつもの格好で、なぜか私のドレスを用意したがった。もちろん、丁重にお断りした。陛下が用意するって申し出てくれたんだもの、それで十分じゃない。どうも彼の考えは解らないな。私まで派手好きじゃないよ。


 ロゼッタと一緒にドレスを選ぶ。体にピッタリのラインのものでなければ、着られるデザインがあるだろう。ヒラヒラとたくさん並んでいる、色とりどりのスカート達。一つ一つが本当にお高そう……。ショールや扇、アクセサリーなんかも借りられるから、急いで選んで見せてもらいたいな。

「七分袖になさいますの?」

 ロゼッタは袖のないタイプから選んでいる。私は袖部分がレースになっているのを、体に当てて鏡で確認してみた。

「エグドアルムでは、女性が肩を出すのは禁止なんです。ついこういう服を選んでしまいます」

「そうなんですの!? 聞いておいて良かったですわ」

 そうだ、皇太子殿下にプロポーズされてるんだっけ。これは受けるつもりなのかも! ロゼッタが未来のエグドアルム王妃になるのかしら。

 ロゼッタは専属のメイドであるロイネが、着付けやお化粧をしてくれている。私にはルフォントス皇国の女官が来て、色々と世話をしてくれた。


 準備をして会場に行くと、ベリアル達は既にテーブルで飲み物を頼んでいた。窓際にある六人席に、悪魔四人で座っている。壁側にも椅子と小さいテーブルがあり、座って休憩したりできるようになっていた。

 ベリアルの隣は私の席ね。反対側の隣にエリゴール。

 そしてベリアルの向かいは、ゆるくウェーブする淡い金の髪を肩の下で結び、くるぶしまで隠れるような長いスカートで、星のような白い輝きを散りばめた濃紺のドレスを着た女性。腰には真っ白いレースがくっきりと浮かんで、繊細な美しさだ。

 このとんでもない美女は、アスタロト。男装だと白一色なのに、女装は夜空のような色なのね。あれ、女装? 正装だわ。不思議な感じだなあ。

 アスタロトの横にはベルフェゴールがいつもの格好で腰かけている。彼女はドレスを着なかったの。


「……全くそなたは、せっかく我が用意するというものを」

 そう言うベリアルは金細工のブローチや大粒の宝石のついた指輪や金のブレスレットをつけて、さらにペンダントトップは細い縦長のプレートで細工があり、宝石が輝いている。相変わらずの派手好き。

 この国で買ったアクセサリーの、お披露目も兼ねているんだろう。

「借り物で十分ですよ」

「ワンショルダーで、魅力の薄いそなたが映えるデザインであるに」

「……袖がないのは苦手なんです。絶対、着ませんよ?」

「くぬうう!」

 私達のやり取りを聞いていたアスタロトが、クスリと笑う。

「本当に変わった娘だね。ベリアル様の契約者なのだから、好きなだけ贅沢ができるだろうに」


 ベリアルはたまに宝石をくれたりしたけど、好きなだけって程かな。そういう契約をする人もいるってことかしら。

「そのような内容での契約は、しておりませんので」

「……そう。ふふ」

 何かを含んだ笑いだわ。これはきっと、試されている。契約について探っているのね、教え過ぎたらいけない質問かも。

「申し訳ありませんが契約については、詳しくお答えできません」

 これでどうだと思ったんだけど、悪魔達だけでなくエグドアルムのトビアス殿下の近くにいるエクヴァルまで、残念な子を見るような目じゃないかな。おかしい。

 殿下達は、皇帝陛下の近くに立っている。陛下はまだ立ち続けられるような体調ではないので、端で椅子に腰掛けていた。


「では、正式な皇太子の決定に、乾杯」

 皇帝陛下がグラスを掲げて、立食パーティーが始まる。

 モルノ王国のエルネスタ王女も臨席しているけど、居心地が悪そう。ロゼッタが気遣って色々と話し掛けていると、ようやく少し表情が緩んだ。

「エルネスタ王女。宜しかったら、長く滞在して下さいね」

 二人の間にグラスを持ったアデルベルト皇子が近づき、はにかんで伝える。エルネスタ王女は軽く頭を下げた。

「お心遣い、ありがとうございます」

「……あ~、なるほど。殿下、可愛い人だって言ってましたものねえ。本人に言わなければ伝わりませんよ」

 意地悪そうにニヤニヤするヘイルト。アデルベルト殿下はもしかして、王女が好きなのかな? 弟のシャーク殿下と問題があったから、難しそうだよね。


「ところでレディ・ロゼッタ。サンパニルへ戻るのでしょう。私もご一緒して、ご両親にご挨拶させて頂きたいんですが」

 今度はエクヴァルとジュレマイアを伴って、トビアス殿下まで集まった。華やかな一角だわ。リニはエクヴァルの後ろにくっついて、キョロキョロしている。手に持ったお皿にはソースのあとが少し残っているだけで何も乗っていないから、取りに行きたいけどどうしよう、と迷ってるみたい。

「トビアス殿下。本気ですの?」

「当然。君を我が国に、連れて帰る予定だよ」

「勝手に決めないで下さる!?」

 すごく幸せそうな殿下からロゼッタは顔を逸らすけど、頬が赤い。


 私は座っているだけで、セビリノが料理を持って来てくれています。席に着く前に持って来た揚げたジャガイモや鶏肉、ローストビーフを食べている途中なんですが。

 くり抜いたカブの中にエビやひき肉を詰めたオシャレな料理、白身魚のソテーにバジルソースがかけられたもの、パプリカやアボカドも入った、カラフルなカクテルサラダ。どれもこれも美味しい。大きな貝殻には、あつあつグラタンが。

「師匠、他には何をお持ちしましょう」

「大丈夫よ、まずはこれを頂いてるね」

「この一番弟子に、いくらでもお申し付け下さい」

 魔導師の弟子って、こういう仕事もするのかなあ……? どの料理も美味しいし、セビリノももっと食べた方がいいと思う。


 そういえばマクシミリアンは、衛兵に連れて行かれちゃったんだよね。

 ちょうどお皿を下げに来た女官に、声を掛ける。

「あの……。毒を作った、マクシミリアンはどうなるのでしょうか?」

 このままだと死罪みたいな言い方だったし、さすがに気になるね。

「あの魔導師の方ですね。少々お待ちください」

 すぐに別の人に聞きに行ってくれた。お仕事中に悪いことをしちゃったな。普通の女官が罪人の最新情報なんて、知っているわけがなかった。尋ね終わったらしく、まっすぐこちらに戻り報告してくれる。


「魔力を封じる首輪をして、魔導師用の牢に入って頂いているとのことです。牢と言っても魔導師が入るのは宿の部屋より良い環境ですし、重要な証言をされて、さらに陛下の後継者が決定したお祝いの減刑がありますので、死刑は免れる可能性が高いそうです」

 魔導師だと貴族が多いから、ぞんざいな扱いはされないことが多い。大丈夫みたいね。死刑になったら本気で逃げそうだから、高位貴族悪魔の一人でも置いていかないと危険だわ。防衛都市のバラハも、手を焼いていたみたいだったし。


「そなたはこれから、どうするのだね?」

「私もロゼッタさんと、サンパニルに行こうと思います。殿下がいらっしゃるなら、私はいらないでしょうか」

「いやだなあ、イリヤさん。一緒に行こうよ。じゃないとエクヴァルが、来てくれないんだ」

 私とベリアルの会話が聞こえたようで、トビアス殿下が頼むね、と片手を上げる。

 エクヴァルは親衛隊なんだから、殿下を優先するのが正しい気がする。警備が不安ならルフォントス皇国の兵が、送ってくれるんじゃないかな。


 重臣達は立って飲みながら談笑していたり、椅子で食事をしつつ会場を眺めていたり。ドリンクを一杯飲んだだけのエルネスタ王女が、皇帝陛下の前へ意を決したように進み出た。

「皇帝陛下。不躾で申し訳ありませんが、どうしても聞いて頂きたいお願いがあります」

「何でも言ってみなさい」

 陛下は怖がらせないように、穏やかに答える。

「はい……、モルノ王国から連れてきた人達を、国に帰して頂きたいのです。人手が集まらない重労働をさせると聞きました。これ以上皆に苦労を掛けたくないんです、身代金が必要でしたら払いますから……」

 必死の懇願を、陛下が手で軽く制した。

「王女殿下、落ち着いて下さい」

 陛下の侍従がエルネスタ王女を優しく宥めた。皆が返答に注目している。

「……身代金など要求はしない。此度の戦は、シャークの過ちであった。兵は明日にでも帰国させよう。我が国こそ、このような事態を放置しては、周辺各国からの信頼を損なう」

「陛下……」


 いい方向に決まったみたいね。私もちょっと、お話したいな。陛下のお体の具合を伺いたいし。そう思って立ち上がり、移動していた時だった。

 バタンと扉が開かれて、思わずそちらに目を向けた。豪華なドレスの裾を掴み、装飾品を幾つも着けて派手に着飾った年配の女性が、侍女を数名伴ってバタバタと入室してきた。

「陛下、何故ですか! 私に相談もなく、兄上のみならず、シャークまで投獄するなんて……。実のお子に、あんまりな仕打ち!」

 シャーク皇子の母親ということは、皇后陛下だわ。しまった、陛下の元へと進む間に、私がいる。皇后がこちらに向かって速足でヒールを鳴らすので、急いで頭を下げて後ろに身を引いたんだけど。

「……シャークの罪状は聞き及んでいるであろう。そなたも冷静に……」

「策略に決まっております! ええい、おどき!!」

 避けるよりも早く皇后が来てしまい、邪魔だとばかりに睨みつけて、手に持っていた扇を閉じて振り上げる。

 なんで!? 短気すぎる!

「イリヤ嬢っ……」

 エクヴァルが駆け寄ろうとしてくれるけど、さすがに間に合わない。

 勢いよく上げてピタリと止まり、そのままの体勢で動かなくなった。


「……我が契約者に対し、何の真似であるかね?」

 ベリアルの仕業ね。いつの間にか後ろにいる。これは危険だ。

「どうなってるの!? 衛兵、この者共をつまみ出しなさい!」

「黙れ! 控えよ、皇后!」

 皇帝陛下が怒号を飛ばすけど、時既に遅し。

「もはや許されぬわ!」

 カッとベリアルが目を見開いて、手から魔力が溢れる。渦を巻く炎が腕から発生し、皇后に向かって襲い掛かった。

 こっちも短気!

「皇后陛下!」

 侍女達が慌てふためき、皇后は小さく息を飲んだだけで悲鳴すら上げられず、真っ青になっている。

 侍女が邪魔で皇后陛下を守る位置に立てない。どうしようもなく立ち尽くしていると、スッと目の前に綺麗な金の髪が靡いた。アスタロトだ。救世主に思えるね。そんな表現をしたら、嫌がられるか。


「ベリアル様。折角のパーティーです、この女の処遇については、楽しまれてからでも遅くないのでは?」

 火は全て儚く消え、赤い熱の残滓がふわりと周囲に散った。

「我の邪魔をするのかね、アスタロト」

「滅相もない。しかし大事に至れば中止になりましょう、契約者のイリヤはまだスイーツを口にしていませんよ」

 不機嫌なベリアルに、余裕のある笑みで正面に立つアスタロト。さすが大公。

「そうですよね、スイーツがたくさんあるんです。一つも食べないなんて、勿体なすぎて眠れなくなりますよ」

「……そなたには呆れるわ」

 ベリアルはため息をついて席に戻った。

 ルフォントス皇国の衛兵達が駆け寄り、皇后を連れて陛下の方へそそくさと連れて行く。すぐさまこちらにヘイルトと高位の魔導師が謝罪に来て、騒然とした場も一応は収まったようだ。


 戻ってみると、エリゴールは席に座ったままだった。

「契約者でもない無関係の人間を庇って、閣下の御不興を買っても損なだけだ。アスタロト様も、イリヤに絡めて説得しただろ。皇帝だろうが皇后だろうが、人間の立場なんて本来俺達にはどうでもいいからな」

 言いながら、ベリアルの空のグラスにワインを注ぐ。

「ところでそなた、召喚されてからどうしておったのだね」

「それなんですよ、閣下! 聞いて下さい、リニが、俺の可愛い妹が会いに来てくれたんです。奴らに紹介して、リニと一緒に遊んでいました。念願が叶った……。ここはユートピアでした」

 まだ腑に落ちない感じのベリアルだってけど、エリゴールのだらしない笑顔にすっかり毒気を抜かれたようだ。エリゴールはリニとの数日の生活を、ベリアルに楽しそうに報告している。うーん、ドン引きだ。

 いい仕事したね、お兄ちゃん!

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