第211話 後継者会議(後編)
「閣下! 仰せの通り、召喚に応じ契約を交わしました」
エリゴールは気を取り直して、ベリアルの前へと進み跪いた。
「うむ、大儀である」
彼の行動に慌てるのは、第二皇子側だ。タルレス公爵の配下らしき男性が、エリゴールに詰め寄る。
「待て、貴方は私と契約を交わしたではないか! シャーク殿下を皇帝に据える手助けをする、と」
「したけどな。条件を入れた筈だ。我が主の命が最優先だと。こちらに主である、地獄の王ベリアル閣下がいらっしゃるんだ。お前たちは二の次」
あっけらかんと言い放つエリゴール。騙しの手口が、やはりベリアルだわ。最初から無理な内容を盛り込んでいる。残念だけど悪質な詐欺に引っ掛かったと思って、諦めて頂くしかない。
「ふはははは! 愚か者の末路の、なんと愉快なことよ。不相応な野望を抱くからであるな」
楽しそうなベリアルの笑い声が、静まり返った空間に響き渡る。
第二皇子側は肩を落とし、重臣たちも顔を青くしている。公爵を召喚して優位に立ったと思ったら、突然地獄の王がいるんだもの。心臓に悪すぎるね。
不意にギイイと、扉が開かれる音がした。
「……シャーク、お前の企みは全て崩れた」
入り口から声がして、皆が一斉に振り向く。
そこには皇帝陛下が侍従に支えられ、堂々と立っていた。
「皇帝陛下、壮健そうで何よりでございますわ」
ロゼッタがいち早く、淑女らしい礼を執る。
「父上、快癒されたのですね……」
「まさか、父上!? もうあと僅かの命だと……、騙したな、ピュッテン!」
安堵や戸惑いの言葉が飛び交う中、シャーク皇子は驚愕してピュッテン伯爵を勢いよく振り返った。
「殿下。私は“陛下の病は重く、あと僅かです”と、申し上げたのです。回復されるまでは、という意味でございます。命が僅かなどとそのような不敬、申し上げるわけが御座いませぬ」
重臣達の間に立つピュッテン伯爵が、言い捨てる。
「くそう、くそっ……、こんなはずじゃ! 私が皇帝になるはずだった……」
ダンと足で床を蹴ったシャーク皇子に、陛下はため息をついた。
「シャーク、お前への裁定は改めて下す。お前が余に毒を盛った事は、余がしかと耳にしている」
「ま、まさか、父上……、意識がなかったのでは?」
シャーク皇子の手は震えていた。どう考えても、言い逃れは出来ない。
「あったり前だろ、ゾンビパウダーって従順な奴隷を作る薬だから。命令が聞こえないようじゃ意味ないじゃん。目とか耳の感覚は残すようにするのが、プロの仕事だよ」
マクシミリアンが全然自慢にならないことを堂々と言っている。
なるほど。思うように操るんだから、聞いて動けるようにしなきゃいけないわけだ。その調整が難しい薬なのね。
……もっとマトモな研究をすればいいのにな。
「シャークと、関係者を捕らえよ」
陛下の命が下ると、近衛騎士達はすぐにシャーク殿下、タルレス公爵、そして今回の事に協力した配下達を捕縛した。既に誰を捕らえるかは決まっていたようだ。
「おい、僕はいいだろ? 姉御~!」
「後で食べ物でも差し入れしますね」
マクシミリアンも一緒にサヨウナラ。皇帝に使われる毒を作って売ったんだもんね、これは止めようがない。
「さてと。リニも無事だったし、これで問題は解決かな?」
皇帝陛下の後から、青緑色の髪がひょこっと姿を現す。エグドアルムの皇太子殿下だ。今日は立派なコートを着て、お忍びとは違うちゃんとした格好をしている。
皇帝陛下は支えられながら玉座までゆっくりと歩き、トビアス殿下もその後ろに付き従う。
「エグドアルムの使節の……」
両脇を兵に掴まれたタルレス公爵が、力なく呟いた。
「皇帝陛下。モルノ王国の王女殿下は、どうなさるのでしょう?」
中央を歩きながらトビアス殿下が尋ねると、皇帝陛下は大きく頷く。
「モルノ王国にはシャークが倫理に反する行いをして、余も心苦しい。王女にもバルバート侯爵令嬢にも、迷惑をかけた。二人には余から謝罪しよう。国に戻れるよう手配させてもらうし、望みがあったら言ってもらいたい」
「陛下、私はこの手で復讐させて頂きましたわ。これで十分ですの」
スカートを摘まんで少し持ち上げ、綺麗な礼をするロゼッタ。仕草は淑女だけど、話している内容は豪快だ。エルネスタ王女は俯いて、何も答えない。展開がとんでもないものね、混乱しているのかも。
「……ロゼッタ、よくも殴ってくれたな……! じゃじゃ馬め、お前を娶る男なんていないからな!」
「余計なお世話ですわ。監獄でご自身の心配をなさいませ」
引っ立てられているシャーク皇子の最後の悪態に、ロゼッタが腰に手を当てて毅然と答えた。
「候補がいないなら、私が立候補していいかな?」
「……は? トビアス様?」
エグドアルムのトビアス殿下が、唐突にロゼッタの手をとった。殿下って、もしかしてこの為にご自身でここまで来たの? レナントで会った時に、もう決めていたのかしら。全然気付かなかったわ。
「ロゼッタ・バルバート侯爵令嬢。エグドアルム王国の皇太子妃になって頂きたい」
「皇太子妃? 何を仰っているんですの?」
ロゼッタが瞬きをしながら首を捻る。そう、侯爵家の人間だと勘違いしているままなんだよね。
「……殿下。まだしっかり名乗っていらっしゃらないですよ」
警護として隣にいるジュレマイアが注意すると、そうだったねと殿下はにっこり微笑んだ。
「騙して悪かったね。私はエグドアルム王国の皇太子、トビアス・カルヴァート・ジャゾン・エルツベガー」
「皇太子殿下でしたの!? こんな所まで出て来て、策略を巡らせる御身分ではございませんわよ!」
早速殿下が怒られているけど、怒っているロゼッタの顔が赤い。殿下は笑顔で聞いていた。シャーク皇子は、そんな二人の様子が癪に障ったようだ。衛兵に挟まれながら、こちらへ声を張り上げる。
「そんな跳ねっかえりと結婚なんて、後悔するからな!」
「あははは。このくらい元気がないと、私の母上とはやっていかれないよ。なんせ父王に側室を薦めた貴族に激怒して、邸宅に大刀を持って乱入し、騒ぎを聞きつけた父が派遣した近衛兵に止められたくらい、気が強い女性なんだ」
エグドアルムの王妃様は気が強いって噂だったけど、それどころじゃないみたい。ロゼッタ以上に豪快な女性なのね……!
「か、考えておきますわ」
ロゼッタの答えに、殿下は満足したように頷いた。そしてシャーク皇子に冷たい視線を送る。
「さて。君は誰を襲わせたか、まだ気付いていないみたいだね。私の馬車を襲撃したんだから、言い逃れはさせない」
「……はぁ!?」
「シャーク。その事はトビアス殿下から連絡を受けている。もう確認も交渉も全て終わった」
まだ面食らって思考が追い付いていないシャーク皇子に、皇帝陛下は深いため息をついた。トビアス殿下はいつの間にか、皇帝陛下と襲撃事件の後始末も話し合っていたらしい。抜け目がないな。
第二皇子達が引っ立てられて退室し、あまりの展開に重臣たちも狼狽して周りの人達とどういうことだと話をしている。そんな中、悔しがる女性が一人。
「ロゼッタが、せっかく婚約を破棄されたロゼッタが、結婚だなんて……! とんでもない男です。ロゼッタは独りで生きていかれる、素晴らしい女性ですのに!」
ベルフェゴールは結婚が嫌いだっけ。婚約破棄を喜ぶ人がいたとは。
「まあまあ、ベルフェゴール殿。君の契約者が幸せになれるなら、喜んであげなくてはね」
アスタロトが励ますように、ベルフェゴールの肩に手を置く。
「……アスタロト様は何故こちらへ?」
ベルフェゴールが尋ねる。
「私はベリアル様から、面白い見世物があると誘われてね。成程、ベリアル様が好まれる演目だ」
演目。観劇してる気分だったのかしら、ベリアルとアスタロトは。悪魔にとって人間の国の皇位継承争いなんて、そんなものなのかな。
「皆、落ち着くように」
皇帝陛下はまだ困惑している重臣たちに大きな声で言い、侍従に支えられながら玉座に座った。
「世の後継は、第一皇子アデルベルト。異論はないな?」
「おお……」
感嘆の声が盛れ、拍手が興った。どちらにしても第二皇子は皇族の籍すら抜かれるかも知れないんだから、皇帝になるのはもう不可能だろう。遠縁の子の方がチャンスがあるくらいなんじゃないだろうか。
これで全て片付いたのかなと安堵していると、お城に勤めている人が、扉を片側だけ開けてもらって顔を出した。
「あのお……」
帽子を被ってエプロンをしていて、厨房で働いている人みたい。
「シャーク皇子殿下から、今夜は晩餐だからとご馳走を用意するよう仰せつかっていたのですが……、どう致しましょう」
うわあ。自分が皇帝の跡継ぎに決まって、その流れで重臣たちと晩餐会をしようとしていたのね。必要ない準備だけはしっかりとするなあ。
とはいえ、このままだとお料理が勿体ないし、せっかく作ってくれたのに申し訳ないよね。シャーク皇子は既に兵に連れられ、新しい住居である、王族用の監獄へお引越しの最中だわ。どうするのかしら。
皇帝陛下は額に手を当てて、呆れた表情を浮かべた。
「……はあ。ちょうど良いだろう、客人をもてなそう。トビアス殿下、お時間はございますかな?」
「ご招待に預かります。レディ・ロゼッタ、それからイリヤさん達。皆も予定はないよね?」
晩餐会! ドレスを着ないといけないやつだ……。
なんだか緊張するから苦手なのよね。パスできないかなあ。
★★★★★★★★
呪いの資料
◆人形の呪い…相手に思うような発言をさせる。本当に山羊の顔をお腹に書いた人もいたのかな。考えると面白いです。
◆フセルニの護符…悪霊を遮り、幸運を導く
◆菩提樹の秘術…呪いを解く。本当は菩提樹の木の下で、誰にも聞かれないように呪文を唱える。早朝が良い。
悪魔の呪法全書 二見書房 ビーバン・クリスチーナ編著
三つともこの本からです!お手軽(笑)。
呪文のカタカナ部分が本に載っているもの、日本語部分は私の付け足しです
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