第363話 アムリタ失敗!?

 地下作業室で、アムリタ作りを始める。

 まずは龍の髭を切って……切って……、切れない!!!

 傷はつくものの、少ししか包丁が入らない。かなり硬い。隣のテーブルで同じ作業をしていたセビリノも、四苦八苦していた。


「……セビリノも無理みたいね。エクヴァル、これ切れないかしら」

「細かくは難しいかな。切断するだけなら、できると思うよ」

 そう言いながら、腰のアイテムボックスから殿下に賜ったオリハルコンの剣を取り出す。オリハルコンに攻撃力増強の魔法付与をした、人体を鎧ごと切断する危険極まりない剣だ。変人のエンカルナに“変態仕様”と、言われていた。

 切りやすいように、髭の左右をセビリノと私で引っ張る。テーブルに置いたままだと、まな板を破壊してテーブルまで傷つけかねない。さすがに鋭い剣なので、サクッ切れた。

 この調子で幾つかに分けてもらった。ただ、まだちょっと大きいわね。


「あとは地道に小さくするしかないわね」

「君、粉にする魔法を使えたでしょ。ほどほどの大きさになったし、あとは粉にして使ったらどうかな」

 なるほど。

 柔らかいものや弾力のあるものは粉にしづらいけれど、この硬さならできそうね。試しに切り分けたうちの一つを両手のひらに載せて、粉にする魔法を唱えた。


「塊なるものよ、結び目をほどけ。我が爪は其を引き裂く鍵となり、月日の前に全てはほころびる。風に散る塵の如く、海に押さるる砂の如く」


 髭は粒が粗いものの粉状になった。必要分だけ布に包んで、縛って使えばいいわね。

 これだと普通の分量より少なくて済むかも知れない。

 セビリノと相談して、彼は通常の九割、私は八割を使用してアムリタを作ることにした。水に塩湖の塩を混ぜ、よく掻き混ぜてから素材を投入。


「大海を攪拌かくはんせよ。太陽と月、二つの天球が照らし、一切の陰はできまじ。花がりて力は戻る、黄金よ流出して祝福を与えたまえ。神々の偉業を完成させ、我が手にたえなる秘薬を与えたまえ」


 呪文を唱えて、一時間トロトロとじっくり煮込む。

 ここで毒消しのハイランの地下茎を追加。そしてさらに、毒消しの魔法を唱える。


「毒よ、むしばむものよ。悪戯に人を苦しめる、苦き棘よ。天と地の力により、汝は駆逐されよ」


 布でして煮詰め、ローズマリーの精油とミツロウを加えて固める。

 完成したアムリタは、滑らかなクリーム色をしていた。うん、いい感じ。ただ、今回使用した髭は強力な毒を持つ龍である、シャンリォウのもの。

 念の為に銀のスプーンを刺して、かき混ぜてみた。

 徐々に黄色っぽく変化し、やがて黒ずんでしまった。


「変色したわ……、毒が消えてない!」

「これは、想定を越える毒性を保有しておりますな……!」

 セビリノの方も毒が残っている。このままでは使用できないわ。これは廃棄して、使用した道具をしっかりと洗浄し、作り直すしかない。依頼に期日がなくて良かったわ。

 少しカミーユに分けてしまったので、後で伝えておかないと。

「通常の毒消しでは無理ね。龍の素材だし、薬草類ではない方がいいかしら」

「蛇の魔核が宜しいかと」

「どこかで、いい蛇の魔物が狩れないかな……」

 強い蛇の魔物って、意外となかなか現れないのよねえ。見つからなかったら、他の龍の髭を分けてもらえないか、フェン公国に相談しようかな。


「……イリヤ嬢、自力で入手しようと考えているよね。こういう時は冒険者ギルドを頼ってもいいんだよ」

 壁際で眺めていたエクヴァルが、提案をしてくる。

 なるほど、その手もあるわ。

「師匠、早速ギルドへ向かい、蛇の目撃情報を聞き込みしましょう」

「いやセビリノ君。そうじゃなくてね、入手依頼として出すんだよ」

「高ランク冒険者はフェン公国へ行き、素材の配分が終わるまで帰っては来ますまい。入手依頼では該当者の目に留まるまでにも、数日の遅れがあるでしょう」

 そうだったわ、高ランク冒険者はほぼ出払っている。タイミングが悪いなあ。

「急ぎじゃないし、いいと思うんだけどな。その間にやることもあるでしょ」

 ビナールのお店の、目玉商品を考えるのね。

 ほどほどの目玉商品って、むしろ難しいのよねえ……。


 とりあえず一階へ戻ろうと片付けを始めたところで、リニが階段を降りてきた。

「イリヤ、イリヤ。お客さんだよ」

「ありがとう、リニちゃん。すぐ行くわ。セビリノ、片付けをお願いね」

「勿論です」

 テーブルの上をそのままに、階段を上る。後ろからはエクヴァルが付いてくる。

 今日ベリアルは、ルシフェルの邸宅でガルグイユの指導をしている。さすがにあのままでは危険すぎるから。

 小悪魔に任せるのではなかった、とブツブツ文句を呟いていたわ。


 お客は、自称天才職人カミーユだった。

「イリヤさーん!!! せっかくもらった龍の髭、切って保存しておこうと思ったのに、全然切れないんだ……。どうしている?」

 そうだ、普通の包丁や剣では髭が切れないんだったわ。冒険者ならまだしも、私達は魔法は使えても腕力はない、職人なのだ。

「エクヴァルに切ってもらいました。ただ、アムリタの材料にしたら、毒が残ってどうしようもなくて。蛇の魔核を入手しようと話していました」

「え、切れたの? 私のも切ってくれないかな……。そういえば、かなり毒性の強いドラゴンだったね。アムリタは詠唱の問題か、素材の組み合わせなのか、どうしてもいったん毒が出るものだ。が、そんなに強いのか。……もしかして、普通に使っても毒が出るかな」

「それは確かめてみたいですねえ」

 粉にした髭、粉にする前、煮出した水。それらの検証もしてみたい。すぐにアイテム作製に使えないのは残念だけど、楽しめそう。


「ま、とりあえず私が龍の髭を切ってくるよ。リニ、手伝ってくれる?」

「っ! うん、手伝う……!」

「ありがとう、二人とも。私の家へ案内するよ! 借家なんだ」

 エクヴァルとリニが髭を切って使いやすくする為に、カミーユの家へ同行した。

 ベリアルはまだ戻らないし、私は家にいた方がいいわね。片付けを終わらせたセビリノに飲みものを淹れて、一緒に休憩する。

 

 しばらくすると、また訪問者が。

「こんにちはー、イリヤ様はご在宅でしょうか? ギルド長から連絡です」

 明るい女性の声。商業ギルドでよく会う、受付けの方ね。魔法付与の大会の開催が決定したのかも!

 期待に溢れながら扉を開け、女性を客間へ案内した。


「イリヤ様がご紹介してくださった、ローザベッラ・モレラート様の提案で、生誕祭に併せて魔法付与の大会の開催を決定しました。つきましては、参加とご協力をお願いします」

「勿論です!」

 私は二つ返事で了解した。

 時間がないとはいえ、開催が即日決定した。本気ね!

「まず、大会は『一般の部』と『達人の部』に分れていまして、イリヤ様とアーレンス様には、達人の部でご参加を頂きたいんです。モレラート様の生徒、カミーユ・ベロワイエ様も、達人の部での参加になります」

「たつじんの部」

 まさかの別枠だ。受付嬢の説明は続く。


「部門は参加するご本人が選べます。お題と賞品が決定次第、発表して参加を検討して頂きますが、達人部門の参加者は少ないでしょうね」

「そうですよねえ……、よほどいい賞品でもない限り」

 どんな賞品になるんだろう。

 参加者が私達三人だけだったら嫌だな……。

「賞金も出ますし、職人さんが喜ばれる賞品を考えますから。是非頑張ってください! イリヤ様はレナントの上級職人、アーレンス様はエグドアルムの宮廷魔導師と紹介させて頂きます。問題ありませんか?」

 確認されて、セビリノと顔を見合わせる。特に問題はないわね。


「問題はないが……、上級職人だけでは肩書きがいささか弱々しいですな。もっとこう……、師匠の偉大さを知らしめる紹介はないものか」

 真面目な表情でおかしな思案を始めた。どうせロクな案は出てこない。早く止めないと。

「肩書きより結果よ、セビリノ!」

「……確かにその通りでございます! 上級職人が、宮廷魔導師や帝国の認める職人を打倒する……、それこそ相応しい演出です!」

 勝てるとは限らないのでは。彼の私に負ける自信は、一体何なのか。せっかく納得してくれたので、放っておくか。

 受付嬢は涼しい笑顔で待ち、会話が途切れてから説明を再開した。


「王都のアウグスト公爵様に、開催にご助力願いたいんです。できればイリヤ様から書状をお渡し頂くか、紹介状をしたためてもらえないでしょうか……。付与する石の買い付けに協力して頂きたいのと、審査員をしてくださる人物を紹介して欲しいんです。特別審査員として、モレラート先生は決定してますよ」

「ギルド長なら、すぐに公爵様にお会い頂けるのでは?」

 わざわざ私を介さなくても、と軽い疑問を口にした。受付嬢は、苦笑いを浮かべる。

「師匠、面会の予約は取れるでしょうが、ギルド長でもすぐに時間を頂けるわけではありません。公爵は庇護した職人を優先されますから、我らの方が効率が良いのです。何よりあちらにキメジェス様がいらっしゃる以上、ベリアル殿と契約している師匠の来訪ならば、断わるなどあり得ません」


「そうなんですよ。できれば書状を渡して頂いて、可否のお返事を早めにもらえたら助かります。急な開催で準備期間が短くて……」

 私ならひとっ飛びで、タイミングが良ければ即日返事をもらって帰って来られるわね。

「分かりました、書状をお届けして可否を伺ってきます」

「では明日にでも書状をお渡ししますね!」

 受付嬢は明るい声で手を合わせた。審査員や魔法付与する石が足りなかったら、企画倒れになっちゃうものね。

 彼女が帰ってから、入れ替わりでエクヴァルとリニが帰宅。カミーユのところにはローザベッラ・モレラート先生が知らせて、参加を決定していた。


 次の日、冒険者ギルドに蛇の魔核の依頼を出しに行った。あまり早い時間じゃないとはいえ、朝は良くなかったな。混み合っているわ。

 冒険者に交じって、受付の列に並んだ。受注も発注も、受付は同じ。

 ギルド内は若い人や低ランク冒険者が多く、依頼ボードの前でやりやすい依頼の争奪戦が繰り広げられている。受注した人はギルドから出て、勇み足で仕事に向かう。

「エクヴァル、祭り期間の警備に参加するんなら早く申し込めよ。集まった人の中から簡単な審査をして、あとは抽選らしいぞ」

「あー、その期間の仕事は受けないんだ。情報ありがとう」

「相変わらず、余裕そうじゃない。もっと働きなさいよ、Dランク!」

 並んでいる間にもエクヴァルが話し掛けられ、男女のグループと軽口を言い合って笑っている。エクヴァルもかなり町に馴染んでいるわよね。

 ベリアルは混み具合に辟易へきえきして、外で待っている。貴族っぽい彼がこの場にいたら、注目されちゃいそう。


 報酬を決めて依頼を出し、家へ帰った。

 留守番をしていたセビリノに、商業ギルドの人が公爵様への書状を持ってきて、託してあった。

 私が帰るのを待って、セビリノが書状を渡しに公爵邸へ出発する。

「一番弟子ですから。どんどんお申し付けください、一番弟子ですから」

 相変わらずのアピールをして、飛んでいった。


 さて、私はレナントのお店で薬草でも見て回ろうかしら。

 外に出ようとしたら、エクヴァルに止められた。

「……君、軍人が訪ねてくる予定はある?」

「ない……あ、でもワステントの将軍から依頼を受けているわ」

「さすがに、こんなすぐに催促には来ないでしょ。外からこの家を確認している集団がいる。騎士や侍従、魔導師もいる感じかな」

 窓から外を覗こうとしたら、エクヴァルに近付かないよう注意される。

 依頼書を台所の引き出しに仕舞いながらこっそり眺めたら、裏のルシフェルの邸宅側から歩いてくる一行の姿があった。確かにこちらをチラチラと気にしている。


「人数は十人程度……。緊張感も感じられないし、昼間から襲撃はないかな。それでも一応、警戒して。呼び掛けられたら私が玄関を開けて、用事があるのか尋ねてみるよ。君は客間にでもいてね」

「何かを企んでおっても構わぬのだがね」

 一行は道路からこちらを指さし、何やら会話をしている。

 どうせなら襲撃ならば良い、とニヤニヤしているベリアルを引っ張って、客間に隠れて様子を見守る。依頼とかならいいな。

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