第416話 国境での戦闘(エクヴァル視点)

「じゃあリニ、頼んだよ」

「うん、頑張るね。エクヴァルは国境へ行くの?」

「念の為にね。この国から出て行ってくれるのなら、私には関係ないんだけどね」

 町はジークハルト君に任せておけばいい……と思えるほど、彼の実力は信用していない。脇が甘いんだよね、彼は。今はルシフェル様の別荘があるから、きっちり守って欲しいものだ。


 ボスはどこかの軍に所属していたような人物かも知れない。

 やっている犯罪はセコいのに、やたら慎重で人前に出てこない。ノルサーヌスの鉱山を襲う賊に元トランチネルの魔導師が加わっていたし、またトランチネルの関係者の可能性もあるだろう。

 今になって動きが活発なのは、元帥皇帝とやらが亡くなって、国に強制送還されるのを恐れる必要がなくなったからじゃないかな。放っておくとエスカレートしそうだ。

 

 危険だからリニには他の仕事をしてもらい、イリヤ嬢も留守番。ベリアル殿は別荘を守りたいだろうから、イリヤ嬢も連れて行かれない。そもそも私達が捕らえなくていいんだからね。

 ここは国境警備にあたっている、この国の軍に期待しよう。

 隊商が馬車を連ねて国境を目指し、冒険者は途中で採取や討伐の為に道を逸れる。私はキュイに乗ってフェン公国まで延びる太い幹線道路を見下ろした。

 規模の大きな隊商は関係ないだろう。冒険者にふんしていると予想している。冒険者を隠れ蓑にする犯罪者もいるから、冒険者ギルドは一般市民に対する犯罪に特に厳しいんだよね。


 さて、国境に到着。以前通った時よりも、チェンカスラー側の警備兵の数が多い。ちなみにフェン公国との交易は重要なので、こちらは簡単には封鎖できない。

 離れた場所でキュイから降りて、国境に近付く。ここで犯人を捕まえるか、うっかり通すかして欲しい。レナントに戻って暴れられたら困るからね。

「こんにちはー。警備状況について伺いたいのですが」

「何者だ? 部外者には教えられない」

 警備兵の一人に尋ねたら、当たり前だが断わられた。

 国境ではいつもより念入りに身元の確認がされている。


「私はアウグスト公爵閣下が庇護されている職人の護衛で、今回詐欺犯が潜んでいるレナントに住んでいまして」

「あっ! 我が国の英雄様の護衛の方です!」

 若い男性が兵の後ろから姿を現し、私を指で差す。我が国の英雄様って、フェン公国でのイリヤ嬢のことだよね。地獄の王パイモンを退けた時の。彼はフェン公国の兵なのか。

「ところで、君は?」

「申し遅れました、僕はフェン公国の見当みあたり捜査官です! トランチネルの元軍人がノルサーヌス帝国で事件を起こしたのを受けて、警戒中でして」

 見当たり捜査とは、指名手配犯の外見的特徴を覚えておいて、町で潜伏しているのを捜して捕まえる人のことだね。彼はトランチネルの要注意人物の人相も把握していて、フェン公国に入れない役目を負っているワケか。


 男性に連れられ、見張り小屋の脇へ移動した。男性は目を輝かせて、興奮気味に振り返る。

 「会えるなんて感激だなあ! 僕もあの場にいましたからね、見てましたよ。地獄の王と対峙する姿はめちゃくちゃカッコ良くて、痺れました!」

 やたら人懐ひとなつっこい男だな。何故か手を握られた。

「それはありがとう。こちらや都市国家バレンで詐偽行為をした容疑者が、逃走している話は聞いてるかな?」

「昨日、フェン公国側にもお触れがありましたよ。チェンカスラーは出国する人の身元や目的を、いつもよりしっかり確認してますね。現時点で怪しい人物は通っていません」

 なるほど、それなら大丈夫。……とも限らないけど。

 荷馬車を五台連ねた隊商が、国境を越えていく。役人が荷物をチェックすると、たくさんの野菜が箱に入って積まれていた。数人で歩く冒険者、トランチネルから逃げ出して、再び故国へ帰る旅人。

 人や馬車がひっきりなしに通っている。


「……交通が多いね」

「この時間帯と夕方が一番多いですよ。……おや、冒険者にしては数が多いグループですね」

 見張り小屋の近くで会話をしながら眺めていたら、男性が不意にとある一団に目を止めた。

 女性が数人混ざっていて、一人は深くフードを被っている。

「身分証と、目的を言え。荷物も検査をする、手荷物はあちらのテーブルへ。それからそこの女、フードを外すように」

 一団は全員が冒険者証書を提示し、一部がトランチネルへ帰国、別の者はフェン公国で仕事をする、と告げた。どうやら一つのグループではなく、一緒に行動していたようだ。

 荷物検査も素直に応じているが、女性はフードを外すのをためらっていた。

「顔に傷があるんです」

「……なら女性に確認させよう」

 女性表情は見えない。嫌そうな様子ではあるね。

 捜査官は、彼女達の様子をじっくりと見ていた。ヒラリ、フードが軽くめくり上がる。


「……アレは! 元トランチネルの魔導師と、騎士だ! 要注意人物だよ、国境警備を壊滅させて、トランチネルを出奔した連中じゃないか……っ!」

「ヤバイ感じ?」

「ヤバイなんてモンじゃない。突然広域攻撃魔法を唱えて、体制が崩れたところを力ずくで押し通ったんだ! あの時は元帥皇帝から逃げていて問答無用だったんだろうけど……、それにしてもこちらの被害は大きかった」

 捜査官が警備の兵に合図を送ると、兵がにわかに動き始める。

「少々こちらへ来て頂けますか、確認することがありまして」

「……ここでは出来ないのか?」

 他の通行人に被害が及ばないよう誘導して、守りを固める。しかしあちら側も簡単には応じない。確認ならこの場でしてくれ、と少し問答を続けた。その間に、静かに兵が増員されている。


「……勘付かれたみたいね。これ以上は無駄だわ」

 女性がフードを深く被って呟いた。剣士の男性が、即座に動き出す。

「退避するぞ!」

 迷わず剣を抜き、今だ無防備だった兵を斬り付ける。兵はとっさに下がって致命傷を免れたものの、軽装の鎧が壊れ脇腹から血が流れた。

「気を付けろ、こいつらはトランチネルから逃げる際、我がフェン公国で何人も殺して国境を突破したんだ!」

 離れて眺めていた捜査官が飛び出して、大声で注意する。穏便には済ませられないと悟ったんだろう。

「なんだって!?? 民間人を避難させろ、こいつらを全員捕えるんだ!」

「落ち着いて、こちらに移動してください」

 突然騒がしくなった周囲の剣呑な空気に、馬が興奮していななく。前足を大きく動かした衝撃で、馬車が揺れた。


 近くにいた兵が集まって検問待ちをしていた人達を庇い、異変を察知したフェン公国側からも兵が駆け付ける。

 冒険者にふんした一団は全員が武器を取り、近くにいる兵に攻撃しながら少しずつ離れた。仲間の一人が反撃を足に受けてうずくまったが、誰も構わず来た道を引き返す。

「その魔導師と騎士というのは、強いのかな?」

「広域攻撃魔法を被害も考えずに使う魔導師と、白兵戦では敵なしの騎士ですよ。元帥皇帝の命令に違反して、処罰されそうになり逃走したと聞いてます」

「なるほど」

 ひづめの音が響き、馬に乗った部隊が追走する。すぐに追い付きそうなものだが、魔導師が待ち構えていた。


「追い掛けたのを、後悔させてやるよ! 流氷の海を漂い、厳冬を割り泳げ。寄るべなき窓辺を叩き、戦慄わななく身を切る吹雪を、突き刺さる氷の息吹をもたらしたまえ! ブリザード!」


 冷たい空気と氷をもたらす、水属性の中級攻撃魔法だ。馬は足を止め、咄嗟に兵がかけたプロテクションで、前に進めなくなる。左右から追撃しようにも矢を放ち、こちらがファイアーボールで攻撃したのは避けられてしまった。

 うーん、逃げられるかな?

 私は久々に白虎を召喚して、追うことにした。逃走犯は今のところ徒歩だ、白虎なら簡単に先回りできる。

「白い虎! カッコイイ、めっちゃカッコイイぃぃ!」

 この捜査官、大丈夫かな……? やたら楽しそうだな。

 彼は戦闘には加わらないようなので、私はさっさと白虎を走らせた。兵との交戦に手一杯な連中の目を逃れるよう、遠回りで弧を描く。しかしさすが敵なしの騎士、私の行動に気付いて即座に指示を出した。矢がこちらに放たれる。


 攻撃、特に飛び道具は、目標が今いる場所ではなく、武器が届いた時点に存在する地点を想定して、放たれる。

 弓を大きく引いて放つ瞬間を待ち、白虎の足を緩めさせた。敵が想定した距離ほど移動していないので、矢は私の前を通り過ぎる。狙いが正確だな。だからこそ、この方法で簡単に逃れられる。

 先頭まで進もうかと思ったが、見つかった今、通り過ぎるのも得策ではない。

 白虎を方向転換させて、敵に首を向けた。白虎は走り出しから、かなり速い速度が出せる。一気に近距離へ飛び込む。

「ボス、虎だ……、虎が来ます!」


 虎が迫ってくるのって、無条件で怖いよね。ボスの横にいる二人が震えている。ボスは真っ直ぐに私を睨んだ。彼が“敵なしの騎士”だ。

「ここは俺に任せておけ! 彼女を守るんだ」

 ボスは白虎に脅えた二人に、女性魔導師を護衛するよう命じた。彼女が広域攻撃魔法を放った本人だろうね。どんな魔法が飛び出すんだか、……こんなことならイリヤ嬢がいればなあ。


「アンタに負けはないだろうけど、お守りだよ。旗を天に掲げ土埃りをあげよ、大地を踏み鳴らせ。我は歌わん、千の倍、万の倍、如何なる軍勢にもひるまぬ勇敢なる戦士を讃える歌を! エグザルタシオン!」


 攻撃力増強を魔導師が唱え、全員に効果が行き渡る。いや、混戦になりつつある最後尾には届けていないね。チェンカスラーの兵にも効果がおよぶのを避けたんだろう。

 私は白虎を騎士に走らせ、背から後ろに降りた。

 騎士は白虎が飛び上がった瞬間に下を駆け抜け、私を目指して走ってくる。

「うおお!」

「……っ」

 振りかぶって切り下ろすかと思ったが、動きが止まった。

 私は半歩だけ前足を進めた。

「……そこらの兵とは違って、迂闊な攻撃では通じないな」

「どうだろうね? エグザルタシオンの効果が切れる前がいいんじゃないかな?」

「違いない」


 騎士はフッと小さく笑った。キラッと光るものが、線を描く。

 矢か。弓兵くらい何とかしてくれないかな、チェンカスラーの兵士! いったん魔法で動きを抑えられた騎馬兵は、ようやく敵に届くところだ。

 矢を対処していれば、その瞬間に襲ってくるんだろう。相手は既に攻撃態勢を取っている。

 私は大きく足を前に踏み出して、放物線を描いて顔の高さで迫る矢を身を低くして躱し、低い姿勢のまま後ろ足を寄せた。相手との距離は少し近いが、更に前に進みながら剣を地面と水平にし、柄を脇腹で固定した。

 切らずに刺す方がいい距離だ。


「う、ぐうぅ!」

 騎士は間一髪で横に逃れた。崩れた体勢をすぐに直す。

 本来ならここで追撃するが、この男には防がれるだろう。代わりに口笛を軽く吹く。

「ボス、後ろ後ろ!!!」

 他の仲間が大騒ぎだ。私の合図で、白虎が後ろから騎士に前足を振りかぶっている。

「グオオッ!」

「く、虎とはな……!」

 人一人簡単にすっ飛ばす、白虎の攻撃を防いでいる。エグザルタシオンの効果かな。白虎には次に弓兵を倒すよう指示を出した。


 地を揺るがす咆哮とともに、獲物を定めて四本の足で軽やかに掛ける。

「ダメだわ! 動きを止めてくれないと、白虎に魔法を唱える暇なんてない!」

 女性魔導師が叫ぶ。音が届いた時には、一人が地面に倒れていた。その間に別の仲間がプロテクションを唱えたが、白虎は簡単に崩し、攻撃の手を緩めない。

 ガキン! 私の剣と騎士の剣が交わる。

「白虎ばかりでなく、私の相手もしてもらわないと」

 剣を話ながら、笑ってみせた。騎士は口元を引きつらせる。


「最高に嫌な敵だな……っ!」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 再び切り結んだものの、攻撃力増強がなかなか効いているね。何度も剣を合わせたら、こちらの手が痺れてしまいそうだ。早めに片付けるべきだな。

「なんなの!? 攻撃力増強も唱えたのに、アイツに倒せない敵がいるなんて!!! おいでガルーダ、こうなったら都市を攻撃してこちらに構っていられないようにするわ!」

 女性魔導師は戦いの中で、いつの間にか召喚術を使っていた。光を放つ大きな鳥、ガルーダをんで背に乗った。そして単身で飛び去る。


 あ、あっちはレナントの方角だね……!

 王都に地獄の侯爵がいるのは有名だから、避けたんだろうな。結果として更なる危険へ飛び込むのか……。

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