第146話 いざ!フェン公国

 ついにフェン公国に行く日だ。

 私、ベリアル、エクヴァル、セビリノの四人。リニは念の為に、いったん地獄へ戻ってもらった。


 冒険者を雇おうとか、国に護衛を要請しようと言ってもらえたんだけど、お断りしておいた。地獄の王だし。光属性の魔法の使い手、パーヴァリならあるいはと思ったんだけど、今はこの辺りに居ないみたいだった。


 今回はフェン公国の中央付近にある首都、フェネルトアラに向かう。

 都市の大門には出迎えらしき数人の人が待っていた。その中に一人、知っている顔がある。

 アルベルティナだ。背中の真ん中ぐらいまでのえんじ色の髪を一つにまとめ、胸当てをしている背の高い女性で、鉱山でのドラゴン退治や、ガオケレナを買いに来た時にお世話になった。彼女は私たちの姿を見て、手を振っている。


「ようこそ、チェンカスラーからの客人。私は商人ギルドの長です」

「私の紹介はいいわね。案内するわ、こちらよ」

 数人の護衛兵を連れ、すぐさま踵を返すアルベルティナを、商人ギルドの長がアレ? という表情をして、ワンテンポ遅れて追いかける。


 用意してくれた馬車に乗り込みながら、簡単に彼女と出会った経緯をお話しした。

 こちらからは商人も、国やギルドの関係者も来ていないけど、話し合いについてはエクヴァルに一任してもらえたことも。まずは大まかな話し合いをして、一旦持ち帰って議論し、詳しい契約内容の最終調整などについては、後日改めて代表と決定してもらう。


 重厚でつやのあるこげ茶色の木の壁に囲まれた会談室で、革張りのソファーに座った。

 四角いテーブルの四方に三人掛けられそうな大きいソファーが用意してあり、奥にアルベルティナとギルド長、向かいに私とエクヴァル、ベリアルとセビリノはあと二つのソファーに別々に腰かけている。


 職員はお茶を出してくれてから退席してもらい、秘書と記録係だけに残ってもらった。ただし、記録係にはこちらが不承知の内容については、公表せずここで廃棄してもらう約束にして。


「……チェンカスラーでも、トランチネルが高位の悪魔を召喚していると、さすがに解っているようね。それが、王の可能性もあると言う事も」

 アルベルティナが探るように私を見た。極秘に済ませようというのは、その悪魔に対する対策会議を国民に知られたら混乱が起きるから、とか考えたのかな?


「……可能性、ではないわ。王である。名はパイモン。このフェン公国に攻める兆しがある故、わざわざ我が足を運んでおる」

「王とは確かで!? フェン公国に? しかし現在、件の悪魔はトランチネル領内を蹂躙しており……」

 ギルド長が、ガタンと立ち上がる。勢いでテーブルに足をぶつけ、目の前のお茶が揺れてテーブルに黄緑の水たまりを作った。

 フェン公国の人達の視線はベリアルに集まっている。


「落ち着かんか。我は地獄よりこの件を預かっておるのだ。そなたらは身を守ることだけを考えておれ。まずは商談を済ませてしまわぬか」

「……こちらの方は……、いえ、まずは他の話を済ませてから、悪魔の対策を相談しましょう」

 アルベルティナが秘書に指示し、書類をこちらに運ばせた。みんなの分があったので一応受け取り、エクヴァルは渡されるとすぐに目を通す。


 数枚綴じられている紙を捲りながら、ペンを取り出した。

「……ふむ、なるほど。ガオケレナの輸入量に関しては、もう少し増やして欲しいという要望だった」

「貴方達には借りがあるわ。……応じましょう」

「アルベルティナ様が仰るのなら、そのように」

 ギルド長は自分の資料を訂正して、書き直している。

 魔法アイテムや素材、食料についてなんかも話していて、量や金額の交渉なんかをしている。


 難民問題もある。こちらは現時点で受け入れはすぐには出来ない事、支援に関しては現在、国や商人ギルドが協議しながら前向きに検討している事を告げた。必要とされる量や品について意見を聞いている。

 難民の受け入れが難しい原因の一つが、トランチネルから、というのがネックらしい。間諜を混ぜてくることがあるんだって。治安の悪化なんかも不安みたいだし、ややこしいなあ。


「……まあ、私が決めらるのはこのくらいかな。さて、次はセビリノ君」

 サクサクと話し合いを進め、次の会談の日取りまで決めて資料を閉じた。難民支援についてはまだチェンカスラーでもどのくらい用意できる解らないので、要望をまとめるだけ。

 水を向けられて、セビリノが勲章を取り出した。


「申し遅れた。私はセビリノ・オーサ・アーレンス。エグドアルムの宮廷魔導師をしている。我が国でもガオケレナを輸入したく……」

「エグドアルム!? ずいぶん遠くからおこしで」

 商人ギルド長が弾かれるように勲章を確認する。アルベルティナも見てるけど、彼女はセビリノを知らないみたい。フェン公国では彼の魔導書、売ってないのかな?

 今度はエグドアルムのガオケレナ輸入の話。どうやら余裕があるみたいで、売ってもらえそうだ。飛行魔法が使える魔導師が受け取りに来ることになった。かわりにエリクサーを売ってほしいと頼まれていた。


 そして今回のメインにして最後の議題。地獄の王についてだ。

 専門家の方、どうぞ。

 途中から足を組んで目を閉じ、肘掛けに肘を置いて頬杖をついていたけど、地獄の王パイモンの魔力を探っていたみたい。

「……やはりこちらに移動しておる。これより、我はこの者と話をしに参る。そなたらは防御の態勢を整えておけ。イリヤ、そなたは重々注意せよ。解っておるな、セビリノ、エクヴァル」


「しかし、王からの攻撃に備えるとなると……」

 アルベルティナが不可能だ、と言う。

「……戦闘になるのならば、我が相手をする。余波に備えよ、という事である」

 それならば、と少し絶望が和らいだ時だった。ドタドタと慌ただしい足音が響いたと思うと、突然バタンと扉が開き、息を切らして軽装の男性が駆け込んできた。


「緊急事態です! 例の悪魔が、国境付近に姿を現しました! 悪魔は、“アイツと、契約者を出せ。そうすればこの国は王の首だけで許そうかな”などと、要求しておりまして……!」

「……ぐぬ……!! 調子に乗りおって、あの未熟者めがッ!!!」

 座ったままのベリアルから怒気と魔力が溢れ、窓や扉までガタンガタンと揺れた。フェン公国の人達の顔色が青い。地獄の王の魔力を直接浴びるなんて、普通はないからねえ……。


「……参りましょう、ベリアル殿。私達が行けば、一先ず注意は私とベリアル殿に向く筈です」

「……あやつの思い通りになると思うと、非常に不愉快である! 我がそなたを守ることを考慮して来いと申すのであれば、やはりそなたを狙うつもりであろう。レナントに置いて来ずにいて、正解であったわ。知ればどのような手段で狙うか、解ったものではない!!」

 相手が相手だから、手を回されると非常に厄介なんだよね。彼の配下にも王がいて、ベリアル達皇帝陛下の直臣ほどではないにしても、公爵でもうかつに敵対はできないの。行くのも待つのも危険って、嫌だなあ。


 パイモンの待つ国境付近を目指しながら、簡単な打ち合わせをした。

 まずは巻き添えを避ける為に、付近の兵を下がらせる。

 防衛ラインを敷き、魔法使いが控えて防御魔法に徹する。攻撃は一切しない。国境付近の村を守る為にも、余波が遠くまで及ぶのは好ましくないのだ。


「魔法防衛部隊は、私の管轄ではないわ。私は貴女の防御に当たらせてもらいます」

 アルベルティナが私の近くに来た。狙われる私の防衛は、今回一番危険なのに。

「……はい、しかしこちらも幾つか手を考えております。まず最初は状況を見て下さい。私たちの魔法が途切れそうな時に、お願いします」

 護符を準備し、セビリノは短剣を取り出している。敵が地獄の王となれば、どの程度まで防御魔法の効果があるのか解らない。さすがに怖い。


 不安になっているのを読み取ったのか、エクヴァルが私の肩に手を置いた。

「……大丈夫。君の前には私がいる」

 腕から肩、彼の顏に視線を移す。

 いつも通りの穏やかな表情だけど、眼差しは真剣だ。

 エクヴァルも、セビリノも、ベリアルだっている。アルベルティナも協力してくれると言っている。

 気弱になってる場合じゃないよね!

 しっかりと頷いた。私は私に、出来ることをしていこう。


 セビリノは早速、私があげた水星の護符を準備している。

「栄光は光に満ち満ちて輝く。知性の発露であり、大いなるものと小さきものを結ぶ使者、神のメッセンジャー。水星のペンタクルよ、上層の空気に包まれ我に力を貸し与えたまえ。我に知と大いなる魂の力を与えたまえ」



 集まっている兵達の前に、国境の平原が広がっている。片側が山、反対側には森。

 彼らの一部は怪我をしているらしく、後ろに下がって治療を受けていた。数か所の地面が、大きく抉れている。


 何もない平原に少し宙に浮くくらいな形で、その悪魔はいた。離れた場所で怯えている壮年の男性が、契約者なのだろうか。 


 地獄の王は十五歳前後に見える、長くはない枯草色の髪に赤茶色の瞳をした、女性的な容貌の青年の影。刺繍の入った白いブラウスにズボン、宝石をあしらったショートブーツ。貴族の子弟のような彼の袖は、返り血で赤く染まっている。


「よく隠れずに出て来たよ、ベリアル。この国を潰されるの、気にするわけ? あっはは、探す手間が省けた!」

「……そなた、天の監視の目がある事は気付いていよう。引き時であろうよ、これ以上何をしようというのかね?」

 パイモンは、持っていた何かを投げ捨てた。

 人の腕だ……!


「そんなのはどうだっていい。契約があるからさあ、ここの王くらいは殺さないと。そしてベリアル……」

 楽しそうなパイモンの笑顔は、とても非情で背筋が凍るようなものだった。


「お前の泣きっ面を見てやるよッッ! お前がたかが人間の契約者にすぐに肩入れするのは、皆知ってることさ。それを殺されたら、面目丸つぶれってヤツじゃないか!?」

「……黙れ、小僧が!!! 王たる者の発言ではないわ!!」

 ベリアルを苦しめたくて、私を殺すと言っているのね。王が守ると契約した相手を殺されるというのは、かなりの屈辱だ。

 とにかく、自分の身をしっかり守らなけらばならない。こちらに向かってくる前に、二重三重に対策をしていかないと。まず最初の役目から。


「天と地の間に遮るものはなし。我が顔を光より隠したまえ。白き空のカーテンを閉じよ。秘密は忍びやかに、不可思議は神秘の内に。歌声は遠く途切れたり。アトモスフェール・リドー」


 魔法の効果を確認していると、いったん二人の会話が途切れた。怒りの形相のベリアルと反対に、パイモンはやっとこの時が来たという、待ちきれないような、愉悦を含んだ表情をしている。

「さて、ゲームのルールを紹介しよう! ベリアル、お前の契約者を僕が殺したら、僕の勝ちだ。この国も滅ぼすッ! 守りきれたなら、この国は王の首だけで済ませてやるよ!」

「……そなたの思い通りにはさせぬ!!」

 二人の魔力が高まっている。ついに戦いが始まる。ここは“いえ、公国ですから大公ですよ。王はいません”と、突っ込んだらいけないところ。



「炎よ、濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!!」


「風よ響け、絶望を届けよ! 僕はパイモン、破壊を司るもの。捧げよ血を、慟哭を!!」


 二人の地獄の王の宣言がなされた。辺りに満ちる、禍々しい濃密な魔力。

 戦いが始まると、ぶつかり合う余波だけでも体が押される程だ。魔法防衛部隊は戦いを見つめながら、隊長の指示に従って粛々と防御魔法を展開している。

 私も防御魔法を展開しないと。


「セビリノ! 始めましょう」

「は、師匠!」


「「神秘なるアグラ、象徴たるタウ。偉大なる十字の力を開放したまえ。天の主権は揺るがぬものなり。全てを閉ざす、鍵をかけよ。我が身は御身と共に在り、害する全てを遠ざける。福音に耳を傾けよ。かくして奇跡はなされぬ。クロワ・チュテレール」」


 光属性の、攻撃と魔法に対する強力な防御魔法を一緒に唱えると、銀の光を放つ壁が私とエクヴァルと、近くにいるアルベルティナの前に出来た。さすがに護符を使ってセビリノと唱えただけあって、かなり強固だ。少しは防げるといいのだけれど。

 アルベルティナが、スゴイと呟いて壁をじっと眺める。魔法防衛隊の人達も、自分たちの展開した倍以上の効果がありそうな防御魔法に、驚いていた。


 ここでセビリノは、パイモンから隠れるように森の方へ向かった。

 オリハルコンの剣を抜いて、私を守ってくれているエクヴァル。

 私はマナポーションを飲んで、次の魔法。


 息つく間もないわ!

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