第147話 王 対 王
さて、今度の魔法ですが。
指輪の護符をはめた手を伸ばし、カーネリアンを太陽の光に当てた。
「全能なる方の祝福を。上は天の祝福、下は横たわる淵の祝福をもって。
いやさか、繁栄の種は地に満つるなり。
これは特殊な魔法で、人間以外の全ての能力を減じるものだ。光属性の内、悪魔の力を減じる神聖系を使うと、闇の属性が強いベリアルの方に効果が大きくなっちゃって、不利になるんだよね。
「……神聖系じゃないのに、僕の力が削がれてる? どういうことだ、あの女……何をした!?」
ベリアルと戦っているパイモンが、こちらを睨んだ。
すかさずベリアルが攻撃力を最大限に強めた、黒く光る炎の剣から火を放つが、風で防ぎ逆に彼を襲わせる。しかしベリアルは火の耐性が強いので、避ける必要すらない。そのまま突っ込んで剣を振るが、パイモンは持っている棒のような武器で全て防いだ。
何度も打ち合い、炎と風が二人の間で衝突している。ボンと時折、フェン公国の兵の防御魔法にぶつかって消えた。この程度の余波でも中級魔法並みや、それ以上とも思われる衝撃がある。
剣と棒がガキンと音を立てて合わさり、二人の距離が近づいて一瞬動きが止まる。ベリアルが火を動かすより早く防御を越え、パイモンの風が彼の腕に一筋の切り傷を与えた。ベリアルの服が裂けるのは、初めて見た。
「……ちぃッ!」
「いいザマだな! まだまだ、これからだよベリアル!」
ベリアルが少し後ろに引いたところに、追いかけて棒を横に振りぬく。炎の剣と当たり、その瞬間にベリアルが炎を至近距離でパイモンに向かって発生させた。彼はフッと息を吐いて赤く揺らめく炎を四散させ、逆に風の針がベリアルに数本刺さって消えた。
「……この程度で、喜ぶには早いわっ!」
怯むことなく前に出たベリアルの反撃を躱し、僅かに足に剣を掠りながら暴風をうねらせて、今度はパイモンが下がった。空中で少し離れて睨みあい、魔力が二人から噴き出すように溢れだす。
「これが、地獄の王……。こんな恐ろしいものが……」
アルベルティナの手が、僅かに震えている。逃げ出したい気持ちを、何とか抑えているんだろう。魔法防衛隊の人達の緊張も、尋常じゃないんだと思う。
ベリアルは黒く光る炎の剣に魔力を注ぎ込み、中天にかかる太陽のような色の火が剣身を覆う。対するパイモンの棒は風の魔力を濃く帯びて、あれでは触れなくても多方向から切られてしまうだろう。厄介な武器だ。
「いっくぞ!」
パイモンが斬りかかり、二人の真ん中で再び剣と棒がぶつかり合う。ベリアルの火が点滅するように消えて点き、風に大きくマントとお互いの髪が揺れている。
上から、下から、右からと斬りかかり、それを棒で全て防いで、火花が幻のように瞬間を彩る。パイモンが強く剣を弾いた拍子にベリアルの両手が顔の方に向かい、肘をパイモンに向けるようになったとき、すかさずパイモンが手刀で空を切った。
バッテンのような、クロスした研ぎ澄まされた風の刃がベリアルを襲う。胸の中央部分はかなり防げたようだが、クロスの四隅の風が脇腹に左右四つの傷をつけた。
「ぐ……!」
痛みから顔を僅かに歪ませながらも、再び剣を構える。風を追う様に向かってきて振られた棒を高度を下げて躱し、逆にパイモンの脇腹に炎の剣の一閃を浴びせた。
「……油断したかッ」
舌打ちするパイモンに、マントを外して投げつけ、ベリアルは少し離れた。
ベリアルのマントは、地獄の職人が炎を編みこんで作った、特別なマジックアイテム。赤いマントは突如、燃え盛る業火となって敵を包もうとするが、ふわりと風に巻かれてパイモンには届かない。マントを留めていた大きな緑の宝石のついた留め具は、無造作に地面に投げ捨てられる。後で拾おう。
炎が消える前に飛び込んで袈裟懸けに斬りつけようとしたベリアルだけど、業火を煽った風は渦になり、来ることを予測していたパイモンはその渦の中心には既にいなかった。彼が気付いた時には渦巻く風をベリアルに向けて集約させ、重ねて風を起こし嵐が取り巻くように発生している。
「しまった……っ、ぬかったわ……!!」
すぐには身動きが取れないベリアルに、パイモンは大きく息を吸って更なる攻撃を開始。
「狂風よ、吹き返して炎を纏え! 笛の音を奏で、破壊の前奏曲よ、彼方まで響き渡れ! 形も残さず切り刻め、ミストラル・クーペ・サンフォニー!」
風というより竜巻を集約したような、とんでもない暴風をベリアルに向けて放つ。しかも火を帯びて、真っ黒い風の渦から橙色の光が溢れている。これがパイモンの呪法!?
なんとか防御してるベリアルだけど、服の裾はズタズタだし、ズボンも切り裂かれている。さすがに王の呪法だ、怪我をしたみたい。ブローチが外れて、飛ばされて何処かへ消えて行った。
風の勢いは収まらずに、ベリアルは森側に弾き飛ばされ、パイモンとの距離もだいぶ離された。背中にぶつかった木がバキバキと折れて、何本目かに衝突したところでやっと止まった。
「あっははははは! そこで聞け、お前の契約者の断末魔の叫びを!!」
「パイモン……っ!! おのれ……!」
……来る!
この時を待っていたとばかりに、パイモンが私の方へ勢いよく飛んできた。飛行速度はベリアルよりも早い。
風の刃を飛ばしてくるけど、それは防御魔法で全て防ぐことが出来ている。
「チッ! 人間のくせに、何て固い防御を! 面倒な女だな、引き摺りだして真っ二つにしてやる!」
怖いけど、とにかく今は魔法を唱えることが先決。
「地中に流れる火の脈よ、地底より吹き昇れ。雲を焼く業火の塔は、怨敵の処刑台となるものなり。階段を上がれ、退路は既になし。踏み入りしは哀れなる虜、欠片も残さず焼き尽くし無に帰せ。赤の中の赤、紅の内の紅。紅蓮の猛火にて迎えるものなり」
防御壁の前まで来たパイモンが魔力を籠めた一撃を与えると、防御の壁に大きくヒビが入った。これはもう、もたない! 魔力を減じてあるのに、こんなにあっけなく……!
エクヴァルが私の前に立ち、睨むようにして地獄の王に剣を向けている。
「まさか保つとはね……。まあいい。生意気な男、お前もだよ! どうした? 無様に命乞いをしろよ」
パイモンは手を伸ばして、ひび割れた壁に魔力で打撃を加えた。バチンと高い音を立てて崩れ、消えていく防御魔法。
壁が消えて、直にパイモンとエクヴァルが向き合う。
迫る地獄の王に、エクヴァルが斬りかかった。すごい胆力だ。
「……イリヤ、逃げるんだ!」
「もう遅いよ! さあ、その命を僕に捧げろ!!」
風で剣を防いだパイモンが、エクヴァルの腹に魔力を叩き込む。欠片も残さないというような、とてつもない威力。
「ぐはっ……!」
エクヴァルはふっ飛ばされて地面に倒れ、あげたばかりの護符が砕け散った。破れた服の下には、黒いティアマトの鱗で作られた胸当てが覗いている。心配だけど、この瞬間も無駄には出来ない。
「生きているのか!? 何だあの護符は、小賢しい!」
すぐに紺の髪を揺らして何とか身を起こしたエクヴァルに、パイモンは忌々しそうに吐き捨てる。
「円環の血潮よ巡れ。描け、朱の道。岩をも溶かす熱を生め。発動せよ! エクスプロジオン・ラーヴ!!」
良かった! エクヴァルは無事みたいだし、こっちも間に合った! 等間隔に火が発生し、円を描いてパイモンを包むように朱色の線が引かれていく。
パイモンは周りを軽く見渡し、ハッと笑った。そして一歩踏み出す。
真っ赤な小さい炎を繋いで線が伸び、防御魔法のように円周を薄赤い光が囲むと、天に向かって一気に赤い壁が伸びた。
地面には魔法を補うための意志による六芒星が映し出され、次の瞬間に円の中は燃えて、マグマのような酷烈な炎が噴き上がった。
「そなたっ! それは我の呪法ではないか!!」
森から出た場所で、ベリアルが抗議している。
イエス! その通りです。写し取ったの、ベリアルはまだ、知らなかったんだよね。サプライズになってしまった。
「この程度で僕を倒せると思うなっ!!」
炎の中から、怒りの声がする。私が使っても、多少の効果と足止め位しかならない。とにかくマナポーションで補充して、次!
「追い立てるもの、其は瞬く閃光。破砕するもの、其は磨かれた
詠唱をしていると、魔法の効果が終わり、パイモンがほとんど変わらぬ姿を見せた。しかしここで途切れさせるわけにはいかない。なおも詠唱を続ける私に、近づいてくる。
「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」
アルベルティナが唱えてくれた、防御魔法の壁ができる。それを軽く叩き壊し、彼女に向かって地獄の王が嗤う。
「こんなもの、遊びにもならないね。さあ、覚悟をするんだな。コイツの次は女。お前の番だよ」
「ひぃ……!」
脅えてよろける彼女に満足したように目を細め、私に切り裂く風の魔力をぶつけてきた。突然の近距離からの攻撃に対処出来なかったけど、ベリアルにもらったブレスレットの、防御の魔力を籠めたルビーが割れて落ちた。
「見てなよベリアル、この女の最期を……!」
「イリヤ!!」
焦りを滲ませたベリアルの声色に、私の目の前に立つパイモンは満足げに口許を歪ませる。
そして徐にジャリ、と一歩近づく。
「させるかっ!!!」
エクヴァルが叫んで駆けて来て、攻撃しようとしたパイモンの気を反らした。
今だ!
「激情は吠え狂う烈風となれ! 討ち滅ぼせ、
手に出現した金の雷の槍を、目の前のパイモンに思いっきり魔力を乗せてぶち込んだ。激しく爆発して、金の光が乱れ飛ぶ。
「これは、これは……、バアル閣下の呪法!? 女、貴様ああああァァ!!!」
さすがに至近距離だったし彼の力を削いであったので、ダメージがあったようだ。爆風と雷の威力にさすがのパイモンも耐え切れず、ベリアルと戦っていた辺りまで押し返すことも出来た。
マナポーションをもう一つ口に含み、次の準備にかかる。
「日輪の馬車の車輪を外せ。星よ、
その間にベリアルが、もう一つの宣言を済ませた。地獄の皇帝サタン陛下と同じ、闇属性。天との対戦に備えた秘密兵器みたいなものだけど、私を意識しながら戦うとなると、火の属性では不足だと判断したのだろう。魔力が更に高まり、パイモンを凌ぐほどになる。
「どういうことだ、ベリアル……! 闇属性の宣言だって!?」
「……知る必要のないことを、知ってしまったものよ。己の愚かさをしかと覚えよ!!」
ベリアルの姿が掻き消え、パイモンの真後ろの現れた。振り向こうとする彼の背中に、トンと手をあて魔力を解き放つ。不意を突かれて防御が間に合わなかったらしく、背中を押されたように弾き飛ばされ、質量を持った黒い闇がドンと彼に押し寄せた。
「う、ぐあああっ! こんなバカな、こんな事があってたまるか……!」
振り返ったパイモンを見下ろす、切り刻まれて裂けた軍服姿のベリアルの赤い双眸は、いつにない冷たい色をして見えた。
★★★★★★★★★★★★★
一番上にある魔法のルビのある部分。メモにあって、こういう効果で使いたい!と思って使ったんですが、肝心の出典が書いてないので解らなくなりました(笑)。
他に書いてある内容を見ると、ケルトのものっぽいです。なんだったんだろう…??
追記:読者さんが教えてくれました、ケルトの民話集からでした!ちくま文庫から出てます。ありがとうございます!
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