第173話 魔法会議の町、モルトバイシスへ

 遠くまで平野が広がるノルサーヌス帝国を飛ぶのも、見通しがすごく良くて気持ちいい。馬車の隊列とか、冒険者とか、一人で荷物を背負って歩く人とか。色んな人が長く伸びた道を歩いている。


 バンと前の方で炎が弾けた。赤い火の脇をすり抜けて、トンボのような羽根が生えた小さな生き物が、素早く弧を描いて飛ぶ。

「チイッ! 外したわ、何とも小さくすばしっこいものよ」

 苦々し気に呟いて、その場から離れるベリアル。


「光よ激しく明滅して存在を示せ。響動どよめけ百雷、燃えあがる金の輝きよ! 霹靂閃電へきれきせんでんを我が掌に授けたまえ。鳴り渡り穿て、雷光! フェール・トンベ・ラ・フードル!」


 今度はセビリノが雷撃を唱えた。掌に集まった雷が、その生き物を目掛けて火花を散らしながら発せられる。衝突してバチンという大音響とともに黄色く輝き、プスプスと煙を上げてそのまま落下して行った。

「セビリノの勝ちね! 狙いを定めるのが難しかったわ」

「師匠、ではあとで魔法の特別指導をして下さい!」

「そんな約束なかったと思うんだけど!?」

「君達、本当に余裕だね! 空中だと、さすがに参加できないなあ……!」

 ワイバーンのキュイに騎乗したエクヴァルは、今回不参加。小さすぎて剣では倒しにくいのよね。ワイバーンは小回りがきかないしね。


 標的にしていたのは、目撃されている中で一番小さいドラゴン、ピュラリス。手のひらサイズで四本足があり、体は青銅色。透明な羽根を生やした、火属性のドラゴン。これが居たから討伐合戦をしたの。今回の優勝はセビリノ。素早いあのドラゴンに命中させるのは、動きも読まなくちゃならないし本当に難しい。

 それにしても魔法の特別指導って、何をしたらいいのかしら……。


 遊んでいる内に、目的の町が見えて来た。

 チェンカスラーの皆はもう着いているのかな。馬車はいくつか抜いて行ったけど、その中にあるのかは解らなかった。門の前で降りようと誰も居ない場所を探していると、向こうから誰かが飛んで来る。

「お久しぶり、イリヤさん。前回はお世話になったわ」

 背中の真ん中ぐらいまでのえんじ色の髪を一つにまとめ、胸当てをしている背の高い女性。フェン公国の騎士団の顧問魔術師、アルベルティナだ。フェン公国から参加があるって聞いていたけど、彼女も代表の一人なのね。


「エクヴァル様。ワイバーンを駆るお姿、とてもお似合いです」

 彼女はフェン公国でパイモンと戦った時に私の近くにいて、エクヴァルが地獄の王の前に立ちはだかる姿を目にしてから、彼をすごく尊敬してるの。もともとは苦手っぽかったのに、カードがひっくり返るみたいにクルッと変わった。

「ありがとう、君も代表として魔法会議に参加するのかな?」

「はい! エクヴァル様達の発表、楽しみにしております。何か新しい魔法を先行して公開して下さるとか」

「ははは、私じゃなくて彼らだから。殿下から許可を得ていて、私はどんな魔法か教えてもらえてないんだ。私は単なる護衛ですので」

 アルベルティナの目は、真っ直ぐにエクヴァルに向けられているぞ。


 町の外で皆が地上に降りて、ワイバーンのキュイには待機してもらう。ちょっとした森があるから、その辺りに居てくれればいいよね。近くにいるんだし、門番の人にアレは私のワイバーンですから討伐させないで、とお願いしておかなきゃ。

 ちょっと驚かれたけど、説明が済んだら町に入る。エグドアルム代表で招待状があるから、検問待ちの行列もスルーできるよ。

 アルベルティナが宿への案内を買って出てくれた。馬車が走る大通りをまっすぐ歩いていると、反対側から来た人物がおい、と声を掛けてくる。

「アルベルティナ、そろそろ宿に戻れ」

 パイモン事件の後の話し合いで見かけた、四十歳くらいの魔法防衛隊の隊長だ。

「はい、チェンカ…、じゃなくてエグドアルム代表の方々とお会いしたので、ご案内させて頂く所です」

「そうか、そういえばあの方はこの前の悪魔だったか……! 前回は大変お世話になりました、用がありますのでまた……」

 ベリアルの姿を確認して、そそくさと行ってしまった。地獄の王の被害に遭いそうになったところを、地獄の王に助けられたんだもんね。怖いみたい。


 アルベルティナに案内してもらって、私たちも宿へ向かった。今日はこの後、会食会。会議の前の顔合わせをするよ。用意された宿は広い部屋にみんな一人ずつ。豪勢でいいな。

 会食会は魔法会議の参加メンバーのテーブルと、護衛達のテーブルがある。チェンカスラーからの護衛には、やっぱりノルディンとレンダールが居る。他には見たことのない女性とか。

 チェンカスラー側の代表は、水色の髪の王宮魔導師エーディット・ペイルマンと防衛都市の筆頭魔導師バラハ、あと一人知らない人。あれ、アンニカは!?


「イリヤさん、今回は主導がギルドから国に移ったから、アンニカは不参加なの。代わりに私と同じ王宮魔導師のシュテファン・モンタニエと、あちらは防衛都市のバラハ様よ」

「バラハ様は存じ上げております」

 エーディットが王宮魔導師と紹介してくれた男性は眉をしかめてこちらを見ただけで、視線を逸らした。ご機嫌斜め?

「アイツは貴族意識が強いのよ。気にしなくていいわ」

「エグドアルムでそういう方には、慣れておりますから」

 こっそり耳打ちするエーディットに、小さい声で答えた。


「イリヤ先生、アーレンス様、ベリアル殿とエクヴァル殿。お久しぶりです! 相変わらず私達より危険な戦闘してるね!」

 バラハが言うのは、フェン公国でのことだろう。元気に声を掛けてくるバラハに、男性の王宮魔導師モンタニエは、驚いた顔で私達と彼を交互に見ていた。

 お腹が出ているノルサーヌス帝国の中年の商業ギルド代表が、近くにいる人に命じて席まで案内してくれ、まずは飲み物を出すようにと指示している。前回も居た人で、今回も采配を振るうのね。

 フェン公国の人達ももう席についていて、ノルサーヌス帝国の代表達もやって来た。こげ茶の髪で、前髪を可愛いヘアピンで留めているのは、クリスティン・ジャネス。私が子供の頃に魔法薬の精製など色々指導してくれた先生、ベリアル配下の侯爵、クローセルの契約者の女性だ。他には女性一人と男性二人。


 クリスティンには勿論クローセルも一緒。グレーがかった長めの髪を下の方で纏めた、知的な印象の悪魔。合わせ部分が銀の灰色がかった水色のコートを着て、同じ色のズボンと黒い服に、銀の装飾のある黒いロングブーツを履いている。

「閣下、お疲れ様にございます。遠路はるばる、ようこそお越し下さいました」

「うむ」

「ささ、こちらへどうぞ」

 深くお辞儀して、ベリアルを案内する。特別席があるんだ。さすが、解ってるなあ。特別扱い大好きだもんね。クローセルはお酒もバッチリ用意していて、ベリアルが席に着くとすぐに注いだ。


 会食が始まり、私の隣にはエクヴァルとセビリノが座っている。各代表の席が三つずつ用意してあったんだけどね、私達は二人だからエクヴァルにもここに座ってもらったの。向かいの席はノルサーヌス帝国。あっちは四人なんだよね。

「あの、イリヤさんに聞きたい事があるんですけど」

「はい、なんでしょう?」

 前菜のグラスに入った野菜のゼリー寄せを食べていると、クリスティンがスプーンを置きながら尋ねて来た。

「エグドアルムだと、ここら辺の国の情報ってそんなに手に入らないですよね? なぜチェンカスラー王国を選んだんですか?」

「それはですね、これです!」

 私はアイテムボックスに仕舞いっぱなしだった、チラシを取り出した。


『フルーツ王国チェンカスラー』

 おいしそうなフルーツやスイーツの絵があって、収穫時期が書いてある三枚組のチラシ。ほぼ一年を通して、色々な果物が採れるとグラフにある。しかも種類豊富に! 北側と南側でも果物の種類に違いがあるし、その採りたてフルーツを使った特性スイーツやしぼりたてジュース、フルーツサンド。夢が沢山のチラシ!


「それ、広報部がバカみたいな枚数作って、怒られてたチラシ……」

 私が堂々と出したチラシを見て、チェンカスラーの王宮魔導師エーディットが瞬きをしている。

「思い出した。輸入した柑橘類と一緒に入っていたって言うチラシだ。一時期スイーツの店なんかにも置いてあったね」

 エクヴァルも知ってるみたい。

「これを見て、チェンカスラーに行こうって決めてたんです!」

「えええ! そんなもので!??」

 フェン公国の面々が一番驚いて、ガタガタと立ち上がった。私が手にしたチラシをマジマジと眺める。穴が開くほど見ながら、魔法防衛隊の隊長が呟いた。

「こ、こんなチラシであんな有能な魔導師を呼べるのか……。信じられん。知っていたら、いくらかかってもウチも作らせたのに……」

 あれ、なにか自慢のフルーツが?


「あの、フェン公国の特産フルーツってなんですか?」

「よくぞ聞いてくれました! 我が国では葡萄の栽培が盛んで、ワインも様々な者達が作っております。品種改良した甘いスイカもありますよ。ガオケレナ以外にも、輸出品があるんです」

「ちょーっと待った! 我がノルサーヌスでは、多くの種類の芋を作っております。焼いたサツマイモは至高! そうそう、イチジクやキウイの栽培も盛んです。赤いキウイ、黄色いキウイ……おいしいですよ」

 先ほどの魔法防衛部隊の隊長に続き、何故かノルサーヌスの人までアピールしてくる。特産フルーツ合戦、楽しい。サツマイモはフルーツじゃないけど、甘くておいしいからセーフだよね。


「ほう、ワイン。それは良い」

 ベリアルの興味を引いたのは、フェン公国のワインだ。

 チェンカスラーのエーディットとバラハが顔を見合わせて苦笑いし、もう一人の王宮魔法使いモンタニエは、突然の展開について行かれずポカンとしていた。

「……あとで広報部を褒めてあげましょ」

 結論はそういう事らしい。


 よく解らないけど、会食会は盛り上がった。明日の魔法会議も楽しみだな。




★★★★★★


ピュラリスの「炎の中でしか生きられない」という生態を忘れてました!

せっかく書いたからこのまま~

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