第314話 海賊退治はお任せ!?
客寄せに飾られていた、鱗の青い魚を水槽ごと購入した。
店主の話では、売った人間は普通の若者だったらしい。喋る珍しい魚だと持ち込まれたが、店主の前では喋らなかった。とはいえ色が綺麗だったので、交渉して提示された金額より安く手に入れた、ということだった。
この商店街には食べものを売っているお店も多く、広場に椅子とテーブルが並べられている。そこで買ったものを食べるのだ。
私達はその一角を占有して、魚から事情聴取をする。皇太子殿下と婚約者であるロゼッタが一緒なので、護衛も結構な数が同行している。彼らがしっかりと壁になっている為、誰も入り込めない。
「魚さんは誰に捕まったんですの?」
水槽の正面に顔を寄せて、ロゼッタが尋ねた。魚が泳ぐたびに、鱗は深いサファイヤ色に輝く。
「それがね、海賊なんです。あのタチの悪い海のならず者連中ですよ。海上で暇になったヤツらが、釣り糸を垂らしてましてね。運悪くうっかりそれに引っかかり……、いやあ痛くてあまり喋れませんでしたよ。とはいえ海賊ですからね、命乞いが認められるとも限らないもんです。それはそれは、とても恐ろしい経験でした」
つまり泳いでいたら海賊に釣られてしまったのね。売りに来た若い男性は、下っ端の海賊かな。
海賊はもうこの港を離れているのだろうか。魚の証言から特定……できるかな……??
魚は尚も雄弁に続ける。
「喋れる貴重な魚だとあのならず者どもは大喜びで、哀れな私は抵抗もできず、店に売られてしまいました。海を知り尽くした漁師なら、我々を浜に上げたりなんてしないもんです。だってそうでしょう、この嵐をご覧になりましたでしょう? 私は誰に助けを求めるべきか考えつつ、貝のように口を
喋れるなら高値が付くだろうと捕らえられたから、今まで黙っていたワケね。そして人に不信感を持ち、人外に助けを求めた、と。
それにしてもよく喋る魚だ。説明が長い。
「龍神族の眷属な魚さんを海に帰せば、供物は必要ありませんでしたかしら」
供物は親衛隊員に手配をさせて、必ず海へ流すようにと殿下が命令してある。
「いえ、魚を帰すだけでは怒りが鎮まらない場合もありますし、こちらに争う意図がないと伝える為にも、必要だと思います。まずは話し合いの場を
供物も意味がある、とロゼッタに説明する。
「なるほど。とりあえず、この魚も海へ帰そう」
殿下が水槽を持つように指示する。男性が二人向き合って、水槽を丁重に持ち上げた。水槽の水面が揺れる。
「急ぎなさるな、まあお待ちなさいよ。私ともう一人、一緒に泳いでいた仲間もいましてね。彼女はまだ海賊に捕らえられたまま、あのならず者連中の船の上で震えて助けを待っています。どうかあなた、お慈悲を持って救ってくださいやしませんか。ええ、私を助けてくれたように、あなたはそうしなきゃなりませんよ」
「それは助けなければなりませんが、海賊を特定する必要がありますね」
海賊は一つではない。見つけられるかな、まだこの辺りにいるといいな。
「母上にお尋ねしよう。海賊の専門家だし」
海賊の専門家な王妃。不思議だけどしっくりくるわ。
買いものもしないまま、別荘にトンボ返りだ。
「あ、どうしよう……。まだお土産、買ってないよ……」
来る時にクレーメンスのお土産を選ぶのが仕事だと言われたリニが、焦ってキョロキョロしている。いらないと断ったら可哀想だわ。
「帰りならがら、お菓子を買いましょう」
「……待っててくれる? 急いで選ぶね」
「魚のエサも売っていたら、買わないとね」
エクヴァルがリニと手を繋いで先頭に立った。近くにいたエクヴァルの部下は、逃げるような素早い動きで道を空ける。
「エサではなく食事です、私は北海龍王アオシュン陛下にお仕えしているんですからね。愛玩魚類とは違うもんですよ、働く魚です」
「それは失礼」
エクヴァルも謝るしかないよ。本当に口が達者な魚だなあ。
「海賊の旗は覚えている?」
「当然ですとも、堂々と飾られて風に揺れておりましたから。上下の端にギザギザの模様があり、上に二本、下に二本、牙のように突き出したギザギザがありました。中央には犬だか狼だかの絵、後ろには抜き身の剣が描かれていました。私から見ても、趣味が良いとはお世辞にもいえないようなものでしたよ」
魚と会話しながら歩いているので、通行人から奇異な眼差しを向られた。
商店街の道幅は馬車が通れないほどではないが、人が多くて混んでいる。危ないので馬車では乗り入れず、離れた場所で待機してもらっている。
馬車までの道中で、クレーメンスへのお土産を選んだ。
「これとね、……これにする……っ!」
リニが手にしているのは、干した貝柱。そして手作りクッキーだ。
「貝柱、私も買ってくるわ」
これなら長持ちするし、お土産にちょうどいい。
殿下達は買いものをしている私達を置いて、先に馬車に乗っている。魚と話をするのに、往来では人目が気になるしね。滅多に会えない龍神族の眷属なので、今回のいきさつだけではなく、色々と聞きたいに違いない。
なるべくお待たせしないよう、余計な買いものはせずに合流した。王都へ帰る前に、また来ればいいだけだしね。
すぐそこにいると思っていたベリアルは、いつの間にかどこかからお酒を買って抱えているではないか。どうりで静かなわけだ。
「そなたは買わぬで良いのかね?」
「別に飲みませんし、他の方へのお土産ならお酒は海じゃなくてもいいんでは?」
何故か勧められる。お酒はかなり弱いから、いつもほとんど飲んでないのは知っているのに。
「では私が買いますかね」
エクヴァルが買い込んで、部下に持たせていた。あんなにたくさん、宴会でもするのかしら。部下への
疑問に感じながら、馬車の殿下達と合流。周囲には珍しい王室の馬車を一目見ようと、人が集まっていた。護衛達が道を空けさせて、通り道を確保する。
強風で馬車が揺れるのが怖い。
ベリアルは窓から荒れた海を眺めていた。空は暗い雲が低く
クレーメンスの別荘では、庭で素振りをして汗を流す王妃の姿が。近くには標的として、藁を厚く巻き付けた細い竹が三本立っている。
「はああぁ!!!」
ザザザン。
流れるような動作で三本を切った。綺麗な断面を残し、三本とも真っ二つになってしまった。
「さすがお義母さま……っ!」
ロゼッタが感動して拍手をしている。彼女は剣を使いこなせないので、まだ素振りだけなんだって。プチ王妃に近付きつつある。
「随分早いじゃないの。どうしたのさ」
「母上、荒天の理由が解明できそうです。中で話しましょう」
後ろに控えるエクヴァルの部下が持つ、水槽の青い魚。
王妃は目を細めてジッと見詰めた。
「……トビアス。そりゃ、漁師の間で海から連れ出すなって言われてる魚じゃないのかい。さっさと帰してきなよ」
「ご存じでしたら話が早い。どこかの海賊が、彼を売ったそうなんです」
「とんでもない常識知らずがいるねえ」
溜息をはきながら、側近からタオルを受け取って汗を拭く。剣も預けて、王妃は家の中へ戻った。私達も後に続く。
歩きながら、魚から聞き取った旗の情報をエクヴァルが説明した。
「……アンタ達、知ってるかい?」
「はい、妃殿下。ここ数ヶ月で見かけるようになった、“シーウルフ”と名乗る海賊団の旗印と思われます。近海の孤島を根城にし、近辺の国に出没しています。四艘の船が確認されており、規模は大きくないものの掃討対象としております」
「今回のターゲットの一つだったワケね。ちょうどいい、ぶっ潰そうじゃないか」
王妃がドカッとソファーに腰掛けた。
水槽の魚がピョイッと跳ねる。
「なんと、こちらは海賊の首領でしたか。立派な義賊の女傑で、あなた達は心強い後ろ盾をお持ちですね。私もご挨拶させて頂きませんとね、お世話になるんですから」
「……こちらはエグドアルム王国の王妃殿下でいらっしゃいます」
「いやですね、ご冗談を。いくら私が魚でも、そんな嘘には騙されませんよ。全くつまらないことを言うものですよ」
全然信じてもらえない……!
私も海賊の首領の方が似合うとは思うけども! 現に王妃なのだ!
「あっははは! 私が義賊で海賊の首領かい、そりゃいいね。野郎ども、作戦を練るよ。仁義に反したヤツらにキツい灸を据えなくっちゃね!」
王妃も豪快に笑って、話に乗ってしまった。パンと膝を手のひらで叩いている。
「まずはその海賊をどう探すかですね」
エンカルナが真面目な表情で、部下に渡された海図を広げた。
王妃はグラスを受け取って水を一気にあおり、返してから近くに控える親衛隊員を指でさした。
「いいかいアンタ達、時化が明けたら大量の真珠を運ぶ、納期に間に合わないから急いでいると酒場で流しな。近辺に根城があって船や村を襲ってるんなら、どこかで情報を得ているもんだ。きっとここにも手下か、情報屋が紛れてる。海に引きずり出すんだよ」
襲わせる作戦!
ただし決行するには、海を鎮めるのが不可欠だ。
「魚を帰して、もう一匹を助ける為に嵐を収めて欲しいと誰か交渉してきな。私らはこっちの準備を進めるよ。海賊を出立させて、船と拠点の両方を一気に抑えるのさ」
魚が捕らえられているので広域攻撃魔法で一網打尽にはできないし、混戦になったら逃げられない魚の身が危険に晒される。拠点の人員を減らして、両方を潰す作戦ね。
襲われる偽装商船も必要。あとは根城の監視もしたいところ。
船はオールソン伯爵家と、船団を持つエンカルナのノルドルンド伯爵家にお願いする。ノルドルンド家の軍港がある港付近を目的地だと偽り、あちらからも船団を出してもらって挟み撃ちにする。
「では殿下、ロゼッタ様、ベリアル様、行ってきます!」
「頼んだよ、エンカルナ」
「せいぜい働くが良い」
「もっとキツくっっ、ベリアル様は優しすぎます!!!」
期待の瞳で待つエンカルナだったが、ベリアルから続く言葉はない。
彼女は諦めて飛んでいった。飛べない部下が数人、馬を走らせて後を追った。
孤島の根城は、大体の見当しか付いていない。拠点が一つとも限らないが、判明しているのは一つだけ。様子を見に行くのは嵐が収まってからしかないかな。でもそれだと、ちょっと時間がかかる。
「……ベリアル殿なら、嵐の中でも行かれますよね」
「我は小間使いではない」
「知ってます、地獄のお……お偉い方です。お願いしますね」
危うく王と言いそうになったわ。知らない人もいるんだから、口を滑らせないようにしないと。今知られたら騒ぎになりそう。
「引き受けるなどと、言っておらぬ!!!」
「ベリアル様、ベリアル様の大活躍が見たいです! 僕もお供します、二人きりで行きましょう!」
「だからクレーメンスは船の準備とかあるでしょ。君の家の観光船や商船は、この町の港にもあるんだから」
オールソン伯爵家も複数の船を所有していて、一部はこの町の港に停泊中だとか。殿下とロゼッタが乗ったのも、伯爵家の船だよ。
家人が
エクヴァルの後ろでは、お土産を渡すタイミングを失ったリニが、貝柱とクッキーを抱えたままじっと見守っている。
「リニちゃん。まだ会議中だし、お土産はメイドさんに預けておきましょう」
「う、うん、イリヤ。これ、あの、クレーメンスにお土産なの」
メイドが受け取るのを、クレーメンスが眺めている。
「ありがとう小悪魔ちゃん、後で食べるね。小悪魔ちゃんは優しいね、カールスロア君と違って……」
「……そうだね、リニは私と違って優しいんだ。どうしても行きたくないなら、君の死体をオールソン伯爵家に渡して、海賊にやられたから
エクヴァルの瞳は冷たい。本気でやりそう。殿下は笑っている。
「わかったよ~! ベリアル様も一緒に行きましょう、美味しいワインのお店を知ってるんですよ。途中で寄りましょう」
「……そなたに付き合うくらいならば、斥候でもしてやるわ」
「えええ~!!! そんなの高貴な方の仕事じゃないですよ!」
「構わぬ」
クレーメンスのお陰で、渋っていたベリアルが海賊の根城の確認を了承してくれた。上手い使い方だ、うんうん。
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