第98話 後日談(エーディット視点)

 私はエーディット・ペイルマン。チェンカスラーの王宮魔導師よ。

 先日ノルサーヌス帝国との魔法会議に、レナントの商業ギルド長と、女性職人二人と共におもむいたの。そして軍事国家トランチネルの動向に関する情報や、魔法薬の輸入を増やすこと、更なる会議の約束を取り付けられた為、王宮内で少し立場が良くなったわ!


 そして昨日、とてつもない爆発が防衛都市ザドル・トシェ付近の山で起こった。

 チェンカスラー王国の領地の外れにある城が一瞬にして消え失せ、巨大なクレーターが穿うがたれて、付近の森の木もなぎ倒され恐ろしい有り様になったらしいわ。どんな魔法を使われたのか、敵の攻撃にしてもどういう意図で突然、無人の古城に? と混乱していたところに、何故かレナントの守備隊長から連絡が入ったの。


 いわく、

「エグドアルム王国の捕縛されたはずの宮廷魔導師長が逃走して、我が国にある無人の古城で悪魔召喚をはかり、悪魔の怒りに触れ付近が壊滅。本人は死亡、原因の悪魔は既に送還した。この件に関してはエグドアルムが一切の責任を負い、賠償を支払う。ひいては、エグドアルムから宮廷魔導師であるセビリノ・オーサ・アーレンスと、一連の事件を追っていた、皇太子殿下直属の親衛隊に所属する、エクヴァル・クロアス・カールスロアの二人が既にチェンカスラー王国入りしているので、彼らが事情の説明と謝罪及び補償の交渉の役目を負う」

というものだった。


 王宮は色めき立った。

 とんでもない不祥事に巻き込まれたものだけど、なんといってもこの二人。

 セビリノ・オーサ・アーレンスは、この辺りの魔導師でも知らない人がいないような有名人なの。魔法関係では周辺各国に後れを取っているこのチェンカスラーなんかに、来てくれるような人物ではないのよ! 私も魔導書を持ってるわ……!

 ぜひお会いして、お話ししたい!

 もう一人の名前は聞いたことはないけど、皇太子殿下の親衛隊といえばエグドアルムの精鋭揃い。しかもこんな重大な事件で派遣されるなんて、もしかして五人の側近と呼ばれる、皇太子殿下の懐刀では!?


 そんな実力者がやって来るなんて! これはもう賠償でごねずに、いい関係を作る切っ掛けにするべきよね!


 登城した二人は堂々とした態度で、さすがに大国の使者といった感じ。

 国王陛下の御前にひざまずき、深々と頭を下げる。

「この度は我が国の不手際により多大なるご迷惑をお掛けしたこと、深くお詫び申し上げます」

 エグドアルムの貴族ってもっと威張り倒してるって聞いたけど、とても慇懃いんぎんだわ。予想と違って、周りの方が困惑してる。そしてセビリノ・オーサ・アーレンスはいったん脇に置いた箱を手に取り、差し出してきた。

「まずはこちらをお納めください」

 近侍の武官が受け取り、宰相に渡す。そして箱を開けて中身を確認すると、すぐに王宮魔導師長を呼び、品物を確認させた。魔導師長はごくりと唾をのみ、神妙に頷く。

「私が製作した、エリクサー五本と、ハイマナポーションが五本にございます」

 アーレンス様の説明に、謁見室には歓声がこぼれた。

 いきなりこんな最高級アイテムが渡され、こちらが恐縮してしまうわ!


「おお……、我が国は魔法や回復アイテムの作製において、他国に後れを取っている。これだけでも充分にありがたい!!」

 国王陛下はご機嫌。この二種類の備蓄はいくらあっても嬉しいけど、そうそう手に入らない。やっぱり欲しいんじゃないのよ。いいから研究費ケチるな。

「では私から、事態の詳しい経緯を説明させて頂きます」

 親衛隊の男がうやうやしく一歩前に進み、胸に手を当てて礼をしてから話し始める。


 ある事故が切っ掛けで宮廷魔導師長の様々な不祥事が明るみになり、慎重な捜査の上拘束したが、賄賂と策略をもって逃げられた。その後はこちらで把握している通りで、不祥事の内容や召喚事故に関しては国の恥になると、説明をはぐらかされた。

 大体そんな感じだったけど、別に興味ないわ。


「つきましては、補償金を含めた賠償について相談させて頂きたいのですが、ご希望はございますでしょうか」

 大国のわりに低姿勢だわ。あの破壊力を持つ悪魔だものね、その気になれば国の一つや二つ、軽く吹っ飛んでたわね。これは流石に謝るしかなくなるか。

「できれば金よりも、技術を与えて欲しいのですが……」

 宰相が親衛隊の男に提案すると、男は笑顔を向けた。

 気のせいか、見覚えがある顔のような気がするんだけどな、あの紺の髪の男。

「もちろん、当方でできることに助力は惜しみません。そうだね、セビリノ君」

「はい。私にできることならば、させて頂きましょう」

 え? あの男がアーレンス様の上なの……? 若いみたいだけど?

 それにエグドアルムって、他国より魔導師の立場が高いんじゃなかったっけ? そして何故か親衛隊の男は、アーレンス様に向ける顏だけ、ちょっと邪悪。


 なんとアーレンス様が魔法薬の精製と、魔法を指導してくれることになった!! 豪華すぎる!

 親衛隊の男には騎士団長がぜひ勝負してもらいたいと申し込み、二つ返事で引き受けてくれた。どんな実力なのかしら、きっととても強いわね!

 意外と親しみやすいのね、エグドアルム。


 アーレンス様は、まず次に出す魔導書である、石を粉にする魔法を教えてくれる。

 これはアイテム作製の為に、アーレンス様が師匠と開発した魔法だとか! さすがエグドアルムの鬼才!!

 そんな方の師匠って、どんな方なのかしら? とても興味があるわ。

 ハイポーションでも失敗しないという彼の魔力操作は見事で、私達のアイテム作製を見て、魔力の籠め方、属性の変化などを事細かに指導してくれる。何がどこまで見えてるの、と聞きたくなるほど。

 彼の前で魔法関係の隠しごとをするのは、不可能なんじゃないかしら。うちの魔導師長も、こっそりアーレンス様に質問しちゃってる。

 あとは薬草の保存が良くないと、苦い顔をされた。この辺は管理部門の奴らに、発破をかけてやらなきゃね。


 親衛隊の男は、皆が見守る中で騎士団長と剣を打ち合い、いい勝負をしていた。少なくとも私にはそう映っていて、手に汗を握ったわ。

 終わってから騎士団長は、全く歯が立たない、わざと花を持たせてくれていたと苦笑いしていた。

 チェンカスラーは魔法が遅れてる分、練兵には気合が入ってると思っていたんだけどな……!?

 そうだった、エグドアルムは魔法アイテムの輸出で得た利益で、軍事にも力を入れてるんだっけ。特別な訓練でもしてるのかしら?


 勝負をした練兵場が見渡せる廊下にぼうっと立っていたら、例の親衛隊の男が歩いてきた! 肩より少し長い紺の髪を後ろで束ね、所々に刺繍の入った、仕立てのいいシャツを着ている。

「これはこれは。お久しぶりにございます、ペイルマン様」

 私の前で、胸に手を当ててお辞儀をするカールスロア様。まとまった髪が背から肩に落ちる。

「え? あの、……カールスロア様? 何故、私をご存知でいらっしゃいますの……?」

 まさか私を知っているなんて。どこかで会ったっけ? とりあえず、素が出ないようにしないと。もっとおしとやかにしなさいって、怒られてるのよ。

「おや、お忘れですか? 残念ですね、私に魅力が足りなかったようですね」

 ん~? なんだろう、この気恥ずかしい、軽々しい感じ。最近どこかで聞いたような?

 男はゆっくり進んで思案している私に近付き、腰を少し曲げ私の耳の近くで囁いた。

「セビリノ君と話したそうにしていたね。イリヤ嬢の家を訪ねるといいよ。しばらくは滞在するはずだから、タイミングが良ければ会える。ただし今は来客中だからね、少し間をあけて。では失礼、エーディット嬢」

「……はう?」


 イリヤって、この前の魔法会議で一緒だった、レナントの職人のイリヤさん?

 なんでカールスロア様が? なんで?

 彼はそのまま通り過ぎ、振り向かずに軽く手を振って廊下を真っ直ぐ歩いた。

 カールスロア。確かフルネームだと、エクヴァル・クロアス・カールスロア……。

 エクヴァル!

 あの魔法会議の時の、遊び半分の不真面目男!! ウソ、だ……騙された! そもそもあんな事業に参加するなんて、一体いつからいるのよ!

「えええ~!?」

 私がうっかり大声を上げると、彼はやっと気付いたかと笑ったのだろう、僅かに背を丸めた。


 まさかの事実が発覚したけど、もう気にしなーい!

 アーレンス様の魔法指導が明日あるの。私も受けられるのよ。明日こそは声を掛けさせてもらうわ! 彼らはこちらが客室を用意しようとしたのを固辞し、どうやら知り合いがいるらしい別の町へ向かった。

 ……それがイリヤさんってこと!??

 落ち着いたら、彼女の家へ突撃しちゃおうかしら!

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