第二部最終章 地獄の王
第142話 地獄の王、その名は
「やめてくれ……! もうやめてくれ、地獄へ帰す!! 使いの方も来られたじゃないか……」
「バカだなあ。好きなだけ殺させようと言ったのは、お前じゃないか! 僕の遊びを邪魔するのか!?」
魔導師の男は首根っこを掴まれて引き摺られ、殺戮の宴を見せつけられていた。泣きながら懇願するれば、見せしめとばかりに建物に魔力をぶつけ、中にいる人ごと破壊する。
「あれは、フェン公国へ、攻めて……」
「僕らには人間なんて一緒さ。国境はお前らが勝手に決めただろ。なぜその囲いに従うと思うわけ?」
「……うう、しかし、……もう……十分、殺したろう……」
魔導師が力弱く項垂れる。
「それにしてもお前は、僕に意見が多い。興醒めだよ」
ザクリと、悪魔は契約者の足を刺した。
引き抜いた刃から血が飛び散る。
「うぎゃああっ……!! 私は殺さないと、……殺さないと、契約をっ!!」
「殺さないってさ、一切攻撃しないって事じゃないじゃん? 解んないかなあ」
詰まらなそうに呟き、遠くを眺める。
魔導師は震えて、怪我をした足を抑えた。力を籠めてもまだ血は止まらない。
「……いるな、やっぱりアイツだ。最後はアイツで遊ぼうか……! ずっと気に入らなかったんだよ……!!」
「今度は……、どうする、つもりなんだ……!? パイモン!!!」
「ポーションでも飲んどけば? 少し移動するから。血が出過ぎても簡単に死ぬんだろ、人間って」
嗚咽に声を詰まらせる魔導師を冷たく見下ろし、パイモンと呼ばれた地獄の王は、近くにある店へと入った。怯えて隅で
それを魔導師に投げ、飲めと促す。契約者が死ねば、契約の効果は失われる。即ち再び契約をするまで、力の全ては出せない状態になってしまうのだ。
魔導師は震える手でポーションの蓋を開ける。死んだ方がマシかも知れないが、死ぬことも恐ろしい。そんな葛藤を知ってか知らずか、地獄の王パイモンは街路樹の一本に、魔力を籠めた手刀で幹を打った。
「安心しなよ、仕上げが済んだら帰るからさ。まずはお前の希望だ。フェン公国だったな? そしてメインは……」
木がバキンと割れて断面を見せて折れ、ドゴンという大きな音で地面に倒れて、しなった枝に葉がガサガサとぶつかり合う。
「……待ってろ! 本当ならお前を
素手でいとも容易く太い木が折られた。歩くのをやめ、隠れるように道端に寄った人々が息を殺して青年の行動を見守っている。
壮絶な笑い声が、静まり返った町から空へと響いていた。
□□□□□□□□□□□□□(以下、イリヤ視点)
カステイスとイヴェットがやって来た。
「ちょっとイリヤ! あのエリクサー、どうなってるの!??」
黒髪のショートカットに、紅色の瞳をしたイヴェットが私に詰め寄る。腰には剣を佩いている。
「ちゃんとしたエリクサーのはずですけど……、もしかして効果がありませんでした!?」
「逆よ、あり過ぎ! あんなの誤魔化しようがないわよ……。まあその場では追究しないでくれたけど」
「さすがに驚いたよ。ほんの十秒で足が再生したんだ」
カステイスが苦笑いした。ブルーグレーの髪を後ろで纏め、紺色の瞳をして、白いロングベストが似合っている。
海洋国家でエリクサーを託した、Aランク冒険者の二人だ。
「さすが師匠、素晴らしい出来です!」
こういう話になると、セビリノは喜んで入ってくるわね。
「それでさー、その先生って人、防衛都市の筆頭魔導師の師匠なんだそうよ。あっちから直接お礼がしたいって問い合わせがきたんだけど、どうしたらいいわけ?」
冒険者ギルドの依頼として受けたから、誰が受けたかは解っちゃうんだ。
「まあ、バラハ様の。バラハ様なら教えて頂いて大丈夫ですよ、私がエリクサーを作れることは、既に御存知ですから」
「筆頭魔導師と知り合いなのか!?」
珍しく声を荒げるカステイス。
「ええ、防衛都市には何度か行ってますし」
「なんでアイテム職人が、そんなトコ行ってんのよ……」
あまり普通の人が行く場所ではないか。最初に行った時は、確か……
「えと……、ファイヤードレイクを狩ったついでに……?」
「あのさ、うん。別に言わなくていいよ。話の規模が大きすぎて、むしろどうでもいいから」
カステイスが止めてくれた。どうやらイヴェットは、理由が知りたいわけではなかったようだ。全部話すと、かなり大事だわ。
「ファイアードレイクですか。また師匠と、ドラゴン退治に出掛けたいものですな!」
セビリノ君は空気が読めない。
「私達、またしばらくはこの町をメインに活動するから、用があったら冒険者ギルドで指名してよ。まあ貴女からは、護衛の依頼はなさそうだけどね」
「ありがとうございます、無理をしてお疲れの出ませんように」
「ありがとう、でもそれ冒険者に言うような挨拶じゃないよ」
カステイス手を振って、二人とも去って行った。
さて。
「セビリノ、私はアレシアとキアラに、お土産を渡しに行って来るわ」
「行ってらっしゃいませ」
久々に二人の露店へ出掛けた。
お客さんがいたので、居なくなるまで少し待ってから話し掛ける。
「二人ともただいま。お土産を持って来たわ」
「イリヤさん、お帰りなさい。いつもありがとうございます!」
「イリヤお姉ちゃん、今回はドレイの国だけど、この前は海に行ったんでしょ? 海ってどんなふう?」
チェンカスラー王国は内陸だから、海を見た事がない人の方が多い。すぐにまた旅立っちゃったけど、キアラは海の話が聞きたかったみたい。あの壮大なスケールは、知らない人には説明し辛いのよね。
「海はね、柔らかい砂浜の先にずうっと塩水が広がっていて、波が押し寄せてくるの。夕日や朝日が海面に映ると、とてもキレイなのよ。空も広く見えてね」
海の話をしながら、お土産を渡した。
「全部が水かあ。想像がつかないなあ」
うっとりしたようなキアラ。
「それでこれ、今回のお土産。ニジェストニアでは何も買えなかったけど、ワステント共和国の薬草市に寄って来たの」
「薬草市、有名ですよね。一回行ってみたい!」
アレシアは薬草市の方が気になるのね。さすがにアイテム職人。
お土産の薬草と死海の塩を渡し、キアラにはお菓子をあげる。エグドアルム王国では全て輸入に頼っていた砂糖が高価で、塩はありふれたものだったんだけど、チェンカスラーは海がないから逆なの。塩は喜ばれる贈り物。
「海の時もですけど、また塩まで貰っちゃって! ありがとうございます!」
「イリヤお姉ちゃん、いつもありがとう」
ニコニコ笑ってお礼を言いながら、キアラがお礼にとコットンの白いハンカチをくれた。
「ありがとう、これ……」
「私がした刺繍なんだ。頑張ったよ、綺麗に出来てるでしょ!」
胸を張るキアラ。色とりどりの糸で丁寧に縫われた、キレイな花模様の刺繍。
「とても素敵よ! すごい、上手ね!」
「縫い物とかは得意よ。任せて!」
何か繕い物があったら、本当にお願いしちゃおうかな。ボタン付けくらいなら出来るんだけど……。
「あらイリヤ。この前は助かったわ。リーダーは元気になったわ」
おかっぱの魔法使い、エスメだ。赤茶の髪を三つ編みにした、治癒師のレーニも一緒。この町に来てすぐに知り合ったDランク冒険者のグループの人達で、以前リーダーのレオンが毒に侵されたのを、弟子になったアンニカと一緒に行って治療したの。
「あちこち移動してるみたいね。相変わらず忙しそうだけど、ちゃんと休んだ方がいいわよ」
「ありがとう、しばらくはまたレナントに居る予定なんだけど、突然依頼が入ったりするのよね」
「そりゃそーだ、依頼なんて急に入るもんだよ」
男性の声で振り向くと、三十歳前後でこげ茶色の髪に黒い瞳をした、大柄で鎧に身を包んだ冒険者が、手の平を頭の後ろに組んで立っていた。
「有名になればなるほど、ね」
エルフとのハーフらしい尖った短い耳に、淡い金髪を頭の後ろで一つに結び、色が白く深い青い瞳が印象的な男性。
「ノルディン、レンダール! 久しぶりね」
「私たちはあれから、レナントで仕事をしている。今この国で危険度が高いのは、フェン公国との境辺りなんだ。警戒も兼ねてね」
レンダールの言うあれからとは、ノルサーヌス帝国との交流事業に参加した時の事だろう。彼らは護衛として仕事を得ていた。
レナントはフェン公国から真っ直ぐ街道を北に進むと、主要な町としては一番に辿り着く町なの。
「あ、あの……、Aランク冒険者のお二人ですよね? イリヤの知り合いなんですか?」
レーニが控えめに訪ねると、ノルディンがにかっと笑った。
「友達さ! 君らも冒険者? 何かあったら頼ってくれよ」
「友達、なんですか? すごいのね、イリヤ」
エスメが素直に褒めてくれる。珍しいわ。冒険者にとって、自分より上位の冒険者は憧れなのね。
「ところでイリヤ、この露店に何か用が?」
並べられた商品を見ながら、レンダールが尋ねる。
「この露店の持ち主のアレシアは、私が最初にこの国でお友達になった子なの。私の薬なんかも、少し売ってもらってるわ。二人とも、よろしくね」
「あ、アレシアです。こっちは妹のキアラ。よろしくお願いします」
二人が緊張してカチコチになりながら、頭を下げた。
「まっかせとけ、こんな可愛い子たち! 悪さする奴がいたら相談してくれ、ぶちのめしてやるよ!」
「なんだか不思議ねえ」
「何がかしら?」
私の呟きが聞こえて、エスメが視線を向けた。
「ノルディンが頼りになりそうに見えるわ」
「Aランクよ! 頼りになるに決まってるでしょ!!」
レーニの三つ編みが揺れる。
ノルディンは今までどう見てたんだよと困った顔をし、レンダールは笑って、日頃の行いが悪いと肘で突っついている。
だってノルディンて、お調子者っぽく見えてたんだもの。
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