第143話 対策会議

 キメジェスがやって来た。茶色い髪と瞳をしていて、金の縁取りのある黒いコートを着た紳士といった雰囲気の、侯爵級悪魔。今日は全身黒づくめの服装で、ところどころに金糸の刺繍が入っている。私をこの国で庇護してくれている、アウグスト公爵のお抱え魔導師ハンネスと契約している。

 ベリアルに命じられて、トランチネルに召喚された悪魔への使者として赴いていたので、その成果の報告だろう。

 でも表情が硬いし、あまりいい内容ではないのかも知れない。


 客間のソファーでベリアルと向かい合って座っている。ちなみに最初は座るのも遠慮しちゃっていた。

 ベリアルの隣の席には私が腰かけ、セビリノとエクヴァル、リニもそばにいる。

 そして今回は悪魔ベルフェゴールも報告を聞きに来ていて、ベリアルとキメジェスの間で立っていた。茶色い髪をまとめてアップにしていて、メガネをかけた秘書のような女性。赤茶色のスラッとしたズボンに、裾が膝裏くらいの長さの上着を着ている。


「どうであったね」

「……予想以上に酷い状況でした。話は聞いて頂けたのですが……」

 失言さえもハキハキと喋る、キメジェスの口が重い。

「続けよ」

 ベリアルの言葉にベルフェゴールも頷いて、先を促す。


「遊びの仕上げをする、と仰っておりまして。ベリアル様の居所を知らないか、とも聞かれました。知らない振りをしておきましたが」

「……なるほど。よく解ったわ。大儀であった」


 これはかなり危険な兆候では……? もしかして、ベリアルが戦いに行くんだろうか? 私は不安になって訪ねてみた。

「ベリアル殿、どうなさるおつもりですか?」

「……こちらから出向くしかあるまい。暴れながら北上されたならば、困るのではないかね」

「そうですが……」

 でも王同志がぶつかったらどうなるのか、想像すらできない。かなり甚大な被害になるのでは?


「全く間の悪い事です。しばしお待ちください。現在ルシフェル様は、地獄にて御出陣なさっております。王が数名不在であると勘付いた勢力が、ちょっかいをかけて来ておりまして。まあ、すぐに平定なさるでしょう。お二方の衝突は、極力避けて頂きたく存じます」

「そうです、天の監視の目を感じました。地獄の王同志で争われるなど、手の内を晒すだけになってしまいます」


 ベルフェゴールもキメジェスも、止めてくれている。天の監視の目、か。

 造物主という立場の、この世界を作った神の監視の事だろう。天使とは天の御使い、即ちこの神からの仕事を請け負う種族。人間と契約を結ぶのは、神から「人間の言う事も聞く様に」と命じられたからであって、神からの命令こそ至上の責務。人間との契約は、その次という認識だ。


「バアル様にも状況をお伝えします。ベリアル様、くれぐれも短慮を起こされませんように」

「解っておるがね、ベルフェゴール。帰還命令が出されても、猶予が与えられるのはどのような場合だと思うかね?」

「それは……、まず適切な召喚術師がいない場合。そして状況にもよりますが、契約者との契約を遂行中、もしくはそれに準ずる行為をしている場合。契約者の身に危険がある時も、猶予を頂けるでしょう。契約は尊重されるべきです」

 慎重に答えるベルフェゴールにベリアルが頷き、今度はキメジェスに顔を向けた。


「うむ。ではキメジェス。アレは仕上げをすると、申したのだな? 何をさすと考える?」

「……難しい質問でございます。ベリアル様を探そうとしておられるとなると、戦いたいのではと推測しますが……」

 顎に手を当てて、地獄の王の発言を思い出しながら考えるキメジェス。その場に居なかったベリアルは、答えが解っているんだろうか。ベリアルと戦いたいだけなら、帰るように要請されたら、これ以上とどまる理由にはならない。


「それもあるであろうが、そこではない。軍事国家トランチネルの術師と、どのような契約を結んでおると思う」

「契約……、フェン公国を攻めると思いましたが、その兆しはなく……、まさか……」

「そうよ。今までは遊びであるよ。帰れと言われても、まだ契約を果たしておらぬとならば、猶予は生まれよう」

 契約は、悪魔も大事にする。内容や条件で騙したりはあるけれど、締結したものを簡単に反故にしたりはしない。

 

「つまり、召喚されたトランチネルという国を破壊していたのは、前段階に過ぎない。これからが本番、フェン公国を滅ぼそうという事でしょうか……?」

 ベルフェゴールがメガネを直しながら、何かに言い聞かせるように呟く。

 これはとんでもない事になりそう……!

「我はそう読んでおる」

「……ギリギリまで遊びたい、というわけですね。あの方らしいですが……、ルシフェル様が何と仰るか……」

 トランチネルは、本当になんていう悪魔を喚び出してくれたんだろう。最悪の場合、この世界で最終戦争が勃発してしまう。皆が避けたいのは、やはりそこなのね。

 

「これ以上は好ましくなかろう」

「そうでございますね。頭の痛い問題です。ですが、私の言葉を聞いて下さる方でもありませんから……」

 三人とも苦い表情をしている。

「地獄の火種も、ルシフェル殿であればすぐに消し止められよう。近々、フェン公国へ我が出向こうと思っておる。衝突が起こった場合、ルシフェル殿を召喚することになろうて。その心積もりをしておくよう、伝言を頼もう」

「承知いたしました」

 ベルフェゴールが軽く頭を下げると、これで終わりとばかりにベリアルはソファーの背もたれにドカッと背を預けて、短く息を吐いた。

「……近くに我がいると感知しておって、介入がある事も計算の内であろうな。全く、厄介なことよ」


 とりあえず解散になった。ベルフェゴールは地獄へと送還する。

 ルシフェルが地獄で出陣してるのかあ……。

 確か庭園に花を植えた切っ掛けって、力を見せつける為に敵の生首を晒していたのを、ベルフェゴールがさすがに嫌だったから提案したんだよね。人間の世界の花を地獄で咲かせるのも技術がいる事だから、威を示せるって。また敷地の柵が生首飾りにならないといいね……。



 悪魔二人が居なくなってから、ベリアルは私に視線を寄越した。

「……万が一の事態の際は、そなたは出てはならぬ。我の契約者であるから、狙われるやも知れぬ」

「……そんな事をするような方なんですか?」

 普通は契約者をあえて狙うような真似は、しない。身を守る契約をしているなら尚更。ベリアルのいつにない真面目な表情から、かなり可能性がある事だと窺える。


「有り得るのだよ。エクヴァル、セビリノ。警戒を怠らぬよう」

「勿論です、この身を賭して」

「我が師の為、全力を尽くします!」

 二人とも力強く頷いてくれた。ベリアルは満足そうに目を細め、ようやく少し笑った。


「小娘は無鉄砲であるからな……。そなたは大人しくしておれよ。解決するまでは、あまり我から離れるでないぞ」

「むう。無鉄砲ではないつもりですが」

「それは君、自分が解ってないよ」

「師匠は誰よりも先んじて、ドラゴンへ向かって行かれるような御方です」

 二人まで一緒になって~!

 ドラゴンには挑んでも、地獄の王には向かいません!

「……イリヤは時々、エクヴァルより無謀だから、心配だよ」

 リニまで!


 話は終わったし、セビリノが夕飯の用意をするからと、扉を開けて台所へ行こうと動いた。ベリアルの赤い瞳がチラリと後ろ姿を見て、ドアノブに手をかける彼が去る前に口を開く。

「トランチネルに召喚された王の名は、パイモン。血を好み、人間を殺すことを楽しみとする者」

 ベリアルがついに教えてくれた。とんでもない趣味の持ち主だ。

 これは確かにフェン公国に来たらどうなるか、知りたくないけど想像がつく。

 危険が迫ってる感じなんだろうな……。

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