第326話 お使いです

 家が途切れ、並木道が続いた。

 まっすぐ伸びた道の先に高い塀に囲まれた広大な敷地があり、あまり高くない見張り塔が四隅を飾っているのが見えた。門は固く閉ざされ、飛行禁止区域と塔の先端近くに書かれている。

「ここが魔法の訓練場です。隣にあるのが、領主様のお屋敷ですよ」


 訓練場の壁との間に、何もない土の道をへだてて立つ、三階建ての立派な屋敷。こちらは柵に囲まれているものの、整備された庭が道からよく見渡せる。

 兵が門で私達の来訪を告げると、すぐに中へ入れてもらえた。広い庭の中央をつらぬく道は、正面玄関まで続いていた。

 私とセビリノ、エクヴァルとリニ、それにベリアルとルシフェルの地獄の王が二人。アイテムのお届けのお仕事なのに、全員付いてきている。


 案内されて応接室で待っていると、すぐに執事の男性が姿を現した。

「お待たせ致しました、侯爵様は現在隣の魔法練習所におります。私が要件をうけたまわります」

「ご注文頂いたアイテムを届けに、エグドアルムから参りました。品物と、研究所の所長より書状を預かっております。ご検収けんしゅう頂きたく存じます」

 セビリノがアイテムを渡し、私が書状を差し出す。アイテムはメイドがいったん受取り、執事の男性が書状と一緒に確認する。


「確かに頂戴致しました。そちらでは皇太子殿下のご婚約がお決まりになり、国民に披露されたとか。お祝い申し上げます」

「ご丁寧にありがとうございます」

 取引があるくらいだし、この国からも来賓があったのかしら。

「ご多忙でしょうし、もう半月はかかると予想していました。迅速に届けて頂き、大変助かります」

 丁寧な方だ。もしかしたら、頼んだら上手くいくかも?

 私は期待を込めて、お願いを口にした。


「もし差し支えございませんでしたら、魔法の訓練を覗かせて頂けませんか?」

「……申し訳ありませんが、他国の方に披露することはできません。国防に関わる問題ですので、ご容赦願います」

 やっぱりダメか。じゃあ帰ろっと。諦めて立ち上がろうとしたところ、ベリアルがククッと喉の奥で笑った。これはろくなことにならない予感。

 ソファで隣に腰掛けているベリアルが鷹揚おうように足を組んで、片手をワイングラスでも持つように上げる。

「たかが人間の魔法使いどもの訓練如き、隠すほどのものでもなかろうよ」

 湖から霧が湧き出るように、魔力がぶわっと溢れる。突然強大な悪魔の魔力が流れるのだ。ただでさえルシフェルもあまり隠していないし、隣の魔法の練習所では大騒ぎになっているのでは。

 リニは怯えてエクヴァルにしがみついている。二人は窓際に立っているよ。


「こ、こちらは……」

 執事が手紙を思わず握りしめた。

「契約している悪魔で、ベリアル殿です。もう発ちますので、お気になさらず」

 すぐに威張るんだから。恥ずかしいなあ。

「いえ、大変失礼致しました。お待ちください、侯爵様に確認をして参ります!」

 ゆったりとした所作だった執事が、慌てて部屋を飛び出した。

 去り時を失ってしまった。どうしようかなと考えていると、窓に人の影が映る。

「何事なの!? 全員無事!??」

 突然流れた魔力を感知して、隣の訓練所から魔法使いの女性が真っ赤なローブをはためかせて飛んできたのだ。近くにいたメイドが、窓の鍵を開ける。


 カーテンが揺れて、女性が室内に入った。そしてベリアルとルシフェルの姿に目を止め、大きく肩を震わせた。

「こ、こちらは……」

「エグドアルム王国へ注文したアイテムを、届けてくださった方々です。魔法の訓練を見せて頂きたい、との申し出がありまして」

 メイドの返答に、女性魔導師は目を丸くして声を荒らげる。

「それであの魔力を? 要求が通らないからと、高位貴族に脅させているの!??」

 ベリアルのせいで、とんでもない勘違いをされてしまった。私が理不尽なワガママみたいではないか。

「誤解です、ベリアル殿がちょっと短気なんです。無理にお願いはしません」

「……我は何もしておらぬわ」

 確かに力を行使したわけでも、言葉で脅したわけでもない。ただ魔力を一部開放させただけで、十分大騒ぎですよ。威力を理解しているから質が悪い。


「ふふ……、この程度のアイテムを潤沢に作れず注文する国で行われる訓練に、見るほどの価値もないと思うけど?」

 ルシフェルが笑顔で辛辣しんらつ。女性魔導師は国の恥を晒した気がしたのだろう、反論できずにいた。

「これは実力の問題ではなくて、国力が低いと北で上級以上のマナポーションの素材をたくさん揃えるのが難しいという現実がありまして。完成品を購入する方が効率的だったのだと思います」

「君は幼少時より、教育者に恵まれていただろう。才能を伸ばすには、たゆまぬ努力と環境が不可欠。環境が整わねば、実力ははぐくまれない。君の弟子が君を越えられないように」


 水を向けられたセビリノが、力強く頷いた。セビリノの私を越えられないと言われて喜ぶところ、どうかと思う。

「そうですな、魔法の師匠探しは難儀しました。修行は早く始めた方がいいようです。私も二十年前に、師とお会いできていれば」

「その頃じゃ、まだ私も魔法の勉強なんてしていないわ。そもそも四つの子供に、何を望むの」

 二十年前なんて、ベリアルにも会う前じゃない。もし会っていても、通り過ぎるだけに違いない。


 私達の会話を聞いていた女性魔導師が、不意にセビリノを指さした。

「あ……、もしかしてセビリノ・オーサ・アーレンス様では……?」

「いかにも」

「エグドアルムの鬼才と呼ばれるアーレンス様が、わざわざお届けに……!? それで高貴な悪魔の方がいらっしゃったのですね、納得です!」

 セビリノが契約してる悪魔だと勘違いされてしまった。

 魔導師として有名だから召喚も得意なんだと思われがちだが、彼は召喚術にそもそもあまり興味がない。やればできるけれど、やろうとはしない。契約しているのは、麒麟だけ。

 女性はキラキラと眩しい憧れの眼差しで、セビリノと地獄の王二人に視線を巡らせた。


「有名なお方ですか?」

「魔法使いで知らない人はいない、という程の有名人よ。エグドアルムの宮廷魔導師様で、筆頭なんじゃないかっていう。……あ、外がそのままだったわ」

 窓を開けてくれたメイドの質問に答えながら、窓の外に身を乗り出して手を振り、何か合図を送っていた。危険がないから援軍はいらない、とかそういうことかな。

「そちらの女性が、そのご立派な宮廷魔導師様のお師匠様なんですね! お若いのに、すごいですね」

「ほ? 師匠……、そういえばそんな単語も聞いたような……」

 女性魔導師が、ゆっくりと私を振り返る。目が合ったので思わず反らした。


「こちら我が生涯の師、イリヤ様でいらっしゃる!」

 堂々と胸を張って私を紹介するセビリノ。やめされる方法はないのだろうか。

「やっぱりこの流れになるよねえ」

 エクヴァルが他人事のように笑って、リニに袖を引っ張られていた。

「もしかして、アーレンス様達が魔法の訓練を見学されたいんですか……⁉ それでしたら、侯爵様に確認して参ります」

 来た窓から飛び出そうとする魔導師の女性を、メイドが慌てて止める。

「執事長が既に向かっていらっしゃいます」

「そうなの? では皆様、申し訳ありませんがこのまま少々お待ちください。私では判断致しかねますので……」


 この様子なら、ちょっとくらい見学できそうかな。楽しみに待っていると、ベリアルがまた余計なことを言い出した。

「訓練の様子が知りたくば、な攻撃魔法を使ってやれば良いではないかね。敵襲だと対処するであろうよ」

 また危険な発想を。そりゃ訓練だろうがなかろうが、魔法が発動されたら防ごうとするでしょうよ。

「だからって、いきなり広域攻撃魔法なんて仕掛けたら大変ですよ。ベリアル殿は攻撃的なんですから」

「ちょっと待ってイリヤ嬢、なんで広域攻撃魔法!??」

「広い建物に攻撃を仕掛けるんだし、全部範囲に入った方がいいんじゃないの?」

 エクヴァルが焦りを見せ、ルシフェルはクスクスと笑っている。あれ、何か勘違い!??

「……攻撃的なのは、そなたである。誰が広域の魔法を唱えろと申したかね。相手が対処できる魔法で試してやれば良いだけであろうが」


「師匠、広域の攻撃魔法は範囲を絞っても、街中で打ち合わせもなく使えば問題になります」

「ベリアル殿は、脅し程度の魔法を使って、相手が防いでからどう反撃するか反応を確かめたら、と意見してるわけ。もちろん、襲撃と勘違いされて揉めて、彼自身の出番がくるのを楽しみにしているんだろうねえ」

 セビリノとエクヴァルに諭されてしまった。リニが心配そうな瞳を私に向ける。むしろ恥ずかしい。

 なんてこと! 建物ごと攻撃するのにといえば、広域攻撃魔法が常識なのに……。エクヴァルがさらに説明を続ける。

「要するにね、訓練って殲滅を目指すものじゃないんだよ。魔法に上限を付けたりして、安全にも配慮して実地するわけ」

 確かに訓練の時は、どういった魔法を使うかなど、ある程度は先に打ち合わせしてあった。ベリアルがあんな言い方をするから勘違いしてしまっただけで、私にもきちんと分かっていますよ!


 そんなやり取りをしていると、先程の執事が息せき切らせた男性をともなって戻った。

 領主のマンサール侯爵だ。五十代くらいで、飾りもない無地のコートに上着、スラとしたズボンという、シンプルな装いをされている。

「はあ、お待たせしました、訓練の視察をしておりまして……」

「侯爵様、こちらがエグドアルムからマナポーションを届けてくださった方々です。なんとあの、鬼才と名高い宮廷魔導師のアーレンス様と、そのお弟子さんです!」

「そんな高貴な方が! 事前にご連絡頂ければ、お出迎え致しましたのに!」

 アーレンス様と、お弟子さん。

 セビリノがあんなに自信満々に紹介したのに、私が弟子だと思われている。セビリノに憧れている人で、脳が理解を拒否したのかな。


「いや、私の弟子ではなく、イリヤ様が師でいらっしゃる」

「アーレンス様の……師???」

 二人ともきょとんとしてしまった。他の使用人は、無表情で立っている。

「あの、アーレンス様はエグドアルムで一二を争う魔導師だと、伺っておりますが……」

「うむ、そのように自負している。しかしイリヤ様は、私の遙か上をいくお方!」

「そうでもないわよ」

 落ち着いて、と声を掛けると、セビリノがすごい勢いで振り返った。

「いえ! そうです、訓練施設をお貸し頂きたい! イリヤ様が私よりすぐれていらっしゃると、証明して見せましょう!!!」


「その証明、必要……?」

「重要です!」

 なんだかおかしな事態になった。

 何故セビリノはムキになって、自分の方が劣っていると実証したいのだろう。普通なら逆じゃないの?

「よく分からないが、素晴らしいものが見られそうだ。是非とも我が魔法部隊も指導してくれ!」


 うやむやのうちに、訓練施設に移動することになった。

 セビリノはどうやって証明するつもりなんだろう。どんな訓練してるのかな~、気になるな~くらいに考えていたのに、大事になりそうな予感。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る