第327話 アーレンス様、見学します

 皆で魔法の訓練所に移動する。地獄の王二人も同行しているよ。見る価値なし発言のルシフェルまで。ちなみに彼の発言におとしめる意図はなく、忌憚きたんない意見でしかない。

 建物に近付くにつれ、ざわざわと騒がしくなってきた。やはりいきなり感じた魔力に混乱しているようだ。

「あ、侯爵様! 何があったんですか!?」

「問題ない、待機しておくようにと伝えられたんですが、状況が掴めず……」

 固く閉ざされていた門が開かれると、庭にいる魔法使い達が一斉にこちらを振り向いた。六十人程はいるだろうか。

 侯爵の屋敷と反対の壁の方には魔法の的が幾つも並び、その後ろには焦げたり欠けた部分のある分厚い壁が立っていた。


「それがな、エグドアルム王国に注文しておいたアイテムが届いたんだ。なんと届けてくださったのは、貴族悪魔と、宮廷魔導師のセビリノ・オーサ・アーレンス様だ!」

「すげえ、俺、魔導書持ってますよ! サイン貰えないかな……」

 セビリノの登場で、不安そうだった魔法使い達は一瞬で明るい表情になった。

 ここにいるのは薄い質素なローブを纏った、あまりランクの高くなさそうな魔法使いばかりだ。

「彼らのご希望もあり、訓練を一部見学してもらうことにした。さあ皆、これまでの続きをやるんだ。アーレンス様に後程、ご講評して頂こう」

「緊張するなあ……」

「中の訓練を見てもらった方がいいんじゃ??」

 魔法使いはどことなく嬉しそうに近くの人と小声で会話しながら、的から離れた地面に引かれた線の前に並んだ。


「あれは魔法兵用の的でして、初級魔法で壊せたら昇格できます。今はその試験中です」

 女性魔導師が説明していると、一人がファイアーボールを唱えて的を撃った。

 魔法は的に当たったものの、焦げただけで通り過ぎる。的はビクともせず、後ろの壁にぶつかって霧散した。

 八つある的に次々と魔法を放つが、真ん中に命中しないせいか、なかなか壊せる人はいない。そんなに頑丈なのかしら。

 今度は侯爵が、セビリノの隣で口を開いた。

「筆記試験に合格してから一年の間、実技の受験資格を得られるんです。強い魔法も学べるようになるんで、皆が必死ですよ」

 なるほど、それで魔法使い達は大人しく順番を待ちつつ、他の人の魔法も真剣に見てるのね。


 力みすぎたのか、今度の人は的に掠りもしなかった。ガックリとまた最後尾に並ぶ。何度かチャンスがあるみたいね。

「杖があれば当たるのに……」

 悔しそうに呟く。誰も杖を持っていないし、見た感じでは護符も所持していない。ただし、服の下に隠していると分からない。

「この試験は個人の実力を測るものなので、杖や護符、魔法刺繍のされた衣装など、補正効果のあるものは使用禁止なんです」

 なるほど。魔法使いなら普段から身に着けているから、感じが違ってしまうわね。私やセビリノのローブも魔法刺繍が施されているし。


 ついに一人が的を壊し、やったと喜んでいる。

「では、こちらの新しい的でもう一度」

 新品の的を再び壊せたら昇格だそうだ。何度か攻撃してダメージがあるだろうから、これで決まったら後の人が有利になっちゃうもんね。

 無事壊せて、昇格が決まった。全員拍手でお祝いしている。


「師匠も師匠も挑戦されたら如何でしょう?」

 セビリノは何故、二回連続で師匠と言った。さっき女性魔導師に信じてもらえなかったから?

「ええと、楽しそうなので私もやってみたいわ。でも、お邪魔でしょ」

「歓迎です、皆もエグドアルムの宮廷魔導師様の魔法に触れられる機会です」

 女性魔導師が是非、と勧めてくれる。

「いえ、私は宮廷魔導師ではないのです……」

 セビリノと行動していたから誤解された!

 肩身が狭い思いをしつつ、ローブを脱いでセビリノに渡し、壊れた的の代わりに用意された新しい的と向き合った。女性同士だしリニに預かってもらいたかったのに、セビリノが斜め後ろで両手を出してスタンバイしているのだ。

 受け取ろうとしてくれたリニは、再びエクヴァルの後ろに引っ込んでしまった。

 魔法使い達が遠巻きに、アーレンス様と一緒にいるあの女性は誰、とヒソヒソ噂し合っている。


「師匠、師匠、エアリアル・ショットを使うのが宜しいかと」

「そういうものなの?」

 水属性が得意だしアイスランサーがいいかなと考えていたら、セビリノから提案があった。壊すほどの威力が無い魔法を選択するということは、何か考えがあるに違いない。

「命中率は高いですが、それは的が大きい場合ですよ。攻撃力も最弱の部類に入る魔法ですよね。さすがにどうかと……」

 女性魔導師が苦笑いをしている。

「一度使ってみます。壊れなかったらもう一回、挑戦していいですか?」

「そうですね、構いません。まずは様子を見られるんですね」

 納得してくれた。観衆が今か今かと眺めている。緊張するなあ、距離は当てるだけなら全く問題ない。

 ゆっくり息をして、的に視界を絞っていく。


「大気の息吹よ、我が指先に宿れ! 弾丸となりて敵を撃て! エアリアル・ショット!」


 右手の人差し指と中指をそろえて、照準を合わせる。

 小さな空気の塊が、離れた場所にある人の幅ほどの的を目指す。的の中心に命中して弾けて穴が開き、バリバリとヒビが入った。周囲もえぐれている。

「この魔法だと、こんなものよね」

 壊れなくても仕方ない、と息を吐いた。女性魔導師を振り返ると、目を大きく開いて体を前のめりにしていた。

「え……穴が開いた? あの魔法で傷をつけただけでも十分なのに、穴が……???」

 実のところ、素早く発動できるこけおどし魔法、くらいなイメージをしている人がほとんどなのだ。魔力を籠めれば、それなりに攻撃力はある。


「うわあ、火が!」

 微妙な雰囲気になっている中、立っている的が一斉に火に包まれた。

「……くだらぬ。もっとマシなものはないのかね」

 と、言いつつ全ての的に寸分たがわず、時差もなく火を点けて燃やすという自分の能力のアピールなのです。狙い通り、皆がすごい、一瞬で全部同じに燃えるよう火を放った、としきりに感嘆している。

 ふふんと偉そうな表情で満足しているベリアルに、ルシフェルの冷たい眼差しが突き刺さっていた。

 全部壊しちゃって、迷惑を掛けたなあ。もういいや、ローブを着ようっと。


「さすが悪魔の貴族です、とてつもない実力ですね」

 気を良くするベリアルを、魔導師の女性が更に褒める。

「この程度が試験とは、ぬるすぎるのではないのかね」

「まずは正確な目標物の捕捉と、ある程度の魔法の強さを持つ者に絞って、ここから学べる魔法のレベルを上げていきます。コントロールができない者が強い魔法を覚えてしまうと、味方に被害が及びますので」

 つまり、ここをクリアしてからが本番なわけだ。的が全て黒こげになってしまったので、新しい的を用意して入れ替えている。

「我々は中に入りましょうか」

 的の交換を眺めていた私達に、侯爵が声を掛ける。

「今回は広域攻撃魔法と、魔法の模擬戦を確認に来ていたんです。エグドアルムの宮廷魔導師の方に見て頂けるとなれば、皆も気合いが入りますよ」

 それはもっと楽しそうだわ。こちらです、と建物の中へ案内してくれる。

 

「ねえ、今更だけど他国の重要な訓練を見て平気なの?」

 こそっとエクヴァルに尋ねておいた。後で怒られないように。

「責任者が案内してくれるんだし、大丈夫でしょ。そもそも軍に必要なアイテムを輸入しているくらいだし、我が国と対立する意思はないよ。見聞きしたことを、もらさないようにね」

 この国はエグドアルムとの間に小国などを幾つか挟むし、現時点で戦争になる心配もないから披露して問題ないみたいね。

「イリヤ、イリヤ、さっき、カッコ良かったよ。穴が空いたから、きっと合格だよ」

 エクヴァルの後ろから、リニが私を褒めてくれる。そういえば全部ベリアルにさらわれていたな。


「ところで、何故アーレンス様はエアリアル・ショットを使うよう助言されたのですか?」

 一番後ろを歩く女性魔導師が、セビリノに尋ねた。セビリノは勿体ぶってうむ、とゆっくり口を開く。

「あの的を壊すのは容易にできる。むしろ壊さず的確に中心を射抜いたと見せる為だ。あまり幅がない的だ、より小さな魔法を当てる方が難しいだろう」

「あ〜、確かにあれ以上の魔法なら、何でも壊せそうだったわね」

 なかなか皆は壊せずにいたけど、そんなに難しくもなかった。あれが普通の魔法使いの実力なんだろうか。

「な、なるほど……、中心を捉えて、しかもあの魔法であの威力でしたからね。正確さと威力を兼ね備えていらっしゃることは、十分理解できました」

 女性が納得したので、セビリノは満足そうに頷いた。

「いきなり危険な魔法を唱えるより、建設的でいいんじゃないかな」

「やりません、安心して」

 エクヴァルに釘を差された。これから魔法を練習する施設に入るから、やりすぎないようにとの注意だわ。


 頑丈な石造りの訓練施設の扉を開けると、中央は通路で正面に階段があり、左右に部屋がある。

 今回入るのは左側。訓練室は一つではなく、右の広い実験場は広域攻撃魔法を練習する場所だそうだ。私達が行く施設では、魔法の模擬戦を行っている最中らしい。

 一階の左右の壁側と二階が見学席で、要人は危険の少ない二階から眺めることになっている。女性魔導師の説明を聞きながら二階の階段に差し掛かったところで、セビリノがゴホンと咳払いをした。

「せっかくです、我々と魔法戦をしましょう」

 突然の申し出に、女性魔導師がえっと小さな声を上げた。

「アーレンス様とですか……? アーレンス様の魔法が見られるのであれば稀有けうな機会ですが、それこそこちらが力不足では?」


 謙遜しているわけでもなく、軍の魔法使いよりもセビリノの方が優れているのだ。セビリノと対抗するなら国でも指折りの実力者を出す必要があるが、そういう人材はたいてい軍ではなく宮廷などに仕えて、全体の訓練になんて参加しない。

「構わない」

「アーレンス様の気が変わられないうちに、ご案内せねばな!」

 侯爵が意気揚々と一階の扉を開いた。

 中では魔法使いが十人ほど固まって、話をしていた。ちょうど休憩中かな。

「だからさっきのは、地獄の貴族に違いない」

「ついに出動命令か!? ……あれ、侯爵様!」

 どうやらベリアルの魔力を感じて、命令が下ると思って待っていたようだわ。

 こちらにはその後の連絡がいっていなかったみたい。こういうところから改善するべきでは。


「お前たち、エグドアルムの宮廷魔導師様と、地獄の貴族の方がいらっしゃった。なんと、有名なアーレンス様が魔法戦をしてくださるそうだ! 誰か希望者はいるか?」

「アーレンス様……!? すごい、本物だ!」

「感じたこともないような魔力の地獄の貴族が、お二方も……!」

「敵襲じゃなくて良かった、命どころか町がなくなる……」

 大歓迎されているよ。会場中の視線が、セビリノと地獄の王二人に集まる。憧れとか尊敬と畏怖とか、とにかく好意的だ。

 やっぱりセビリノはどこに行っても魔法使い達に人気なのね。

 見上げると、目が合った。


「ご安心を。帰る頃には、この喝采はイリヤ様に捧げられます」

「安心できないわね……」

 いい加減このまま、そっとしておけないのかな。魔法戦は純粋に楽しみだけれども。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る