第2話 新たな地へ
私はワイバーンに乗って、光が反射して煌めく海上を飛んでいる。隣には騎士のような黒い上下に深紅のマント、そして赤い髪をした男が飛行している。鳥達を追い抜き、小さな島々を幾つも飛び越えていく。
「うわあ、もうだいぶ離れましたね! そろそろ目的の国かしら……、陸地に行きましょう」
私、イリヤは、隣を飛ぶ見目麗しい男性にそう話し掛けた。
「うむ。ふ……話の通じる龍で良かったな。うまくそなたは死んだものと思われたろう」
エグドアルム王国で海龍に海に叩き落された後、私は海中で悪魔であり、私と契約をしている彼と合流した。
彼の名はべリアル。
実のところ先に偵察を頼んであった為、討伐対象が実は海龍どころか、恐ろしい上位種である事は最初から知っていた。
そして彼と共に戦ったなら、倒す事すら可能だった。
だが、もし上位の海龍を倒した等という事になったら、彼の存在が国に知られてしまうだろう。
私はべリアルと契約している事を、秘密にしていた。会う時もなるべく王都から離れた場所かマジックミラーでの通信のみにして、任務に協力してもらう事など殆どなかった。
理由は簡単。国に使われることをべリアルは良しとしなかったし、もし力強い悪魔と契約していることが知られたら、私は最前線に投入され使い潰されてしまっただろう。宮廷魔導師達は貴族出身で権力闘争に明け暮れており、華々しい功績を上げる手駒を必要としていた。
そんなものにはなりたくない。
ただでさえ、危険な討伐はこちらにまわされ、しかもどんどんと対応はおざなりになっていた。まあ、高位の悪魔を好きに使役しようとしたら、怒りを買って国が滅ぶかもしれないけど……。
ここら辺が引き時だと思った。
その為には今回の任務はちょうど良かった。うまく死亡したと思わせ、他国に亡命するのだ。母と妹には酷い心配をかけてしまうけど、今を逃せばどちらにしても、死ぬまで討伐任務をさせられるだけだったかも知れない。父は子供のころ亡くなってしまっているし、これから仕送りができなくなる事が心苦しかったが、今までの金額で家を直したり必要なものを買い揃えたりできているし、暮らしは楽な筈。
とにかくこっちが落ち着いて、向こうでも私が死んだことにされて皆が気にしなくなった頃、こっそりと連絡を入れようと思う。まずは住む場所を探さねば!
陸地に入ってまずは海岸沿いの細く小さい国、海洋国家グルジスを超え、北に都市国家バレン、南に広大な平野を持つノルサーヌス帝国。
そして広大なティスティー川を挟んで広がる山と森林、美しい湖を称えるチェンカスラー王国。
このチェンカスラーが目的の国だ。エグドアルム王国と国交がなく、鉱山や薬草豊富な森が周囲にあり、そして澄んだ水の国。私はここで魔法道具や回復アイテムを扱う、小さなお店を開きたい! 子供の頃からの夢、自分で作ったマジックアイテムを売る。これからは夢を叶える為に頑張りたい。
期待に胸を膨らませながら、王都と思われる高い外壁に囲まれた都市を飛び越える。この周辺の地図は故国で曖昧なものしか手に入らなかった為、どこに行けば集落があるのか、全くわからない。なるべくなら、ほどほど大きくて人の行き来があって商売ができ、かつ鉱物や薬草が手に入りやすい場所がいいんだけど。
降りる場所を探しながら高度を落として地上を眺めるていると、荷馬車に魔獣らしき影が複数近づいていくのが見えた。
「え、馬車が……襲われる!? べリアル殿、助けに参ります!」
「……チッ、気付いたか」
べリアルはルビー色の瞳を面倒だと歪ませる。私は構わず、ワイバーンを着地させて地面へと降り、すぐさま走り出した。
「大気の息吹よ、我が指先に宿れ! 弾丸となりて敵を撃て!!」
右手の人差し指と中指を揃えて、荷馬車に襲い掛かろうと飛び跳ねる狼型の魔獣に照準を合わせる。
「エアリアル・ショット!」
魔獣に怯え悲鳴を上げて、両手で顔を隠している少女のすぐ目の前で、黒い狼、ダークウルフは射貫かれて地面へを叩きつけられた。
ドタンという大きな音と、ギャウゥと断末魔の叫びが途端に響き渡る。続いて飛びかかった二匹も、同じ末路を辿った。
「え、何……!?」
「べリアル殿! お願いします」
「……あまり楽しくない相手だ」
ふう、とわざとらしいため息を残して、黒い衣装がゆらりとゆれて掻き消える。
次の瞬間、べリアルは馬車の前に立ちはだかり、ダークウルフ達に視線を巡らせた。
「誰!? いつの間に……!??」
御者台から混乱する少女の声が聞こえる。
走り出してまさに荷馬車に迫ろうとしていたダークウルフに手の甲を向けると、わずかに動かしただけでそれは後ろに弾き飛ばされた。
「ま、魔法……!? どうなってるの!?」
「失せろ、弱き者どもめが」
べリアルが群れを睨みつけただけで、ダークウルフ達は唸り声を止め、怯えたように後ずさった。そして一匹、また一匹と逃げ出だす。他の者達もそれに従って、あっという間にその場から姿を消した。
少女が栗色のポニーテールを揺らして、立ち去る狼の後ろ姿と、目の前の男に視線を巡らせている。
「大丈夫ですか?」
ようやく追いついて声を掛けると、少女は弾けるようにこちらを見た。
「え、あ……?」
まだ状況が呑み込めていない様子。私はとりあえず、自己紹介をすることにした。
「私はイリヤ、こちらは……私の同行人というか、契約している悪魔で、べリアル殿です。あなたは? どうして馬車で護衛も付けずに?」
「……あ! 助けて下さって、ありがとうございました。私はアレシア、こっちは妹のキアラです。行商をしていたんですけど、思ったより売れなくて……、護衛代が稼げなかったの……」
よく見ると、同じ栗色の毛をした女の子が、隣で小さくなって震えていた。姉と名乗った少女の裾を、必死に掴んでいるのが見える。
「……です!」
慌てて「です」と付け加えるアレシアに、思わず笑ってしまう。
「いいんですよ、無理に敬語で話さなくても。」
「でも、こんな簡単に魔獣を倒した上、すごい悪魔と契約してるなんて……。立派な魔法使い様なのでし……、すよね?」
「……どうでしょうか。彼と契約できたのは偶然ですし、魔法は努力すれば誰でも使えます。それよりも、お若いのに商売をされているお二人が立派だと思います」
本当にそう思う。私の夢を、もう叶えてしまっているなんて!出遅れ感が満載だ。
アレシアは照れたように頬を染め、
「立派なんてそんな……、こんな素敵なお姉さんに褒められると、恥ずかしいです。まだまだ商売もうまくいっていないので、半人前なんです」
と、ポソポソと呟く。
「お、お姉ちゃんは頑張ってるの! 去年15歳になって成人したから、村の人がいらなくなった荷馬車を安く売ってもらって、お仕事はじめたんだ! 私もお手伝いしてるんだよっ」
困ったように肩を竦めるアレシアを応援して、妹のキアラがひょこんと顔を出す。
可愛いなあ…。
そう言えば私、周りは男だらけだったわ。騎士に魔導師、嫌な貴族たち。女の子のお友達とお食事に行きたいなあ。でもみんな、何を話すんだろ? 1時間とか2時間とか、普通に過ぎるって言っていた。
……魔法の強化方法とか、召喚時の有利な契約方法についてとか……?
「あの……、ところで、二人はどこに行きますか?」
「え……と、どこでしょうか……?実は、この国に来たばかりで」
事情をどこまで話していいものか。秘密にし過ぎるのも不自然だし、この国の事は知らないという事を伝えて、町についてなど教えてもらえたらと思う。
「他の国から来たの!?」
私の答えにキアラが、目を輝かせて聞いてくる。
「……ええ、エグドアルム王国っていう、ずっと北にある国です」
「そんな遠くからですか?どうして……、って、聞いたらまずいですかね」
アレシアはハッとしたように口に手を当てた。どんな訳ありだと思ったんだろう。いやあるけど。
「……え~、言えないと言う程でもないような、あるような、その……」
私がしどろもどろに口ごもっていると、後ろでべリアルがフッと笑う。
「この小娘は、嫌な男に執拗に迫られていたのだよ。権力もある相手であったから、国を捨てて逃げて来たのだ」
さらさらっと、涼やかな美貌と声で滑らかに嘘をつく。彼について気を付けねばならない点である。召喚した場合は正しい事を言うように誓約してもらわないとならない。ちなみに契約が成立すれば、騙すようなウソはつかない。
こういう場面においては、とても頼もしいなと思う。
「そうなんですか! 大変ですね。イリヤさんは美人で魔法が使えて、悪魔と契約までしてるんですものね。貴族でも手元に置きたいと思いそうです」
アレシアは大真面目に受け取って、かなり同情してくれた様子だ。
「ところでそなたらはどこへ行くのかね? 我らは今日の宿を探さねばならぬ身であるから、どこかいい街を知らぬかね?」
……そういえば彼は、野宿は嫌いだった。野宿になるなら地獄へ帰せと言われている。
「これからレナントという街へ行くところです。良かったら一緒に行かないですか?荷台になってしまいますけど……。でも、この辺では大きな町で、宿もお仕事も探せると思うよ!」
「……荷台」
あ、不満そう。まあ、高位の悪魔だからね。
「レナントですね、ありがとう。私も行ってみようと思います。別々に行って、町の近くで合流しましょう」
「え、徒歩なんですか?まだ馬車で二時間くらいありますよ!?」
「いいえ、近くにワイバーンを待たせていますので。私たちは空から追います」
「「ワイバーン!!!」」
姉妹の声がキレイなハーモニーを奏でた。ワイバーンへ騎乗するのは、女性では特に珍しいかも知れない。男性でもあまり見かけないか。
二人を乗せた荷馬車が走り出すのを確認して、私はワイバーンに再び跨り、ベリアルは単身ゆっくりと宙に舞い上がる。
空を見上げたキアラが、元気に手を振った。
私は「二人の友達になって一緒に遊ぶ」という、新たな目標を立てたのだった。
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