第3話 初めての街
人の背の高さほどの壁に囲まれた町が見える。家々が軒を連ね、大きな館や少し背の高い石造りの建物などがあり、大通りが中央を縦断している。
ふと、荷馬車からキアラが上空に向けてくるくると手を回しているのが見えた。
速度を落とす荷馬車から、少し離れた場所にワイバーンを降下させる。ワイバーンの羽が起こす風圧はわりと強いし、馬が驚いてしまうかも知れないからね。
「ここがレナントです。私の通行証がありますから、同行者だといえば、簡単な手続きで入れるはずですよ」
「審査、ありますよね! 考えていませんでした。助かります」
新しい生活に心が躍りすぎていた。大きな町では審査がある。こんな当たり前のことを忘れていたなんて……。そもそも前職は宮廷魔導師見習いなので、国内どこでもフリーパスの上、審査待ちも免除だったのだ。むしろ守備隊長だの地域の有力者だのが出て来て、歓待される程だった。
「…我は悪魔だと知られぬ方が良いか?」
ベリアルがアレシアをちらりと見た。
「いえ、人間のフリをする方が問題になるみたいです。ちゃんと契約してますって言えば、問題ないんじゃなかった……かなあ? 悪魔を召喚してる人は見た事あるけど、人間と見間違えるような、しかも美形の悪魔って見た事ないんで……」
うーんうーんと、腕を組んで考えるアレシアを、ベリアルが何か納得したような表情で見ている。普段だったら使えない……と、冷たい視線を送りそうなのに。
あ、美形の悪魔が嬉しかったのかな?わりと単純なところもあるよね。
考えていても仕方ないので、とりあえず門に向かう事にした。既に夕暮れが近づいており、冒険から帰ったようなパーティー、荷馬車を何台も連ねた大掛かりな行商人、荷物を背負った男の人などが列を作っている。
「……これに並ばねばならぬのか……」
げんなりしたベリアルだが、周りの女性が何か話しながらチラチラ見ているに気付くと、ニコッと笑顔を見せた。
キャアと、小声で喜びの悲鳴が上がる。美形だからなあ……。羨望の眼差しで注目されるのは、嫌いじゃないらしい。とりあえず関係ないフリをしておこう。
「アレシアさん、そういえばあなたは商売をされていますよね?」
「え、はい。主に小物や雑貨、回復薬を作って売ってます」
「そうよ! このアクセサリー、お姉ちゃんが作ってくれたの!」
キアラが首に下げたネックレスを見せてきた。革ひもに天然石を通し、少しのビーズと星型のチャームが二つほど飾られている。
「可愛いですね。それで実は私、魔法道具屋さんになりたくて。どうやったらなれるんでしょう……?」
思い切ってしてみた私の相談に、アレシアは瞠目している。
「え!? イリヤさん、冒険者とか魔法使いとしてお仕事するんじゃないんですか? 道具屋!??」
「実は……、お店を開いて、自分で作った物を売るのが夢だったんです」
今までこの話をした事があるのは、妹だけだったと思う。妹は“私が店員さんをするね。そしたら、お姉ちゃんとずっと一緒だわ”と、喜んでくれていた。
……これはもう、叶わないのだけれど……。
「薬やポーション、魔法付与したアイテムとかを」
「ポーション!?? 魔法付与!!??」
唐突に大きな声で繰り替えすアレシアに、言葉が遮られた。突然私の手を握って、興奮した様子を見せる。
「すごいです! そんな事まで出来るの!? ポーションは足りない程だし、魔法付与アイテムって珍しいし、絶対売れますよ!」
「え、そう…ですか? 初級のポーションなんて簡単に作れるのに……」
「この辺では冒険者が人気あって、魔法を使える人が冒険者になりがちなんですよ。攻撃魔法をみんな覚えたがって……。ポーションは品薄になりがちだし、品質もバラつきがあるし! いいものを作れば、絶対に売れる商品です!」
さすが商売人、すぐに販売に頭が切り替わっているのね。畳みかけるように彼女の話が続く。
「この街で商売するには、商人ギルドへの登録が必要です。あ、登録料と年会費がかかります。出店を出すだけでも必要です。あと、ポーションはギルドに一つ見本を提出しないと売れなくて、薬は大丈夫なんですけど、ギルドの認定証があれば売れやすいです。ギルドには私が登録してあるので、ポーションを提出したらまずは私の出店で売りませんか!?」
「……はい、お願いします」
「……お姉ちゃん、押し過ぎ。イリヤさん、引いてるよ。」
そんなこんなしてる間に、私たちの順番がやってきた。
「お、アレシアちゃん! その男の人は、護衛かな?」
「マレインさん、ただいま。商売が上手くいかなくって、護衛を雇えなかったの。この人達は、魔獣に襲われた所を助けてくれて」
門番の男性とアリシアは知り合いのようだ。
「そりゃ大変だったな……! ところで見かけない顔ですが、冒険者の方ですか?」
「いいえ、旅の者です。こちらは私が契約している護衛の悪魔でございます」
「……悪魔!?」
灰色の鎧で身を固めた中年の門番が、ベリアルをつま先から髪の先まで驚いた表情で眺めた。悪魔はやっぱり印象が悪いのだろうか、と少し不安になる。
「……」
何も言わないが、ベリアルは不躾な視線を不快に感じているようだ。女性ならいいのか……?
沈黙のあと、マレインと呼ばれた男性は顎に手を当て、ふむふむと一人で頷いた。
「いやあ、すっかり人間だと思ったよ! 若いのに立派な召喚術師なんですねえ。契約の内容について、簡単でいいので答えてもらえますか?」
「は、はい。私を助ける事、生活の手助けをしてくれること。それから緊急時を除き、人間を私の同意なしに殺さない、という契約です。代償についてはお答えできません」
不信感を持たれたのではなく、むしろ好意的に受け止められていたようだ。この街には完全に人間と同じ姿の悪魔というのは、やはり珍しいらしい。最も、“完全に人間と同じ姿の悪魔”という事は、基本的に爵位を持つ悪魔という事になる。ホイホイ居るものではないだろう。
他にされた質問は、旅の目的、この街への滞在日数の予定、職業など。
旅の目的については、キアラが
「イリヤさんは遠い国から、怖い悪い男の人から逃げてきたの。帰れないの! おじちゃん、助けてあげて!」
と訴えたことから、うやむやになってくれた。何かあったら守備兵を頼っても良いと言ってもらえたが、死亡した事になっているので何もないだろう。
……たぶん。
ここまで来たのだ、ケルピーを倒せだのスノーマンが出ただのサイクロプスがどうだの、そんな事を言われても、もう知らないわ。
問題なく街に入る事が出来て、ホッとした。
整備された道を進み、アレシアがこの街で泊まる時にいつも使うという、宿へと一緒に向かった。比較的安価で、感じのいい女将さんが経営しているそうだ。
私は気付いていなかったが、去って行く私たちの後ろ姿を、金茶の髪に白い鎧姿の背の高い男性が眺めていた。肩に乗っている妖精が、怯えて震えている。男はカツカツと足早に歩き、通行証をチェックしている門番の内の一人に話しかけた。
「……マレイン、先ほどの姉妹と同行していた男女はどういった者だ?」
チェックした通行証を行商人の男性に返し、マレインは慌てて振り返った。
姿勢よく真っ直ぐに立つ騎士の姿を確認すると、勢いよく頭を下げる。
「隊長!……先ほどの者たちは遠い異国から来た、召喚術師と契約している悪魔だそうです。契約内容に人間に危害を与えないという条件が含まれており、問題なしと判断しましたが……」
「……そうか」
「……あの、まずかったでしょうか?」
頷いただけで言葉を発しない相手に、もしかして通してはならなかったのだろうかと不安になる。角や尻尾が生えている、見て解るような下級悪魔しか見た事がなかったが、同じように判断していいものではなかったのかも知れない。
「いや、そうだな。下手に騒ぐ方が問題になったかも知れん。して、この街に来た目的はなんと?」
「それがですね。悪い男に追われて国に居られなくなった、とか、そんな感じだったんですが……」
「悪い男に……追われて……?」
(あのクラスの悪魔と契約していても、無体を強いる輩が居るのか? 命知らずな……)
男はあの悪魔を、爵位を持った高位の悪魔と判断していた。そんな契約者を連れた者が、冒険者の仕事としてでもなく、国の政策としてでもなく来るとは考えられない。
「……とりあえず、様子を探ってみよう。何かあったら、些細な事でも私に報告するように」
「は、はい……!」
すっかり日が落ちて夜が支配する時間になる。街に4つある大門は首都から続く大通りを残して全て締められ、かがり火が陰影を濃く落としていた。
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