第86話 ランチタイム

 セビリノと別れてレナントに戻ってから、ゆっくりと眠った。

 なんだかセビリノと再会してからは、怒濤どとうのようだったわ……。いきなり師匠と呼ばれたし、夢だったんじゃないかな。いや、そう思いたい。

 帰る前に、次からは呼び捨てにしないと返事をしませんと宣言されてしまった。わがままのベクトルが謎。


 最近は出掛けてばかりで、アレシアとキアラの露店にはアイテムを卸す時しか行かれていない。なのでたまにはお話ししようと、二人が泊まっている宿屋で一緒に昼食を取る約束をした。昼はメニューを絞って、ランチ営業をしている。

 久々に「白い泉」と看板の出ている、宿の食堂に入った。お客はわりといたけど、テーブルはアレシア達が確保してくれている。

「イリヤお姉ちゃん、こっちこっち!」

 キアラが手を振る。

「お待たせ。約束通り紹介するわね」

「これは可愛らしいお嬢様方! 初めてお目に掛かります、冒険者のエクヴァルと申します。以後お見知りおきを」

 胸に手を当ててきれいなお辞儀をするエクヴァル。露店のことは話してあったんだけど、実は彼と二人は初顔合わせ。この国に来て最初のお友達だと教えてある。アレシア達には、国から来た友達を紹介すると伝えておいた。

「初めまして、姉のアレシアです。よろしくお願いします」

「妹のキアラです!」

 並んで座る二人の向かいに、ベリアル、私、エクヴァルで席に着いた。


 メニューはランチが三種類と、本日のパスタ、サンドウィッチの五種類だけ。全てサラダとスープ付き。皆が注文し、ベリアルは飲み物だけ頼んでいた。

 お昼はいつもあまり食べない。何しに来たんだろう……?

 私はハンバーグランチを選んだ。アレシアとキアラも同じ、エクヴァルはパスタ。キレイにフォークに巻いて食べてる。さすが上手。

 そして料理を注文していないベリアルにまで、サラダとスープが届く。ここのおかみさんは、彼のファンみたいな感じだから。いそいそとおかみさん本人が運んで、ベリアルに笑顔を向けられただけで、とても喜んでいた。


「イリヤお姉ちゃんがわざわざ紹介してくれるって言うから、彼氏かと思った」

 キアラが食べながらとんでもない発言をする。

「え、そう見える?」

「全然違うわよ」

 エクヴァルは何故かちょっと嬉しそう。きちんと否定しておこう。きっと口説く対象の年齢じゃないから、勘違いされてもいいんだわ。

「家を買ったのは知ってるでしょ? 国から出て来て、私の家の二階に居候してるの。ウチに来たら会うし、驚かせないように紹介しておかなきゃと思って」

「なるほど。遠いですものね、エグドアルム。何のお仕事してるんですか?」

「冒険者だよ。現在Dランクで」

 質問したアレシアにランク章をエクヴァルが見せていると、キアラがじとっとした目をする。

「……ダメだよお兄ちゃん、お金がなくても結婚してない女の人の家に転がり込むなんて! そういうのをヒモって言うって、お父さんが話してた!!」


「……ククッ!」

 ベリアルのツボに入ったみたいだ。口をおさえて窓に視線を向けている。

「ヒモ……! それはちょっと……!」

 さすがにエクヴァルもそういう反応がくるとは考えていなかったようで、困っている。キアラ、よくそんな言葉覚えたわね!

「す、すみません! キアラ、事情があるのよ! エクヴァルさんも故郷から遠い国で、頑張ってるんだから」

「……家賃、入れた方がいいよね?」

「でも国から送金とか、されないでしょ? いいわよ、もしお金に困ったら相談するね」 

 実際、彼の懐具合はどうなんだろう。困っている風でもないし、親衛隊にもアイテムボックスは支給されているから、換金できるものが入っているのかしら。

 Dランク冒険者で生活している人もいるから、冒険者収入でも暮らせないほどではないはず。


「そなたら、出掛ける時はこやつを護衛として雇ってやると良い。貧しい者には恵まねばなっ!」

 面白がっているベリアルに、キアラは思い切り大きく頷いた。

「イリヤお姉ちゃんのおかげでたくさん売れるし、村に帰る時に雇ってあげるよ! ねえ、お姉ちゃん」

「……そうだね。もうちょっとお金が貯まったら、村にお土産をたくさん持って帰りたいね」

 故郷を懐かしんで、アレシアが目を細めた。

 二人が家族と住んでいた村は、山の中にあるらしい。私も山間いの小さな村が出身だから、ちょっと親近感を覚える。

 私の故郷は、たまに行商人が訪れていた。アレシア達の村は行商の人も来ないようなところで、山で採れたもの、皆が作った物を村の人が持って町まで売りに行き、そのお金でまとめて買い出しをしているらしい。


「そういえば、二人は行商もしてたんじゃなかった? 最近は行ってないわね?」

「レナントで毎日お客さんが来てくれるから、行くタイミングがなくなっちゃって。ここで売れないのを行商してたから、決まった販路があるわけでもなかったし、今は特別に仕入れに行く必要もないんですよね」

 最近はアレシアもポーションを作れるようになった。魔法薬の種類も増やせて、私のアミュレットなどもあるから、商品は充実している。固定客も増えてきたみたい。

 わざわざ護衛を雇わなければいけない行商は、よほどしっかりした販路や確実に売れる商品を持たない限り、利益に繋がりにくい。定期的に回っていて待っている人がいるならともかく、アレシア達は収入を上げたくて試行錯誤をしていただけで、実のところは特に行く必要もない様だ。


 窓の外を見ていたベリアルがおや、と急に声を上げた。

「……あの黒猫は、使い魔ではないかね?」

「可愛い!」

 冒険者らしき人が猫を触っている。アレシアとキアラは小動物が好きみたい。でもあの子は、本来の姿は使い魔をしている小悪魔だからなあ。

「……私の使い魔です。ちょっと行ってきます」

「え、エクヴァルって使い魔契約してたの?」

「まあ、仕事の都合で……」

 今まで特に知らせていなかったからか、バツが悪そうにして席を立った。食べかけのパスタがあと少し残っていた。


 窓際の席だったので、店から出て冒険者に話し掛ける姿が見えている。

 どうやら冒険者は普通の猫と勘違いして、かまってしまった模様。すぐに猫の姿をした使い魔をエクヴァルに返して、謝ってくれていた。

 これで戻ってくるのかなと眺めていたら、使い魔の黒猫は急に毛を逆立たせ、エクヴァルの後ろに隠れてしまった。

 あ、ベリアルが行っちゃったんだ。これは怖いわね……。

 小悪魔はすぐに人に似た姿になる。十歳くらいの、角と尻尾を生やした可愛い女の子の悪魔で、紫のつぶらな瞳をしている。エクヴァルの後ろで彼の服を握りしめながら、オドオドとベリアルに頭を下げた。


「ささ、自己紹介して」

 三人でお店に入り、席に戻って来た。エクヴァルにうながされ、紫の瞳を不安げに揺らして小さな声で名乗る。

「……リニです」

「初めまして、イリヤです。エクヴァルの使い魔なんでしょう? 遠慮せずにウチに来てね」

 続いてアレシアとキアラも自己紹介すると、リニはぎこちなくはんかんだ笑顔で答えた。こちらの席は私達三人が座ってしまっているので、リニには空いているアレシアの隣に座ってもらった。


「リニちゃんは何か食べないの?」

 キアラがハンバーグをフォークで刺して、美味しいよと笑う。自分と同年代に映るから、構いたいのかも。悪魔の実年齢は解らないけど。

「リニ、遠慮しないで好きなものを食べるといいよ。そのくらいの稼ぎはあるからね、私!」

 エクヴァルはヒモを引きずってないかな? メニューを渡して、選ぶように言う。リニは戸惑いながら、私達と同じハンバーグランチを頼んだ。

「ところでこの子は何をしてるの? 聞いちゃダメなら聞かないけど」

「問題ないよ、今のところは噂を集めてもらってるだけだし。例えば、どこかの公爵が魔法が好きでいくらでも援助してくれる、とかね。そういうのを切っ掛けにして、調べたりすることもあるわけ」

「ああ、なるほど」

 危険な仕事をさせているわけじゃないようで、ホッとした。小悪魔とはいえ小さい子に見えるから、あまり危ない仕事をしてると心配だよね。

 ハンバーグが出てくると、小さめに切って少しずつ食べている。よほど気に入ったのか、一口ごとに嬉しそうにゆっくり噛んでいた。


 半分くらい食べたところで、彼女の手が止まった。

「あの、あの。お願い、あるの……」

「どしたの? リニ」

 彼女の向かいに座るエクヴァルをちらりとのぞき見てから、同じ列にいるアレシアとキアラの方を向く。

「お、お友達になって欲しい。こっちにお友達、いないの……」

「もちろんよ、喜んで」

「お店に遊びに来てね!」

 不安そうにするリニに、アレシアとキアラは破顔して答えた。パアッと彼女も笑顔になって、隣に座っているアレシアと両手を握り合っている。微笑ましいわ。

「私もお友達にしてね、リニちゃん」

 ついでに混ぜてもらおう。新しい妹ができたみたいで可愛い!


「では我も友かね、リニとやら」

 ベリアルが腕を組んで二ヤリと笑みを浮かべると、リニは驚いて黒猫の姿になってしまった。

「……ベリアル殿、怖がらせないでください。リニちゃん、姿を戻してハンバーグ食べないと」

 いくらなんでも、王と小悪魔が友達とは言えないだろうに。

 小悪魔とはいえ女の子が唐突に猫の姿に変わったので、近くのテーブルの人が驚いていた。



□□□□□□□□□□(以下、リニ視点)


「さてリニ。軍事国家トランチネルの様子はどうだった?」

 私にデザートを食べさせるからと、エクヴァルは他の皆を先に帰らせた。お金は全部払うからと、伝票を受け取って。

「……やっぱり、まだ召喚してる。反対した人が、処刑された……」

「……かなり危険な状況だな」

 この話をイリヤに教えたくないみたい。彼はかなり彼女のことを好きだと思う。女のひとに振り回されて楽しそうにしてるエクヴァル、初めて見たし。

 使用禁止の魔法を使われたのに、呆れるだけで怒らなかった。いい加減に見せて、規律に厳しい人なのに。それにもしアレが彼の監督下にある人間の元から拡散したら、彼の命で償うことになるのに……。すごく昔だけど、使用禁止に指定されている魔法を高値で教えて拡散させかけて、死を賜った前例があるらしい。

 今回も軽い処罰はあったみたいだけど、教えてくれない。報告しなければ露見しないのに、真面目も良くない。


「最近は成功してないよ。一番の術師が、地獄の公爵様を喚んで殺されたの」

「……公爵。王都で会ったよ。理性的な悪魔だった。殺されるとは、よほど下手をうったね」

「噂だけ、確認はできなかった……」

 項垂うなだれていると、エクヴァルの手が私の頭に乗せられた。角の間を優しく撫でてくれる。彼の手のひらは剣をたくさん握るから、固い。

「十分だ」

「お待たせいたしました」

 ちょうどデザートが届いてしまった。私が赤くなって俯いていると、運んできてくれた女性とエクヴァルが優しそうにこちらを見ている。テーブルに置かれたチョコレートパフェからアイスがこぼれそう。

「トランチネルに深入りは禁物だな。そっちはもういい。しばらくはこの辺りにいてくれ、どうも魔導師長がこのままとも思えない。そんな大人しい男では無い筈だ」

「うん……」

 パフェの生クリームを食べる。甘くて美味しい。こんなおいしいものを食べさせてくれる、エクヴァルの役に立ちたい。でも魔導師長ともなると、私じゃ立ち向かえない……。

 私は戦闘が全然できないから、こんなに優しくされたことはなかった。


「ベリアル殿は見た目より怖くないからね、安心しておいで」

「……ん。でも怖い……」

 アイスを口に運んでスプーンを咥えた。地獄の王様だよね? 怖いよ、普通。

「リニの分のベッドとイスもあるんだけどなー?」

「…………!!」

「気になるならお酒を差し入れするといい。機嫌が良くなるから」

 エクヴァルが悪戯っぽく笑う。そして私が咥えていたスプーンを取って、アイスをすくって食べさせてくれる。

「早く食べないと、溶けるよ?」

「……食べる、食べる。スプーン返してっ」

 こんなことしてるから、イリヤに女ったらしに見られてると思うんだけどなあ。

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