第167話 ガサ入れです

 軽装の兵士や魔法使いらしき人が、十数人で家にやって来るのが窓から見えた。

 毒を、という名目だったから、魔法使いも居るんだろう。ロゼッタ達は二階で息を潜めてもらっていて、ベルフェゴールがついている。

 ドンドンと扉を叩く音。

 兵達が来るのを知らないフリしないといけないのよね。どこから漏れたって話になっちゃうから。

「はい、どなたでしょう?」

「こちらはアイテム職人のイリヤという女性のお宅で?」

「その通りでござます。イリヤは私ですが、どのようなご用件でいらっしゃったのでしょか?」


 兵士はゴホンと咳払いをして、命令書を私に見せた。

「ここで毒を作っているという投書があった。中を確認させてもらう」

 何事かと周りで見ていた人達が、騒めいている。兵たちはお構いなしに狭い玄関から入ろうとする、その時。

「……アイテム作製をしていたのは、私だが。作業場を覗くというのは、アイテム職人の秘密を探ると同然。エグドアルムより正式に抗議し此度の責任を追及することになるが、よろしいか」

 奥から出て来た背の高いセビリノに、入ろうとした人たちは思わず足を止めた。


「どういう意味ですかな? しかもエグドアルムとは……」

 勲章を出し、皆に見せる。

「私はエグドアルムの宮廷魔導師、セビリノ・オーサ・アーレンス。同郷である彼女の作業場を借りていた。目的は、フェン公国に輸出する為のアイテムの作製。秘匿技術を含む故、ここを捜索するというのならば、それなりの覚悟をもっておこなってもらおう」

 最初に確認させてもらうと言った人がたじろぎ、後ろを振り返った。魔法使いが兵を掻き分けて前に進み出てくる。

「この方は確かに、エグドアルムの宮廷魔導師である、アーレンス様です。王宮で見ました、間違いはございません!」

 乗り込もうとした兵達もざわざわして、重大な問題になるんじゃないかと囁き合っている。


「このタイミングで来たとあらば、エグドアルム王国の技術を探りに来たのであろうよ。随分と堂々としたスパイであるかな」

 ベリアルがからかい始めたぞ。こういう時は、身振りが大げさになる。遊んでるなあ。怒るよりいいんだけど。

 さてと、私の仕上げの番だ。

「私は、ヘルマン・シュールト・ド・アウグスト公爵の庇護を頂いております。公爵閣下は王宮の者にも手出しをさせないと、仰って下さいました。これ以上疑いをもって糾弾なさるなら、公爵閣下に相談申し上げて解決して頂くしか、ございませんね」


 そう、今回の作戦は。

 逆にスパイ疑惑をかけてエグドアルム王国の介入を思わせて揺さぶり、公爵閣下も怒っちゃうぞ! と、脅す作戦なのだ!

 庇護があると知ったら、ちょっとやそっとの疑惑では、もう捜索なんてできないだろう。公爵はかなり力を持ってるみたいで、現王にも影響力がある。これでこの家は、今まで以上に安全。この町も安心だね。


「こ、これは失礼した。高い技術をそれと解らず、毒だと早合点した投書だったのだろう。疑って申し訳ない」

 兵たちは謝って、そそくさと引き揚げて行った。特に魔法使いの人は、セビリノに深くお辞儀して。そもそも作業場が地下だから、何をしてるかなんて見えるはずないんだよねえ、よく考えたら。

 集まって眺めていた町の人達も勘違いだったみたいと散らばって、いつも通りの長閑な雰囲気が戻って来る。変な噂が立たずに済みそうで良かった。

 ロゼッタ達も安心して、二階の階段の上から顔を覗かせた。

「帰りましたわね……」

「ええ、もう大丈夫です。さすがセビリノ、兵の方が怖気づいていたわ」

「我が師の神聖なる作業場を荒らそうなど、許されざる行為です」

 なんか怒りのベクトルが、一人だけ違ってないかな。彼は魔法関係を神聖な作業だって考えているから、こういう陥れる為に使う様なのは嫌うのよね。


 窓から景色を眺めていると、エクヴァルが戻ってくるのが見えた。

「町の中での接触はなかった。後はリニに任せたよ」

 誰かと接触しないか、遠巻きに確認していたの。リニはコウモリや猫になって見られるし、戦えないくらい魔力が少ないから、むしろ私たち魔法使いには探しづらい。神経を集中させてないと、余程の人でも気付かないんじゃないかな。だからこういう時は、とても頼りになる。悪魔同士とかだと気付かれやすくなっちゃうけどね。


 エクヴァルに続いて、Sランク冒険者の剣士セレスタンと、Aランクで光魔法の使い手パーヴァリのコンビが訪ねて来た。

「なんかあったみたいだな。大丈夫だったか?」

「いや、少々もめ事に巻き込まれていてね。問題ない、想定内だから」

 エクヴァルの返事に、パーヴァリが緊張していた表情を緩めた。

「ならば良かった。ベリアル殿の怒りに触れたらどうなるか、そちらの方が心配でした」

 二人はベリアルが地獄の王だと知っいるし、戦う事にでもなったら人間にはどうすることも出来ないって、解っているものね。Sランクなんて、矢面に立たされそう。


 少し沈黙になってしまった。せっかく来てくれたんだし、家にあがるよう勧めようとした時。

「おい、パーヴァリ。挨拶するんじゃなかったのか?」

「解ってるよ、セレスタン。……ア、アーレンス様。先日は有難うございました。お礼に伺うのが遅れてしまい、申し訳ありません!」

 セレスタンに促されたパーヴァリが進み出て、セビリノに深く頭を下げた。

「先日? ……あのドラゴンの時の。気にする事はない」

 どうやらセビリノ達は、一緒にドラゴン退治をしたのかな?

 そしてこちらを見る。

「イリヤさん……、いえ、ええとイリヤ様。アーレンス様のお師匠様でいらっしゃいますか?」

「……一応、まあ。そう言う事らしいです……」

 

「大変失礼いたしました!!!」

 なにが!? やめて、玄関で土下座するのは!!

 セレスタンもビックリして、目立つから立てよと言ってくれている。

 とにかく家の中に入ってもらって、エクヴァルがお茶を淹れてくれた。セビリノだとまた恐縮されてしまいそうだったから。

「まさか、アーレンス様のお師匠様だったとは……。敵対したり、大変な無礼を働いてしまった……」

 頭を抱えるパーヴァリ。

 彼はネガティブなところがあるみたい。

「依頼だったのですから、仕方がないことです。次からは背景も調べて受ける様にされれば、無駄に対立する事もないでしょう」

「あああ……優しい言葉が痛い……」


「我と戦いたいのであれば、いつでも受けて立とうぞ」

「うわああ、申し訳ありませんでした……!!」

 テーブルに額をぶつけるほど、ベリアルに頭を下げてる。真面目な人をからかわないで欲しいな! そしてそんなパーヴァリを、セレスタンは笑っている。同じ事をした二人で、どうしてこう反応が違うのか。

 階段の途中でロゼッタとメイドのロイネがやり取りに耳を傾けていて、

「イリヤさんの所って、強くてヘンな人が集まるのね」

と、興味深そうにこちらを窺っていた。


「ところで最近、おかしな連中は見たとか、そう言う噂はない?」

 コーヒーをテーブルに置いた拍子に、エクヴァルの紺の髪が揺れる。

「おかしな連中? 例えばどんな」

 セレスタンは何もいれずにカップを持ち上げた。ブラックで飲むのね。

「中央山脈を、商人でも冒険者でもない連中が越えて来たとか」

「聞いてないな。ありえない速度でブッ飛んでくワイバーンと魔導師を見た、ってのは聞いたけど」

 それは私達ですね……。エクヴァルが苦笑いしながらこちらを見たので、セレスタン達も気付いたみたい。

「ま、とにかく何かあったら教えてほしい。しかし流石に、そこまで解りやすい行動をとる奴らでもないようだね」

「相手が何かは聞きませんが、迂闊に手を出さない方がいい追っ手のようですね。何か情報がありましたら、連絡いたしましょう」

「ありがとう、パーヴァリ君。察しがいいね」

 ネガティブから復活したパーヴァリは、頼りになりそう。セレスタンはこの話で何が解ったんだ、と言いたげだ。


「どうも俺だけ置いて行かれる」

「……まあ、言っていいみたいだから。中央山脈を越えた連中って事は、先日起こった中央山脈での貴族の馬車の襲撃事件と、関係あるという事じゃないか。それも更に狙われる覚えがあるという事は、貴族がらみの謀略だろう。だから私達は深入りは禁物なんだ。こちらも動きを悟られないようにしているんじゃないのか?」

「はい、正解」

 エクヴァルがパンパンと拍手した。パーヴァリはさらに続ける。

「ついでに、兵士がやって来たって事は、国のそれなりの立場の人間と交渉している。けれどそれを退けるカードを持っているようだから、下手な手助けならいらないだろう」


「パーヴァリと言ったか。なかなか鋭い」

 セビリノが褒めると、パーヴァリはやたら照れくさそうにして髪をかきあげている。憧れの人なのね。

「いえ、そんな、とても。その、アレですね、そうなんです、え~……これから王都に行く予定ですので、何かあったら連絡いたします。ですよね、ハイ」

 ……協力してくれるのはありがたいけど、褒められてパーヴァリがちょっと壊れた。どうやら、褒め言葉に弱いタイプらしい。

 パーヴァリは帰り際、笑顔のままで壁に激突していた。大丈夫!? 周りが見えてないよ?

 冷静でしっかり者のパーヴァリの変容に、さすがにセレスタンも心配していた。

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