第81話 防衛都市の珍客(筆頭魔導師バラハ視点)

「はあ……、抽選結果が早く知りたい」

 私はバラハ。チェンカスラー王国の防衛都市、ザドル・トシェの筆頭魔導師として勤めている。現在私がいるのは、この都市の魔導書専門店。


 先日、とある新刊の企画が発表された。

 魔法大国であるエグドアルム王国の宮廷魔導師にして、魔導書の著者として頭角を現している、セビリノ・オーサ・アーレンスの魔法アイテム作製に関する新刊。

 それも、“上級ポーションの基本的な作り方”という、初心者向けだか上級者向けだか解らないヤツだ。魔法アイテムに関する本の中で、上級ポーションを扱うものはまだ少ない。しかもこれを、あの丁寧で的確な魔導書の著者が出すと言うんだ。

 これは、作り方を知っている人間にも大きなヒントになる何かが、絶対にあるはず!

 欲しい! この町の指揮官のランヴァルトも申し込んだみたいだし、どちらかでも当たらないかな。あいつ、魔法アイテムなんて作れないクセに。気に入った作家の本は全部集めるタイプなんだよね。

 当初は単に予約制だったのに、予想以上に反響が大きかったそうで抽選になってしまった。

 魔導書店に来ていてもどうにもならないことは知っているけど、気が焦ってついつい足が向いてしまう。どうせなら何か魔導書を探そうかな、と棚の前を移動していた時だった。


 乱暴にドアが開かれ、急ぎ足で男性が入って来た。年の頃は四十歳に近いだろうか。紺色のローブを着た、この辺では見掛けない男だ。高価そうな衣装だし、貴族なんだろうな。

「失礼、店主はいらっしゃるか。こちらからこの手紙を出した人物を探しているのだが……」

 男はレジにいた店員の女性に、無造作に手紙を突き出した。

 なんか不審な男だな。少し様子を見ようと、棚からやりとりが目に入る位置まで移動する。


「……これは、確かに私どもで預かった手紙ですが……。黒本堂の方ですか? 送り主までは流石に……」

「些細な手掛かりだけで構わん。どのような様子だったとか、どちらから来られたとか……」

 問い詰めるような口調に、店員は頭を下げて恐縮している。

「申し訳ありません、説明できるようなことはないのです」

「何でもいいから思い出してくれ! 知っていることを、教えて欲しいのだ……!」

 困惑しつつも丁寧に対応する女性に、男が声を荒らげた。

 脅してるようにしか見えないよ……。


「……あのさあ君、店員さん怯えてるよ? 少し落ち着いたらどう? だいたい、名乗りもしないで人のことを聞こうとか、どうかと思うんだけど」

 私が呆れながらそう苦言を呈すると、男性は意外にも殊勝な態度でそうだな、と呟いた。

 絶対に突っかかられると思った! そして軍の指揮官であるランヴァルトに押し付けてやろうと考えていたのに。

「貴殿の言う通りだ。どうにも少々気がはやっていたようだ……」

 そしてローブのフードをとって暗い青紫色をした短い髪を出し、胸に手を当てて丁寧にお辞儀をした。

「大変失礼した。私の名はセビリノ・オーサ・アーレンス。私の魔導書を読みこちらから手紙をくださった女性を、探している」

 セビリノ・オーサ・アーレンス!!! 本物!? もとい本人??


「あ、アーレンス様でいらっしゃいますか……!?」

 女性が驚いて名前を繰り返す。それはそうだ。エグドアルムからはかなり遠いし、まさか宮廷魔導師である彼本人が来るとは、とても信じられない。

「うむ、証がなければ信じられんか」

 そういう意味でもないんだけど! 彼が提示したのは、エグドアルムの宮廷魔導師に授けらるという、金に輝く徽章きしょうだった。

 この上ない身分証じゃないか!

「……申し訳ありません。せっかく明かして頂いたのですが、手紙を書いた方については伺っていないのです……!」

 女性は深々と頭を下げて、一層身を縮ませた。まさか徽章まで見せられてたらね……。余計な発言をした気がする。

「そうか……残念だが、仕方ないな。迷惑をかけた」

 諦めて彼が去ろうとした時だった。ちょうど扉が開いて、男が入って来る。

 この町の軍の指揮官、ランヴァルト・ヘーグステットだ。

「どうかしたか? バラハまで一緒になって」


 これまでの話をすると、ランヴァルトも

「セビリノ・オーサ・アーレンス……本人!?」

 と、とても感激した様子だった。

 しかしアーレンス様は既に帰るところだったので、手紙を仕舞おうとカバンを開けた、その時。

「……それ、イリヤさんの手紙では?」

 その名前を聞いた途端、彼は弾かれたようにランヴァルトを振り返った。


「イリヤ殿をご存知で!? もしや彼女の消息について、情報をお持ちではないだろうか!??」

「……レナントという町に、住んでますが……」

 勢いに押されて、ランヴァルトが少し後ずさる。

 それにしても彼の探し人が、イリヤさんだったなんて。しかもこの勢い……! どういう関係だろ!?


「とりあえず迷惑になるので、店を出ませんか……?」

 私まで興奮してしまった。ランヴァルドの申し出ももっともだ。


 ちょうど王都に行く準備をしていた私達は、彼と一緒にレナントへ寄ることにした。これで少し話ができるぞ! やった!

 私達は馬、彼は契約している麒麟を召喚した。初めて見た!

 鹿っぽいけどもっと大きくて体が太く、顔は龍に似て、牛のようなひづめがある。角が一本あり、毛先は黄色っぽいという不思議な生き物だ。そしてほんのちょっと宙に浮いてる。

 一緒に移動する騎士三人も、珍しそうに麒麟を眺めていた。


「ところで、彼女とはどのようなご関係で?」

 馬を走らせながら、ランヴァルトが尋ねた。麒麟の方が大きいので、見上げる格好になる。

「元同僚、というところかな」

「元……同僚!?」

 宮廷魔導師の同僚ってことは、彼女は……。

「彼女は見習いだったが、誰よりも優れた魔導師だ。共に研鑚けんさんした日々が懐かしい」

 目を細めて語るアーレンス様は、とても優しい表情をしていた。かなり親しい間柄だったんだろう。思い出に浸っているのか、そのまま黙ってしまった。

 ていうか、スゴイな彼女! あの若さエグドアルムの宮廷魔導師見習いだったなんて!!


「ランヴァルト様、前に……!」

 私たちを先導してすぐ前を進む騎士が、行く手を遮るモノを報告してきた。道の先に待ち構えるように、人よりも大きな姿がある。

 ミノタウロスだ。斧を持って二本足で歩く、牛頭人身の力がやたら強い魔物!

「任せたまえ」

 音もなく麒麟が前に進み出て、セビリノ・オーサ・アーレンス様が詠唱を開始する。


「光よ激しく明滅して存在を示せ。響動どよめけ百雷、燃えあがる金の輝きよ! 霹靂閃電へきれきせんでんを我が掌に授けたまえ。鳴り渡り穿て、雷光! フェール・トンベ・ラ・フードル」


 流れるように滑らかな詠唱で、かなりこの雷撃の魔法を使い慣れている様子だ。手から轟音を立てて雷が放たれ、ミノタウロスに当たって、バチバチと目もくらむ真っ白い光が弾ける。

 ミノタウロスは絶叫を上げて倒れ、そのまま動かなくなった。


 すごい、騎乗を止めるどころか速度を速めて接近しながら、魔法攻撃をするなんて!

 そういえば彼は魔物討伐もスペシャリストだっけ……!


 途中で一晩野営だ。見張りは騎士達に任せちゃえばいいから、私はアーレンス様と魔法の話をしていた。

 彼はとても真面目な性格で、私の質問に対し真剣に耳を傾けて、よく考えて答えをくれる。こういう感じだから、一つ一つのことを突き詰められるのかな。

 予約抽選制になった上級ポーションの本についての話題も振ってみた。

 ポーションが高くて買えない冒険者が多いので、質のいいものを皆が作れるようになって広く流布るふされ、買いやすい値段になって欲しいのだと言っていた。希望者全員に行き渡るようにしたいのだが、自分の要望だけではどうにもできないのがもどかしい、と。

 値下がりが困る人もいるからね、難しい問題だ。


 翌日は特に魔物の出現もなく、冒険者や商人と何組かすれ違ったくらいだった。途中の町、テナータイトでも一泊する。

 そしてついにレナントに着いてしまった。いや、目的地の一つなんだけど。折角のセビリノ・オーサ・アーレンス様と、ここで別れるのが勿体ない。

 門では並んでいる人たちを横目にそのまま町へ入り、イリヤの家に行ったことがある、ランヴァルトの案内で彼女の自宅へ向かった。

 他の騎士三人とは、ここでいったん解散。また明日合流して王都へ行く。


 彼女の家はわりと広い。ドアをノックして声を掛けると、薄紫の髪に紫の瞳、そして今日はワンピースに白いカーディガン姿のイリヤさんが姿を現した。

「ランヴァルト様、バラハ様。……それに……」

 私達の後ろに立つ、アーレンス様に視線が釘付けだ。両手で口を覆って、信じられないものを見たように、目を大きく見開いた。

「セビリノ殿……」


「イリヤ殿……いえ……」

 アーレンス様はふらりと二、三歩前に足を進め、何故か急に片方の膝をついた!

 そして立てている方の膝に片手を乗せ、もう一方は握って地面にあて、深々と礼をする。


「ご無事で何より! ご尊顔を拝し光栄に存じます、我が師よ!」


 ええええ!!! 何コレ、どういうこと!???

 さっきまで威風堂々としてたよね!??

 ていうかイリヤもかなり驚いてるよ!? ドッキリ? 何かのサプライズなのか……!?

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