第8話 疑念(ジークハルト視点)
私がその場にいたのは、本当にただの偶然だった。
最近、洞窟にグリフォンが増えてきていると噂があった。洞窟から近い東門の門番に、冒険者や商人達から何か新しい情報が入っていないか、聞きに行っていたのだ。
門番は朝の六時に開門し、街からの出入りを取り締まっている。早朝に出ていくのは冒険者や遠出する商人、比較的危険の少ないスニアス湖付近へ採取に行く魔法アイテム職人が多い。
スニアス湖は洞窟から比較的近く、戦闘能力のない者達がグリフォンに遭遇しては、命を落としかねない。それでも立ち入りを制限していないのは、あの付近は大事な採取の場所であり、今の所グリフォンが洞窟の外に現れていないからだ。
二人の門番と話をしていると、商人らしき男性が慌てて駆け込んできた。
「大変だ、グリフォンだ!! グリフォンが洞窟の外に……!」
一気に緊張が走る。
商人の話だと、街道を歩いていると森の入り口でウサギを狩って食しているグリフォンを見掛けたという。彼は気付かれないよう、なるべく音を立てずその場を離れ、危険を知らせる為に走ってきたと証言した。
「……私は先に行く! 本部に知らせろ、すぐに討伐隊を出すよう!」
「は、隊長!」
私はすぐさま白馬を駆って、洞窟に向かった。
緩く曲がった坂道を登り切れば、件の洞窟だ。犠牲者が出ていないことを祈るしかない。
坂の上には、二人の女性がしゃがんでいるのが見えた。
まさか襲われたのか…!??
「君達、危ないから離れなさい! グリフォンが洞窟から出てきたとの目撃情報が……」
そこまで叫んで、女性たちの後ろに倒れているモノに気付いた。
真っ二つに切り裂かれた……グリフォン?
我が目を疑ったが、確かにそれはグリフォンの残骸だ。
倒したと思われる薄紫の髪の女性の姿は、南門で昨日見掛けた、悪魔を連れた契約者だった。
私が名をジークハルトだと告げると、彼女は綺麗な所作で頭を下げ、イリヤと名乗った。同行している女性は何度も街で見掛けている。手製の傷薬や雑貨を販売する露店を開き、行商までしている姉妹の姉だ。アレシアと言うそうだ。
アレシアはやたら眩しそうにこちらを見て、なんとも恥ずかしい私の噂とやらを早口でまくしたてた。返答に困る。対してイリヤと言う女性は冷静で、言葉遣いもかなり丁寧だ。とても一般市民とは思えない振る舞いだった。
しかも魔法薬を作る素材を採りに行きたいと、周辺で集められる他の素材について尋ねてきた。
高位の悪魔と契約する召喚師で、少なくともCランク冒険者レベルの魔法使い、その上マジックアイテムを作成する。
……どういう事だ、できすぎている。こんな才能の持ち主が、普通に街でアイテム作製などしているものなのか?
採取地について大まかに答えると、私は自分の疑問を投げかける事にした。この街に害を成す人物なのかを見極めなければならない。それが私の仕事だからだ。
「君は……この国の人間でないように見受けられる。その髪の色も、この周辺で見た事はない」
彼女は静かに頷いた。
「ご推察通りです。私は故あって、エグドアルム王国から参りました。この街で魔法道具の精製を生業にしたく思います」
「……エグドアルム? ずいぶん北にある国じゃないか。なぜ、こんな所まで……」
「はい、嫌な男に追われまして。権力のある相手なので、近隣諸国では懸念がありました」
「魔法薬の作り方は、エグドアルムで?」
「その通りにございます。研究所に勤めておりましたので、薬を含めて様々な種類の魔法道具を作り、研究をしておりました」
いかにも聞かれると思って用意していました、というような答えだ。しかし確認するにもエグドアルムは遠すぎるし、国交もない。本当にその国の出身かとの裏付けすらとれないだろう。
「では、グリフォンを倒した、その魔法は?」
私は慎重に質問を続けた。何か不都合な秘密を暴いた場合、襲い掛かってくる者も居るからだ。例えば彼女がかの国からの間者だったり、この国での破壊活動などの目的があった場合、疑いを持たれるだけで過激な行動に出る可能性もある。連れ立って歩くアレシアという一般市民を巻き込むわけにはいかないので、踏み込み過ぎては危険かも知れない。
彼女はというと、きょとんして瞬きをした。
「フレイムソードは、初級から中級レベルの火属性魔法だと思いますけれど……?」
「は? ……いや、そうか?」
フレイムソードにはグリフォンを一刀両断するような威力は、なかったと思うが……? 魔法大国エグドアルムでは、もしやこのくらい普通なのか…? 私が憂慮しすぎているのか?
まだあの悪魔の事も聞きたいが、それを口にするのは早計だ。
「ある程度魔法を使用できれば、魔法薬を作る際の一助になるものですよ。魔法操作や制御、そう言った能力が必要になって参りますので」
「そうか……、そういうものか」
ポーションを作る際は魔力の制御を正しくしないとならないと、聞いたことがある。この国では冒険者が人気な為、攻撃魔法を操れる人物が魔法薬精製を仕事にするなど少ないケースだったが、他国ではもっと違う現実があるのかも知れない。
「でなければエリクサーなど作れないのに……」
彼女の誰に聞かせるでもないような小声の呟きに、衝撃が走った。
エリクサー? エリクサーだって? 貴族の間でたまに出回ると聞く、幻の薬扱いのポーションではないか……!
うっかり漏らしてしまった言葉に、彼女は一瞬ハッとした表情をして、こちらを見て再び笑顔を作る。
「…尋問は以上でしょうか?守備隊の方がお見えのようです。」
チクリと刺す棘は、失言を誤魔化す為なのだろうか。
紫の瞳の先には、来る時に指示した討伐隊の隊列。
他のグリフォンが外に出ていないか捜索する指示を出し、私は門まで彼女たちを送った。
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