第7話 薬草採取と騎士との遭遇

 レナントでの初めての朝。

 私はアレシアと一緒に、スニアス湖に来ていた。薬草採取だ。

 街の東門から一時間ほど歩いた場所で、魔物と会う事はほとんどいない。例え出ても、弱い魔物くらいなもの。広い湖には噂通りに朝もやがかかっていて、向こう岸は見えない。

 誰もいない湖! お友達と一緒にお出掛け! 何かステキ!

 とはいえやる事は別々に薬草採取だ。お互いの姿が見えなくならないように、とだけ約束した。


「かわいい……これが朝露草!」

「え、普通の薬草ですよ? ここら辺ではよく採れますけど…」

 テンション高めの私に、アレシアは不思議そうに尋ねる。

「エグドアルムでは採れないのよ。きっと、北すぎるのね。乾燥させたものはきゅ……、研究所で手に入るのだけど、生の状態は初めて見たわ!」

 危うく宮殿と言うところだった。気が緩むとすぐに暴露してしまいそうだわ……。


 他にも初級ポーションや傷薬、毒消しになる薬草が生えている。ただ、これでは中級ポーションは作れない。

「もっと別の種類も欲しいのだけど……。少し森の奥に行ってもいいかしら?」

「ん~…、私一人なら危険かもですけど、イリヤさんなら大丈夫なんじゃ? あんまり奥に行かなければ、ここより少し強い程度の魔物しか住んでませんし。」

「本当!? 行ってもいいのね。危なくなったらベリアル殿を喚べるから、巨人族が出ても平気よ!」

「出ませんよ! ……ていうか、呼べるんですか?」

「ええ、契約の特権みたいなものなの。」

 私が魔法や召喚術の事を説明すると、アレシアは目を輝かせて聞いてくれる。

 だから色々教えてあげたくなる。こういう勉強会と違うお喋りも、とても楽しい。


 細い道を辿って、少しずつ森の奥へと二人で進む。爽やかな木々の香りが心地いい。ところどころで薬草や素材を見つけては採取し、魔物が出れば魔法で倒す。核が欲しい程の魔物は出てこない。

 木の根や石で歩きにくい場所もあるけど、分かれ道は少ないし、間違えたところで遠くへ行ってしまう事はないという。

「けっこう色々採れたね。」

「この木の実、おいしそうです!」

 二人で笑い合っていると、開けた場所に出てきた。太い道へ合流したようだ。

 向かいは小高くなっていて、ぽっかりと洞窟が口を開けている。


「あれ、ここ……」

「アレシア、どうしたの?」

「この洞窟の中です、グリフォンが出てくるのって」

 昨日の夕暮れに会った冒険者たちが、グリフォンを倒すと話していたのを思い出した。ここの事なのね。

「洞窟とグリフォン……、お宝がありそうな気がしちゃうわね」

 笑う私に、アレシアは“もうっ”と頬を膨らませた。


「イリヤさん、グリフォンですよ! 冒険者だと一人で退治するのはCランクになってからって言われてます。中に入っちゃダメですよ!?」

「入らないわ、心配しないで」

 グリフォンでC……? そんな強い魔物ではないけど。あ、一人ではって言ってたわ。よく考えたら、飛行系の魔物は飛行魔法が使えないと厄介だものね。私は飛べるから、その辺の考えが疎かになるのよね。


「そろそろ帰ります? 中級ポーションの材料はなかったみたいですけど…」

「足りないけど仕方ないわね。もっとリサーチが必要ね」

 私達は洞窟前の広い道を歩き出した。少し遠回りになるけれど、こちらも街に続く道だそうだ。帰りながら散策してみるらしい。洞窟を横目に少し進むと、なだらかな下り坂になっている。採取しながら、いつの間にか傾斜を登っていたらしい。討伐ではもっとキツイ勾配を何度も登ったし、ここは緩やかなのであまりわからなかった。

 ほんの少し高いだけで、景色が広がって見える。草原や木々、向こうにある小さな村。レナントはここからだと森に隠れてしまっているらしい。


 ジャリ……

 後ろで何かが砂を蹴るような音がした。こちらに向かう四本足の獣の気配。

 私は振り向くよりも早く詠唱を始めた。


「左手は風、右手は種なるもの。炎よ我が腕に宿れ。燃え盛る剣となりて、敵を滅ぼす力となれ」


「イリヤ……さん?」

 アレシアが不思議そうにこちらを見る。でも、説明している余裕はないわ。


「伏せてて! フレームソード!」


 私は振り向いてすぐに敵を確認し、襲い掛かかってくる魔獣らしき姿に向けて右手を突き出した。

 右手に纏わりついた炎が剣のように鋭くなって伸び、クチバシを大きく開いた魔獣の体が、中心から左右に別れさせる。切り口は焦げたようになっていた。

 地面に倒れた姿を確認する。鋭い爪、鷲のような上半身と獅子に似た体で、背中には羽根がある。大きさは熊より一回り大きいくらい。

「……あ、噂のグリフォン」

「……え、えええ!?まっぷたつ……!??」


 とりあえず魔核を採っていると、騎士を乗せた一頭の馬が私達が向かおうとしていた方角から現れた。

「君達、危ないから離れなさい! グリフォンが洞窟から出てきたとの目撃情報が……」

 そこまで告げて、男性の動きが止まった。よほど急いで来たのだろう、金茶の髪が額に張り付いている。

「こ……これは……君達が?」

「あ、申し訳ありません。襲われそうになりましたので、迎撃致しました」

 私は魔核を手に、とりあえず謝ってみた。

「あ、いや……、無事で何より……」


 馬から降りた男性は私と同じような年に見え、緑色の瞳で端正な顔立ちをしていた。白い鎧姿で、いかにも騎士と言った風体だ。鎧と同じ真っ白なマントが、風にふわりと揺れる。

「……とりあえず街まで送ろう。私はジークハルト。レナントの守備を任されている」

「御親切、痛み入ります。私はイリヤと申します」

「アレシアです。あの、もしかして守備隊長さまですか!?」

 右手を胸に当てて騎士らしい礼をするジークハルトに、アレシアは両手を頬に当てて満面の笑みを浮かべている。


「そうだが、よく知っているね」

「知ってますよ! 有名です! この街の守備隊長様は若くてとっても美形で、金の髪に白い鎧の素敵なお姿で、騎士というより王子様みたいって! 噂通りです」

 アレシアのテンションがすごい。どうやらこの男性は、街の女性の密かなアイドル的存在らしい。

 颯爽と白馬で駆けつけてくれる姿は、確かに絵本の王子様のようだ。この場合、王子が従者も付けず単独で来るか? とか、わざわざ一市民を? とか、美形とは限らないからね? とか、突っ込んではいけない。


 私達はそのまま三人で街へ向かった。

 せっかくなので、少し情報収集しようと思い立つ。

「ジークハルト様、少しお尋ねしても宜しいでしょうか?」

「……何かな?」

 ジークハルトの方も私に聞きたい事があるように思えた。先に、私の質問を済ませてしまいたい。

「私は魔法薬を製作する為に、薬草の採取に赴いたのですが、必要とする品が揃わなかったのです。どこか採取できる場所をご存知でしたら、ご示教願いたいのですが……」


「あ、……ああ、うん。そう……だね、左側に見える森には薬草の他、草原との境に香草も生えていると聞いている。山では鉱石を採掘している町もある。少し遠くなるけれど、ティスティー川を超えた都市国家バレンに、通称エルフの森と呼ばれる森林地帯があって、そこには珍しい薬草が生えているらしい」


 私は指差された先を一緒に眺めた。左手の森は山に沿って続いていて、奥まで行けば色々あるのかも知れない。山の開拓された場所に町が見えるので、鉱石が採掘されているのはあそこだろう。ティスティー川は王都の更に奥を流れていて、王都を過ぎた場所でこのチェンカスラー王国側に曲がってきている。森は北側にあり、川を挟んで広がっていた。


「有難うございます、大変参考になります。」

「この国の北側ではトレントなど素材になる木の魔物がいるけれど、少々危険なので自分で採取するのはお勧めしない」

「トレント、ですか」

 倒してもいいけど持ち帰れるかな。トレント素材は採取した事がない。

「ところで……私も質問をしていいかね?」

「はい、どうぞ仰って下さい」

 ジークハルトの瞳は、私の何かを探っているようにも映る。


「君は……」

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