第9話 職人登録しました
町に戻った私達は、早速魔法薬を精製することにした。
しかし一つ盲点があった。
傷薬やちょっとした薬品類ならともかく、宿でポーション作成は出来ない。初級ポーションの材料の収穫があったというのに、なんて抜けているんだろう……。
何だかんだで宮殿の研究施設や実験設備は、かなり快適だった。なんせ、欲しい材料を書いて申請するだけで用意されたし、資料も読み放題。特に騎士団所属の魔導師でなく、見習いとはいえ宮廷魔導師の権限は大きいものだった。禁書すら読むことができた。
ただ、殆どの魔導師が貴族だったため、とにかく邪険にされたものだ……。
「うう……ポーションが作りたい……」
とりあえず試しに台所を借りて傷薬を作ってから、部屋に戻った私は机に突っ伏した。
「我が宮殿を提供しようか?」
「それ、魔界のマナが入って、大変な事になりますね……?」
「面白い反応が見られそうではないか」
「そもそも行かれるんですかね、人間に……?」
部屋には椅子が一つしかないので、私のベッドに腰かけて、優雅に紅茶を飲むベリアル。
からかわれている……
いや、本気で楽しんでいるのかも知れない。ベリアルはそういう人……いや悪魔だ。
「エリクサーを十個仕込んで、何個成功するかっていう遊びがしたい」
「……そなた、国では何をしておったのだ?」
どんな遊びだとベリアルが突っ込んでくる。しかし私にはそれに答える元気はなかった。朝は失言しちゃったしな……。何か疑われている感じで、イライラしてしまったのよね。口を滑らせてエリクサーなんて単語が出てしまったのを、バッチリ聞かれたと思う。しばらくはなるべく、隊長殿に会わないように気を付けよう。
トントン。
微妙な空気が流れる部屋に、ノックが聞こえてきた。
「アレシアです、イリヤさん。ポーションを作る場所、確保できましたよ」
「ええっ! 待って、今開けるわ!」
勢いよく身を起こすと、すぐさま鍵を開けてドアを開いた。
アレシアの話では、商業ギルドが魔法薬の講習会を開くことがあり、その時の会場になっている建物を、使っていない時はギルド会員に有料で貸し出ししているそうだ。器具が揃った実験室、講習会の開ける講堂、集会用で給湯室付きの部屋があり、魔法薬やアイテム作製技術の向上、販売用の一時的な制作場所として、交流の場として等……様々な目的で借りられるらしい。
勿論会員に限ってなので、アレシアが借りてくれたのだ。
そういえば会員登録してないなあ。職人登録というのもあると言っていたし、ポーションの材料が安定的に確保できるようだったら、職人で登録してみるのもいい。販売は任せて、アイテム作りに専念というのもアリかも知れない。
午後からの予約が取れたそうなので、私たちは昼食を取ってから出発した。
今回は私とベリアル、アレシアの三人。作製中は周囲への警戒が散漫になりがちなので、ベリアルは護衛的な意味合いらしい。キアラは明日から姉妹で露店を開くらしく、その準備をしているそうだ。
目的の場所は商業ギルドのすぐ近くで、二階建てで見た目は広くなさそうな建物だった。中に入ると意外と奥行きがある。受付でアレシアが会員証と予約票を出して、案内されたのは地下にある魔法薬の実験室だった。職員がカギを開けて入るよう促され、初めての使用なので説明をしてくれた。
「こちらが魔法アイテムの実験室です。簡易結界が張ってありますので、多少の爆発などは問題ありませんが、器具を壊したり結界に損害を与えそうな失敗をした場合は、必ず報告して下さい。扉のカギは閉めることをお勧めします。スペアキーがありますので、何かの際はこちらから開ける場合もあります。緊急時には白板の横にある緊急連絡用水晶に魔力を込めて、緊急接続開始と唱えて下さい。会話などはできませんが、受信用の水晶が点滅するので、すぐに職員が確認にきます」
それから、白板には専用のペンで書き必ず消す事、講習会で使う器具も使用していいけれど洗って元の場所に返す事、棚にある魔法円は意味が解らないものは絶対に手を出さない事などを説明された。
六人掛けのテーブルが六つほど並んでいて、実験室はわりとこじんまりとしていた。
道具は思ったよりも揃っているので、これならすぐに作製に入れるわ。私は早速、瓶を十個ほど用意して、まずは香を焚いた。アレシアには薬草を煮詰める鍋を出してもらった。
すり鉢で薬草をすり潰しながら、香を焚いたのは部屋を清める意味もあると説明をする。
そして鍋に水を満たして浄化し、緑の塊になった薬草を入れて煮詰めるのだ。
煮詰めながら魔力を注ぎ込むのが、ポーション作りの醍醐味で、最も重要な作業だ。
かき混ぜながら一時間。それからザルで濾して冷まして瓶に入れる。
「これで完成です」
出来上がったばかりのポーションを、アレシアは顔を近づけて眺めている。
「こうやって作るんですね……。私も作れるようになりたいな」
「初級ポーションは誰にでも作れるわよ。ただ、一時間かき混ぜながら微妙な量で魔力を込めなくちゃならないから、ちょっと根気が必要かもね」
「魔力の調整が難しいんですね……」
いつの間にかアレシアはノートにメモをしていたらしく、材料と香を焚く事、煮詰める時間や魔力について記してあった。出来上がったポーションの色や匂いについても書き加えていく。
「大丈夫よ、貴女が作る時には私が教えてあげるから」
「本当!? 嬉しい、有難うございます! 魔力をちょうどよく出せるように、魔法の練習しなきゃ!」
二人ではしゃいでいると、棚の方からベリアルの涼やかな声がしてきた。
「……で、まだ時間があるのではないかね?」
「あっと、そうですね。……今度はマナポーション作りましょうか」
「マナポーションですか!?」
アレシアはまた嬉しそうにする。飽きていないようで良かった。
鍋とすり鉢をいったん綺麗にして、私はマナポーション作りを開始した。こちらは通常ポーションより込める魔力が多くなり、そして一時間半ほど煮詰める。
今回は十本ずつ、二種類のポーションを作製して終了した。
それからアレシアとは別れ、私たちは商業ギルドにポーションの登録に行った。
前回と同じ水色の髪をした受付の女性に、ポーションを作ってきた旨を告げて二種類とも渡す。
受け取った女性は「テストしますので、しばらくお待ちください」と告げて、ポーションをもって扉の向こうへ入って行った。
ドキドキしながら待っていると、数分して女性は慌てて戻ってきた。
「あの、これを貴女がお作りに……!?」
「はい、勿論ですが……、何か不都合が御座いましたか?」
今までと違う材料が入ったとはいえ、研究所で組み合わせてみた事があるし、遜色ない効果で完成していると思うんだけど……?
「いえ、純度が高い出来のいいポーションで、驚きました。マナポーションも、非常に質がいいです。」
そっちか、良かった。
「では、販売には問題ないですね?」
「勿論です!他には何か、作られてないでしょか?」
「そうですね、今回はこの傷薬と毒消しくらいです」
カウンターの上に、ケースに入れた薬を出した。魔法薬とは呼ばれているけれど、こちらは自分で魔力を込めるのではなく、薬草の持つ魔力に頼ったものだ。ポーションより効果が薄いと言われているが、実は付帯効果を付けやすいという長所もある。ちなみに私は性能を上げるための魔法を加えて作っている。
女性はどことなく嬉しそうにし、二つを持って再び扉の向こうへと足早に姿を消した。
「……ベリアル殿、どうしたのでしょう? アレは提出しなくていいって言われてるんですけど……?」
「……そなたは何も自覚がないかね?」
「……え? おかしなものは作っていないですよ?」
「そなたに付けた教師は有能だった、という事よ」
もともと魔法薬の精製は、ベリアルの配下に教わったのだ。そのような些事は任せるとか言っていた気がする。
最高のポーションと言われるエリクサー、マナポーションの最高峰であるネクタル、道具や武器への魔法付与の方法を伝授されている。護符やアミュレットについても簡単に教わったが、更に宮廷で研究を続けたので、一人前になれたと思う。
召喚術や魔法については、主にベリアルに教わっている。今思えば、子供相手にスパルタだった……。召喚術は、儀式魔術とも呼ばれている。とにかく正しい手順で呼び出すことが大切。一番に覚えさせられ、これにより彼の配下の召喚が可能になったのだ。もちろん、精神的、魔術的要因があるので、一度に何人も呼べるわけではない。
ちなみにベリアルの得意属性は火。炎の王との二つ名もある。
「お待たせしました!」
さっきよりも時間が掛かった。私の作った薬のケース二つの他に、何か書類を持っている。
「こちらも素晴らしい出来でした! 差し支えなければ、職人登録しませんか!? これだけのアイテムが作れるのなら、講習は必要ありませんし、すぐに登録できますよ」
「本当ですか? それならば是非、お願い致します。」
書類を受け取り、ペンを執る。
名前、出身、連絡先、作製アイテムの種類。
「今はまだ宿を仮住まいにしておりまして、連絡先がないのですが……」
「それなら、宿の名前をお願いします。しばらく滞在予定ですよね? 場所を移動したら、連絡をください。それと、こちらの項目は魔法薬製作に丸をお願いします」
職人種別という項目で、他に、武具製作、補助アイテム製作、装飾品製作、日用品製作、魔法付与などがある。
作製アイテムの種類には魔法薬、魔法付与、護符製作を書いておいた。多分こんな感じだよね。
会員証とポーション及びマナポーションの販売許可、傷薬、毒消しのギルド認定証が発行されるので、明日の朝、宿に届けて貰えることになった。明日の午後からと言っていた、アレシアとキアラの露店に間に合いそう。全部売れるといいな。
意気揚々と商業ギルトを後にして、夕飯のお店を探す。今日はどこかで食べて行こうと思う。
その後のギルド内で、あの美形は誰だったのと女性陣が騒いでいたらしい。
もちろんベリアル殿の事である。
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