第10話 露店で販売開始
「ありがとうございます!」
キアラの元気な声が響く。
アレシアとキアラの屋台で、私も一緒に売り子をしていた。販売している様子が見たかったので。ベリアルもいるけれど、全く興味はなさそうだ。
「やっぱり薬が売れるのね」
「普通の傷薬は安いし、需要がありますから。ポーションは初めてだと、不安になる人もいて。たまに粗悪品があるんです!」
「それじゃあ心配になるわね。まあ、そのうち売れるようになるかしら」
開店してからまず売れたのは、傷薬だった。それから毒消し、ポーションはまだ一本ずつと言ったところ。一時間ほどだし、他にも露店が並んでいるので競争があるんだろうな。
魔法薬の他に並んでいるのは、アレシア手作りの可愛いアクセサリーや雑貨。先程子供がお母さんにねだって、髪留めを買って行った。
周りのお店を見回してみる。雑貨やお菓子、薬にポーション、武器を扱っているお店もある。露店だけでも色々なものが手に入りそう。魔法付与ありと書いたアミュレットも売っている。後で見てみたいな。
「おお、嬢ちゃん達! 頑張ってるね!」
見た事のある中年の男性だ。確か、クレマン・ビナールと名乗った商人。
「ビナール様、わざわざ足をお運び頂き、感謝いたします」
「…イリヤさん、やっぱり固いね! もっと気楽に気楽に!」
彼はニコニコと笑いながら、露店に並ぶ商品を一通り眺める。
「どうですか! お姉ちゃんのアクセサリー、とっても可愛いよ!」
キアラが無邪気に商品を勧めた。この場合は薬系の方が良いのではと思うけれど、可愛らしいなあ。
ビナールは困ったように笑うだけだった。
「ポーションはやっぱり初級だけ?」
「材料がまだ入手できておりませんので。初級とマナポーションのみとなっております」
「お、マナポーション五本貰おうかな。あと、中級以上ができたらウチの店にも納入してくれないか?」
ビナールの申し出は嬉しいが、アレシア達と最初に約束しているからなあ。
彼女と目が合うと、気にしないでいいというように首を振った。
「露店であんまり高いポーションを売るのは、危険なんですよ。中級は少しは売りたいけど、上級は護衛のいるお店で販売した方がいいんです」
「そうだな、粗暴な冒険者もいるから。最近は冒険者の数が増えて、稼げない人も出てるって話だ。君達も気をつけろよ」
お買い上げのマナポーションを渡し、キアラが代金を受け取った。
言われてみれば、ボロボロの鎧を付けてる人や、筋肉質の大きな体で、我が物顔で歩いているような男性も見受けられた。この街には常駐の守備隊がいるので治安は良い方らしいけど、全てのトラブルを防げるわけではないものね。自分で気をつけていかないと。
「それはともかく」
ビナールは胸元からペンダントを取り出し、私に見せてきた。
「魔法薬の腕がいいから聞いてみるんだけど、魔法付与とかも解るかい? これ、仕入れ先から試供品だってもらったんだが、どう思うか誰かに聞きたかったんだよ。後で知り合いの工房に、行ってみようとも思ってるんだけど」
革ひもに飾られたのは、天然石でオレンジ色のアベンチュリン。確かに漏れてくる魔力から、魔法付与されているアイテムだとわかる。
しかしそれを受け取った瞬間、違和感を感じた。
僅かだけど魔力を吸い取っている。
「これは……最近ですか、入手されたのは」
「ん? ああ、何日か前だけど……」
「何か変わった事はございませんか? 対人トラブルが増えたような……」
「……確かに、急に増えたと思う……が……」
明らかな動揺。間違いない、と思う。原因はこのペンダントだ。
「どうしたんですか、イリヤさん。何か問題が……?」
アレシアが不安そうにしている。
「これは人との諍いを招く呪術が掛けられています。あまり出来のいいものではありませんが、模様からも間違いないでしょう。そして僅かに人の魔力を吸い取っています。この効果を付ける理由は主に三つ。一つ目は効果を高める為、二つ目は効果の持続性を高める為、三つ目は作った人間に技量がなく、外から魔力を供給することで威力を発揮する為です。」
ビナールは真剣に頷いている。
「では、これは……」
「三つ目の理由だと思います。このような稚拙なアイテムですからね。石も粗悪なものなので、廃棄することをお勧めいたします。もちろん、浄化することも可能ですが……」
「……信じよう。廃棄してくれるか」
まだ会ったのが二回目だ。正直なところ、アイテムに呪術が掛けられてる、廃棄しろと言って信じてもらえるとは思わなかった。私は頷いて、ペンダントの呪術を封じようと思ったところで。
「面白そうではないか。要らぬのなら我が頂こう」
ひょい、とベリアルがペンダントを手に取った。目の前に掲げて、籠められた魔力を見る。
「なるほど稚拙であるな。これでは呪術が聞いてあきれる」
「ちょ、持たないで下さい! 早く返し……」
全く聞く耳を持たず、アベンチュリンの部分を右手で握る。すると指の間から魔力が濃い赤い色を帯びて溢れ、煙のように消えていく。彼が手を開いた時には、オレンジだったアベンチュリンに怪しい赤い光が宿り、不穏な魔力に覆われていた。
「うわああ……!! これは立派な呪いのアイテムですよ! 世に出さないで下さいよね、持っているだけで死に至ります……」
「……えええ!?」
こんな石でここまで完成させるのは素直にスゴイと思うけど。魔力を込めつつ、呪いを込めつつ、石の強度を上げて最初の呪術を塗り替えるなんてすごいけど。
迷惑でしかない!
「ふむ、なかなか良い出来になったわ。人間になぞ下げ渡さんから安心せい」
出来上がりにご満悦のベリアル。周りの反応は一切無視だ。
「……ん? イリヤさん……この方は、一体……?」
ビナールがギギギッと首を動かして、私に顔を向けた。説明して、というより助けて、という視線に感じる。教えるしかないか……。秘密でもないしね。
「実は、彼は私が契約している悪魔でして、呪いに関してはある意味スペシャリストなんです……。そもそも呪いは悪魔が使う技法でして、人間は魔族から示教されていますから……」
「そう……ですか、ではそれは差し上げます! 差し上げますから!」
大事なことだから二回言った。私でもこれを返されたらたまらない。浄化はかなり困難だ……。
それにしても怯えさせてしまった。いいお客さん兼商売相手になりそうなのに。何か……挽回を!
「あ、アレシア、後でお金を払うから、このペンダントいいかな?」
「……はい、どうぞ!」
「お買いあげ、ありがとうございまーす!」
何とか気を取り直したアレシアと、実はあんまり解ってなかったんじゃないかなというキアラが元気に答える。
「では……。大いなる精霊、石に宿りし生命よ。我が声にこたえ、顕現せよ…」
私は長方体に似た、少し歪な形の水晶を手に取った。これも皮ひもに通してあって、動かないように結んである。
詠唱しながら魔力を流し込めば、水晶は淡く銀に輝いた。魔力で文字を浮かび上がらせ、特定の効果を持たせていく。これが魔法付与だ。石が最も付与しやすく、武器や防具などにも付与できる。
映し出された文字が水晶の奥に刻み込まれ、透明さを取り戻せば付与が終了。
「驚かせて申し訳ありません、これは敵からの攻撃魔法軽減の効果を持たせました。数年ほど効果は続きます。」
そっとビナールに差し出すと、相手は石と私を見比べた。
「……これを、俺に?しかしさっき相談して、廃棄してくれって言ったのは俺だから、気にする必要はないぞ?」
「こちらこそご迷惑をお掛けしましたので。お近づきの印だとでも思って頂ければ…」
「なら有り難く頂戴しようか。ありがとうよ、イリヤさん。またよろしくな」
「はい、こちらこそ」
そんなこんなで露店の一日は過ぎて行く。
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