第11話 露店の後で(クレマン・ビナール視点)

「……クレマンじゃないか。屋台を見てきたのか?」

 目的を果たして帰ろうとする背中に、声が掛けられる。武器・防具職人であるドワーフのティモだ。ドワーフは鍛冶が得意な種族として有名だ。彼は昔からの友人であり、仕事仲間。そして尊敬すべき、鍛冶のマイスター称号を得た職人でもある。


 先日少し言い争いになってしまったからか、気まずそうにしている。

「ああティモ。この前、上級ポーションを俺が探してたって、覚えてるか?」

「覚えてるとも。手に入らんって走り回ってたろう」

 ドワーフ特有のがっしりした肉体に低身長の彼は、短い脚でとことこと近づいてくる。


「アレをな、手に入れられたんだよ。作ったのはまだ二十歳過ぎくらいの若い女だ。イリヤって言うんだが、今も彼女に会って来た」

「まさか! 上級をそんな若い娘っ子が!? ……実は作ったのは親だった、とかじゃねえか?担がれてるよ、そりゃ」

 当然の反応だろう。まあ実際に手に入るなら、本人が作ろうが他人が作ろうが、効果さえ確かなら関係ないが。

「エグドアルムの研究所に勤めてたって事だから、本当っぽい気もするが……」

「俺はむしろ騙されてると思うぜ。あんなばかっ遠い魔法大国の名前をわざわざ出すなんざ、詐欺の手段じゃねえのか」

「……それで、この前の石だよ」

 石という単語に、ティモは苦い表情をした。


 魔法付与された件のオレンジの石が、ケンカの原因だったのだ。

 あの時俺は、この石を貰ったのだとティモにも見せた。彼は率直に良くない感じがするから手放せと言ってきた。いつもこの男の率直で飾りも偽りもない言葉を快く思っていたのに、その時は何故だかとても不快に感じて。そして、魔法も使えないやつに何が解る、せっかくくれたものにケチをつけるのかと、苛立ってケンカ腰になってしまった。

 他にもこの石を手に入れてから、些細な事が気に障ったり、言いがかりのような文句を言われたりという事があった。イリヤから不和の呪法が掛けられていると告げられた時、胸につかえていた焦燥感がストンと落ちて、そういうことだったのかと理解できたほどだ。だから素直に信じられたのだ。


「……あの石の話は平行線になるぞ」

「そうじゃない、アレをその娘にも見せたんだ。すぐに顔色を変えて、対人トラブルはないか、諍いを呼ぶ呪法が掛けられていると言われた」

「……一目見てか? 確かにあの時のは、お互いおかしかったと思うが、だからっつってもよ……」

 そんなにすぐに見破れるものでもない。確かに自分でも、誰かが言えばそう答える。ティモは半信半疑で首を捻っている。


「それだけじゃない。廃棄してくれと頼んだら、その隣にいた男がひょいっと取って、稚拙だとか呟いてその呪法のかけられた石を握ったんだよ。そしたら赤い煙が指から出て、開いた時には背筋が凍るような寒気がスッと走ってさ。石もなんだか余計不吉な、だが美しくて魅入るような……、とにかくヤバイ感じになったんだ。イリヤは人を死に追いやる呪いの道具になったって焦ってたさ」


 あまりにも衝撃的な出来事だったから、うまく説明できている気がしない。あの場面を見ていなければ、想像がつきにくいだろう。なんせそんな凶悪な呪いを付与できる人間などそうそう居ないし、出来たとしても、結界を張った締め切った部屋で何重にも呪術をかけて行い、場合によっては生贄まで捧げるという。握ったら死の呪いですよ~なんて、子供の遊びかと突っ込みたくなる。

「……まあ、お前がウソをつくとは思わねえけどさ……」

 眉根を寄せるティモに、まあなと笑った。


「その男は、イリヤが契約している悪魔だと言うんだ。まるで人間にしか見えんのに……」

「……本当でも嘘でも、とんでもない女だな。そりゃ……」

「全く、とんでもない。しかし品質のいい魔法薬を作る。俺が信じるのは、人間よりも作られた商品だ。妥協しない、いいものを作るヤツは信じられる人間だ、ってな」

「まあお前らしいぜ」


 顔を見合わせお互い笑って、しばらく沈黙が訪れる。

 暮れ始めた街に光が灯り、露天商はバタバタと片づけを始め、隣に挨拶をして去って行く、いつもの風景。

 依頼から帰ってきた冒険者や、着いたばかりの商人が宿を探したり、店で食事を注文したりしている。


「……あの石は、良く仕入れる職人からもらったんだ。どっからこの石を持ってきたと聞いたら、見知らぬ商人から買い取った材料のおまけでもらって、俺と誼を通じたいから一つ渡してほしいって言われたそうだ。多分商売上のナンカだろうがな……」

「…難儀なこったな。」

「…まあ、お前も気を付けろよ。依頼人を叱り飛ばすんだ、トラブルは俺より多いだろ。」

「ほっとけや。ろくに腕もねえ、武器がお飾りにしかならねえような奴に、俺の作品は渡せねえんだよ」

 やっぱり、こいつのプライドは何より信頼できる。本当に何故、あの時あんなことを言ったのか。気付かない内に心を侵食する、アレが呪法の力なのか。だとすれば信用や繋がりが大事な商人にとって、かなりの脅威になる。


 はあ、とため息が出た。思わず胸に手を当てたところで、不意に布越しに当たる固い感触があった。

 服の下から貰ったばかりの、水晶が皮ひもに通されているペンダントを取り出して揺らして見せる。

「ああこれ、そのイリヤがお詫びとお近づきの印ってくれたんだ。攻撃魔法軽減の魔法が付与されてるらしい。いいだろ?」

「ああ!? そんなすげえもん、くれんのか?やっぱり騙されてるだろ!」


 うーん、ティモはティモだ。

 しかし今度はこの前の石との時と違い、ティモのやつまで欲しがり出した。俺は姉妹の露店の場所を教え、魔法アイテム職人だと言うイリヤと、一度見ただけのベリアルという悪魔についてヤツに話してやった。

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