第12話 エグドアルム王国side(1)

 私の名前はエクヴァル・クロアス・カールスロア。

 エグドアルム王国のカールスロア侯爵家の三男だ。剣を得意とし、召喚魔術も少々扱うけれど、魔法はあまり得意ではない。魔法大国の貴族の血に連なる身ならば魔法を学ぶことは義務のようなものではあるが、無理にやれと強制されれば、やりたくないものだろう。


 最近我が国では、「ちょっとそこの宮廷魔導師ども、まとめてツラかせや」と言いたくなるような、とんでもない不祥事が起きた。

 シーサーペント討伐の王命が下り、騎士団と協力した宮廷魔導師達により、それは三日ほど前に速やかに実行された。

 しかし実は海龍で、若い女性の宮廷魔導師見習いが犠牲になっちゃいました!


 ……という、信じられない事態になった。緊急だからとはいえ、碌な調査もしないからこのような事になる! そもそも海での脅威に対して下調べが不十分だなどと、それだけで許されない。

 むしろ一人の犠牲で済んだことが奇跡としか言いようがない。船に攻撃が当たったり、当たらなくとも転覆してしまえば、最悪飛行できない者は全員帰ることができなかったろう。


 女性の捜索は海龍の調査と並行して続いているが、どちらもまだ見つかっていない。

 女性が見つかり、海龍が消えてくれるのが最も好ましい結果だが……

 飛行魔法が使える者が、三日たっても発見されない事を考えると、女性に関しては絶望的だろう。


 王宮の討伐隊は、基本的に第二騎士団から派遣されている。

 第二騎士団は独自の訓練場を持ち、様々なタイプの対魔物戦闘の訓練を課せられる。現在は交戦中の国はなく、あってもせいぜい国境での小競り合い程度なので、ほぼ討伐専門の第二騎士団が、騎士団の中でも最もケガの多い部署なのだ。

 私は何気なく訓練場の近くへと足を向けた。

 いつもは複数の掛け声とともに集団で巨体の魔物を倒す訓練や、騎士団所属の魔導師との共闘訓練などが行われていたのだが、今日は数人が座って力なく話をしていた。ちなみに半数はまだ捜索に出掛けている。


「……すみれの君、やっぱりもう……」

「……かなりやばい龍だったらしいな。皆が生きて帰れたんだ、イリヤ様も喜んでるよ……」

“すみれの君”とは、亡くなったと思われる女性の事らしい。そう、イリヤと言ったんだった。よほど第二騎士団の連中に好かれているようだね。

「さっき伝令が来たよ。……すみれの君は見つからず、セビリノ殿はまだ放心状態らしいな。」

「……ああ、セビリノ様はイリヤ様と残ると仰ったらしいんだが、船の避難を手伝うように言われてしまったらしい。やはり自分も残るべきだったと、かなり後悔をされていた……」

「やるせないな……。すみれの君は死を覚悟していたようだって話だしな」


 ……残る? 船の避難? 死を……覚悟?

 聞こえてくる会話に、違和感を覚えた。

 私が聞いた話では、思いがけず海龍に遭遇し、見習いだった女性は恐れで動けなくなり、逃げ遅れて亡くなったという事になっている。国王陛下にもそう報告されていたはずだ。

 更なる会話を使い魔を差し向けて注意深く探りながら、私は耳を疑った。


「すみれの君が一旦は完全に龍の攻撃を防いで、傷までつけたんだ。善戦されたよ。しかしあの巨体の尻尾がどこから飛んでくるかなんて、解らないさ。防御のしようがない。セビリノ殿が居ても……悪いが、犠牲者が増えただけだろう」

「……てか龍の攻撃、防いでたんだ」

「船に乗ってたヤツの話だと、完全に死ぬと思ったって言ってたな。攻撃と大波、両方完全に防いでくれて、何とか逃げられたらしい。」

 一人で龍の攻撃を完全に防いだのか……!? 魔法の腕が確かだとは聞いていたが、そんなとびぬけた才能の持ち主とは聞いてないぞ!


「……今までも、すみれの君が居てくれたからって所はあるよな。これからの討伐、どうなるんだ……?」

「あの方が居ない時も何とかなっていたんだから、どうにかなるとは思うんだが……。緊急事態に対応できなくなりそうだ」

「少なくとも、エリクサーは今ある限り……かもな」

「ああ、第二騎士団にはほとんど降ろされないからな。すみれの君お手製……」

「やめろ、無意味に飲みたくなる」

 手料理じゃないぞ、と突っ込みたくなったが、それどころの話ではない。

 話が報告されているものと全然違う!!


 イリヤという女性は討伐の際、後方支援として参加することが多く、今回が初の実戦投入だった。

 女性らしい心遣いで、騎士団と宮廷魔導師側の橋渡しにもなっている……

 という、どちらかというと戦闘には関わらない、支援型魔術師であるように伝えられている。

 

 これまでの会話から察するに、実際は何度も討伐に積極参加させられ、指揮まで執っていた可能性がある。そしてエリクサーを提供……エリクサーを。

 エリクサーは、宮廷魔導師になる為に提出しなければいけない課題の一つ。最上級の回復アイテムだ。最近はコネ貴族どもが課題も試験も免除されて形骸化されていると言われているが……

 実の所、宮廷魔導師でも作れなかったり、作れるとしても成功率が極端に低かったりして、数が確保できていないのだ。それを、見習いが騎士団に提供していた……!? しかもたまたま成功した物を渡したというより、足りなくなれば補填していたのではないか…?

 そんな有望な女性を、むざむざ死地に追いやったと言うのか!?? 


 くだらない言い逃れだらけの宮廷魔導師長の顔を思い出し、胸がムカムカする。

 あんのジジイ、権力で報告させないように押さえつけてやがったな……! そんな危険な討伐を調査もろくにせず、見習いのしかも女性に押し付けていたなんてなれば、非難は免れないからな。

 魔導師達は表立って逆らうことは出来ない。それに王立魔法研究所も実験部も養成施設も、魔法関係は全て宮廷魔導師の直下になっている。機嫌を損ねると騎士団の連中にポーションが卸されなくなってしまう。だからこそ皆が口をつぐむしかなかったんだろう。

 常々害悪だと思っていたが、それ以上の公害だ。公爵だろうが知ったこっちゃないぞ、待っていろ! その座から蹴り落としてやる……!!!


 私は更なる調査の許可を求める為、今聞いた話を主に洗いざらいぶちまけに行く事にした。 

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