第13話 魔法付与

 ポーションや傷薬は、日を追うごとに売れ行きが良くなっている。

 私は採取に出掛けたり、たまにお店でどうしても足りない材料を買って、魔法薬の精製に勤しんでいた。

 それだけではない。この前の魔法付与を見たアレシアから、自分の作ったアクセサリーに、私が魔法を付与してはどうかと持ち掛けられた。願ってもない申し出に、勿論二つ返事で了承した。


 天然石を使った十個のアクセサリーを借りてきて、宿の部屋で魔法付与をしている。

 魔法の効果を高めるもの、敵からの魔法を軽減するもの、身体能力を上げるもの、思考をスムーズにするもの。一つ一つ丁寧に魔法を込めて完成させていく。一般にアミュレットと呼ばれる品だ。このアミュレットの上位版が、タリスマンになる。


 最後の一つは翡翠。私はそれに、回復魔法を仕込むことにした。魔法自体を付与するには、石が許容量を超えて壊れないよう、通常の付与よりも注意する必要がある。しっかりと浄化して、石の強度を上げる為の魔力を注ぎ込んでから、魔法を入れるのだ。紙に書いた魔法円の上に石を置き、これまで以上の石に意識を向ける。


「柔らかき風、回りて集え。陽だまりに揺蕩たゆたう精霊、その歌声を届け給え。傷ついた者に、再び立ち上がる力を。枯れゆく花に彩よ戻れ……」


 初歩の回復魔法だ。石を握り、弱い魔力を通してウィンドヒールと唱えるだけで発動される。石の魔力許容量から、三回分にしておいた。彼女が使っている石は魔法を付与するには品質はそこまで良くないが、弱い魔法ならばなんとでもなる。

「よーし、全部できた! 自分で付与したものを使ってもらうって嬉しいな。第二騎士団の人達にしか、渡した事ないのよね」


 椅子から立って、思いっきり伸びをして体を反らした。

 剣にあしらえられた宝石に炎魔法を付与したり、鎧に魔法軽減を付けたり、戦いに関する比較的高度な事ばかりやってた気がする。ちなみに剣は威力が強すぎるとダメ出しを食らった。つい頑張りすぎた。


 出来上がったアクセサリーを持って、アレシアとキアラの露店に向かう。新商品がある事だし、せっかくだから私も一緒に居て説明をしたい。食べたい物は自分で買い物して来てと伝えると、ベリアルも付いてきた。

 露店では既に販売を開始していて、お客さんが商品を見てくれている。どうやら何か買ってくれたようで、お金をやり取りしている姿が見えた。

「ありがとうございました! あ、お姉ちゃん、イリヤお姉ちゃんだよ!」


 接客していたキアラが私に気付いて手を振る。

 アレシアも嬉しそうにこちらを見た。

「イリヤさん! おかげさまで最近は売り上げがどんどん上がってますよー!」

「それは嬉しいわね。それで、はいコレ。ここに並べていいかしら?」

 早速十個のアクセサリーを出すと、空いている場所に並べた。そして効果を書いた札を紐でくくりつける。


「あ、イリヤ! 何か新商品ある?」

 並べ終わるのを待っていたかのようなタイミングでやってきたのは、冒険者パーティー「イサシムの大樹」のメンバーで治癒師の女性、三つ編みのレーニだ。あれから露店で数回顔を合わせたので、少し距離が近づいた気がする。

「……この前のポーション、良かったわ。マナポーションも助かったし」

 ちょっとぶっきらぼうに話すのは、魔法使いの女性エスメ。

「イリヤさんのポーション、殆ど中級かってくらい効果ありますよ!」

「毒消しも効果が早いッスね~!」


 リーダーで剣士のレオンと、軽い感じの弓使いラウレスが続け様に話しかけてきた。重装剣士ルーロフさんは黙って目礼してくれる。メンバーの中で一番無口な人だ。私も軽くお辞儀をして、意気込み新たに新商品の説明を始めた。

「有難うございます、こちらの魔法付与をしたネックレスを新しく作成いたしました」

「魔法付与!?」

 一番食いついたのは、魔法使いのエスメだ。いいよね、魔法付与!って言いたくなる。


「はい、アレシアが作ったネックレスに、私が付与いたしました。効果は……」

 一つずつ説明して、最後に翡翠に向かって指を揃えて指し示す。

「こちらは回復魔法を付与してあります。使用回数は三回です」

「え、何それ。露店で売るレベルじゃないんですけど……!?」

 エスメはまじまじと翡翠を見て、手に取ってもいいかと聞いてくる。了承すると、宝物でも持つように両手で大切に包んでくれた。他のメンバーも、その石に顔を寄せている。


「まじ……そんなスゴイの?」

「リーダー買おうぜ! 俺って弓だし少し離れてたりすると、回復届かない時あるんだよ!」

「ばっか、高いに決まってるでしょ!」

 レーニが興味を持った二人を、慌てて止めに入る。

「……そういえば、値段を考えてませんでした。効果だけ書いて、相場が解らないんですよねえ」


「魔法付与されると、効果によってはゼロが一つとか平気で増えますよね。魔法自体を封じ込めてある場合って、どうなるんですか?」

 アレシアにも解らないようだ。ていうかゼロ増えるの? 高すぎない!?

 とりあえず値段はアレシアに任せることにしてしまった。 

 回復魔法を付与したネックレスは、お試し価格として他の魔法付与アミュレットより少し高いくらいの設定で、欲しがっていたラウレスに無事ご購入頂いた。


 使い方を教えている間、他のメンバーがポーション類や、私やアレシアが作った薬類を買ってくれている。本当に上客だ……!

 素材の採取場所について情報が欲しかった所なので、いい人達だし、思い切って質問していることにしよう。

「ところで、差し支えなければお聞きしたい事があるのですが……」

「ハイハイ何でも~! この後の予定は夕食です!」

 弓使い君はご機嫌すぎて意味が解らない。とりあえず話を進めようと思う。


「いえ、もっと様々な種類の薬草が欲しいのです。以前エルフの森と言うものがあると耳にしたのですが、もし情報をお持ちでしたら、お聞かせ願いたいと思うのですが……」

「エルフの森……」

 5人は声を低くした。


「あそこは確かに上級ポーションの材料も揃うって噂ですけど、それ以上に危険がありますよ。冒険者を雇った方がいいですね。僕らよりも上のランクの……」

 リーダーレオンの真面目な顔、初めて見た気がする。そんなに危険があるんだろうか。

「盗賊も出るのよ。都市国家バレンに属してるんだけど、あそこは幾つもの都市がそれぞれにまとまってて、一応全部で国って事にしてるけど、連携とか良くないのよね。都市が種族ごとだったりするのもあってね。隙間をぬって盗賊が暗躍してる感じ」


「森にもここより強い魔物が出るわ。森を抜けた先……川の反対側に、ドルゴって人間中心の大きな町があるのよ。そこで慣れた冒険者を雇うのも手よ」

 レーニとエスメが詳しく説明をくしてくれる。討伐依頼をこなしたり、その為の情報収集を欠かさない冒険者という職業だから、危険には敏感なんだろう。

「御心配頂き、有難うございます。危険だと感じましたら護衛を雇いますし、私にはこのベリアル殿も……」


 振り向くと彼はいなかった。

 えええ! 紹介しようとした私、バカみたい……!

「ベリアルさん、退屈して行っちゃったよ」

 困ったようにするキアラ。とりあえず話題を転換しよう。

「えと……そうですね、そのドルゴという街については何かご存知ですか?」

 ぷっと笑うのはエスメだ。気にしない……!


「ん~……、そうだ! すごい職人さんが居るんですよ! ラジスラフ魔法工房って名前で、上級ポーションを他国にまで卸してるんです。そのラジスラフって親方は、ハイポーションも作れるらしいですよ」

「それは是非伺いたいです!」

 今まではセビリノ殿と一緒に魔法関係の研究をしたり、新たな理論について話をしたりしてたけど、そういう相手もいなくなったからなあ……! ああ……魔法談義……したい!

「でも偏屈な人って噂だぜ? 初対面じゃあ、会わせてもらえないんじゃね?」

 確かに、そういう人なら忙しそうだし、お弟子さんも沢山いそうね……。ラウレスのいう事も尤もだわ。



「おや? やっとDランクになった、イサシムの田舎者連中じゃねえか。こんな子供の露店で買い物かよ」

 背が高くて筋肉質な、三人の男が後ろから揶揄してくる。革の全身鎧を着込んでいて、三十代から四十前半くらいに見える。

「……お前らだってDランクだろ、“パワーファイター”」


 レオンは睨みつけるが、相手は三人とも自分よりも一回りも大きな男だ。皆が警戒しているのが解る。私は不安げなアレシアとキアラを後ろに下がらせ、成り行きを見守った。

「レーニにエスメ、こんな奴らよりCランク間近の俺たちとパーティーを組んだ方が得だぜ!?」

「嫌に決まってるでしょ、万年Dランクなんて!」

「この女ァ……!」 

 エスメ、煽ってない!??


 男の一人がエスメに向かおうとするのを、レオンが押し返そうとする。しかし力の差が大きすぎて、すぐに振り払われてしまった。

「邪魔すんじゃねえ、ヘタレども!」

 二人を庇おうとしたルーロフが、突然腹部に前蹴りを入れられて倒れた。この中で一番力がありそうだから先に攻撃したんだろう。もう一人、弓使いのラウレスが接近戦で敵うわけがない。お前もやるのか、とばかりに一人がラウレスの前に立ちはだかっている。


「ちょっと、離して!」

 魔法使いのエスメの、細い腕を頑強な男が捻りあげた。体格差のある男性が力任せに引っ張るのだ、エスメの顏が痛みに歪んだ。

「止めなさい、みっともない!!」

 思わず叫んで飛び出してしまったけど、私も魔法以外何もできなかった……!

 エスメを掴んでいる男が、私の方に向けてもう片腕を水平に振った。顏に当たりそうになるのをなんとか腕で防いだが、勢いで後ろにすっ飛ばされる。

「イリヤさんっ……!」

 アレシアとレーニの心配そうな声が聞こえた。

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