第14話 乱闘

 腕に当たった相手の手甲が固くて痛い。


 勢いですっ飛ばされた私だったが、地面に倒れる前に何かに支えられて止まった。

「大丈夫か? 君は魔法使いでは? ……なぜ飛び出したんだ。」

 街の守備隊長、金茶の髪のジークハルトだ。

「……お助け頂き有難うございます。しかし飛び出したのに、何故と言われても、思わずとしか申し上げられません。」

 緑の瞳が優しく揺れた。そして乱暴を働く男達を睨みつけ、剣の柄に手をかける。

「またお前達か! いい加減にしないか! これ以上は、私が相手をする!」

 常習犯ですか……。

 男たちは迷わず剣を抜き、ジークハルトに斬りかかった。


「うるせえ!! ぼっちゃんが、いい気になるなよ!」

 厚みのある重そうな剣を振りかぶるが、振り下ろした時にはジークハルトはいない。

 ほんのすぐ脇にそれ、剣の柄頭で脇腹を打った。

「っ……!」

 革の鎧ごしでも痛かったらしく、小さな呻きが漏れる。男が打たれた部分を押さえて前屈みになるのを避け、前に出たジークハルトに二人目が槍を向ける。

 二人目が躱されるともう一人の男が斬りかかり、移動しながら何度か剣戟けんげきの音が響いて、最初に打たれた男も再び攻撃に加わった。


 5人のメンバーは自分以上に実力のある者たちの戦いを眺め、発端であっただけにどうしたらいいのか迷っているようだ。レーニは腕を痛めたエスメを心配し、寄り添うように傍にいる。

 アレシア、キアラの姉妹は祈るように見つめていた。

 気が付くと男の内の一人が、少し離れた所に移動している。最初に戦いに加わっただけで後ろに下がったと思ったら、魔法剣士だったようだ。のろのろとした詠唱が聞こえてきている。


「左手は風、右手は種なるもの……」

 フレイムソードですか、はいはい。

 これで実戦で使っているんだろうかと疑問になるほど、魔法の練りが甘いし速度も遅い。なかなか魔力が収縮されて行かないのだ。


「炎よ我が腕に宿れ……」

 ジークハルトも気が付いているようだが、さすがに剛腕の二人、剣と槍を相手にしながらではどうしようもないらしい。斬り捨てていいのなら簡単なのだろうが、一般人の、しかも若い女の子の前という事で気が引けるのかも知れない。

 しかも周囲に被害が及ばないよう、注意しながらなのだ。早く他の守備兵が現れて欲しいものだ。

 私も詠唱を始めた。


「日のある所に影は存在する。影なるものは、我と一つにて二つなり。立ち上がりてかたどれ、時は其をとどめおかんとす。イリュージョン・シャドー」


 一つの詠唱を素早く終えると、歩きながら二つ目の詠唱を開始。

「真理は不変、森羅万象より大いなる威をもって求める……」

 ようやく男が詠唱を終えたようだ。

「くらえ! フレームソード!!」


「……イリヤ、何を……っ!?」

 何もせず目の前に来たように見えたろう。相手の槍を叩き折ったジークハルトが、魔法を唱えた男と自身との間に私が居るのを確認し、驚愕している。炎は私を貫き、燃えあがらせた。

「きゃああ!! イリヤっ!」

 これはエスメの悲鳴ね。魔法使いなのに気付かないなんて、まだまだね。男性のメンバー達は言葉が出ない、という風に見えた。

 魔法を唱えた男は、図体のわりに気が小さいのか、手が震えているように見える。衆人監視な上、守備隊長の前だからかしら。それにしてもあんなに離れてフレイムソードなんて、臆病過ぎる。第二騎士団の皆は、剣にフレイムソードを纏わせて、敵を貫いてから魔力を放出していた。

「こ、この女が邪魔しやがったんだ! 俺は知らねえからな!」


「こんな遊びのような炎では、知らないとしか言いようがないですね」

 私が言葉を発すると、フレイムソードを食らったと思われた姿は消えた。同時に炎も掻き消え、魔法はキャンセルされたように見えたろう。

 振り向いた男の目が、赤い炎を捉える。私の右手の上で、フレームソードとして発動されたはずの焔が揺れていた。

「イリュージョン・シャドーです。気付きませんでした?貴方が攻撃したのは、幻影ですよ。そして……この種火のような火は貴方のもの。マナドレインで、魔法を吸収させて頂きました」

 信じられない、という風だ。ジークハルトも息を呑んでいる。


 マナドレインとは普通、魔力自体を吸い取るものだ。魔法が発動されてからでは、魔法として変換された魔力を再び単なる魔力の状態に還元してから吸い取る事になる。とても効率が悪いので、よほど力量差があるか、得意な属性で自信がある場合しかやらないだろう。

 今回の場合は相手が遅すぎて充分還元させる時間があった上、それでもまだ詠唱が終わらないのでうまく魔法として炎にならなかった分も集めて吸収した。そしてそれを私の手で、再び炎の形に戻したのだ。

 解る人が見れば、何を無駄なことしてるの?と、言われると思う。吸収した方が周りが巻き込まれる心配もないかな、と思ってやってみたわけだけど。

 そもそもマナドレイン自体、制御が難しくて使い勝手が悪いと人気のない魔法なので、魔力が余っているのにわざわざ使う者もそうはいないだろう。


「炎というのはこういうものです」

 私は更に魔力を流し込み、数倍にも炎を膨れ上がらせた。それは天に向かい、幻のように消えていく。

「ま、魔力量が……すごいんだけど……」

 エスメが呟いた。

 他の露店の人や、通行人が見守っていたはずだけど、しんと静まり返っている。 


「う……うるさいバケモノめ……!」

 何を錯乱したのか、魔法が通じなかった男は剣を持って私に向かって来た。ジークハルトは止めようとしてくれたようだが、気付くのに一瞬遅れ、動き出したがすでに遅い。

「……我の仕事であるな」

 スッと、私の横を赤い髪をした影のような存在がすり抜ける。

 ニヤリと笑う表情は、さすがに悪魔だ。

 斬り下ろす剣に素手をかざすだけで、触れることなく手前で動かなくなる。

「な、な、な……」


「さて、懺悔の時間だ」

 そう言ってパチンと指を鳴らすと、二人を取り囲むように円柱状に何メートルにもなる火の壁が出来上がった。

「おいテオ……!?」

 ジークハルトと戦っていた、男の内の一人が手を伸ばそうとする。

 荒らくれ者でも、仲間は心配らしい。


 …………


 あ! もしかして壁を作ったのって、中でヤバいことをする、隠ぺいじゃないかな!? 惨殺死体ができあがらないかな……!??

 しまったと思い、私は炎の壁に向かって歩いた。

「何してんだ!? 危ないぞ、イリヤさん……!」

 いつもはお茶らけたラウレスが心配してくれる。

 しかしこれは私が契約している悪魔、ベリアルの魔法なのだ。私を守る条項があるので、私に害を与えることはない。

 その証拠に、入口を作って招き入れるように、スッと火が引いてくれる。


「べリアル殿、この程度で宜しいのでは?」

 目にしたのは、片手で首を持って筋骨隆々の男を軽々と持ち上げる姿だった。

 テオと呼ばれた男は苦しそうに助けを求め、涙まで流していた。

「我の契約者に狼藉を働くなど、許されぬ」

 赤い瞳が冷酷なまでに昏い輝きを放っている。

「……それに、久々の供物なのだよ」

 あ、だめだコレ。楽しそう。なぶり殺しルートに突入している。私まで共犯にされそうなんだけど……


 彼との契約には私の許可なく他者を殺害しないという条項があるが、第一の条項、私の生命・生活を守るという内容が優先される。極端に言えば、私に対して小石でも投げれば敵対行為と見做され、私の同意などなくとも彼が殺してもいい事になってしまうのだ。

 なぜ私が助命嘆願しなければならないのかとも思うが、放っておくわけにもいかない。

「私は無事です。矛を収めてください。騒ぎを大きくされるのも困ります」

「……つまらんな。ではイリヤ。そなたが我の炎を鎮められれば、終わりとしよう」

「二言はありませんね?」

「勿論である」


 念押しをして、私は炎の目の前に立った。

「そなたが触れようとすれば隙間程度はできるが、すぐに修復されようぞ?」

 挑戦するような笑み。

 ベリアル閣下謹製の業火が簡単に消えるはずがないなんて、私が一番わかっている。


 けれどそれは、魔法では、という話である。

 ベリアルに貰った、彼の魔力のこめられたルビーを右手で握り、左手に契約の羊皮紙を出現させた。

「……! おい待たぬか、それは卑怯ではないかね!?」

 さすがにすぐに気付いたらしい。

 持ち上げていた重たそうな男から手が離れると、ドスンと音を立ててテオを呼ばれた男は地面に落ちる。そしてそのまま動けずに、震えながら座り込んだ。


「我イリヤと、炎の王たるべリアルの名の許に締結された契約よ、効果を示せ! 契約における第一条項により、彼の者の力、我にあだなすに能わず! 炎よ我が眼前より、速やかに消え去れ!」

 紅蓮に足を踏み入れれば、全てがたちどころに消えて、周りの景色が戻ってくる。

 ふ……腕を上げたわねイリヤ! 大成功だわ!

 喜ぶ私と正反対に、ベリアルはとても悔しそうにしている。

「くうう……小娘め! 小賢しくなりおって……! そもそも我が助けたと言うに、何故我の邪魔をするのだ!」



 それにしても、これからこの状況を説明しなきゃならないのか……。

 気が重い。

 ジークハルトの尋問は嫌だし、イサシムの五人は私を魔法アイテム職人だと思ってたんだろうしなあ……。

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