第43話 エリクサーとソーマ


  今日はついに、この宿を出る日だ。

 アレシアとキアラはずっとこの宿で寝泊まりしているので、いつでも会えていた。ちょっと寂しくなるな。

 フロントで女将さんに挨拶していると、私達が退出した部屋の掃除に入った従業員のおばさんが、慌ててこちらに走って来た。

「あの、その!! 男の人の部屋……! ど、どうしましょう!??」

 かなり動転している様子で、何事かと皆で二階の奥にあるベリアルが使っていた部屋まで行くと。

 部屋がかなり改造されてる!!


 質素な宿だった筈なのに、脚に豪華な彫刻の入った丸いテーブル、スマートで洗練されたデザインの椅子、見事な絵画に調度品が飾られている。花模様のテーブルクロスの裾には宝石が縫い付けられて光に反射し、一客の高そうなティーセットにアフタヌーンティー用のティースタンドまで置いてある。ずるい。

 ベッドは広めでフカフカの布団で、カバーが刺しゅう入りの派手なものに。クッションも幾つもある。床には赤い絨毯、窓にはレースのカーテンと重厚感のある遮光カーテン。タンスまで違ってる。持ち手すら高そう……。

 うわあ……、何この豪華改造。所狭しと高級品が並んでいる。一度も確認しなかった私も悪いけど……。

 配下に身の回りの物を持って来させるって喚び出させられたことはあったにしても、ベッドやタンスまで勝手に交換してるとは。


 ちなみに滞在中は掃除などでも入らないでもらっていたので、今まで誰も気付かなかった。私の方も、薬品があったりしたし。


「ど……どうしましょう……」

 困り果てて半笑いで振り返ると、女将さんもあんぐりと口を開けている。

「置いて行ってはいかんのかね」

「迷惑でしょう! 原状復帰して返すものですよ」

 どうりで宿の文句を言わないわけだ。好き放題してたんだ……。

「これ……置いて行ってもらえるの……?」

 女将さんは、ベリアルに熱い視線を送っている。え?

「無論。我には要らぬもの故、処分すべきならするが」

「いえ!! 出来ればこのまま……、このままにしてもらえますか!?」

 怒られるどころか喜ばれている。ちょっと安心した。

 この部屋は内装を変えず、次の人にもこのまま泊まってもらうらしい。


 その後“悪魔の部屋”と呼ばれ、とても素敵と女性から予約殺到する人気の部屋になったのだとか。



 さて、新居に移ってまず初めにするのが、エリクサー作りですよ!

 商業ギルドで転居の届けを出し、エリクサー作りを見せると約束していたギルド長と一緒に、新しい自宅へやって来た。

 さすがにこんなすぐにやるとは思っていなかったらしく、苦笑いをされてしまった。手持ちのエリクサーがないのも、侘しい物なのですよ。


 地下にある製作室で、まずは四隅に乳香を焚く。

 それからいつもの水の浄化を丁寧に。

「邪なるものよ、去れ。あまねく恩寵の内に。天より下され、再び天に還る水。つきぬもの、ウロボロスの営みよ。汝の内に大空はあり、形なき腕にて包み給え。水よ、水より分かたれるべし」

 水が銀色の光沢を讃えて光る、これで浄化はバッチリ。


 ギルド長も水の浄化に特化した術は知らなかったらしく、目をパチパチさせている。あんまり有名じゃないのかな?

 精製の成功率や、出来上がった薬の効果が上がるんだけど。

 次に材料を入れて火にかける。


 メルクリアリス、アンブロシア、鉄の草、ペジュタ草、エベン・エゼルという石を粉にしたもの。これが私が最初に使う材料。

 これをまずたっぷりの水に入れて二時間火にかける。

 それからファイヤードレイクから採取したドラゴンティアスを投入。本当なら上級ドラゴンの方がいいけど、簡単には手に入らない。

 釜の上に掲げ、粉にする魔法を使う。


「塊なるものよ、結び目を解け。我が爪は其を引き裂く鍵となり、月日の前に全ては無となる。風に散る塵の如く、海に押さるる砂の如く」


 そしてよく混ぜながら火にかけ、一度目の四元の呪文を唱える。

 この四元の呪文が、エリクサー作りのキモと言ってもいい。より上質なエリクサーを作る為に、各国が今も研究を続けている。


「火よ、火として栄えよ。風よ、風として憩え。水よ、水として巡れ。土よ、土として固まれ」


 詠唱に呼応して、水はクルクルとひとりでに回っている。

 湯気が天井に向かって伸びていた。


「紅きもの、汝はえる鳥。翠のもの、汝は激しき蛇。蒼きもの、汝は渦巻く魚。黄色きもの、汝は眠れる獅子なり。いと高き大気の中に安らぎたまえ」


 ゆっくりまた三時間火にかけながら、四元のバランスを確認していく。

 四元のバランスが整ったら、二時間程火を止めて落ち着かせる。

 バランスが崩れると、水に戻って失敗だよ。



 この二時間は様子を見るくらい。

「と、言うわけで合間にソーマを仕込みます!」

 私が材料を用意し始めると、ギルド長はギョッとした顔をして、ベリアルは笑っていた。

「だ、大丈夫なのかい!? エリクサーは難しい薬では?」

「この二時間は特に問題ないんですよ、ソーマはその間に準備で出来ますから」


 ソーマで最も大事で手に入りにくいのが、ソーマ樹液。

 これに浄化した水、牛乳、月の草、ダルバ草を加えて一時間煮込む。

 その間にもやっぱり呪文。


「湧き出でる泉の如く、喜びよ訪れ我が扉を叩き給え。祝宴に招かれし星々よ、天満月あまみつつきは地平より雲居くもいの鏡に映る。天の雫なる蜜をもたらしたまえ。祈りを捧げ白き月のかんばせを望む、煌めきを我が杯にとらえたるなり」


 一時間強でソーマの仕込みが終わった。これを大きめに砕いてキレイに洗った透明なドラゴンティアスと、今回は黄金のリンゴがあるので、それも切って一緒に入れて樽で一ヶ月寝かせる。これだけで終了!

「わりと簡単なんですよ、ソーマ」

 私はそう言いながら樽を閉めた。

「……騙されるでないぞ、通常では闇属性になる月を扱う魔法を、光属性にせねばならんのだ。並の魔力操作では出来ぬからな」

「はは……、それを簡単と言い切っちゃうのか……」


 少し水を飲んで軽く食べ物をつまんでから、エリクサーの作業を再開。

 再び火にかけて、聖属性の魔力を流し込む。

 三時間ほど煮て追加材料のハーブや蜂蜜を入れ、十五時間目に二度目の四元の呪文を唱える。

 これは前半は一緒で、後半だけ変わる。


「炎よ、たかぶれ。空気よ、あふれよ。雪解けよ、囁け。大地よ、峻険なれ。四元の法則を以って大いなるわざを成す」


 しっかりと四元が混じり合うようにして、全部でだいたい十八時間。

 冷ましてからエリクサー用の瓶に移す。

 一本一本の下に五芒星ペンタグラムを描いた魔法円マジックサークルを用意し、濾しながら瓶にエリクサーを淹れる。

 そして最後の定着させるための魔法。

 これを唱えたら後は、六時間程待つだけ。


「地に在りて天を仰ぐ、宙に在りて陸を臨む。つなぐは虹、栄光にきらめく六星は二つの三角、六芒星を描く。緋に染まりし流体、九天は汝の内に在り」



「おおおお!これで完成かい!?」

 ギルド長は本当に最後まで待っていてくれていた。出来上がったはずのエリクサーを前に、かなり興奮している。

「そうなんですけど、さすがに全部成功というわけにもいかないですよ。確認しないと」

 私は十本ある瓶を一本ずつ持ち上げ、揺らして魔力を確かめた。

 キレイに赤く光るエリクサー。

「ん~…、今回の失敗は二本あります。まあまあいい方ですね」

「え、二本だけ? ではこの八本は……完成品のエリクサー!」

 私よりもギルド長が喜んでいる。触れたいのか、まるで火に当たるようにエリクサー達の前へ掌を広げていた。


「備品として二本くらい、お持ちになりますか? どうせどこで売ればいいか解らないですし」

「……は? え? エリクサーを……?? さすがにそれは図々しいと言うか……」

「あると便利ですよ」

 わなわなと震えながら、エリクサーと私を交互に見ている。

 欲しい! と、顔に書いてあるんだけどな。

「そ、そうだ! これを家の代金の代わりに頂く、というのはどうだろう!?」

「家の? さすがにそれは申し訳なく……」

「イリヤさん、エリクサーの価値を知らないのかい!? オークションに出せば、一本でも家が買えるくらいの値が付く事もあるぞ!」

 ギルド長はものすごい勢いだ。思わず謝りそうになる。


「……えええ! そ、そんなに? 一日で出来るのに……!?」

「普通はそんなに成功しないし、お金があって体の欠損を治したかったら、幾らでも払ってしまうと思わないか?」

「な、なるほど。需要が大きくて値がつり上がるんですね」

 そういえば材料集めも簡単ではないし、そんなものなのかな。でも高い!

 一般の人なんて、全然買えないんじゃないだろうか。ちょっとそのオークションを見てみたいかも。


 ギルド長の勢いに押されて、エリクサーが家の代金の代わりになった。最初の支払いは済んでいるから、それ以降の分ということで。出来上がったら、ソーマも二本差し入れようと思う。

 それとエリクサーはハイポーションと違って、魔力が溢れている感じはしない。それは四元がしっかりと定着して純粋な魔力が薬品内に溶け込んで出てこない為で、感じる魔力が少ないと偽物だと勘違いしてしまう人が居るが、逆だからと説明しておいた。


 満足いく仕事ができたし、あとはゆっくり休もう!

 それにしてもエリクサーって高いんだ……。

 この六本、迂闊うかつに見せたら泥棒に入られそう。気を付けよう。

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