三章 楽しい魔法会議
第172話 エグドアルムの馬車(アナベル視点)
私はアナベル・ロバータ・ハットン。現在はエグドアルムの使節団の、護衛隊長として付き従っているの。ずっと南の国まで移動するというのに、皇太子殿下まで一緒にいらしてしまうんだもの、大変だったわ。チェンカスラー王国に行きたがっていたから、悪い予感はしていたのよね。目的地はそのすぐ南の、フェン公国。それに私を護衛隊長に任命したんだし、やはりこういう意図だったのよね。
今はチェンカスラーの国境を越えて、北に向かって帰国の途中よ。
街道沿いのわりと大きな町に、今日は宿泊する。先遣隊に宿を押さえさせてあるから、馬車を置かせてもらったらすぐ部屋に入れるの。殿下を部屋にお連れしたら、私はまず宿の従業員を伴っての、建物の確認作業。これは毎回私の役目。他の者には任せられないわ。
そして私の側近の男性オルモに、夕食後に一人で酒場へ行って飲んでいてもらう。前回もやってもらっていたんだけど、これには理由があってね。敵方からの接触を待っているの。私もカツラを被って念のために変装し、同じ酒場の隅で様子を見守る。適当なお酒とつまみを注文して、ゆっくりと食べながら待った。
現在治安の悪いニジェストニアという国を避けて少し遠回りをしているところだから、その国で無頼漢を集めたなら、この辺りで襲撃したい筈。
しばらくして、オルモの隣に帽子をかぶったままの男性が座った。
あまり大騒ぎする者が居ないから、会話が少し聞こえてくるわ。持ちかけて来た内容は、こんな感じね。
同行しているサンパニルの令嬢を差し出せば、第二皇子シャーク殿下が即位した暁には、制圧したサンパニルからガオケレナや他の素材に薬草、好きなものを融通させる。皇帝陛下は病に伏して、癒えることはない。
襲撃するから護衛を引かせてほしい。馬車に令嬢とメイドを残すだけでいいから、エグドアルム側に被害は及ばない。ここにいないはずの人間が本当にいなくなったところで、エグドアルムは何の責任も問われないだろう。
最後には、断るなら証拠を残さずにする事も出来ると、脅すことも忘れずに。
こちらの人数はある程度把握しているでしょうから、少なくとも倍以上は集めているんじゃないかしら。
オルモにはそれに乗るようにと言ってある。襲撃がいつどこで行われるのか解っていれば、簡単よね。
それにしても、「制圧したサンパニル」と言ったわ。もう戦争を起こすつもりでいるのね。唐突にモルノ王国を攻めたことと言い、かなり好戦的で欲深いのね。
でも、誰しもが自分と同じだとは考えない事ね。エグドアルムは遠く援軍は呼べないと高をくくっているでしょうけど、兵が足りないくらいでは何の不安もないわ。
馬車は深い森の中を進んでいく。使節団の馬車は全部で三台で、私が乗っているのは一番後ろの、サンパニルの侯爵令嬢たちが乗っていると思われている馬車。道はそれなりに広く、緩やかなカーブを曲がってさらに走ると、少し開けた場所に出る。サアッと差し込む光がまぶしい。
「敵襲、敵襲!!!」
叫ぶ男性の声が響く。バタバタと走り回る喧騒がして、しばらくして静かになった。入れ替わりに鎧が擦れる音や、話しながら歩いてくる声が聞こえ、窓から覗けば敵に囲まれてしまった事はすぐに解る。そしてこの馬車にゆっくりと近づいてくる、一人の足音。
バンと扉が乱暴に開かれた。
「残念だったな、お嬢ちゃんたち……、ん? 一人か」
馬車のドアのすぐ脇で待っていた私は、無防備に入口の前に立つ体格のいい男性の首元に、ナイフを突きつけた。
「お生憎様。来るのは解っていたわ」
「……テメエ。だがエグドアルム側とは話がついてるんだ、無駄な足掻きはするな。お前らを守る奴なんていねえ。外を見ろ!」
護衛達がみんないったん離れるのは、打ち合わせ通りなの。周りを取り囲むのは、彼の手下。
「もう一人のお嬢ちゃんは解っていて、奥で震えてるじゃねえか」
ドアとは反対側の壁で目深にフードを被り、背を丸める人物をさすんだけど。
「お嬢ちゃんはないよ。ねえ、アナベル」
ローブをとれば、短い青緑色の髪が露わになる。
そう、本来真ん中の馬車に乗るはずだった、皇太子殿下。殿下が自ら囮なのよね。
「……男!? 騙したのか、お前ら!」
私はいきり立つ男性の腹に足を上げ、馬車から離れるように蹴り倒した。殿下に気を取られていた男性はろくに防御もできず、地面に背中から転がる。
「サンパニルの令嬢を捕らえるのならば、協力すると伝えたはずよ。この馬車は、我がエグドアルム王国の皇太子殿下がおわす馬車。その襲撃の手引きなど、するわけがないわ!!」
私の言葉と同時に、警護の者達が姿を見せる。空からエンカルナがこの男と馬車の間に降り立ち、剣を抜いた。
「皇太子殿下の暗殺を企てた狼藉ものどもを、一人残らず捕らえるのよ!」
「なぜここに皇太子が……!? は……謀ったな!!」
「ふふ……バカね。他国の皇太子の暗殺未遂なんて、もう国へは戻れないわよ。我が国の裁きにかける。貴方の第二皇子は、どうなさるかしらね……?」
さあ、獲物はかかったわ。こちらが仕掛けるのは、これからよ。
「貴様……! お前ら、こいつらを殺せ!! 捕まれば死罪だ!」
部下やこの為に集められた者達はざわついて、剣を抜いてはいるけど腰が引けている。魔法使いはあまりいないみたい。
私は魔法と物理に両方効果がある、光属性の強力な防御魔法を唱えた。これで大丈夫でしょう。
「神秘なるアグラ、象徴たるタウ。偉大なる十字の力を開放したまえ。天の主権は揺るがぬものなり。全てを閉ざす、鍵をかけよ。我が身は御身と共に在り、害する全てを遠ざける。福音に耳を傾けよ。かくして奇跡はなされぬ。クロワ・チュテレール」
馬車の周りは光る半円状の壁に包まれ、解かれるまでは人も魔法も通ることはできない。もちろん私もね。
「あれ、アナベル。それだと私も出られないけど……」
「当然です。殿下は馬車で震えていて下さいね」
私も戻って椅子に腰かけた。あとは外の者達に任せれば、問題ないわね。統率の取れていない連中なんて、物の数にも入らないでしょ。
エンカルナが首魁の足を斬りつけて動けないようにし、近くに来た部下に捕らえさせる。そのまま軽やかに走り出して敵が居る場所に突っ込み、慌てて振り下ろされる剣を弾いて斬りつけ、すぐさま次の相手に向かう。
相手方の勢力では、早くも武器を捨てて投降する者が出始めた。護衛の内の数人が抜身の剣を持って、降伏した丸腰の者達を監視している。
こちら側はほとんど被害者もなく、襲撃計画はあっけなく幕を閉じた。
ちょっと捕虜が多すぎるから、雇われただけの者達は絶対に今回の事を口外しないことを約束させて、解放することになった。皇太子殿下襲撃を手伝わされたなんて、喋れやしないでしょうけどね。
討ち取った兵には我が国の護衛の鎧を着せておき、怪我をした者に近くの町へ助けを求めに走らせる。
「フェン公国からエグドアルム王国へ帰国途中だった、エグドアルムの使節の馬車が襲撃され、同乗していた他国の令嬢が連れ去られて行方不明。襲撃犯達は何処かへ逃走、護衛は数人殺されたものの、使節には大きな被害はない。犯人に心当たりはなく、薄汚れた鎧の冒険者崩れのようだった」
この国の人達には悪いけど、無駄な犯人の捜索をしてもらうわ。次は襲撃した者達を装って、その第二皇子派の命令した人物に「令嬢を捕らえたが、捜索の目が厳しく国を出られずにいる。こちら側に特に被害はないから、遺留品などから身元を探られる心配はない。しばらく潜伏して状況がかわるのを待つ」と、うまく連絡をしなきゃね。事前交渉は、する余裕がなかったことにしておきましょ。
これでチェンカスラー王国にいるサンパニルの御令嬢たちが狙われることは、おそらく無い筈よ。自分たちが襲撃を命令したと疑われていることは、考慮するでしょうね。どんな手に出てくるか、楽しみだわ。
殿下の馬車を襲撃した責任は、いずれ追及するわよ。
捕縛した連中には、楽しいお喋りに付き合ってもらいましょう。……そう、じっくりとね。
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