第106話 防衛都市3 お残り組(ランヴァルト視点)

 オーガが現れたとの報告を受け、バラハ達が討伐に向かった。今回は戦力が十分なので、兵の動員はない。私は残ったメンバーを見回した。

 残ったのは悪魔ルシフェル、エクヴァル殿、ライネリオ兄上と妹のイレーネ、そして私、ランヴァルト。

 兄上とイレーネはあまり仲がいいとは言えなかったので、まさか一緒に来るとは思わなかった。粗暴なところのある兄上を、イレーネが怖がっていたから。兄上も丸くなられたようだ。


「……この見世物も飽きたね。君の剣技を披露したまえ」

 エクヴァル殿に視線を流す。

 この悪魔は一見すると優美で物腰が柔らかいようで、言動は時々厳しいな……。先程はベリアル殿の宮殿を故意に破壊したと話していた。かなり力がある悪魔なのは、間違いなさそうだ。

 これは、生徒達を挑発しているのではないだろうか。そしてその矛先を全てエクヴァル殿に向けている。貴族に取り入るDランク冒険者に映るからね。

 見た目の印象と違って、性質たちが悪そうだな。

「……どうも、断るごとに立場を悪くさせるおつもりのようで。やりますかな。せっかくライネリオ君も来ましたし」

「やるか、エクヴァル殿! おい、ランヴァルト。お前も参加するだろ?」

「は? 私もですか、兄上?」

 巻き込まれた……! 対岸の火事はすぐに迫るものだ、見物はしてはいけないのだった!


 私達三人が木刀を持つと、先生が生徒達に壁際へ移動するよう指示して、邪魔にならないようにと皆が散り散りに移動した。

 剣を持ったエクヴァル殿は軍人というより、さながら標的を探す狩人のようだ。

「さて。お相手は私がしよう」

 ルシフェル殿が静かに立ち上がり、右手に棒状の光を出現させた。軽く振ると細身の剣のようになり、輝きが薄れていく。

「ルシフェル様がですか!?」

「彼は剣が得意なのですか?」

 あまりの驚きように尋ねると、彼は苦笑いで振り向いた。

「……気を抜けば死ぬ、くらいの腕前だと考えて間違いないね……」

 これは……。


「三人で来るがいい。さあ、人間達よ。見せてあげよう、地獄の王の剣技を!」

 皆が大きくざわつき、エクヴァル殿は参った、という表情をした。

 まさか……、そうか。彼が城を消し去った悪魔!? ベリアル殿の知己ちきのようだったな。それで助かったのか。

 では、もしやこの稽古が、彼の詫びの印……?


 エクヴァル殿が一番に駆けだした。

 かなり早い! 左から右、右から即座に剣を反して斜め上に切り上げ、流れのままに正面から斬り下ろす。それをルシフェル殿は少しずつ体をずらして、攻撃の点を避けながら剣で受けている。

 切り下げて臍の辺りの高さになった剣先の上からルシフェル殿が剣をパシンと弾くと、エクヴァル殿は体勢を崩されぬよう後ろに重心を移し、足を引いて下がった。


 ライネリオ兄上がすかさず斬りかかる。タイミングは悪くない。

 しかし想定されていたようで、彼は白っぽい剣のようなものを両手で持ち、兄上の剣と合わせていなし、そのまま打ち込む。

 パシンと兄上の肩に、ルシフェル殿の剣が当たる。

 木の枝で叩いたような音だ。兄上は顔を歪めたが、庇うそぶりを見せるわけでもない。それほど痛いものではなさそうだ。


 とん、とルシフェル殿が軽く地面を蹴った。

 ほんの一歩進むような動きで、離れていた私との距離を軽く詰める。

 剣と剣がぶつかる。

 何度か剣戟けんげきの響きが起こり、その度に私が下がらされた。かなり早く、立て直す時間など与えてくれもしない。彼が右に剣を構えたところで、私は反対側に一歩ずれた。

 少し離れるタイミングを待っていたように、ライネリオ兄上が振りかぶった剣を勢いよく振り下ろした。ルシフェル殿は一歩右に足をずらしながら、兄上に向きながら流れるように剣を動かし、小さく円周を辿るようにして斬りつける剣に対し斜め上から剣をあて、軌道を反らす。

 その時に残った後ろ足をすっと寄せ、半身を取りつつ剣に力を乗せている。

 優雅でいて、とどまらぬ洗練された動作。しかも動きは最小限で済まされており、これを崩すのは確かに無理だ。


 三人を同時に相手にしていても、まるで全て見通しているのかと思える程で。早さだけでなく威力もあり、それがこの武器の性能というわけでもないだろう。

 まるで彼の川に浮かべられた小舟だ。

 大いなる水に運ばれるような、逆らえない流れに似た絶対的な何かがある。


 ライネリオ兄上にもう一撃入れようとしたルシフェル殿が、バッと左足を引きつつ振り返る。いつの間にか迫ったエクヴァル殿が斜めに斬り上げる一閃を止め、ギインと激しく木刀がぶつかる音がした。

 お互いに体が少し動いて、何かを仕掛けたようだが、私の視界には入らなかった。そのまま少し離れる。

 ルシフェル殿は笑みを深めた。

「人間にしては楽しめたよ」

 そうつぶやいた次の瞬間、エクヴァル殿の前まで移動していた。

 ルシフェル殿が目にも留まらぬ程に早く剣を振る。エクヴァル殿は一度は止められたが、身じろぐ暇すら与えぬような追撃に、さすがに三度目にマトモには喰らって吹っ飛んだ。

「うあっ!」

 ……壁の近くまで飛ばされた!? 今までの威力とは全く違う。


 振り返ってライネリオ兄上に向かったと思うと、剣を構えた兄上の脇にするりと移動し、兄上が振り向いた時には彼の剣は体にめり込んでいた。兄上はそのまま地面に叩きつけられる。

「……ぶっ!!!」

 そんな勢いには見えなかったのだが……!?

 次は私しかいない。私は兄上が倒れる直前に、ルシフェル殿へと走った。

 振り向くよりも早く、正面に剣を構えて斬りつける。ルシフェル殿はまるで予見していたかのように、ギリギリで重心ごと横に動きながらこちらに体ごと向き直り、私の脇腹に鋭い一撃が入る。

「ぐくっ!」

 かなりの痛みがある。衝撃で膝をつき、すぐには立ち上がれない。

 

 稽古をつけてもらっていたのは、あまり長い時間ではなかったと思う。しかし緊張もあってか、疲労はかなりのものだ。途中から生徒達は固唾を飲んで見守るだけで、先生も戦いを目に焼き付けるようにしていた。

「ありがとうございました……」

 本当に強すぎる……、三人とも肩で息をしている。兄上に至っては、そのまま道場に大の字に倒れた。さすがにその姿は、どうだろう……。


「だ、大丈夫なのですか!?」

 イレーネが心配そうにしている。

「いや、だいじょう……ぶ」

 でもないな、まだ大きな声を出すと響く……。

「ご心配には及びません。痛みなど、あなたの前では消えてしまいます」

 エクヴァル殿はこういう性格だったのかな? 前回会った時は状況が状況で彼は怒っていたし、まるきり別人だ……!

 イレーネは男性にあまり免疫がないからな、照れてしまっている。やめた方がいいぞ、この男は。ライネリオ兄上以上に、怒ると危険な人物だよ……!


「ふう……、そうでした。よもや地獄の王がいらしたとは、口外しない方が?」

「いや? 私は別に構わない」

 ルシフェル殿の手から、剣のようなモノが消えた。

「……それなら秘密にする必要はないね。各国への牽制になる」

「……、なるほど、そうですね」

 エクヴァル殿に頷く私に、ライネリオ兄上はきょとんとしている。

「なんでだ?」

 兄上、もう少し考えてくださいよ……。


「つまりねえ、くだんの城の消失を周辺国は気にしてるわけ。もしエグドアルムの隣国であれば、私か誰かが確認に派遣されただろう。そして被害の規模、攻撃した悪魔は本当に送還されたのかを調べる。虚偽だったら大変だからね。その時に周辺の町には行くでしょ。そこで地獄の王と接触した者が複数いて、しかも被害もなく破壊も起こっておらず、良好な関係だった、となると……」

 エクヴァル殿の説明に続けて、私が口を開く。


「被害をもたらした悪魔を凌駕りょうがする、もしくは同等の悪魔と契約を持つ者がいて被害の拡大を防ぐことができた、と判断するでしょう。そうでなければ、恐ろしい破壊をもたらした悪魔をなだめて良い関係を作ることに成功した、とか。とにかく、こちらを脅威と考えるようになるはずです」

 この悪魔ルシフェルが、地獄の王。となると彼に対する態度からしても、ベリアル殿も王、か……。イリヤさんは、どうやってそんな契約を?


「……ん~、王が相手と解れば手を引くと思うんだけどな。しかしうっかり探られて、万が一にもイリヤ嬢に辿り着かれると面倒だね。先手を打って、適当な噂を流しておいてくれると助かるね」

「そうですね。せっかく調査に来ているんですし、成果が必要でしょうからね」

 考えてみれば面白いことになった。

 簡単には真相に辿り着けないのだ、今まで翻弄された分の返礼に、情報操作をさせてもらおう。しばらくこちらに手を出したくなくなるように。ただでさえ軍事国家トランチネル問題で頭が痛いのだ、そちらに集中できるようにしておきたい。


「……それで、皆様はこれからどうなさるんですか?」

 私達の会話に、笑顔で耳を傾けていたルシフェル殿を振り返る。皆と表現したが、動向が一番気になるのは彼だ。

 彼は現在、契約も何もないのだろう。エグドアルム側は送還したと説明していたが、まだだったのだな。無理に送還もできないし、かと言ってそんな事実を告げても混乱をきたすだけだからね……。

 警戒する必要がないのなら、送還したフリが確かに最も無難な選択だったろう。

「ベリアル達が戻ったら、少し町を眺めて帰るつもりだよ」

「解りました、では私はこれで失礼します」


「……ああ、解った。彼を使うんだね」

 さすがにエクヴァル殿には読まれるな。そう、少し前にこの都市に広域攻撃魔法を唱えた者がいた。

 捕虜として身柄は確保しているが、なかなかうるさい上、優れた魔導師という厄介な男だ。ああいう者は危険をしっかりと察知するだろうし、説明などしなくても勝手に色々と想像して国に報告してくれる。



「出たな! 防衛都市の指揮官!! おい、いつまで僕をこんなトコに入れとくんだよ!!!」

 捕虜の収容所へ着いた途端、私の顔を確認した魔導師の男が一気に騒ぎ始める。

 彼は捕虜として尋問を終えた後も捕らえたままで、労役に就かせるには危険過ぎるし、収監しておくだけでも気を使う。とはいえ簡単に解き放つわけにもいかない、扱いに困る相手だ。

「お前らスゲエ悪魔の攻撃があったんだろ!? 送還したって本当か? アレだけで済むとか、おかしいだろ。こっちまで魔力の波動が来たからな! 僕を逃がせ!! 巻き添えは御免だ!!!」


 ……魔力を感知した上、兵の噂話を耳にしたらしいな。いい具合に疑心暗鬼になっている。外との交流を断たれているから、特に不安になりやすいのだろう。

「……釈放だ、こちらは君に構っていられないからね」

「……は? 急に?? だからどういうこったよ、オイ!!!」

「……出せ」

「ハイ」

 魔導師の男の質問には答えず、なるべく事務的に行う。

 後から合流したバラハが、男の魔法を抑える拘束具を外そうと首を見るのだが。

「……うーん。やっぱりもう、いつでも壊せるくらいな感じだね。かなり魔力があるな、こいつ。自分でやってよ面倒だし」

「テキトー過ぎんじゃないかよ、筆頭魔導師」

「そのままでもいいなら、いーよ~」

「……うっせえ、自分でやるからな!」


 いとも簡単に、ガチャリと拘束具を外した。やはりかなり腕のたつ魔導師だな。

 それから二人で跳ね橋まで、男を送り出す。国外に出るようにしっかりと言い聞かせ、バラハのフェニックスが国境を越えるまで上空から監視する。

「出るっての、こんなヤバイ国!」

 途中で道の反対側に、店の前を連れ立って歩くベリアル殿とルシフェル殿の姿があった。

 男はベリアル殿を覚えているのだろう、赤い長髪を目にすると顔を歪めた。そして隣にいる優雅な悪魔に視線を移す。

「…………やべえ、やべえのが歩いてるだろ……!」

「なんかヤバイばっかり言ってない? 他に言葉を知らないの?」

 茶化すような態度に振り向く男の顔は、少し青くなっている。予想通りだ、ある程度感じとっているな。

「やべえだろ、他に言いようがないじゃんよ! 解るだろ、筆頭魔導師……!!!」

「うーん、解らないね? 私達には、危険はないよ」

「…………っ!!!」


 バラハも上手い言い方をするな。契約しているとも、味方だと明言しなくとも、これで友好関係にあると勝手に推測しただろう。

 すっかり大人しくなった魔導師の男は、跳ね橋まで来ると逃げるように都市を後にした。大成功だな。まだ密偵はいるだろうから、彼と接触を試みるかも知れない。その辺りも確認させてもらう。


 ここでイリヤさん達は、エンカルナさんとお別れらしい。エクヴァル殿と二人で、こそこそと話をしている。

「……アンタ、私に秘密にしてることがあるでしょ」

「あるよ」

 悪びれもなく答えられ、エンカルナさんはため息をついた。

「聞かないけどさ。一旦は国へ戻ってよ。殿下に自分の口で報告して」

「了解、近々帰国する。その後については、殿下に頼んでみるよ」

「そうね、……まあまたチェンカスラーへ来るんでしょうね。私はルシフェル様がお帰りになるなら、こちらに未練はないわ」

 彼女は道場にいた時から彼をチラチラと覗き見ていた。整った顔立ちで気品があるし、女性に好かれそうな容姿でもある。パッと見は柔和だしね……。

「そ、良かった。……くれぐれも、自分で召喚しないように」

「しないわよ。地獄の王を召喚するのがどんなことか、私だって知ってるわ」


「……軍事国家トランチネルが、地獄の王を召喚しようとしている。これは伝えておいてほしい。王都にての国で召喚された公爵と会った感触だと、トランチネルは悪魔との契約や対応などの作法にうとい。召喚に成功されれば、確実に悲惨な結果になるだろう」

「……困るわねえ、手の打ちようもないし」

 お手上げとばかりに手を振る。王が召喚されて逆鱗に触れたなら、周辺各国にも被害が及ぶ可能性もある。城一つで済んだなんて、今回は単に運が良かっただけだ。

 国からの通達では、トランチネルは高位悪魔の召喚をはかっているから、注意するようにとだけだった。こんなに詳しくは教えられていない。情報の共有くらいは、しっかりさせて欲しいな……。


「聞いていたろう? 気を付けたまえ、ランヴァルト君」

「……聞かせるつもりだったなら、呼べば良かったのに。アンタって、そういう性格よねぇ」

 どうにも彼は苦手だ、兄上とはよく仲良くなったものだ。兄上はいい方向に向かっているようだが、この性格には気付かずにいるんだろう。

 考えない人間というのも、羨ましい……。

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