第215話 ロゼッタの実家
ついにサンパニル領に入るぞ。騒ぎのせいで国境警備隊は浮足立っていたけど、事前に通達がしてあったし、確認に行ったサンパニルの兵達も一緒だったので、スムーズに通行させてもらえた。
先頭を歩くサンパニルの兵と、エルフの人達が越境する。エルフ族とは友好関係にあって、ロゼッタの帰還を喜んでいた。国境の防衛を担ったロゼッタの父、バルバート侯爵と親交があるらしい。
すぐに森が広がり、しかも太くて背の高い木が多い。このどこかにガオケレナの木があっても、遠目には解らないだろう。
森を抜ける整備された道を越えると、まず最初の町に到着。輸出入で必ず通るからかなり発展していて、立派な木造家屋が建ち並ぶ。
「今日はここに泊まるよ」
先に馬車から降りたトビアス殿下が、私達に声を掛けた。
日が傾き、緑の葉にオレンジ色の光が宿っている。空には白い黄昏の月が浮かび、滲むような夕日も地平線にまだ残っていた。
「だいぶ近付いてはいますけれど、もう少し森が続きますもの。暗くなると出歩かない方が良いのですわ」
森の向こうに顔を向けるロゼッタ。あちらに自宅があるんだろう。
明日ロゼッタを家まで送り届けたら、サンパニルでゆっくり滞在するか、それとも早めに帰るかなあ。また随分家を空けてしまった。
ロゼッタは近い内にエグドアルム王国へ行くんだろうし、そうしたら婚約披露がある。既に連絡してあって、あちらではご両親の許可を頂け次第、準備を進める手はずになっているとか。
パレードもあるだろうな。私もエグドアルムに戻って、遠目にでも祝福したい。こういう時はエクヴァルやセビリノは、警備に入る筈だよね。
さて、部屋に一人。
しばらくルフォントス皇国との関係が悪化していたから、警備の兵がたくさん歩いていた。かなり警戒を強めているようだ。サンパニルの兵やエルフがいたとはいえ、向こうから来た私達の馬車は注目を浴びていた。ルフォントスの貴賓が使う馬車だしね。問題がないといいな。
ご飯を食べたら早く寝ちゃおう。と思ったんだけど、なんだか騒がしい。
「ルフォントスの奴らが来てるんだろう! この国に何の用だ、国境警備の奴らはサボってんのか!?」
男性が数人、宿の人にすごい剣幕で詰め寄っている。ロゼッタの帰還だということは役人の上層部ならともかく、一般の人は知らないだろうからなあ。でも宿に迷惑を掛けられたら困るよね。
説明しようかと扉を開けたら、当のロゼッタが勢いよく出て来て、声がする方へと足早に向かった。
「何を騒いでいるんですの!」
「……女?」
ズカズカと階段を降りていく後ろを、メイドのロイネとベルフェゴールが静かに付いて行く。騒いでいた男性は、馬車を護衛してくれていた兵に宥められているところだった。
エルフは里に戻ったあとだ。しまった。結局、話が出来てないわ!
「私はロゼッタ・バルバートです。帰宅するのに、問題があるの?」
「バルバート……侯爵様の……!?」
「ええ、そうですわよ。こちらの方々に助けて頂いて、再び故郷の地を踏むことができました。文句があるなら、私におっしゃい!」
堂々としたロゼッタに、相手は完全に怯んでいる。
「いえ、失礼しました。また無理難題を吹っ掛けに来たのかと思いまして……」
ルフォントス皇国の馬車だから、勘違いされちゃったみたいね。彼らはそそくさと退出し、すぐに騒ぎは収まった。
朝、ザワザワと騒がしい声で目が覚めた。
ロゼッタの無事を知った人々が、宿の周りに集まっちゃってる! 人気あるなあ。
警備の人が必死に下がらせて場所を空け、馬車を宿の前まで移動した。
ロゼッタが姿を見せると、ワアアと歓声が響く。トビアス殿下も玄関から出て、ロゼッタをエスコートしているよ。うん、お似合いだね。ジュレマイアとエクヴァルは護衛として、傍で警戒していた。
リニはあまりの人の多さにおどおどしながら、エクヴァルのすぐ後ろを歩いている。こういう場所に害意のある人が紛れていると突然戦闘になるから、ひっつきたいのを我慢しているのね。寒い時のように、身を縮ませていた。
私の所に来ればいいのに。
そして何故かベリアルが得意気な表情で手を上げている。さらに何故か、女性が喜んでる。ロゼッタの為に集まっているのに。
集まった人が飛び出さないように警備の人達が注意しながら、馬車は慎重に進む。
ロゼッタが手を振ると、群衆も大きく手を振り返していた。元帥のお嬢様だ、良かった安心したと、飛び交う喜びの言葉。しばらく馬車に付いてくる人もいたけれど、町を出る頃にはまばらになり、徐々に声が途切れしんと静かになっていった。
「ロゼッタさんは、大人気ですね」
昨日に引き続き、森の中を進む。馬車の車輪や蹄の音が、先ほどまでの声援の代わりに響いている。さっきの歓声の大きさには、圧倒されたわ。
「こんなに歓迎されるとは、思ってもいませんでしたわ。悪い気はしませんわね」
「皆、お嬢様を心配して下さっていたのですね」
メイドのロイネも嬉しそう。
その日の夕方、ついにロゼッタの邸宅へ着いた。門番にロゼッタが声を掛けると、喜んですぐに門を開けてくれる。門から邸宅までも馬車で移動するんだけど、けっこう遠いな。丸くカットされた低い庭木が並んでいる。
なんと使用人が玄関の前に並んで出迎えてくれていた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま戻りましたわ。お父様とお母様は、どうされていますの?」
迎えてくれたのは家令の男性。
「首を長くしてお待ちですよ。助けて下さった方々の、歓迎会の用意をしております」
どうやら今晩は私達の歓迎会らしい。すぐに屋敷の中へ案内され、客室へ通された。ベッドメーキングがされていて、生花が飾ってあったりと、今日の夕方の到着は、連絡済みだったのね。
「御用の際は、遠慮なくお申し付け下さいませ」
さすが侯爵家、一人一人にメイドがついてくれちゃう。疲れたでしょうと、温かい紅茶を淹れてくれた。クッキーも添えられている。ソファーは柔らかいし、広くて日差しが入って明るいし、窓の外には訓練場があるし。
……どういう趣向なの。
準備が整うまで休憩して、歓迎会が開かれる食堂に移動する。
特にドレスでなくてもいいようなので、良かった。しかしベリアルは、いつもより宝飾品が増えている。彼は何と張り合っているのだろう。
メイドに案内されて食堂に入ると、ロゼッタが両親と話をしていた。私達の姿を見つけて、笑顔で迎えてくれる。
「この方々か。娘を助けて頂き、本当に感謝いたします!」
「構わぬ。我の席はどこだね」
口を開こうとしたら、先にベリアルが答えてしまった。ロゼッタのお父さんは有名な軍人だけあって、がっしりした体型だ。服のデザインは素朴だけど、いい生地を使っていそう。お母さんは穏やかな微笑で見守っていて、姿はロゼッタに似ているのに雰囲気が違う。
「こちらでございます」
使用人に案内されて、席に着いた。私の隣はベリアルとセビリノだ。
料理は野菜やキノコが中心で、前菜は山菜の和え物や炒め物。アッサリしていておいしい。メインはキノコや野菜と、お肉のお鍋。一人分ずつ小さな鍋に入っていて、温かいのが食べられる。
「あついっ」
リニには熱過ぎたのね。氷が入ったお水を、給仕の人がすぐに持って来てくれた。
セビリノは何を食べてもあまり表情が変わらないから、好き嫌いが解りにくい。一人用のお鍋を上からじいっと覗き込んでいるし、興味があるようだ。
「ところで、ロゼッタ。お前はエグドアルム王国へ行くのか?」
ロゼッタのお父さんである侯爵が尋ねる。
「……ちょっと遠すぎますわね」
「心配でしたら、サンパニルに我が国の大使として、魔導師を含む数名を派遣します。通信魔法で手紙のやりとりが出来ますよ」
すかさず殿下が答えた。なるほど。教えられないけど、使える人を配置して通信するわけね。
「それでしたら、まあ……」
ようやく再会した娘が、すぐに遠くへまた離れてしまうのだ。あまり乗り気じゃなかった侯爵夫人も、連絡が取れるならと頷いている。これだけ距離が離れていると、普通の手段で連絡を取り合うのは大変だわ。
婚約は成立しそう。
「サンパニルの国王陛下との拝謁が可能でしたら、一緒に婚約と出国のご挨拶に伺いましょう」
話がしっかりと進んでいく。ていうかこれは、殿下の筋書き通りなのでは。
ロゼッタの両親が質問をすると、すぐにスラスラと答えが返される。
私は食事をしながら、ベルフェゴールを盗み見た。
渋い表情で気に入った料理をおかわりしていた。
お風呂も頂き、ゆっくり休む。次の日の朝は遅めに、十時過ぎにブランチをお願いした。やっと気持ちもゆっくりできるんだもん、起こされても寝ているからね。
もう心配事もないし、開放感でいっぱい。
ブランチのメニューは、フレンチトースト、サラダ、スープ、スクランブルエッグとベーコン。そして輪切りのトマトに、フルーツたっぷりヨーグルト。リニがすごく嬉しそうに、フレンチトーストを食べている。甘いものが好きだものね。
「今日はどうされますか」
トビアス殿下に話し掛けると、バルバート侯爵が笑って答えた。
「お疲れだろう、ゆっくりされてはどうかな。陛下へご挨拶したいと連絡しているところだから」
返事待ちなのね。今日はのんびりして、明日は素材を探してそろそろアイテムを作りたいな。広いお屋敷だし、設備もあるといいな。
尋ねてみようかと考えていたら、外がざわざわしてる。何かあったのかな?
バタバタと人が走って来て、扉がノックされた。
「入れ。どうした、客人がいらっしゃるのに」
「ヒッポグリフです! 魔物が迫っております」
……あんまり強い魔物じゃないけど、どうして慌てているんだろう。魔物が現れただけじゃないの?
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