第321話 ティーパーティー(アーレンス男爵視点)

 ティーパーティーの季節がやってきた。

 厳しい冬を終えた後、近隣の小領主や領地のない貴族が集まりなごやかに近状を報告し合ったりする、毎年の行事だ。今年は王都で皇太子殿下の婚約披露パレードがあったので、余裕のある人はそちらでゆっくり観光している。裕福な家もあまりないし、ここからわざわざ王都まで行く人の方が少ないが。

 ちょうど息子のセビリノがエグドアルムに戻っているが、王都でなにやら大きな事件が二つも続いたという噂がある。宮廷魔導師をしているのだから、帰って来られないだろう。


「あなた、イリヤさんもいらっしゃるそうよ。契約している悪魔の方と、そのお連れ様を二人連れて」

「イリヤさんも参加してくれるか! ヴァルデマル殿に教えてもらって、ギリギリになるが招待状を送って良かったな」

「ただ……ビョルケル子爵もいらっしゃるのよ。面倒にならなければ良いけど」

「何年も参加しないから、形式的に送っただけだったが……。そうだった、子息が第一騎士団に入団できたと聞いた。自慢に来るんだな」

 ビョルケル子爵は領地を持たない子爵だ。私より年下だが虚栄心が強く、男爵なのに領地がある我が家をねたんで棘のある言い方をするから、苦手なのだ。セビリノが宮廷魔導師になってからはよほど羨ましかったのか、我が家には姿を見せなかった。

 

 もしイリヤさんに嫌な思いをさせるようなら、彼女には別室に移ってもらうしかないな。ヴァルデマル殿と同席していれば、大丈夫か?

 ヴァルデマル殿は息子の友人で、遠方から王都へ来たついでに訪問してくれた。気骨があってサッパリした、堂々とした態度の立派な魔導師だ。ビョルケル子爵は彼に威張り散らすほど、気の強い性格でもない。

「悪魔って、何を食べるんでしたっけ。小悪魔はほとんど人と変わりませんでしたけど、きっと貴族でしょう? うちの料理で満足して頂けるかしら……」

「酒が必要か? ティーパーティーだから、用意してなかったな」

「そうね、倉庫を確認しておきますわ。お肉は喜ばれるかしら? チキンのサンドウィッチを追加しましょう」

「そうだな、チキンのピザもいい。アレは美味い」


 妻は料理長のところへ、メニューの相談をしに行った。仕入れる食材も増えるから、早めに動かないといけない。

 返答も全て揃ったので、細かい調整をしないと。テーブルの配置とコーディネートを決めよう。久々に使用人達も活気づいている。もう少し暖かくなれば店に並ぶ食料の種類が増えて買いやすくなるのに、慣例とはいえこんな時期にやらなくてもいいのにな。

 ぼやきながら準備を進めた。


 パーティー前日。

 ヴァルデマル殿とイリヤさんが来訪した。二人は王都に宿をとっているので、こちらに滞在するならいくらでも我が家に宿泊してほしい、と伝えてある。部屋も整えてあるぞ。

 パーティーに戻ってくる筈だったセビリノは、やはり来られなかった。ヴァルデマル殿が立派な土産を預かってきてくれた。イリヤさんとお友達の助言のようだ、ありがとう。本当にありがとう。

 これはパーティーに出そう、貴婦人に喜ばれるぞ。


 お二人からは王都での事件を詳しく教えてもらった。

 侯爵家の人間が大量殺人か、世も末だ。貴族主義の勢力は大分がれたな。それからパレードの襲撃、いやはや襲ってどうするつもりだったのか。

 とりあえずセビリノはしっかり働いたらしい、これで少しは安心した。

 皇太子妃になるロゼッタ様は、王妃様に憧れる素直な女性。へ、へえ……??? それは普通の女性じゃないなあ。


 さて次の日、空は快晴で風はそよぐ程度、絶好のお茶会日和だ。

 馬車がどんどんと乗り付けてくる。赤貧な家も多いので、貸し馬車だったり、ランクの高くない冒険者が守っている馬車もあった。

「男爵、お招きありがとう。今年は強い魔物が多く出て、他の家が心配だったわ」

 この老婦人は、いつも誰よりも早く到着する。

 今年は霜の巨人や、寒気を振り撒き人を凍らせるジャックフロストや、他にも多くの魔物が現れ、守りのかなめであるバックス辺境伯は討伐や巡回に追われてしまった。領地を空けるわけにはいかなくなり、パレードを見物にも行かれなかった。


 控え室に案内しつつ、軽い会話をする。

 次に隣接する領地を治める子爵、それから代々辺境伯の騎士として務める男爵。

「アーレンス君、今年はバックス辺境伯様もいらっしゃるそうだ」

「……は? 不参加の返事を頂いていますが……」

「変更したんだな、ははは!」

 はははじゃないぞ、もう~!!! すぐに家令に、席を追加して専用の控え室も用意しておくよう申し付けた。


 イリヤさんとヴァルデマル殿は先に窓際の席でお茶を飲んでいて、他の客にはセビリノの同僚と異国の魔導師と伝えておいた。

 さっそく魔法使いが挨拶に向かう。


 和やかなムードの中、やって来たぞ面倒なヤツが。

「ビョルケル子爵、久しぶりですな! ご子息が第一騎士団に入団したのだとか、おめでとう!」

 先に祝いを言ってしまおう。子爵夫妻は得意気な笑顔を浮かべた。

「ウフォン、もう君の耳にも入っていたかね。高位貴族に囲まれて、大変らしいな」

「親のわたくしの口から言うのもなんですけど、剣だけでなく容姿にも優れていますでしょ? 騎士として立派に務めを果たしていますわ。パレードを見に行かれなくて残念でしたわ」

 なんか参加するな~と思ったら、息子さんは宿を用意してくれなかったのかな。

 セビリノはそんなに気が利く男じゃないし、持ち回りのパーティーの主催があったから敢えて頼まなかったが。


「それで、あちらは魔導師様か? どういった方かね?」

 ビョルケル子爵は、ヴァルデマル殿を横目でチラリと捉えた。他家の魔法使いが恐縮そうにしているので、気になるようだ。

「息子の友人達ですよ」

「ほう」

「魔法使いは戦いでも守られているから、安心ですわねぇ。その点騎士は身をもって人々を守るでしょう? 心配で心配で」

 はいはい、お宅の息子が一番ですね~。

 第二ならともかく、第一騎士団がそんなに体を張ったなどついぞ聞かんね。

 今回の事件は親衛隊が最前線で戦ったらしいじゃないか。


「……で、青い魚がですね」

 話が途切れた時、イリヤさん達の会話が届いた。夫人はわざとらしく扇で口を覆う。

「あら、お魚の話なんてされてるわね。魔導師も暇なのねえ」

「エグドアルムの魚は新鮮だからな」

 歓談を続けているイリヤさん達に、こちらの言葉は届いていなった。周囲にいた別の貴族の護衛が、会話の内容に興味を示してそっと近寄る。

「……トビアス殿下が龍王陛下より宝珠をたまわったんです」


 ……おやや? 途切れ途切れしか内容が聞こえなかったが、どうして青い魚から殿下や龍王陛下とかいう方のお話に? それに宝珠???

 王妃殿下と海賊退治とか、物騒な発言もあったな。

「あの、イリヤ様は皇太子殿下と親しいんでしょうか?」

 挨拶に行った魔法使いが興奮気味に尋ねる。私も気になる。

「親しいという程ではございません。殿下がエクヴァル……、クロアス・カールスロア様を護衛として派遣してくださっております」

 親衛隊に所属する側近で、侯爵家の三男を呼び捨てにしようとした。普段からそうしているに違いない。そもそも懐刀の側近を派遣される時点で、かなり中枢ちゅうすうに近い人物では。

 セビリノ、お前なんで師匠だとしか説明しないんだ。嬉しそうに師匠師匠とはしゃいでいたから、父は思考を遮断してしまったぞ。


「皇太子妃になられる方は、ご存じなんですか?」

「ロゼッタ様は明るくてハキハキとされた方です。父であるバルバート侯爵様も、威厳があるけれど威張らない、懐の深い方です」

 貴人にめちゃくちゃ顔が利くな。これにはビョルケル子爵夫妻も顔を見合わせ、さっさと席に着いてくれた。


 席も大分埋まり、残りの招待客はあと少しとなった頃、妻と仲の良い男爵夫人が小さな娘を連れてやって来た。妻が是非娘さんもご一緒に、と一筆添えていたな。

「アーレンス男爵夫人、リンゴの木が随分育ちましたね」

「いらっしゃい! リンゴのお菓子をたくさん用意したわよ。お嬢ちゃん、たくさん食べてね」

「わあい! 本日はおまねき、ありがとうございます」

 瑞々みずみずしい新緑色のスカートを摘まんで、たどたどしい挨拶をする。

 微笑ましく眺めていると、ドスンドスンと大きな音がして、振動で建物が揺れた。何か大きなものが落ちてきたような!?

 室内にいた全員の視線が、窓の外に集まる。


「ドラゴンだ!!!」

「きゃああ、ドラゴンですって!??」

 ドラゴン!??

 窓枠越しに、庭が窮屈に見える大きなドラゴンが横たわっていた。植木が潰れた!

「落ち着け、下級のドラゴンだ。倒されている、害はない!」

「ベリアル殿達ですね、庭が荒れてしまいましたね……」

 立ち上がって逃げようとする客達の混乱を余所よそに、ヴァルデマル殿とイリヤさんは犬でも迷い込んだような反応だ。やっぱりセビリノの友達は普通じゃないなあ。

 要するに、イリヤさんと契約しているという悪魔がやって来たわけか?

 とりあえず状況を把握しに、外へ行こう。

「皆さん、落ち着いてください。ピクリとも動きませんし、生きていないようです。私が確かめてきます、安心して楽しんでいてください」


 我が男爵邸には少数の護衛しかいない。

 外では招待客に雇われた冒険者や他の貴族の護衛達が首を揃えて、ドラゴンとそれを運んできた人物を、少し距離を空けて囲んでいた。ちょうど、討伐済みだと確認されて緊張が解かれたところだ。

「ベリアル殿、ドラゴンを持ってきたんですか?」

 イリヤさんが尋ねる。ヴァルデマル殿は万一に備え、部屋で待機している。

「手土産である! わざわざ取るに足りぬ下級ドラゴンを探して参った。肉を食すであろう、このくらいの大きさが適切ではないかね?」

「こちらは私の手土産、ヴクヴ・カキシュ。歯がエメラルドでね、なかなか貴重な魔物だ」

 銀髪のはかなげな美貌の青年が、まだ寒いのにサンダルで立っている。彼の示す先へと、視線を移した。


 ドラゴンの陰に隠れて視界に入らなかったが、羽が金や銀色に輝く怪鳥もいるではないか。丸っこい顔は、オウムに似ている。歯がエメラルド……歯があるのか、この鳥。

 護衛がクチバシを開いて確認すると、一つ一つがかなりの金額になりそうな大粒のエメラルドが幾つも並んでいた。ティーパーティーの開催費用よりも高そうだ……!

 どちらもしっかりと、とどめが刺されている。

 なんだぁ、招待客の手土産かあ。心配して損したなあ。

 あはははははははは。

 いや怖い、え、怖いぞ。悪魔はやはり人間と常識が違うな……!


「ベリアル殿、ドラゴンの解体は専門の人でなければできませんよ」

 解体されたものを購入して使うので、貴族に仕える料理人でも解体は難しいのでは。どうしようかと悩んでいると。

「僕ができますよ、ご迷惑でなければ解体しましょう。……皆様の目に触れないところで」

「ありがたい、お願いしよう」

 冒険者が申し出てくれた。冒険者は何日も旅をするので、狩りをして食料を得たりするから、解体もできる人がいるのだ。ドラゴンの解体までできるとは、これは助かった。

 裏手に運ばせて、解体を開始した。パーティーには間に合わないから、皆で分けて持ち帰ってもらおう。

 庭には金銀に輝く鳥の羽根が散らばっている。こちらは本当の金ではなく、色だけだ。だが綺麗だな、これも欲しい人にあげよう。


「貴重な品をありがとうございました、会場はこちらです」

 銀の髪の天使のような悪魔と、赤い髪に黒い軍服姿の悪魔、それから淡い金の髪を三つ編みにした、上下白の上品な……悪魔。悪魔なのだな、お三方とも。

 三人目がうやうやしく二人に接しているから、魔物を手土産にした二人はきっと、かなり高位の悪魔だ。

 見目麗しい三人が会場に入ると、会場中が注目した。

 仕草も優雅だし、どこかの国のお忍びの王族っぽい。

「男爵はどんな方をお連れになったの?」

「初めて見る方々だ……」

 ひそひそ話されているが、私も知らない。

 三人が座った席はそこだけ輝いているような、華やかな雰囲気になった。

 料理はサンドウィッチなどの軽食とリンゴスイーツがメインで、サツマイモのミルク煮や裏ごししたカボチャのサラダなどを用意した。ちょっと庶民的過ぎたか……。あの優雅な方々の口に入るかもと思うと、恥ずかしい。


「男爵、こちらを皆に提供すると良い」

 白い上下の美しい男性……いや女性かな?? は、平たい薄い箱を五つ重ねたものを、私に差し出した。直接受け取ると、コートをひるがえして席に戻る。女性達のため息が聞こえる。美形は歩いても美形だな。

 箱を開くと、小さく区切られた中にチョコレートが一つずつ収まっていた。真っ赤なバラ、白い花、黄緑の葉っぱ、黄色いダイヤ型。チョコレートはこげ茶色だけではないのか。

 これは高級なチョコレートでは。


「まあ、素敵! なんて美しくて美味しそうなチョコレートでしょう」

「こちら、王室御用達のチョコレートですわ。芸術品のようね」

 チョコレートにまで憧れの目を向けられる。すぐに皿に移して各テーブルに配らせて、私は妻とお茶のお代わりを注いで回った。

「悪い、やっと着いた」

 皆が二杯目の紅茶を飲んでいる時間に、バックス辺境伯が到着された。夫人でなく、魔導師団長を連れて。

 魔導師団長は部屋に入るなり優雅なお三方のテーブルを凝視し、目が合うとあからさまに顔を逸らしていた。分かるんだなあ。

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