第415話 レナント逃走劇(犯人の視点)
チェンカスラー王国の町、レナント。
北へ行けば防衛都市、さらに北は塩を輸出するワステント共和国。南に下ると魔法アイテム作製が盛んで、ガオケレナの産地として有名なフェン公国。西は都市国家バレン、東には東西を分断する中央山脈が走っている。
レナントの東に、中央山脈を越えるルートがある。ちょうど山が途切れて低い場所なんだ。もちろん、それなりに坂はあって楽じゃない。
俺達はレナントで最後の仕事をして、中央山脈を越えて東へ逃げることにした。先にボスの一行が峠を越え、それから商人に
俺は繋ぎ役として、町で宿に泊まっていた。ちょっとした召喚術を使えて、カラスと契約してる。コイツの三本の足に手紙を結びつけ、連絡を取るのだ。
明日でこの町ともおさらばだ、町を歩いて万が一の際のルートを考える。門は四つあり、どれも終日警備されていた。塀に囲まれているものの、近くに木が植えてある場所があるな。木に登れば、脱出可能。午後に人通りが少ないのは東門か。
繁華街は人通りが多いし、冒険者も見掛ける。避けるべき、と。
ところで、この小さな宮殿のような謎の建物はなんだろう?
入り口に精巧な彫刻が二体飾られていて、窓越しに絵画や豪華な飾り棚が見えるが、生活感はない。
「ここ、偉い方の別荘らしいわよ」
歩いてきた女性が得意気に、同行者に説明していた。
俺は素知らぬふりを
「お隣のアイテム職人さんが、たまに様子を見てるわね」
「あら、職人さんの家だったの? こちらも留守にすることが多いわよね」
「他国の有名な方らしいわ。とても背の高い男性で、先に助手の女性が住み始めてね。護衛とスポンサーがついてるわ。スポンサーは赤い髪の貴族の方でね、きっとそのお友達よ、別荘の持ち主って」
説明しようとした女性より、もう一人の方が知ってるな。
隣に住んでいるのが職人ならちょうどいい、失敗した品でも買い取るよう伝えよう。いや、考えてみたら貴族の関係者とわざわざ関わるリスクの方が大きいな。
職人の家より、貴族の別荘に忍び込みたい。東に行っちまえば、相手が貴族だろうと簡単にはどうにも出来ないだろう。
頭の中でまだ見ぬ宝を想像する。楽しみだ。
ぼんやり歩いていると、とんでもない噂が耳に入った。
「東の峠越えルートが封鎖された。王都の公爵様のお屋敷から、高価な品を盗んだヤツがいて、公爵様はご立腹だとか」
くそ、とばっちりだな。誰だ簡単にバレるような仕事をしたヤツは。俺達まで峠を越えられないじゃないか。
ボスはこのレナントに戻るか?
俺は商人に封鎖されたという噂と、ボスと連絡を取るよう手紙に書いた。カラスの三本の足の一つに、手紙を結びつける。
連絡方法は、商人が冒険者ギルドで依頼として出すのだ。今回だと『採取の護衛、面談あり』とか、そんな感じかな。
これで会っていても不自然じゃないし、仲間だとは思われない。ボスは冒険者をしていて、実際に依頼も受けている。
次の日、ギルドの近くを通って様子を覗いた。
紺色の髪の冒険者の男がこっちを見た気がするが、気のせいだろう。怪しい部分はない……よな?
商業ギルドから、商人が首を捻りながら出てくる。何かあったのかな。俺は通りすぎる瞬間に、わざと手荷物を落とした。
「落としましたよ」
「ありがとうございます、助かりました」
商人が笑顔で拾い、俺に手渡す。そして立ち上がりざま、声を潜めてこう呟いた。
「ボスから、レナントには滞在せず、フェン公国へ向かうとの連絡があったぞ。どーなってんだ?」
ボスから!? 珍しいパターンだ。
冒険者ギルドの依頼は受けず、商業ギルドに“護衛の約束をしていたがフェン公国へ急に行くことになった、他の人を雇ってくれ”と、理由を装って伝言を残したらしい。
トランチネルの軍人だったボスだ、危険な匂いを感じ取ったのかも知れない。 俺達もこの国は早々に去るべきだろう。商人は実行役に商品を渡し、実行役が午後に最後の仕事をする。約束していたその商品を渡すのだ。
今回はいつもより正規のポーションの数を増やしておくよう伝えた。少しでも時間稼ぎをしないとな。
心なしか、警備が厳しい気もする。俺は実行役が商品の受け渡しをする店の近くをウロついた。近くの家から様子を見てるヤツらがいる。
……見張られてる!
連絡するにも、もう約束の時間だ。警備の連中も、そろそろだと思ってこっそり顔を出してしまったわけだな。
仕方ない、ここを通るだろうから呼び止めて、さっさと逃げよう。逃げ切れるか……。
考えていると、いつのまにか実行役が姿を現し、商店の裏口を叩いた。
あいつらどこから来たんだよ!
やべえ、家の中に入っちまった。俺は近くの木の枝に止まっている、契約したカラスを呼び寄せ、家の周囲で旋回して騒ぐよう命令した。これで気付くだろう。兵にも感付かれるだろうが、踏み込まれてからよりマシなはずだ。
俺自身はそのまま離れる。
どの門から出るか……。南のフェン公国側は見通しのいい道が続くし、フェン公国に通知されても厄介だ。スニアス湖から森に紛れちまうか。少しの間、中央山脈に身を隠そう。
急に走り出しても怪しいだろうし、速足で振り返らずに歩く。途中で別の潜伏していた仲間二人と合流した。こいつは魔法アイテム職人だ。もう一人の女も元々魔法アイテムで働いていたから、組んで仕事をしている。
「門へ向かった商人が、何故か仲間だとバレれてたみたいだ。兵が捕らえようとしてきて、なんとか逃げてる」
「そんな馬鹿な、まだここでの仕事はしてないぞ!」
どこまで知られてるんだ? まさか俺達まで……?
ぞくりと背筋を悪い予感が走る。細い道の向こうに、巡回の兵が見えた。
俺たちはいったんすぐ近くの家に身を潜めることにした。貴族の別荘だという建物だ。貴族が滞在していれば、お手伝いだの庭師だの護衛だの、色々と引き連れてくる。
この家には人気がない、今は誰もいないんだろう。
いったん隠れて様子を伺いながら、物色する。暗くなるまで待って、夜陰に紛れて逃げよう。
職人も頷いて俺の後ろをついて来た。
しっかしなんで玄関にこんな不気味な像を? 貴族のセンスって、分かんねーなぁ。
遠目に像を眺めて、建物の裏手に回った。訪問のフリをして堂々と玄関で声を掛けて鍵を開けるつもりだったが、どうもあの像の間を通るのは気持ち悪い。窓を割って侵入した。
さすが新築、内部はキレイで高価そうな調度品があるものの、生活感がない。軽そうなのを頂戴していくか……。
「スッゲー家だな」
「彫刻なんて高そうだけど、重いわよね。宝石でもないかしら」
職人の男が装飾の施されたテーブルに手を置き、女は彫刻を撫でている。俺も宝石がいいな。
「侵入者ヲ検知シマシタ。警告、警告。即刻立チ去リナサイ」
「ひいっ!? だ、誰かいるのか!!?」
周囲を見回しても、誰もいない。俺達は声の主を探しながらじりじりと移動した。
「誰もいないわ……」
「不気味だな……ヒイ!!!」
「な、何よ!??」
思わず叫んでしまった。女がつられて肩を震わせる。
「アレ、アレだよ! 外にあった像……じゃないな、大理石……?」
大理石の像が棚の上に座り、こちらを見ている。両目が白く光った。
コウモリの羽が生えた、醜い悪魔か何かのような姿。
「あ、あんなところに、像って、あったか……?」
怖い、喉が絞られる。像の目は激しく点滅している。
「目が光ってやがる……。気持ち悪いぞ」
「ねえ、出ましょうよ。おかしいわよ、このお屋敷……」
女は泣きそうだ。その時、背後で何かが動く気配がした。
「侵入者ヲ発見! 退去ノ意思ナシ、迎撃スル!!!」
「滅殺! 滅殺!!!」
玄関にいた二体だ! なんでここに!??
二体の像は、そろぞれ緑と赤に目が光る。怖い!
次の瞬間、雷が俺達の間に落ちた。
「うぎゃあ、雷!??」
「魔法使いでもいるの!?」
弾かれるようにその場から離れる。赤い目をしたガルグイユが、大きく口を開いた。その口から炎が飛び出してくる!
「ブ、ブレス!?? アチいアチい!!!」
俺は慌てて逃げたが、ブレスが腕に当たった。熱い、服が焦げる! 燃えずには済んだ。が、それだけではなかった。二体に気を取られているうちに大理石のガルグイユも動きだし、俺の足を蹴ったのだ。
ボキン。嫌な音が響く。
「きゃああ、大丈夫?」
「うがが! 痛え、痛ぇ! 折れたかも知れねえっ!!!」
さすがに涙がこぼれる。逃げるしかない!
大理石の像は羽を動かして飛び、高い位置から俺達を見下ろす。そして目から白い光が線になって飛び出し、俺の肩を掠めた。背後にいた男の肩に当たる。
「っぎゃあ!」
男は肩を押さえてしゃがみこんだ。なんだこれ、何が起きてる?
せめて武器はないかポケットを探るが、コインが入っているだけ。俺はそれを握りしめ、大理石のガルグイユに投げつけた。幾つか当たって、床に落ちて転がった。
人間なら防いだりするが、全く気にも止めない。
「退去カ死カ」
抑揚のない声が発する、物騒な問い。死にたくない。俺は何度も首を振った。
「出る、だから殺さな……」
言い終わる前に、雷が俺を打つ。
「ぐああああぁぁ!!!」
痛い、熱い! 体が痺れる! しかし倒れている場合じゃない、俺は足を引き摺って必死で逃げた。どの方向に向かっているのか、自分でも分からない。
「ひいい、見逃してくれえ……」
仲間二人も、必死で逃げる。炎や雷、像の攻撃で、何ヵ所も怪我を負った状態で。
後頭部に像の蹴りを食らって俺は倒れた。
「ぶれすハろまん!」
像が嗤ってる気がするぜ。炎が倒れた俺の上を過ぎて、熱だけ残す。
ああ、今までの人生が巡っている……。
俺達は元々、数年前まで軍事国家トランチネルの国民だった。
しかも以前魔王が暴れた、北トランチネルだ。他の亡命者から話を聞いたところ、俺が住んでいた村は被害が大きく、家族が生きている可能性は少ないそうだ。
絶望的だ。
税金を払いきれず徴税人に暴行されながら、子供には手を出さないで、と涙ながらに訴えた母。無言で耐えていた父。
国にいた時も、亡命して点々としていた時も、あんなに辛いものは他になかった。お金がなくて何も買えず、目の前で買い食いしている人を妬んでも、逃げた先の国の役人に、お前達が住む場所なんてここにはない、と冷たく追い返されても、あの
両親も、一緒に見守るしかなかった兄弟も、もういないのかも知れない。送金は無駄になるか、誰かが着服しているのかも知れない。
本当のことなど知りたくない。トランチネルにはもう帰らないつもりだ。
真実は知らなければ現実にはならない。
ただ、あの時の握った拳を震わせていた兄の眼差しが、今は俺を責めているように思えた。
他に仕事がなかったトランチネルの難民と、そこらで詐欺をしていた人間がノルサーヌス帝国で出会い、小国を回って仕事をしつつ、チェンカスラー王国に辿り着いた。
他国のヤツらは食べたいものを食べて、したいことをして、楽に暮らしてきたんだ。そいつらから巻き上げたって、悪くないだろ。
……だがお腹が満たされ、新品の服に着替えると、本当にこのままでいいのか、と不安になる。
だからこそ東側の他国へ行き、新しい人物としてやり直すんだ。
もちろん罪悪感もなく、儲けてラッキーくらいなヤツもいるが、俺はそこまで割り切れなかった。
はっ。
意識が徐々にはっきりとしてきた。倒れた俺を、どの像も狙ってはいなかった。
長く感じたが、ほんの数秒や、数分だったのだろうか。仲間二人はブレスに翻弄されつつ、机を蹴倒して盾にし、別の部屋への移動を試みていた。今のうちに、逃げよう。
大理石の像は、棚の上に座って静観している。俺が動いたらまた襲うつもりだろうか。だったら、その前に逃げきるんだ!
折れた足の痛みが現実をつれてくる。走れないだろ、これ。
気付かれないよう、うつ伏せに倒れたまま肘から手を使って移動する。片足しか使えないが、ほふく前進だな。
開けっぱなしの扉から部屋を出ると、玄関だった。家の大きさのわりに広く、玄関は吹き抜けの構造になっていた。
いや、階段がないんだけど?
まさかここ、単なる貴族じゃなく、高貴な魔導師の別荘じゃ……!?? だからあんな変なモンが守ってるんだ! チクショウ、騙された!!!
玄関の扉の前で、片足の力で立ち上がる。さあ外だ、こうなったら捕まってもいい、助けを呼ぼう。仲間が殺されちまう……!
貴族の家に盗みに入ったんだ、いくら平和なこの国でも片手くらいは失うだろう。ちなみにトランチネルで同じ罪を犯した場合の、最低の刑罰が片腕切断だ。貴族に対する罪は、罰が重い。
国にいる時は普通だと思ってたんだが、わりと異常だとそこらの国を巡ってて分かったよ。
ひとまず助かった……!
入り口の両側にあった像がないな。やはり室内に現れたのは、アイツらだった。
道の方から誰かがこちらを見ている。もしかして目の前の家に住む、魔法アイテム職人だろうか。別荘の管理をしているみたいだし、騒ぎに気付いて確認に来たんだろう。
あの像の止め方を知っているかな? 助けてくれるか……。
足を踏み出した先に、火柱が立った。えええ!???
「ふはははは! そなたが一番手であるな! 賞品は、我の炎である!」
助かってない、酷い罠だ!
「うわああ、やっぱりこの世界に神様なんていない!!!」
思わず叫んだと同時に、火柱が消える。
「そなた、なかなか見所があるではないかね」
どこでそう感じたんだよ!!!
火柱を放った、赤い髪の貴族が空から下りてくる。黒いブーツがカツンと音を鳴らした。
もういやだ、早く俺を牢屋にいれてくれ~!!!
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