第343話 天使ペリエル、ルシフェル様を語る

 診療所を出た私達が目指すのは、中央山脈沿いにある国。

 宝石の採掘量が多くて有名な国がある。ルシフェルはその近辺にいるに違いないわ。

 東南に向かって飛んでいて、ちょうど東には飛び抜けて高い山のシルエットが、うっすらと青く天へ伸びていた。頂上に世界樹ユグドラシルが生える世界一高い山、シュミだ。さすがに遠くからでも見えるのね。

 しばらく進むと中央山脈の他の山々も視界に入るようになった。

 目的の国が近くなっている。


「ベリアル殿、ルシフェル様はどの辺りか分かりますか?」

「ぐぬぬ……、分からぬ。普段はこれほど魔力を抑えぬのに、何故わざわざ捜される時だけ隠すのだね!」

 ベリアルが苛立たしげに呟いた。捜されるから隠れる。誰かみたい。

「さすがベリアル殿のお友達ですね」

「……どういう意味だね」

「……もしかして、この国から離れている、ということも有り得ますかね」

 エクヴァルがキュイの上から疑問を投げ掛ける。いくら何でもそれは……。

「ぬぬ……、ルシフェル殿ならやりかねぬ。僅かに感じる魔力は、わざわざ残された残滓ざんしやも知れぬ」

 あるんだ。さすがベリアルの親友だわ。だとしたら、何処を探せば良いのかしら。メッセージでも残っているのかな。


 考えていると、翼を広げた天使が私達の前から飛んできた。この国で契約しているのかしら。天使は女性で、白い旗を掲げている。ベリアルよりもピンク寄りの、鮮やかな赤い髪が風に揺れた。

「……ベリアルだ、本物だわ。私はルシフェル様のお言付けを預かっています、攻撃しないで~! 攻撃されたら軽く死にます!」

「そなたは力天使ヴァーチュースかね」

 力天使は中級三体の二番め、天使のヒエラルキーにおいては第五位になる。神の奇跡を実現させる天使。人に勇気を与えたりするが、戦いは得意ではない者が多いらしい。

 彼女は手にした白旗を振って、戦う意思がないと示す。


「ペリエルです。あ、忘れていいです。話せば長くなりますが、先だってルシフェル様がいらっしゃいまして。もう私、美しさと神々しさに圧倒されまして、感激のあまりひれ伏してお迎えしました。男とか女とか天使とか悪魔とか、超越してますよね。まさに生ける芸術でした。眼福眼福。しかも最強とか、天に認められすぎて怖いレベルです。ルシフェル様は宝石をご所望されてこの国へいらっしゃったそうです。私がご案内させて頂くという栄誉をですね……」


「短く説明せよ」

「うわああぁん悪魔ぁ!」

「知っておるであろうが、悪魔である」

 よっぽど話したかったのか、ぺリエルの説明は本題に入る兆しもない。言付けを教えてもらうまでに、どれだけ時間がかかるやら。ベリアルが急かす。

 そんな二人に、外見年齢十三歳ほどの天使が遠くから声を掛けた。

「ぺリエル様~、契約者様が下でお話ししましょうって。どうせすぐには済まないんだからって言ってますよ」

 下位の天使ね。ベリアルが怖いから近付かないのかも。


「あー、じゃあ行きましょう。お店で待ってるみたいです。あ、ワイバーンは止められまんよ」

「ワイバーンはこちらに~、ご案内します」

 エクヴァルとリニを乗せたキュイは、天使に導かれて町外れへ向かった。

 私とベリアルとセビリノは、ペリエルの後に続いて契約者が待っているお店へ降りた。飛行魔法用出入口があるので、直接三階から入れるよ。

 待っていたのはエクヴァルと同年代の男性だった。

「ようこそ、地獄の高貴な方。ペリエルはお喋り好きなので、話を始めると長くなるんです。昼食はもう召し上がりましたか? こちらは肉料理が有名ですよ」

「そういえばお腹が空きましたね」

 気が付けばもう昼は過ぎていて、昼食には遅い時間帯だわ。

 三階はほとんど使われておらず、貸し切り状態だ。私達は窓際の席に座った。


「我はステーキと赤ワインを」

「ベリアル殿、エクヴァル達が来るまで待ちましょう」

「ではお連れ様がくるまで、話の続きをしましょう!」

 ペリエルが喜び勇んで、ルシフェルと会った時の話の続きを始めた。とにかくルシフェルの賛辞である。

 ルシフェルはいつも通り宝石をこの棚全部、などと豪快な買い物をして、代金を支払う為に配下を召喚させていた。ベルフェゴールはエグドアルムにいるので、他の悪魔だ。

 そして自身は採掘場に現れたドラゴンを簡単に倒して感謝され、偶然出てきた巨人はルシフェルに恐れをなして山奥へ帰っていったとか。


「とにかく素晴らしかったです。危険なドラゴンを退けても、まるで大したことでもないように、礼すらいらないと仰られて。悪魔になっても高潔なお方です。目元も涼やかで、本当に美しく……」

「ビーフシチュー食べよう」

「私とリニはハンバーグね」

「私は師匠と同じものを」

 ペリエルがこの国に来てからのルシフェルの行動を、長い感想を添えて話しているうちに、エクヴァル達が到着。注文も済ませた。


「聞いてますか~!??」

「はい、さすがルシフェル様ですね。天使はお肉を食べないんですよね。何か注文されますか?」

「私はサラダとポタージュ。じゃなくて、ルシフェル様のお話です!」

 ルシフェルの褒め言葉を連ねているだけで、話がなかなか進まないのよね……。まだ言付けの内容も伝えてもらっていない。ペリエルは少し拗ねた表情をして、契約者は苦笑いしている。

「いつも以上に話が逸れているから、さすがに真面目に聞いていられないよ。ルシフェル様は“ベリアルが来たら、私は南へ下ると伝えるように”と、仰っておりました」

「あー、私の役目なのに!」

 契約者がサクッと教えてくれた。悔しそうにするペリエル。

 我関せずと黙っていたベリアルは、内容にため息をついた。結局どこにいるのかは分からなかった。


「ところで、貴女は高名な魔導師様で、アイテム作製を得意にしていると伺いました」

「高名かはともかく、アイテム作製は得意分野でございます」

 ルシフェルが教えたのね。契約者の男性は私に確認すると、アイテムボックスかな、腰に提げた小さな鞄から白い瓶を取り出した。

「こちら、購入したアムリタなのですが……、効果がかなり薄いんです。我が国の職人の見立てでは、古いもので効果が落ちていると……。買ったばかりなのですが、古いものを掴まされたのでしょうか?」


 あー、アイテムは年数が経てば、効果が落ちるから。作り手によって劣化の速度は違うけど、予備でもあんまり何年も保管しておくのはお勧めしないのよね。

 蓋を開けてみると、僅かに茶色っぽく変色しているし、軟膏は硬くなっている。魔力も薄いわ、これは確かに古そうね。

「そうですね、私も経年劣化だと判断します。保存状態もあまり良くなかったのでは?」

「やはりそうでしたか……。すぐ必要だったもので、うっかり買ってしまいました。効果を戻す方法などはありませんか……?」

「さすがにありません。普通の打ち身用の軟膏としては使えますので、早めに使い切ってください。ただし、傷のある部分には使用をお控えください」


 契約者の男性は、目に見えて肩を落とした。

 高価な薬を買ったら、既に劣化して、アムリタとして特筆すべき効果が失われていたんだものね。国に仕える人なら入手できそうなものだけど、急いで必要だったのかしら。

「ふむ……、アムリタならば、幾つか余分がある」

「譲って頂けませんか!? 実は落盤事故があり、運悪く視察にいらしていた貴族が巻き込まれてしまったのです。女性もいらっしゃったので、痕が残っては申し訳ないと、鉱山の管理人が酷く気に病んでいて」

 セビリノの薬なら安心ね。良質のアムリタなら、昔の傷痕もキレイに消せるわ。追加注文はエグドアルムヘと宣伝しつつ、アムリタの代金を受け取っていた。


「ところで、落盤事故だそうですが、救助は済んでいるんですか? 必要なのはアムリタだけですか?」

 被害が大きかったら、アムリタを少し仕入れたくらいでは治療しきれないのでは。私が尋ねると、男性は言いにくそうに、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「ご心配ありがとうございます、救助は終わりました。回復魔法もありますし、怪我人の治療は問題ありません。……ただ、落盤の原因が、ドラゴンが坑道付近で暴れたことでして。薬を含め、備品が多く壊されました」

「そうなんです~。で、ルシフェル様が、ベリアルに手伝わせるよう仰ってくださいまして。私に、この私ペリエルに、世話になったからと!!!」

 ペリエルが胸を張る。これは世話になったからではなく、自分を待たせたんだから役に立ってこい、という意味では。


「……ルシフェル殿が言うのならば、手助けくらいはしても良いがね」

 明らかに不本意そうに、眉をひそめた。だからこそ言い付けられたのかも。不貞腐れたベリアルの表情を想像して、ルシフェルが笑っていそう。

「……実は、備品が入った小屋を壊されて、属性を入れた魔石が粉々になってしまったんです。復旧や回復アイテムなどの作製を優先していて手が回らなく……、協力して頂けるのなら、魔石に光属性を入れる作業をして頂けますか?」

 暗い鉱山には明かりが必要。ロウソクよりも安全で長持ちする、魔石の明かりが向いているよ。

「イリヤ、セビリノ。そなたらに任せた」

 任された。当然ね、ベリアルが操れるのは火と闇だけ。光なんてきっと、天使の時代にも使えなかったのでは。似合わないし。


「では食事が済んだら、移動しましょう」

「ありがとうございます!」

 申し訳ないとばかりに、肩を縮めていた男性の表情が緩んだ。

 テーブルに目を移すと、食事を終えていないのは……リニだけだった。

「あ……」

 気付いたリニが、ハンバーグを慌てて口に入れる。

「急がなくていいよ、食後の紅茶を飲むから。皆さん、飲みものはどうしますか」

「頂くわ」

 エクヴァルがさりげなくリニに気を遣う。リニはホッとして、食事を続けた。


 食事が終わり、鉱山へ移動する。

 私達は飛行でペリエルに案内され、ペリエルの契約者は馬に乗って地上からくる。彼は飛べないのだ。

 名前はキュリロス、名字はない。

 削られて一部の地面が見えている山、アレが鉱山ね。宿舎や荷車があり、大きな獣もいる。荷物を運ぶのね。

「ドラゴンが暴れたのは、あの辺りです」

 宿舎は一部が破壊され、近くには木材の残がいが無惨な姿を晒していた。家の基礎のようなものが露出しているので、小屋があったのはここだろう。

 黒っぽい砂や石の欠片が散らばり、瓶とそれから溢れた液体で、地面には濃い染みが残っている。

 山肌もえぐれたり、ヒビが入ったりしていた。ドラゴンが山にぶつかって落盤事故を誘発したようだ。


「ここでルシフェル様が、ドラゴンを退治してくださいました。剣でサクー、魔法でガガーンっでした。とにかくすごくて! 矢が落ちてるのは、警備隊の戦闘跡です。ルシフェル様はあまりに楽勝で、痕跡が残ってないんですよ~! 剣でシュパーですから!!!」

 興奮したペリエルの説明は、ちょっと分かりにくいな。契約者のキュリロス、早く到着しないかな……。

 とりあえず、彼女がルシフェルの大ファンなのは理解できたわ。


「ペリエルさん、誰ッスか?」

 通りがかった男性が、私達に視線を向ける。鉱山で働く人かな。

「こちらは職人さんとかよ。魔石に属性を入れてくれるの」

「なら下の集落の保管庫ですよ、ここのは全部壊されたッス」

 男性が指した方に視線をやると、坂の下に広がる木の間から、赤や青の塗料が咲いている。家の屋根だろう。

「知ってるよー、まずはルシフェル様の功績を説明しないと!」

「ルシフェル様大好きッスよね~」

 男性がこちらに会釈して、笑いながら通り過ぎていく。


「……無駄足ではないかね! さっさと目的地に案内せんか!」

「きゃー、怖わわわ!!!」

 ベリアルが声を荒らげる。ペリエルは身を縮ませた。

 さすがに私も同意だわ。

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