第405話 天使召喚
ゲッシュの儀を終え、悪徳金貸しは去っていった。
生徒達に珍しい儀式を披露できたわね。なにせ、今は故国でもやる人が少ないのだ。そもそもゲッシュの儀式は宮廷魔導師や見習いが執り行うのだが、その組織の長が長年、不正に身を染めていたのだ。やりたがるわけがない。
「あの……これ、私も守らないと死んじゃうんですか……?」
女の子が不安げに私を見上げる。
「そうですよ。でも、簡単に
と、言われて不安がなくなるわけもなく。
先生がもう一度、契約書にじっくりと目を通す。
「確かに無理はないが……、終わるまで気が抜けないのは可哀想じゃな……」
「ははは、終わらせる方法は簡単です。相手に不正をさせるか、相手の組織ごと潰すことです。叩けばほこりが出る身でしょう、我が国でしたら明後日までに終わらせられますよ」
エクヴァルが明るく言い放つ。確かにエクヴァル達なら、あっという間に裏を取って、逮捕に踏み切りそう。
つまり今回のゲッシュは、女の子の為を思うなら本気で悪徳金貸しを潰せ、と発破を掛ける意味もあるわけだ。この子が怖い目に遭わなくても、このままなら新たな被害者が生まれてしまう。
組織ごと潰すのが一番!
「ヤツらをどうにか出来ればいいが、他にも仲間がいてな……」
「この国は軍が弱いし、警備兵もその時その時に対処するので精一杯なんだ」
キュイを敵だと勘違いして集まってくれた男性達が
「誰も動かなければ、あちらが力をつけるだけですよ」
エクヴァルの言葉に、先生が頷いた。そして鼓舞するように切々と語った。
「私は他所から来た者じゃ、手を出すべきではないと思っていたが……。生徒が狙われたのだし、無関係とは言っていられまい。私に出来ることなら力になるし、悪魔の対策に私が契約している天使を召喚して、対抗しようではないか!」
「先生に迷惑をお掛けしては、申し訳がない……」
「ここはお言葉に甘えてお力添え頂き、解決して憂いなく塾を続けて頂こう!」
「そうだ、俺達が動くべきだ!」
盛り上がる大人と対照的に、意外にも子供達は大人しい。
「あの天使様が来る……」
「言葉には気をつけるんだぞ」
どんな天使なんだろう? 生徒の反応からして、きっと怖いんだろう。
先生は外に出て召喚の準備を始め、座標を地面に記した。
座標には五芒星の他、天使のアルファベットと呼ばれる特別な文字が書かれている。始点や終点に小さな丸がついている、独特な記号に近い文字だ。
「異界の扉よ、開け。神よ、御使いを遣わしたまえ。契約により姿を現せ、懲罰の天使ショフティエル!」
座標に金色の光が溢れ、瞳と髪が金の、キリッとした顔立ちの厳しそうな天使が姿を表した。
「今回はどういった用件だ」
「欲の為に人の財産を奪う輩の排除に、協力してもらえるじゃろうか。あちらは下位貴族の悪魔と契約している」
「不正を働くものを裁くは、私の本分。十分に力を貸そう」
凛とした立ち姿と、威圧的な口調や大きな白い翼も相まって、とても威厳がある。
「ベリアル殿、懲罰の天使なんて怖そうですね。喧嘩しないでくださいよ」
「せぬわ! ……また面倒な天使と契約しているものである。それ故、チェンカスラー王国はこの老人を簡単に手放したのであろう。下手な願いをすれば、裁かれるのは己になるからな」
「私の役目は主の御心にそぐわぬ輩を排除するというもの。悪の栄えた試はない」
ショフティエルはベリアルを一瞥し、吐き捨てるように告げた。
「先生の天使様、初めて見たけど上級軍人より厳格そうだな」
「こちらも
天使に刺激されて、男性達が活気づく。生徒はとても静かで、お行儀良く眺めている。
「子供達は、もう授業も終わっているし帰りなさい。明日の塾はなし、すぐに再開するから待つように」
「はい!」
自然と数人ずつのグループに別れ、荷物を持って帰った。
塾から少し離れてから、お喋りを始める。ショフティエルに緊張していたのかな。
「さて、こちらですね」
子供が帰って集会所の窓のない部屋に移動してから、エクヴァルが仕切り始めたわ。あとは町の人で、と言うのかと思ってた。
「まず被害者が即ち証人です。証人から証言を得て、必要なら身の安全の為に匿います。同時に軍や領主など、連中の息のかからない、権力のある人間に訴えて連携を取りましょう」
「町長に相談したら、領主様に助けを求めると言っていた。動いてくれないらしい」
「領主様の兵を出してもらえないのかな……」
男性達は顔を見合わせて、唸っている。領主が動かないんじゃ、国を動かすのは難しい。
「私が塾を始めた頃、一度領主様の屋敷に招かれて歓迎してくださった。民をそこまでないがしろにする方とは思えんかった、そちらは私が出向いて訴えよう」
アルーン先生は明日、領主の屋敷を訪ねて相談することに決まった。
「兵を動かせれば、もうチェックメイトですよ。可能なら関係している団体を含め、同時に踏み込んで捕獲するのが望ましい」
「金貸しと土地の仲介業者はつるんでるな。アイツらから奪われた土地に、同じ業者が関わってる」
「友人が借金の形だと奪われたものが、中古品屋にずいぶん高く売っていたとぼやいてた。あれもグルかな」
先生が地図を出して、敵の息が掛かっているお店に印をつけていく。従業員しかいないと判明している支店は、三角印を付けていた。踏み込みたい場所をピックアップ!
今日集まっている人達が被害者から声を集めて、この地図と
「彼らが、指名された人物を用意してまで接待しようとする相手が、後ろ盾かも知れない。接待の場に乗り込むのがいいですね。その人物に心当たりはありますか?」
「うーん……、わからん。権力者とかだろうな……」
誰も思い当たる人物がいないので、正体は突入してからのお楽しみだ。
「まどろっこしい! 罪があるのは明白、すぐにでも首根っこを捕まえてやれば良い!!!」
怒鳴るショフティエルを、ベリアルがにやにやと
「
「貴様こそ地獄へ帰れ! それによくも昔、邪淫の罪を大々的に振り撒いたな! お陰で裁判や罰の執行が続き、俺がどれだけ大変な思いをしたか……!」
「ふはははは、神の下で蟻の
打ち合わせをする人達の横で、地獄の王と懲罰の天使が大声で揉め始めた。話し合いどころではないわ。迷惑なので表へ出て、雄大な空の下で存分に語り合って頂きたい。
「そういえば貴様、ルシフェル様の友だなどと
「残念であったな。ルシフェル殿本人も、我を友だと認めておるわ!」
ベリアルがルシフェルと仲がいいのを、認めたくない天使と悪魔が多い。ルシフェルが特別視されているからか、ベリアルが単に好かれていないのか。一見すると反りが合うとは思えない二人だが、意外と親密だ。
「こういうのをどう言うか知っているぞ」
「ほう、何だね?」
「フェイクニュース」
ウッカリ笑いそうになって、口を閉じて手で押さえた。ここで笑ったら私が怒られる。ほら、ベリアルがぐぬぬと唸って、赤い瞳がキツイ色を放っているわ。
皆もなんとなく話を聞いていたようで、顔を背けて笑っている。セビリノ一人だけ、学んだというように頷いていた。
「明後日必ず彼女がやってくると、相手は油断している。攻める時は一気に壊滅させなくてはね」
エクヴァルの言葉で話し合いは終了、それぞれの行動に移る。私はやることがないわね。
本日は宿に泊まった。窓の外には海が広がり、半月の光が波に反射していた。
次の日、私はセビリノとベリアルとお買いもの。エクヴァルは住民に協力し、リニはコウモリや猫に変身して諜報活動をする。
被害者の証言は知り合いの住民が魚などをお裾分けする
私は先生に教わったお店で、目的だったアイテム作製用の塩を買うのだ。いかにも魔法使いという私やセビリノが動くと目立つので、普通に過ごしてと念を押された。
先生オススメのお店は、塩も浄化用、アイテム作製用と複数あり、赤い塩、粗塩、ハーブソルトまで販売していた。他にはハイ・リーの魔核、海竜の欠けた鱗、薬草など、魔法関係のものがたくさん。真珠もあるわ。
薬草は熱冷ましや痛み止めなど、薬を作る時のものでポーション用はあまりない。
お店の人が書いたかな、紙に書かれた小さな魔法円も重ねて売られていた。
買いものを済ませ、お土産ものでも探そうかと歩いていると、店先でお喋りしていた女性店員が、呼び込みを始めた。
「いらっしゃい。色々あるから寄っていってよ」
「いえ、散策しているだけですので」
目当てのものは手に入った。あんまり雰囲気のいいお店ではない感じなので、ここは入りたくない。
「まあまあ、入りなよ」
「結構です」
「そう言わず、見てくだけでも」
男性が私の前に立ち、道を塞ぐ。避けようとすると腕を掴まれた。強引な客引きだわ。
「師匠に無礼なっ!」
セビリノが声を荒らげると、男性の手が緩んだ。私は勢いよく手を振って、掴んだ腕をほどく。
「チッ、なんだよ」
「お兄さん、いい男! どう、真珠とかも売ってるよ」
女性店員が、今度はベリアルにすり寄るように近付いた。
「いらぬわ」
「おい、せっかくなんだ、見ていきな……うわああぁ!!???」
慣れ慣れしくベリアルの肩に置かれた手が燃える。男性は手を振って火を消し、女性は突然のことにあわあわしていた。
失礼な客引きだったわね。
ここも昨日チェックしてたお店かも。
気を付けて散策しなきゃね。
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